↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/25

【イベント】正月の公式イベントで、初めて大勢の前に立った(1)タイムアタック

「ギルマスさん、初詣、いこうよ。参拝して、ガラガラやりたい」


「ガラガラって」


「鈴。上から吊るしてあるやつ。運営が正月だけ、神社のワールド開けてるんだって」


 一月三日の夜。そう言って僕を正月の神社に引っ張ってきたペンギンが、人混みをすり抜けて、鳥居の前で止まった。


 神社は、鳥居から拝殿までぎっしりだった。四人組がいくつも、拝殿の横の大きなディスプレイを見上げている。


「……あれ」


 クチバシの先に、看板が立っていた。


 年神の社、初詣タイムアタック。大門の中にある常設のポータルに入った瞬間から開始。参道の狛犬と人魂を抜け、年神の大鬼を倒し、本殿の鈴を鳴らせば終了。結果は境内のランキングに掲示。


「ん? なんでここまで来て参拝できないの?」


「そういう競技らしい」


「ボク、参拝しに来たんだけど。ギルマスさん、参拝。参拝させて」


「俺に言うな」


「元日に初詣行けなかったの、夜ふかしのせいだよね。ギルマスさん、責任取ってくれるんでしょ?」


「夜ふかしさせたのはお前の……いや、俺か」


「ん、分かってるじゃん」


 看板の最後の行を、もう一度読んだ。


「……やらない」


「なんで」


「ランキングが出る」


 僕は、ランキングやランクといった類のものが大嫌いだ。順位が上がるとか、ランクが上がるとか、そういう仕組みには極度に敏感である。中学時代のとあるトラウマがきっかけで、そういうものを病的に嫌っている。


「しってる」


「知ってるのか」


「だってギルマスさん、ゲーセンでランキング登録をいつも拒否してるし。ボクが敵にやられそうになったら、いつも、ギルドランクが下がるー、デスペナ嫌だーってあたふたしてるじゃん」


 よく見てるな。


 こいつと出会って二ヶ月になる。休みなく毎日顔を合わせている。それだけ長く一緒にいると、互いの好みや苦手なものも分かるようになる。もちろん、相手を説得する方法も。


「ランキングが嫌でも、ボクと初詣は行ってくれるんでしょ」


「嫌」


「ふーん。じゃあボクも、ギルマスさんのこと嫌になっちゃうかも」


 言い方は軽かった。軽いのに、次の言葉を、もう用意している間(ま)だった。


「……返報の剣は、まだボスで試してない」


「そうだね。その剣をちゃんと試したら、ボクが最初に感想を聞くって約束だもんね」


「あの大鬼、掲示板で見た。二、三秒に一回、殴ってくるらしい」


「二、三秒に一回、止められるってことだよね。……ギルマスさん、いま、やりたい声になった」


「なってねえ」


「なった。登録してくるね」



 三十二番目。一時間待ちだった。


「次、三十二番。ギルド『ねこのて』」


 列から抜けた。受付の横に、パーティ名と、メンバーの名前が出た。


 ねこのて。みな。おきんたま研究学会学長。


 境内のどこかで、誰かが吹き出した。


 受付の前にある大門の扉が開いた。門の内側に、常設のポータルが立っている。ペンギンが毒針を握り直して、ぴっと敬礼した。


「参拝、いく」


「三、二、一」


 ゼロで、二人同時にポータルへ飛び込んだ。



 視界の隅にタイムが出た。参道はまっすぐで、両脇の灯籠の間から、狛犬が台座を降りてくる。灯籠の火が抜けて、青白い火の玉になる。人魂だ。


「狛犬は、刺して貼れ。人魂は無視だ。走るぞ」


 僕はまっすぐに参道を走った。ペンギンは僕より速く、前を走る。


 最初の一体に、ペンギンが飛びついた。毒針が石の背中に刺さって、ピンクの付箋(チャーム)が押し当てられる。八秒で、狛犬はペンギンの後ろをふらふらついてくるだけになった。ペンギンは、すぐ二体目に飛びついた。


「もう二秒でかかる! 次は触るだけ!」


 走って、刺して、貼って、次へ。倒さない。倒すのは毒針の猛毒だ。後ろでは、狛犬が毒で崩れていく悲鳴と石の音が聞こえる。


 僕も走りながら剣先で支援魔法の陣を描く。十二回目の防御力強化がペンギンにかかったとき、ボス部屋の門が見えた。


 剣を一度も振らず、毒針だけで必要最低限の敵を倒す。全力疾走で、最短距離で道中を駆け抜けてきた。他のどのパーティよりも速いに違いない。確信があった。


 視界の隅に文字が出た。


 区間タイム、1位。


 足が止まりかけた。


「1位って出たぞ!」


「しってる! 走って!」


「走ってる!」


 ボス部屋の門の扉は開いていた。入ると、正面に本殿が見えた。奥に鈴が吊るされている。


「あっ、ガラガラあった!」


 そんなペンギンの喜ぶ声に反応したのか、大量の煙が地面から巻き上がり、ボスの大鬼が姿を現す。赤い体に金棒。目が僕を捉えた。


 僕が盾を構えると、二秒後に金棒が来た。盾で受けた。重い。次は蹴り。盾。次は口から鬼火。盾。二、三秒に一回、というのは本当だった。


「青の付箋(リヴィール)! 乗れ!」


「乗る!」


 ペンギンが、大鬼の背中に飛びついた。毒針が刺さる。大鬼は僕を殴っている。ペンギンには目もくれない。


「十五秒! ……ゼロ! かかった!」


 僕は盾を下げた。


 大鬼の頭の上に、次のアクションが表示された。体のどこかに、キャンセルスポットが点灯する。点灯する前に、ペンギンが言う。


「スペード5!」


 頭の上寄り、正面より左。剣の先をそこへ出した。触れた。


 金棒が途中で止まった。止まって、大鬼がつんのめった。


 僕の右手が勝手に動いた。


 剣が、ひとりでに動いて、大鬼の腕を切った。僕は振っていない。剣が返した。ダメージの数字が飛んだ。大きい。僕が振ったときの倍はある。大剣で殴ったくらいの数字が、僕が振っていないのに、出た。


「ハート7!」


 胸のあたり、正面。剣の先。触れる。止まる。返す。数字。


「二歩下がって! クラブ7、次は3!」


 二歩、下がる。足元寄り正面、それから足元寄りの左。剣の先を下に落として、左へ流す。止まる。返す。止まる。返す。


「そのままダイヤのQ!」


 Qは背中側だ。腰の高さで右の後ろ。金棒が背中のほうへ回り込む。体をひねって、剣の先だけを後ろへ回した。触れた。止まった。返した。


「暗示、あと四十秒! 降りる!」


 ペンギンが背中から滑り落ちた。しゃがんで、毒針の先で、付箋に名前を書く。三秒。


 その三秒と、登り直すまでの数秒。頭の上の次のアクションはまだ出ているのに、どこを、いつ、と言う声がない。


 僕は盾を構えた。


 金棒。受ける。蹴り。受ける。鬼火。受ける。


「針、いく!」


 毒針が背中に刺さった。暗示が解ける前に、次の一枚が貼られる。鎧騎士で覚えたやり方だ。頭の上の次のアクションは、一度も消えない。


 僕は盾を下げた。


「暗示まであと十秒! スペード6!」


 頭の上寄り、少し左。止まる。返す。


「ハート8!」


 胸の高さ、少し右。止まる。返す。


「……ゼロ! 次、かかった! ダイヤ9!」


 腰の高さ、正面より右。剣の先。止まる。返す。


 大鬼は、一発も通せていなかった。


 二、三秒に一回、こいつは攻撃して、そのたびに剣が返す。普通の攻撃には、次を振るまでの間がある。カウンターにはそれがない。止めた数だけ、間を置かずに返る。一発は倍。回数は、よくいる剣士の何倍も。毒の印が、点きっぱなしで、HPバーが減り続ける。


 大鬼のHPバーが、五割を切った。三割。一割。


「スペード7!」


 正面、頭の上。剣の先。触れた。止まった。返した。


 大鬼が、膝をついて前に倒れた。煙が巻き上がり、大鬼は姿を消す。


「――鈴!」


 ペンギンが床に落ちて、そのまま走った。正面の本殿の扉が開いている。奥に太い綱。綱の上にさっきの鈴。僕も走った。


 着ぐるみの短い手が、綱を掴んだ。僕の手も、その上から掴んだ。二人で揺らした。


 がらんがらん、と鳴った。


 視界の隅のタイムが止まった。


 綱から手を離して、二人で並んだ。二回、頭を下げた。二回、手を叩いた。ペンギンがささやいた。


「今年は、いい年になりますように」


 今年は? 去年はきっと散々だったのだろう。いい年になればいい。


 それから、もう一度、深く頭を下げた。


 タイムは、19分54秒で止まっていた。一つ前のパーティは、四人で三十分と少しだった。


「ギルマスさん、いま、何回止めた?」


「……数(かぞ)えてない」


「ボクは数(かぞ)えてた。百四十回。全部、剣が返してた」


「……俺は振ってない」


「振らなくていいの。そのための剣だし、そのためにボクが先読みしてるんだから」


 門の扉が開いた。出口だ。ペンギンは、くぐる前に、少しだけ僕のほうを向いた。


「いまの、ディスプレイに流れてたよ。ギルマスさん、覚悟しといてね」


「……何の」


「みられる覚悟」



 門をくぐった。


 境内は静かだった。


 さっきまで、あれだけざわざわしていた石畳が、静かだった。四人組が、いくつも、こっちを窺っていた。大きなディスプレイには、鈴の綱を二人で掴んでいる写真が映っていた。その下に、タイムと、順位。タイムは読んだ。順位は読まなかった。


 誰かが言った。


「……なんだ、いまの」


「トランプ?」


「ずっとトランプの数字を叫んでたよな、あのペンギン」


「大鬼、一発も殴れてなかったぞ」


 それから、境内が沸いた。


 拍手というより、笑い声に近かった。「おきんたま!」と誰かが叫んで、それで余計に笑いが大きくなった。ペンギンが、僕の袖を、着ぐるみの短い手で引いた。


「ギルマスさん、みられてるね」


「見られてるな」


「言ったでしょ。覚悟しといてって」


 小さい声だった。小さいのに弾んでいた。


 四人組の一つが、こっちへ歩いてきた。僕は、反射で、頭を下げた。


「……たまたまです」



 まだ、誰にも、何も聞かれていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。