【イベント】正月の公式イベントで、初めて大勢の前に立った(1)タイムアタック
「ギルマスさん、初詣、いこうよ。参拝して、ガラガラやりたい」
「ガラガラって」
「鈴。上から吊るしてあるやつ。運営が正月だけ、神社のワールド開けてるんだって」
一月三日の夜。そう言って僕を正月の神社に引っ張ってきたペンギンが、人混みをすり抜けて、鳥居の前で止まった。
神社は、鳥居から拝殿までぎっしりだった。四人組がいくつも、拝殿の横の大きなディスプレイを見上げている。
「……あれ」
クチバシの先に、看板が立っていた。
年神の社、初詣タイムアタック。大門の中にある常設のポータルに入った瞬間から開始。参道の狛犬と人魂を抜け、年神の大鬼を倒し、本殿の鈴を鳴らせば終了。結果は境内のランキングに掲示。
「ん? なんでここまで来て参拝できないの?」
「そういう競技らしい」
「ボク、参拝しに来たんだけど。ギルマスさん、参拝。参拝させて」
「俺に言うな」
「元日に初詣行けなかったの、夜ふかしのせいだよね。ギルマスさん、責任取ってくれるんでしょ?」
「夜ふかしさせたのはお前の……いや、俺か」
「ん、分かってるじゃん」
看板の最後の行を、もう一度読んだ。
「……やらない」
「なんで」
「ランキングが出る」
僕は、ランキングやランクといった類のものが大嫌いだ。順位が上がるとか、ランクが上がるとか、そういう仕組みには極度に敏感である。中学時代のとあるトラウマがきっかけで、そういうものを病的に嫌っている。
「しってる」
「知ってるのか」
「だってギルマスさん、ゲーセンでランキング登録をいつも拒否してるし。ボクが敵にやられそうになったら、いつも、ギルドランクが下がるー、デスペナ嫌だーってあたふたしてるじゃん」
よく見てるな。
こいつと出会って二ヶ月になる。休みなく毎日顔を合わせている。それだけ長く一緒にいると、互いの好みや苦手なものも分かるようになる。もちろん、相手を説得する方法も。
「ランキングが嫌でも、ボクと初詣は行ってくれるんでしょ」
「嫌」
「ふーん。じゃあボクも、ギルマスさんのこと嫌になっちゃうかも」
言い方は軽かった。軽いのに、次の言葉を、もう用意している間だった。
「……返報の剣は、まだボスで試してない」
「そうだね。その剣をちゃんと試したら、ボクが最初に感想を聞くって約束だもんね」
「あの大鬼、掲示板で見た。二、三秒に一回、殴ってくるらしい」
「二、三秒に一回、止められるってことだよね。……ギルマスさん、いま、やりたい声になった」
「なってねえ」
「なった。登録してくるね」
三十二番目。一時間待ちだった。
「次、三十二番。ギルド『ねこのて』」
列から抜けた。受付の横に、パーティ名と、メンバーの名前が出た。
ねこのて。みな。おきんたま研究学会学長。
境内のどこかで、誰かが吹き出した。
受付の前にある大門の扉が開いた。門の内側に、常設のポータルが立っている。ペンギンが毒針を握り直して、ぴっと敬礼した。
「参拝、いく」
「三、二、一」
ゼロで、二人同時にポータルへ飛び込んだ。
視界の隅にタイムが出た。参道はまっすぐで、両脇の灯籠の間から、狛犬が台座を降りてくる。灯籠の火が抜けて、青白い火の玉になる。人魂だ。
「狛犬は、刺して貼れ。人魂は無視だ。走るぞ」
僕はまっすぐに参道を走った。ペンギンは僕より速く、前を走る。
最初の一体に、ペンギンが飛びついた。毒針が石の背中に刺さって、ピンクの付箋が押し当てられる。八秒で、狛犬はペンギンの後ろをふらふらついてくるだけになった。ペンギンは、すぐ二体目に飛びついた。
「もう二秒でかかる! 次は触るだけ!」
走って、刺して、貼って、次へ。倒さない。倒すのは毒針の猛毒だ。後ろでは、狛犬が毒で崩れていく悲鳴と石の音が聞こえる。
僕も走りながら剣先で支援魔法の陣を描く。十二回目の防御力強化がペンギンにかかったとき、ボス部屋の門が見えた。
剣を一度も振らず、毒針だけで必要最低限の敵を倒す。全力疾走で、最短距離で道中を駆け抜けてきた。他のどのパーティよりも速いに違いない。確信があった。
視界の隅に文字が出た。
区間タイム、1位。
足が止まりかけた。
「1位って出たぞ!」
「しってる! 走って!」
「走ってる!」
ボス部屋の門の扉は開いていた。入ると、正面に本殿が見えた。奥に鈴が吊るされている。
「あっ、ガラガラあった!」
そんなペンギンの喜ぶ声に反応したのか、大量の煙が地面から巻き上がり、ボスの大鬼が姿を現す。赤い体に金棒。目が僕を捉えた。
僕が盾を構えると、二秒後に金棒が来た。盾で受けた。重い。次は蹴り。盾。次は口から鬼火。盾。二、三秒に一回、というのは本当だった。
「青の付箋! 乗れ!」
「乗る!」
ペンギンが、大鬼の背中に飛びついた。毒針が刺さる。大鬼は僕を殴っている。ペンギンには目もくれない。
「十五秒! ……ゼロ! かかった!」
僕は盾を下げた。
大鬼の頭の上に、次のアクションが表示された。体のどこかに、キャンセルスポットが点灯する。点灯する前に、ペンギンが言う。
「スペード5!」
頭の上寄り、正面より左。剣の先をそこへ出した。触れた。
金棒が途中で止まった。止まって、大鬼がつんのめった。
僕の右手が勝手に動いた。
剣が、ひとりでに動いて、大鬼の腕を切った。僕は振っていない。剣が返した。ダメージの数字が飛んだ。大きい。僕が振ったときの倍はある。大剣で殴ったくらいの数字が、僕が振っていないのに、出た。
「ハート7!」
胸のあたり、正面。剣の先。触れる。止まる。返す。数字。
「二歩下がって! クラブ7、次は3!」
二歩、下がる。足元寄り正面、それから足元寄りの左。剣の先を下に落として、左へ流す。止まる。返す。止まる。返す。
「そのままダイヤのQ!」
Qは背中側だ。腰の高さで右の後ろ。金棒が背中のほうへ回り込む。体をひねって、剣の先だけを後ろへ回した。触れた。止まった。返した。
「暗示、あと四十秒! 降りる!」
ペンギンが背中から滑り落ちた。しゃがんで、毒針の先で、付箋に名前を書く。三秒。
その三秒と、登り直すまでの数秒。頭の上の次のアクションはまだ出ているのに、どこを、いつ、と言う声がない。
僕は盾を構えた。
金棒。受ける。蹴り。受ける。鬼火。受ける。
「針、いく!」
毒針が背中に刺さった。暗示が解ける前に、次の一枚が貼られる。鎧騎士で覚えたやり方だ。頭の上の次のアクションは、一度も消えない。
僕は盾を下げた。
「暗示まであと十秒! スペード6!」
頭の上寄り、少し左。止まる。返す。
「ハート8!」
胸の高さ、少し右。止まる。返す。
「……ゼロ! 次、かかった! ダイヤ9!」
腰の高さ、正面より右。剣の先。止まる。返す。
大鬼は、一発も通せていなかった。
二、三秒に一回、こいつは攻撃して、そのたびに剣が返す。普通の攻撃には、次を振るまでの間がある。カウンターにはそれがない。止めた数だけ、間を置かずに返る。一発は倍。回数は、よくいる剣士の何倍も。毒の印が、点きっぱなしで、HPバーが減り続ける。
大鬼のHPバーが、五割を切った。三割。一割。
「スペード7!」
正面、頭の上。剣の先。触れた。止まった。返した。
大鬼が、膝をついて前に倒れた。煙が巻き上がり、大鬼は姿を消す。
「――鈴!」
ペンギンが床に落ちて、そのまま走った。正面の本殿の扉が開いている。奥に太い綱。綱の上にさっきの鈴。僕も走った。
着ぐるみの短い手が、綱を掴んだ。僕の手も、その上から掴んだ。二人で揺らした。
がらんがらん、と鳴った。
視界の隅のタイムが止まった。
綱から手を離して、二人で並んだ。二回、頭を下げた。二回、手を叩いた。ペンギンがささやいた。
「今年は、いい年になりますように」
今年は? 去年はきっと散々だったのだろう。いい年になればいい。
それから、もう一度、深く頭を下げた。
タイムは、19分54秒で止まっていた。一つ前のパーティは、四人で三十分と少しだった。
「ギルマスさん、いま、何回止めた?」
「……数えてない」
「ボクは数えてた。百四十回。全部、剣が返してた」
「……俺は振ってない」
「振らなくていいの。そのための剣だし、そのためにボクが先読みしてるんだから」
門の扉が開いた。出口だ。ペンギンは、くぐる前に、少しだけ僕のほうを向いた。
「いまの、ディスプレイに流れてたよ。ギルマスさん、覚悟しといてね」
「……何の」
「みられる覚悟」
門をくぐった。
境内は静かだった。
さっきまで、あれだけざわざわしていた石畳が、静かだった。四人組が、いくつも、こっちを窺っていた。大きなディスプレイには、鈴の綱を二人で掴んでいる写真が映っていた。その下に、タイムと、順位。タイムは読んだ。順位は読まなかった。
誰かが言った。
「……なんだ、いまの」
「トランプ?」
「ずっとトランプの数字を叫んでたよな、あのペンギン」
「大鬼、一発も殴れてなかったぞ」
それから、境内が沸いた。
拍手というより、笑い声に近かった。「おきんたま!」と誰かが叫んで、それで余計に笑いが大きくなった。ペンギンが、僕の袖を、着ぐるみの短い手で引いた。
「ギルマスさん、みられてるね」
「見られてるな」
「言ったでしょ。覚悟しといてって」
小さい声だった。小さいのに弾んでいた。
四人組の一つが、こっちへ歩いてきた。僕は、反射で、頭を下げた。
「……たまたまです」
まだ、誰にも、何も聞かれていなかった。




