↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/24

【クエスト】番人のゴーレムを、チャームで連れ回せ

「家族は?」


「んー、寝てる」


 ペンギンは僕の肩にもたれたまま、そう言った。


 十二月三十一日、二十三時五十分。のらねこラウンジのソファーだ。今夜は、夜中の十二時に用事がある。


 プロジェクターには、どこかの寺の中継が映っていた。坊さんが太い綱を引いて、鐘を撞(つ)く。野良の客はもう二人しかいない。しろねこはカウンターから動かず、中継を眺めていた。


「寝てるって、お前んちは年越しで寝るのか」


「寝るよ。……ギルマスさんちは、起きてるの?」


「知らね。俺は部屋にいる」


「ふーん。じゃあ、一緒だ」


 ペンギンの着ぐるみが、僕の肩にぐっと重さをかけてきた。VRに重さなんてないのに、そこにいるのが分かる。


「……お前、寝てんのか」


「すー」


「わざとらしいんだよ」


「すー、すー」


 寝たふりだ。寝たふりのまま動かない。鐘が鳴る。


 しろねこが中継から目を離して、こっちを向いた。


「あんたの相棒、可愛い子だね。男だろうが女だろうが、自分のことをみてくれて大切にしてくれていると実感すると、嬉しいものだから。あんたはもう少し、その子のことを真剣にみてあげたほうがいいよ」


「相棒じゃない。ギルドメンバーだ」


「そこじゃないんだけどね」


「……見てるだろ。毎晩」


「そういう意味じゃないんだけどね」


 鐘が鳴った。プロジェクターの隅の数字が、百八になった。二十三時五十九分。


「起きろ」


「すー」


「時間だ」


「……起きてた。ギルマスさんの肩、硬い」


 零時。鐘の余韻がまだ残っていた。


「行くぞ」


「年越しは神殿。いこ」


 ポータルを開けた。しろねこが中継に目を向けたまま、「いってらっしゃい」と言った。



 眠れる番人の神殿。


 石でできた古い神殿だ。他には誰もいない。こんな正月に、誰もVRサーガになんて入っていない。ゴーレムを狙っている人間は、僕ら以外、どこにもいなかった。


 入り口の広間の真ん中に、それはいた。


 石と、何かの骨と、錆びた金属を、人の形になるまで無理やり押し固めたみたいなやつだった。頭のあたりに、目らしい穴が三つある。三つとも閉じて、座ったまま寝ている。


「……でっか」


「でかいな」


「顔、こわ」


「怖いな」


 倒す気は最初からない。倒さずに秘宝だけ取る。


「真名、オルド・ハイム。ラポール……」


 ペンギンの声が止まった。


「……え、82%?」


「は?」


「82%だよ。……この子、ボクのこと待ってたのかな」


「知らん。寝てるやつに好かれても、嬉しくねえだろ」


「ギルマスさんは、寝てるボクに肩を貸してたけど」


「寝たふりだろ」


 岩喰いが15%だった。ボスで82%。


「ピンクの付箋(チャーム)だ。寝てる間に、裏に回れ」


「いってくる」


 僕はゴーレムの正面に立った。三つの穴を見ないようにして剣を構えて、挑発を入れた。目が開いたら、こっちに来る。そのつもりで一歩下がった。もう一歩下がった。


 ペンギンが忍び足で、ゴーレムの背中に回った。ラポール82%なら、押し付けるだけで足りる。短い手が、真名を書いたピンクの付箋(チャーム)を、石の背中に押し当てた。


「五、四、三――」


 三つの穴が開いた。


 僕はもう一歩下がった。


「――二、一、ゼロ。ピンクの付箋(チャーム)、かかった!」


 石の擦れる音がして、ゴーレムが立ち上がった。天井に頭が届きそうだった。三つの穴が僕を捉えた。挑発は入っている。来る。


 来なかった。


 三つの穴が僕から外れた。ゴーレムはゆっくり首を回して、背中側のペンギンに向いた。それから一歩、ペンギンのほうへ足を出した。ペンギンが下がる。ゴーレムがついてくる。


「……かかった?」


「ん。かかってる」


「早くないか」


「早いね。ボクも、ちょっと引いてる」


 僕は剣を下ろした。下ろして、挑発の構えも解いて、それから、何をすればいいのか分からなくなった。


 そこからは、ペットの散歩に切り替わった。


 ピンクの付箋(チャーム)の暗示がかかった敵は、貼った本人の後ろをふらふらついてくるだけになる。味方になるわけじゃない。ただついてくる。そして誰かが殴ると解ける。だから殴らない。


「……行くか」


「いこ。ゴーレムさん、こっち。……ギルマスさんは、後ろ。剣に触らないでね」


「触らねえよ」


 神殿の奥への道は長かった。


 ゴーレムの歩く速さに合わせないといけない。速く歩くと離れる。離れすぎると、暗示は解けてしまう。だからゆっくり歩く。ペンギンが先頭で、その後ろにゴーレムで、その後ろに僕だ。順番がおかしい。


 ボス相手のピンクの付箋(チャーム)は、二分くらいで解ける。解ける前に貼り直す。


「はい、貼り直し」


 ペンギンが立ち止まる。ゴーレムも止まる。ペンギンがゴーレムの足に付箋を押し当てる。五秒。かかる。また歩く。


 二回目。三回目。十回目。


 二十回目のあたりで、僕は数(かぞ)えるのをやめた。ペンギンは数(かぞ)えていた。


「三十一回目」


「数(かぞ)えるなよ」


「数(かぞ)えるよ。ギルマスさんが数(かぞ)えるのやめたの、二十回目でしょ。みてた」


 石の廊下。石の階段。石の広間。ときどき、壁の穴から小さい魔物が顔を出して、ゴーレムに気づいて引っ込む。番人と一緒に歩いている侵入者に、どう対応していいか分からないらしい。僕も分からない。


 ゴーレムの三つの穴は、歩いているあいだ、ずっとペンギンの背中に向いていた。着ぐるみの丸い背中だ。ゴーレムの目には、あれが絶世の美女にでも映っているんだろうか。それとも愛しい恋人か。そういう幻の中を歩かされているみたいだった。


 途中の広間で、ペンギンが立ち止まって、ゴーレムの三つの穴を見上げていた。


「ね、ギルマスさん。この子、ボクのこと好きなのかな」


「好きだろ。ピンクの付箋(チャーム)だし」


「ふーん。……ボクのこと好きなの、いま、この子だけかー」


「お前のチャーム、敵にしか効かないのだな」


 言ってから、しまったと思った。ギルドから人が抜けていったあの秋の話を、こんなところで持ち出しても、何も変わらない。雰囲気が良くなることなんてない。


 それでも、こいつなら軽く流してくれるんじゃないかと思った。いつものように、笑い飛ばしてくれるのではないかと。しかし、こいつは僕が思っていたのとは違って、三秒くらい黙った。潰れたあんぱんの顔が、ぼーっと遠くを向いている。


「……三十二回目」


 もう一枚貼り直して、また歩き出した。



 一時間を過ぎた。


 僕の仕事は、殴らないことだけだった。殴らない。剣を抜かない。ゴーレムが廊下の角でつっかえて、こっちを向いたときも、殴らない。三つの穴がじっとこっちを見ていて、殴りたくなる顔をしている。殴らない。


「ギルマスさん、いま剣に手ぇかけたでしょ」


「かけてない」


「かけてた。ゴーレムさんに謝って」


「なんで俺が」


「じゃあボクに謝って。ボクの子だから」


「誰の子だ」



 二時間。


 最奥の部屋は小さかった。入り口の広間の十分の一もない。真ん中に石の台があって、その上に剣が一本置いてあった。


 小剣だ。長さは、いま持っているアイアンソードと同じ。


 手に取った。


 軽い。ありえないくらい軽い。アイアンソードの三分の一ほどだ。装備の説明を開いた。攻撃力はアイアンソードより少し下。そして一行。攻撃をキャンセルしたとき、自動でカウンターが発動する。


 市場で見たのと、同じ一行だった。


 僕は何も言わないで、それを右手に装備した。盾は左手のまま。


「……あった?」


「あった」


「二時間、ゴーレムさんと歩いた甲斐あったね。……ギルマスさん、嬉しくない声だけど」


「嬉しい。試すまでは、言わない」


「ふーん。じゃあ、試したら言ってね。ボクが最初に聞くから」


 ゴーレムが、部屋の入り口でつっかえていた。でかすぎて入れないらしい。三つの穴がペンギンを探している。


「……二時間も同じゴーレムの顔をみていると、流石に愛着が湧いてきたな」


「ん! なんかペットみたいだよね。連れて帰りたい気持ち」


「てか、このゴーレムって倒さなくていいんだっけ? 秘宝、手に入れてしまったんだけど?」


「だめ! かわいそうでしょ。傷つけないで、そのまま野に返してあげようよ」


「野に返すも何も、ここがこいつの家だろ」


「じゃあ、そのまま置いていってあげようよ」


 ポータルを開けた。ペンギンが最後にもう一枚、ゴーレムの足に貼った。


「六十三回目。ばいばい、ゴーレムさん」


 ゴーレムは入り口につっかえたまま、三つの穴で、消えていく僕らを見送っていた。


 石の顔が、なんとなく歪んで見えた。悲しんでいるみたいに。


 石だ。表情なんてあるわけがない。それでも、付箋を貼った本人に置いていかれるときは、あんな顔になるのかと思った。



 のらねこラウンジ。


 二時半だった。野良の客はもういない。プロジェクターは、寺の中継が終わっていつもの映画に戻っていた。しろねこだけがカウンターにいた。


「おかえり。取れた?」


「取れた」


 ソファーに座った。ペンギンが隣に座った。さっきと同じ場所に、同じ距離で。


 右手の剣に、もう一度目を落とした。軽い。弱い。誰も欲しがらない。説明の一行だけが、飾りみたいに書いてある。


 あいつが先読みし、僕が止める。止めた数だけ、この剣が返す。毒針と、青の付箋(リヴィール)と、この剣。三つ揃った。


 これを使えば、僕らは四人パーティに匹敵する。これならVRサーガをちゃんと攻略できる。


「……いける」


 声に出していた。ペンギンが顔を上げた。


「ん?」


「いけるって言った」


「んふふー。ほら、ボクが最初に聞いた」


 ペンギンが、また肩にもたれてきた。今度は寝たふりじゃなかった。二時間歩いて、六十三回貼って、そのうえ夜ふかしだ。眠いらしい。しろねこが映画から目を離してこっちを向いて、何も言わずに、また映画に戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。