【クエスト】番人のゴーレムを、チャームで連れ回せ
「家族は?」
「んー、寝てる」
ペンギンは僕の肩にもたれたまま、そう言った。
十二月三十一日、二十三時五十分。のらねこラウンジのソファーだ。今夜は、夜中の十二時に用事がある。
プロジェクターには、どこかの寺の中継が映っていた。坊さんが太い綱を引いて、鐘を撞く。野良の客はもう二人しかいない。しろねこはカウンターから動かず、中継を眺めていた。
「寝てるって、お前んちは年越しで寝るのか」
「寝るよ。……ギルマスさんちは、起きてるの?」
「知らね。俺は部屋にいる」
「ふーん。じゃあ、一緒だ」
ペンギンの着ぐるみが、僕の肩にぐっと重さをかけてきた。VRに重さなんてないのに、そこにいるのが分かる。
「……お前、寝てんのか」
「すー」
「わざとらしいんだよ」
「すー、すー」
寝たふりだ。寝たふりのまま動かない。鐘が鳴る。
しろねこが中継から目を離して、こっちを向いた。
「あんたの相棒、可愛い子だね。男だろうが女だろうが、自分のことをみてくれて大切にしてくれていると実感すると、嬉しいものだから。あんたはもう少し、その子のことを真剣にみてあげたほうがいいよ」
「相棒じゃない。ギルドメンバーだ」
「そこじゃないんだけどね」
「……見てるだろ。毎晩」
「そういう意味じゃないんだけどね」
鐘が鳴った。プロジェクターの隅の数字が、百八になった。二十三時五十九分。
「起きろ」
「すー」
「時間だ」
「……起きてた。ギルマスさんの肩、硬い」
零時。鐘の余韻がまだ残っていた。
「行くぞ」
「年越しは神殿。いこ」
ポータルを開けた。しろねこが中継に目を向けたまま、「いってらっしゃい」と言った。
眠れる番人の神殿。
石でできた古い神殿だ。他には誰もいない。こんな正月に、誰もVRサーガになんて入っていない。ゴーレムを狙っている人間は、僕ら以外、どこにもいなかった。
入り口の広間の真ん中に、それはいた。
石と、何かの骨と、錆びた金属を、人の形になるまで無理やり押し固めたみたいなやつだった。頭のあたりに、目らしい穴が三つある。三つとも閉じて、座ったまま寝ている。
「……でっか」
「でかいな」
「顔、こわ」
「怖いな」
倒す気は最初からない。倒さずに秘宝だけ取る。
「真名、オルド・ハイム。ラポール……」
ペンギンの声が止まった。
「……え、82%?」
「は?」
「82%だよ。……この子、ボクのこと待ってたのかな」
「知らん。寝てるやつに好かれても、嬉しくねえだろ」
「ギルマスさんは、寝てるボクに肩を貸してたけど」
「寝たふりだろ」
岩喰いが15%だった。ボスで82%。
「ピンクの付箋だ。寝てる間に、裏に回れ」
「いってくる」
僕はゴーレムの正面に立った。三つの穴を見ないようにして剣を構えて、挑発を入れた。目が開いたら、こっちに来る。そのつもりで一歩下がった。もう一歩下がった。
ペンギンが忍び足で、ゴーレムの背中に回った。ラポール82%なら、押し付けるだけで足りる。短い手が、真名を書いたピンクの付箋を、石の背中に押し当てた。
「五、四、三――」
三つの穴が開いた。
僕はもう一歩下がった。
「――二、一、ゼロ。ピンクの付箋、かかった!」
石の擦れる音がして、ゴーレムが立ち上がった。天井に頭が届きそうだった。三つの穴が僕を捉えた。挑発は入っている。来る。
来なかった。
三つの穴が僕から外れた。ゴーレムはゆっくり首を回して、背中側のペンギンに向いた。それから一歩、ペンギンのほうへ足を出した。ペンギンが下がる。ゴーレムがついてくる。
「……かかった?」
「ん。かかってる」
「早くないか」
「早いね。ボクも、ちょっと引いてる」
僕は剣を下ろした。下ろして、挑発の構えも解いて、それから、何をすればいいのか分からなくなった。
そこからは、ペットの散歩に切り替わった。
ピンクの付箋の暗示がかかった敵は、貼った本人の後ろをふらふらついてくるだけになる。味方になるわけじゃない。ただついてくる。そして誰かが殴ると解ける。だから殴らない。
「……行くか」
「いこ。ゴーレムさん、こっち。……ギルマスさんは、後ろ。剣に触らないでね」
「触らねえよ」
神殿の奥への道は長かった。
ゴーレムの歩く速さに合わせないといけない。速く歩くと離れる。離れすぎると、暗示は解けてしまう。だからゆっくり歩く。ペンギンが先頭で、その後ろにゴーレムで、その後ろに僕だ。順番がおかしい。
ボス相手のピンクの付箋は、二分くらいで解ける。解ける前に貼り直す。
「はい、貼り直し」
ペンギンが立ち止まる。ゴーレムも止まる。ペンギンがゴーレムの足に付箋を押し当てる。五秒。かかる。また歩く。
二回目。三回目。十回目。
二十回目のあたりで、僕は数えるのをやめた。ペンギンは数えていた。
「三十一回目」
「数えるなよ」
「数えるよ。ギルマスさんが数えるのやめたの、二十回目でしょ。みてた」
石の廊下。石の階段。石の広間。ときどき、壁の穴から小さい魔物が顔を出して、ゴーレムに気づいて引っ込む。番人と一緒に歩いている侵入者に、どう対応していいか分からないらしい。僕も分からない。
ゴーレムの三つの穴は、歩いているあいだ、ずっとペンギンの背中に向いていた。着ぐるみの丸い背中だ。ゴーレムの目には、あれが絶世の美女にでも映っているんだろうか。それとも愛しい恋人か。そういう幻の中を歩かされているみたいだった。
途中の広間で、ペンギンが立ち止まって、ゴーレムの三つの穴を見上げていた。
「ね、ギルマスさん。この子、ボクのこと好きなのかな」
「好きだろ。ピンクの付箋だし」
「ふーん。……ボクのこと好きなの、いま、この子だけかー」
「お前のチャーム、敵にしか効かないのだな」
言ってから、しまったと思った。ギルドから人が抜けていったあの秋の話を、こんなところで持ち出しても、何も変わらない。雰囲気が良くなることなんてない。
それでも、こいつなら軽く流してくれるんじゃないかと思った。いつものように、笑い飛ばしてくれるのではないかと。しかし、こいつは僕が思っていたのとは違って、三秒くらい黙った。潰れたあんぱんの顔が、ぼーっと遠くを向いている。
「……三十二回目」
もう一枚貼り直して、また歩き出した。
一時間を過ぎた。
僕の仕事は、殴らないことだけだった。殴らない。剣を抜かない。ゴーレムが廊下の角でつっかえて、こっちを向いたときも、殴らない。三つの穴がじっとこっちを見ていて、殴りたくなる顔をしている。殴らない。
「ギルマスさん、いま剣に手ぇかけたでしょ」
「かけてない」
「かけてた。ゴーレムさんに謝って」
「なんで俺が」
「じゃあボクに謝って。ボクの子だから」
「誰の子だ」
二時間。
最奥の部屋は小さかった。入り口の広間の十分の一もない。真ん中に石の台があって、その上に剣が一本置いてあった。
小剣だ。長さは、いま持っているアイアンソードと同じ。
手に取った。
軽い。ありえないくらい軽い。アイアンソードの三分の一ほどだ。装備の説明を開いた。攻撃力はアイアンソードより少し下。そして一行。攻撃をキャンセルしたとき、自動でカウンターが発動する。
市場で見たのと、同じ一行だった。
僕は何も言わないで、それを右手に装備した。盾は左手のまま。
「……あった?」
「あった」
「二時間、ゴーレムさんと歩いた甲斐あったね。……ギルマスさん、嬉しくない声だけど」
「嬉しい。試すまでは、言わない」
「ふーん。じゃあ、試したら言ってね。ボクが最初に聞くから」
ゴーレムが、部屋の入り口でつっかえていた。でかすぎて入れないらしい。三つの穴がペンギンを探している。
「……二時間も同じゴーレムの顔をみていると、流石に愛着が湧いてきたな」
「ん! なんかペットみたいだよね。連れて帰りたい気持ち」
「てか、このゴーレムって倒さなくていいんだっけ? 秘宝、手に入れてしまったんだけど?」
「だめ! かわいそうでしょ。傷つけないで、そのまま野に返してあげようよ」
「野に返すも何も、ここがこいつの家だろ」
「じゃあ、そのまま置いていってあげようよ」
ポータルを開けた。ペンギンが最後にもう一枚、ゴーレムの足に貼った。
「六十三回目。ばいばい、ゴーレムさん」
ゴーレムは入り口につっかえたまま、三つの穴で、消えていく僕らを見送っていた。
石の顔が、なんとなく歪んで見えた。悲しんでいるみたいに。
石だ。表情なんてあるわけがない。それでも、付箋を貼った本人に置いていかれるときは、あんな顔になるのかと思った。
のらねこラウンジ。
二時半だった。野良の客はもういない。プロジェクターは、寺の中継が終わっていつもの映画に戻っていた。しろねこだけがカウンターにいた。
「おかえり。取れた?」
「取れた」
ソファーに座った。ペンギンが隣に座った。さっきと同じ場所に、同じ距離で。
右手の剣に、もう一度目を落とした。軽い。弱い。誰も欲しがらない。説明の一行だけが、飾りみたいに書いてある。
あいつが先読みし、僕が止める。止めた数だけ、この剣が返す。毒針と、青の付箋と、この剣。三つ揃った。
これを使えば、僕らは四人パーティに匹敵する。これならVRサーガをちゃんと攻略できる。
「……いける」
声に出していた。ペンギンが顔を上げた。
「ん?」
「いけるって言った」
「んふふー。ほら、ボクが最初に聞いた」
ペンギンが、また肩にもたれてきた。今度は寝たふりじゃなかった。二時間歩いて、六十三回貼って、そのうえ夜ふかしだ。眠いらしい。しろねこが映画から目を離してこっちを向いて、何も言わずに、また映画に戻った。




