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百鬼夜行 ~少年忍者と毒舌鎌鼬の物語~  作者: MIYA
プロローグ 「見返り橋の傷」

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2/22

第2話 谷底の荷

包帯の下で、掌(てのひら)の傷が開きかけていた。


 夜明け前、八歳の風切疾風(かざきりはやて)は家の土間で長い縄(なわ)を選んでいた。昨日、見返り橋(みかえりばし)から落とした木箱を拾うためだ。父の源次(げんじ)には、まだ何も話していない。


 仕事用の太い縄は重すぎる。細いものは谷へ下りるには心もとない。何本も引き比べた末、荷車の引き上げに使う縄を一本選んだ。


 端に輪を作ろうとして、右手の親指がうまく曲がらなかった。


「いてっ……」


 声を出してから、慌てて口を閉じる。


 奥の部屋では家族が眠っていた。昨日は橋の通行止めや荷の確認で手間取り、家へ帰ったころにはすっかり暗くなっていた。父も母も、まだ起きてこないはずだ。


 縄を肩にかけ、腰の小刀を確かめる。


 土間の戸を開けようとしたところで、床板が小さく鳴った。


「兄ちゃん?」


 四歳のこよりが、寝間着のまま立っていた。片手で目をこすり、もう片方には小さな布切れを握っている。


「どこ行くの?」


「ちょっと外」


「まだ朝じゃないよ」


「朝になる前に戻るんだよ」


 こよりは窓の外を見た。暗い庭に目を向けたまま、首をかしげる。


「お山?」


「違うって」


「じゃあ、こよりも行く」


「駄目だ。母ちゃんが起きたら怒られるぞ」


 口にした途端、自分も同じことをしていると気づいた。


 こよりはしばらく兄の顔を見上げていたが、持っていた布切れを差し出してきた。


「これ、あげる」


 昨日の包帯を見て、自分でも真似して巻こうとしていた布だ。端がでこぼこで、結び目もひどく大きい。


「いらねえよ。手はもう巻いてある」


「またいたくなったら、つかうの」


 受け取らないままでいると、こよりは布を縄の間へ押し込んだ。それから何事もなかったように寝床へ戻っていく。


 疾風は布を取り出しかけ、やめた。


 縄から落ちないよう、布を帯の内側へ押し込む。


 土間の戸を静かに閉めると、山の向こうが薄く白み始めていた。


*


 橋の近くまで来ると、昨日の事故の跡がそのまま残っていた。


 入口には通行止めの縄が張られ、割れた橋板が端へ寄せられている。欄干(らんかん)の片側は谷へ垂れ下がり、木の吊(つ)り橋は風が吹くたびに揺れていた。


 疾風は橋を渡らず、手前の山道へ入った。


 昨日、橋の手前から見つけた木箱は川沿いの岩に引っ掛かっていた。橋のすぐ下は切り立った崖(がけ)だが、少し下流には昔から使われている細い道がある。父に連れられて薪(まき)を拾いに来たこともあった。


 そこから谷へ下りれば、あの岩まで近づける。


 問題は縄の長さだった。


 道の途中にある松の木を探し、根元から谷を見下ろす。下の岩場までは四間ほど。その先は斜めに下る土の坂になっていて、川の近くまで続いている。


 持ってきた縄を伸ばしてみると、何とか届きそうだった。


「よし」


 幹へ二重に回し、父から教わった結び方で固定する。引いて確かめると、縄の輪が幹を少し滑った。


 疾風は眉(まゆ)を上げた。


 これでは駄目だ。


 縄をほどき、太い根が地面へ張り出している根元で掛け直す。今度は体重をかけてもずれなかった。


 結び直すだけで、両手がじんじん痛んだ。布の内側に湿ったものが広がっている。昨日の傷が開いたらしい。


 それでも縄を持ち、斜面へ足を下ろした。


 最初の二間は楽だった。土から突き出した石に足をかけ、松の根へ体を寄せながら下りる。だが、その先は足場が急に細くなる。


 左足を置いた石が動いた。


 小石が谷へ転がり、下の岩へ当たる。疾風は縄を握り直したが、痛みで指が緩んだ。体が横へ振れ、肩から土の斜面にぶつかる。


「くそっ!」


 足元を確かめる。右足の下には、指が三本入るほどの出っ張りがあった。そこへ爪先(つまさき)を押しつけ、体を戻す。


 少し下りてから、もう一度縄を引いて確かめた。


 上の松は動いていない。


 息を整え、残りの斜面を慎重に下りた。


 川辺まで着くと、岩場には昨日の橋板が何枚も流れ着いていた。折れた綱や木片が水に洗われ、岩の間で引っ掛かっている。


 見つけた箱は、もう少し上流だ。


 川の音に混じって、別の音がした。


「おうい。誰かおらんか」


 疾風は足を止めた。


「おうい!」


 声は下流の岩陰から聞こえてくる。昨日の事故で誰かが落ちたのかと思い、急いでそちらへ向かった。


 大きな岩の向こうに、老人が座り込んでいた。


 旅装の上着を着て、横には薬箱が置かれている。右足を前へ伸ばし、石の間に杖(つえ)を立てかけていた。


「じいさん、大丈夫か!」


「見ての通り、あまり大丈夫ではないのう」


「何やってんだよ、こんな所で」


「橋が通れんと聞いてな。下の道なら行けると思ったんじゃが、石を踏み外した」


 老人は右足を動かそうとして、顔をしかめた。


「足首をひねった。立てんことはないが、登り道は無理じゃ」


 疾風は老人の足元を見た。草鞋(わらじ)の紐(ひも)が緩み、右足首が左より太くなっている。


 自分の腰から縄を外しかけて、止まった。


 箱を拾うために持ってきた縄だ。


 これを老人の引き上げに使えば、箱を探している間に上の道へ戻らなければならない。父が起きるまでに帰るつもりだったのに、もう日が高くなり始めている。


「坊主、お前一人か」


「そうだよ」


「親はどうした」


「家にいる」


「なら、呼んでこい。無理に引っ張らんでよい」


 疾風は老人の足首をもう一度見た。少し下流の岩場には、水の流れが寄っている。さっきまで老人が座っていたらしい場所は湿っていた。


「雨が降ったら、ここまで水が来るぞ」


「今すぐには降らんだろう」


「分かんねえだろ。山の上は見えねえし」


 老人は空を見上げ、何も言わなくなった。


 疾風は縄を握り直した。


「じいさん、立てるか。俺、引っ張るから」


「お前の細腕では、わし一人も持ち上がらんぞ」


「持ち上げねえよ。足で登るんだ」


 老人は目を細め、少し笑った。


「なるほど。ならば手伝ってもらおうか」


*


 最初の登り口は、岩に苔(こけ)が付いて滑りやすかった。


 疾風は老人の杖を借り、先に足を置ける場所を確かめた。左足なら体重をかけられる。右足は地面に触れるだけでも痛むらしく、老人は一歩ごとに動きを止めた。


 薬箱は肩紐を使って老人の背中へ回した。両手を空けておかなければ、木の根も縄もつかめない。


 急な斜面へ着いたところで、疾風は松から下げてきた縄の端を老人に渡した。


「これ、腰に回してくれ」


「お前は?」


「俺は横を登る。じいさんは縄を持って、左足で上がれ」


「手が痛そうじゃが」


「昨日、ちょっと擦っただけだ」


 老人は疾風の包帯に目を向けた。


「ちょっと、か。ずいぶん立派な包帯じゃのう」


「母ちゃんが巻いたんじゃねえよ。親父だ」


「そうか。では丈夫じゃろうな」


 老人は縄を腰へ回し、緩まないよう結んだ。疾風はその結び目を確かめてから、斜面の横へ移った。


 先に登り、老人の足が置ける場所を探す。


 左足が上がったら、縄を引いてたるみを取る。右足を引きずる間は、体が後ろへ倒れないよう支える。


 ひとりを丸ごと持ち上げる必要はない。


 老人が自分で動ける分だけ、道を作ればよかった。


「次、左の石。そこなら乗れる」


「その上は?」


「木の根がある。つかめるか?」


「届く。じゃが右足が動かん」


「待って。縄を張る」


 疾風は松から伸びる縄をつかみ、体を後ろへ倒して引いた。老人の腰が少し上がる。その間に老人が左足を押し込み、木の根へ手を伸ばした。


 あと少し。


 縄が強く張った瞬間、包帯の下で傷が裂けた。


「痛っ!」


 右手から力が抜ける。


 老人の体が半歩下がり、草鞋が石をこすった。疾風は左手だけで縄を押さえようとしたが、重さに引かれて足が滑る。


「坊主、離せ!」


「離したら落ちるだろ!」


「木に回せ! 縄を直接持つな!」


 声に従い、すぐ横の太い根へ縄を回した。張った縄が根に食い込み、手にかかる重さが軽くなる。


 老人の足が止まった。


「それでいい。わしが登る。お前は縄が緩まんようにしてくれ」


 疾風は両手を重ね、根に回した縄を押さえた。


 老人が少しずつ登る。左足で地面を押し、杖を上へ突く。右足は引きずったままだが、腰の縄が後ろへ倒れるのを防いでいた。


 最後の段差で、老人が松の根元へ手をかけた。


 地面に腹ばいになり、息を吐く。


「やれやれ。薬を売りに来て、薬が要る羽目になるとはのう」


 疾風も斜面を登り切った。


 縄を外そうとすると、包帯の端から血がにじんでいた。昨日より傷が深くなっている。指を開くだけで痛みが走った。


「見せてみい」


「いいよ。じいさんの足の方がひどいだろ」


「薬売りに手を見せんとは、商売妨害じゃな」


 老人は背負った薬箱を下ろし、中から清潔な布を取り出した。汚れた包帯をほどき、傷を見て眉を寄せる。


「これは洗って巻き直さねばならん。家では誰が手当てをした?」


「親父」


「なら、帰ってもう一度やってもらえ。今日はもう縄を握るな」


 疾風は返事をしなかった。


 谷底を見下ろしたからだ。


 流木の間に、昨日の木箱が見えている。鉄帯の付いた角が、岩に乗ったままだ。ここまで下りてきたのに、まだ触ってもいない。


「じいさん。ちょっとだけ待っててくれ」


「まだ何かあるのか」


「あそこに箱がある。昨日、俺が落としたやつだ」


 老人は崖(がけ)の下へ目を向けた。


「なるほど。あれを拾いに来たのか」


「二つ落ちたんだ。一つだけでも持って帰りたい」


「お前一人で運べる大きさには見えんが」


「運べなくても、どこにあるか分かれば親父に言える」


 老人はしばらく考え、杖を地面へ突いた。


「そういうことなら、見るだけにしておけ。わしはここで待つ」


 疾風は頷(うなず)き、もう一度岩場へ下りた。


 箱は流木と岩の間に挟まっていた。片側の鉄帯が曲がり、蓋の角が少し割れている。すぐ横で川の水が流れていたが、箱の底までは届いていない。


 手をかけてみる。


 動かない。


 足で押しても、ほんの少し向きが変わるだけだった。大人が二人で持ち上げるような箱を、八歳の子ども一人で運べるはずがない。


「くそっ」


 割れた角から中をのぞく。


 大きさの違う歯車が何枚も重なっていた。昨日、荷場で聞いた中身と同じだ。その横には、何に使うのか分からない金具が並んでいる。


 曲がった板を少し持ち上げると、奥に見慣れない形の金具もあった。輪の片側が細くなり、反対側には小さな突起が並んでいる。


 家の荷車には、こんな部品は付いていない。


 箱を閉め、近くの岩へ縄の切れ端を結びつけた。道から見つけやすくするためだ。もう一つの箱は川を見渡しても見当たらなかった。


 引き返そうとして、足元の石が崩れた。


 体が川の方へ傾く。


 疾風は近くの岩に左手を突いた。掌(てのひら)へ鋭い痛みが走り、包帯に赤いものが広がる。


「っ……!」


 石に膝(ひざ)を押しつけ、姿勢を戻す。


 もしあのまま落ちていたら、川まで止まれなかった。


 少し離れた高台から、老人が杖を振っていた。


「もう戻れ! 箱は逃げんぞ!」


「分かってる!」


 疾風は岩を確かめながら登った。


 谷から上がるころには、両手の指を伸ばすのも難しくなっていた。


*


 老人を連れて峠見宿へ戻ったとき、太陽はもう屋根の上にあった。


 薬売りは杖を突き、途中で何度も休んだ。右足を動かすたびに顔をしかめるものの、平らな道なら一人で歩けるようになっていた。


 石の多い場所では、疾風が薬箱を抱えて運んだ。包帯に触れないよう腕で支えていても、重さがかかるたびに手が痛んだ。


 町へ入る手前で、老人は薬箱を下ろした。


「坊主、名前は?」


「風切疾風」


「風切か。よく働いたのう」


 老人は財布から硬貨を一枚取り出した。


「ほれ。駄賃じゃ」


「いらねえよ。助けただけだし」


「その後、わしの薬箱も運んだじゃろ。あれは仕事じゃ」


 疾風は手の中に置かれた硬貨を見た。薬箱は老人の肩に戻っている。重い物を持ちたいわけではなかったが、働いたと言われると返す理由も見つからない。


「じゃあ、もらう」


 硬貨を帯の内側へ差し込む。


「うむ。今度は親父さんに言ってから出かけるんじゃぞ」


「じいさんまでそれ言うのかよ」


「わしが親なら、まず一発どやすところじゃ」


 老人は杖を突いて歩き出した。疾風はその背中を見送り、家の方へ足を向けた。


 門の前には、父の荷車が止まっていた。


 その横で源次が腕を組んでいる。


「おかえり」


 短い一言だった。


 疾風は立ち止まった。


「……ただいま」


「どこへ行ってた」


「橋の下。箱を拾おうと思って」


「一人でか」


「うん」


 源次は息子の肩に掛かった縄を見た。次に両手の包帯へ目を落とす。


「その手で何をした」


「谷に下りたら、薬売りのじいさんがいた。足をくじいててさ。縄で登るのを手伝った」


「それで?」


「箱、一つ見つけた。まだ下だけど、目印を付けてきた。親父なら引き上げられると思う」


 答えても、父は動かなかった。


「疾風。お前、今朝どこへ行くか誰かに言ったか」


「言ってねえ」


「帰る時刻は」


「朝には帰るつもりだった」


「帰らなかったら、どこを探せばいいんだ」


 疾風は口を開いたまま、言葉を探した。


 父なら谷へ来ると思っていた。自分が箱を拾ったと知らせれば、すぐ分かってくれるはずだった。


 けれど父がどこから探し始めるかまでは、考えていなかった。


「橋の下……」


「橋の下にも道は何本もある。川に落ちたのか、山へ迷ったのか、それすら分からねえ」


 源次は荷車の引き棒から手を離した。


「箱がいくつ見つかろうが、お前が帰ってこなきゃ勘定が合わねえ」


 疾風は包帯を巻いた手を見た。


「でも、じいさんは助かった」


「それはよかった。お前が戻ったのもな」


 源次が家の戸を開けようとしたとき、疾風の帯から硬貨が転がり落ちた。


「何の銭だ」


「じいさんがくれた。薬箱を運んだ駄賃だって」


 源次は硬貨を拾い、息子の帯へ戻した。


「働いた分なら、お前の稼ぎだ。なくすなよ」


 それだけ言って、家の戸を開ける。


「入れ。まず、その手を母ちゃんに見せろ」


 奥から母のしのが出てきた。両手の包帯を見るなり、疾風を座らせる。母の手元には新しい布と水が用意されていた。


「一晩で傷を二倍にしてどうするんだい」


「二倍じゃねえよ」


「じゃあ、見せてごらん」


 包帯をほどくと、昨日できた傷が開いていた。親指の付け根は赤く腫れ、左手にも細い傷が増えている。


 しのは水で汚れを洗い流した。疾風が痛みに顔をしかめると、手を止めてしばらく待つ。


「次は言ってから行きな。朝起きたら布団が空で、心臓が止まるかと思ったよ」


「……うん」


「返事だけはいいんだから」


 母は傷をきれいな布で覆い、もう一度包帯を巻き直した。


「お母ちゃん、こよりもやる!」


 妹が小さな布を持って走ってきた。朝、疾風に渡したのと同じような布だ。


「こより、今はお母ちゃんがやるからね」


「こよりも、兄ちゃんのおてて、なおす」


 しのが使い終えた布の切れ端を渡すと、こよりは疾風の手に巻きつけ始めた。包帯の上からさらにぐるぐる巻きにする。


「おい、そんなに巻いたら手がなくなるだろ!」


「うごかないほうが、なおるもん」


 こよりは得意そうに結び目を作った。


 指が全部隠れてしまった。


 疾風が助けを求めて母を見ると、しのは笑いをこらえながら布をほどいた。今度は小さな手を借りて、包帯の端だけを結ばせる。


「ほら。これでいいよ」


「兄ちゃん、もういたくない?」


「痛えよ。さっきより動かねえし」


「じゃあ、なおるまで、こよりがごはん食べさせてあげる」


「自分で食えるって!」


 土間から父の笑う声が聞こえた。


 疾風は顔をそちらへ向けたが、源次はすでに荷車の支度を始めている。谷に残した箱を引き上げに行くつもりらしい。


 慌てて立ち上がろうとすると、母に肩を押さえられた。


「あんたは家にいな」


「道なら俺が分かるぞ」


「もう聞いた。親父さんに目印の場所を教えたんだろ」


「でも、箱は岩に引っ掛かってて……」


「なら、なおさら大人の仕事だよ」


 しのは新しい布を片づけ、疾風の前へ飯の入った椀(わん)を置いた。


 包帯を巻かれた手では、箸がうまく持てない。


 向かいでこよりが得意そうに椀を抱えた。


「こよりがやってあげる」


「いいって!」


「はい、あーん」


「やめろって!」


 母は止めなかった。


 結局、疾風は最初の一口だけ妹に食べさせてもらうことになった。


*


 父が箱を持ち帰ったのは、日が傾き始めたころだった。


 家の土間に置かれた木箱は、昨日よりひどい姿になっている。角の鉄帯が曲がり、蓋(ふた)の片側も割れていた。源次は縄を外し、重そうに腰を伸ばした。


「一箱だけだ。もう一つは見つからなかった」


「探したのか?」


「川の下まで見たが、見当たらねえ。流されたなら、もう少し下だな」


 疾風は木箱の前にしゃがんだ。


「中身、壊れてるかな」


「見てみるか」


 父は小刀で蓋の釘(くぎ)を抜いた。割れた板をゆっくり持ち上げると、中には大小の歯車が重なって入っていた。


 いくつかは泥で汚れ、歯が欠けている。見慣れない金具も混じっていて、どこに取り付ける物なのか疾風には分からなかった。


 源次は一つずつ取り出し、床の布へ並べていく。


「これなら、少しは戻せるかもしれねえな」


「全部じゃないのか」


「落ちた衝撃で欠けてる。金具も足りねえ。あとで数え直す」


 疾風は布の上を見回した。


 丸い歯車に、細長い鉄の棒。輪の片側が細くなった金具もある。箱の底には金具がずれて残したような跡があり、何が足りないのかは数えてみなければ分からなかった。


「親父、箱の底も見ていいか」


「ああ。ただし金具の端で手を切るなよ」


 源次が箱を傾けると、底板の隙間(すきま)から小さな紙片が滑り出た。


 荷札だった。


 泥が付いているものの、紙は破れていない。疾風は包帯の端で泥を払おうとして、父に止められた。


「そのまま置け。乾かしてからにしろ」


「でも、これ……」


 疾風は自分の腰にある荷札を一枚取り出した。


 父の荷札には穴が一つある。右下の角を少し削ってあるのが風切家の印だ。


 箱から出てきた札は、形こそよく似ていたが違っていた。


 上の方に、小さな穴が二つ並んでいる。


 疾風は二枚を床に並べ、穴の数をもう一度確かめた。

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