第18話 養成所の門
「おいナギ。どっちが正面だ?」
風切疾風は央都の合同養成所の門前で足を止めた。仮免試験の申し込みに来たのだが、通りに面した入口だけで三つもある。
右の門には『侍課程』、左には『技師課程』の札が掛かっている。ところが真ん中の門には、何も書かれていなかった。
「忍の課程はどこだよ」
「真ん中じゃねえのか?」
肩の上でナギが答えた。
「何で分かるんだ?」
「ほかの二つに名前が書いてあるからだろ」
「だったら忍の名前も書いとけよ!」
「お前が看板を買ったばっかだからって、よその看板にまで文句言うな」
疾風は口を尖らせた。
三月十八日。仮免試験の申し込み期限は明日までだ。
以前、契装の稽古をした際には裏手の通用口を使ったため、正面へ来るのは初めてだった。
「とりあえず真ん中へ行ってみるか」
「間違ってたら戻ればいいだろ」
二人が門をくぐろうとしたところで、低い声が響いた。
「待て」
門の内側に立っていたのは、肩幅の広い男だった。
白髪交じりの短髪に、左の頬を横切る古い刀傷。背丈も疾風より高いが、それ以上に厚い胸板と太い腕が目についた。
腰には握り飯の包みが下がっている。
「何の用だ」
「仮免の試験に申し込みたいんだけど」
「名前」
「風切疾風。こっちはナギ」
ナギが前足を上げた。
「俺も受ける側だ。二人分の名前を書いといてくれよ」
男はナギを一度見て、手元の帳面へ目を落とした。
「契約登録は済んでいるか」
「三月一日に済ませたぞ」
「所属は」
「紺野屋の見習いだ」
男は帳面に印をつけた。
「右の廊下を進め。受付は奥だ」
「おう。ありがとな!」
疾風が歩き出そうとすると、男の視線が腰の袋へ移った。
「小刀を持っているな」
「荷綱を切るためのやつだぞ」
「用途は聞いていない。実技の前に預かり所へ出せ。試験で使う道具はこちらが用意する」
「自分の道具は使えねえのか」
「指定した物だけだ」
「分かったよ」
男はようやく道を空けた。
すれ違うとき、後ろから見習いらしい青年が駆け寄ってきた。
「巌堂先生! 受付の名簿はどちらへ運びますか?」
「廊下の奥だ。終わったら訓練場へ持ってこい」
「はい!」
疾風は振り返った。
「先生なのか、あの人」
「そうみてえだな」
門の横には木の名札が掛かっていた。
『巌堂玄蔵』
「名前まで強そうだな」
「顔も覚えとけよ。あの人に教わるんだろ」
ナギに言われ、疾風はもう一度玄蔵を見た。
玄蔵はすでに次の受験者を呼び止め、同じように持ち物を確かめていた。
*
受付には人間と妖怪が入り交じった列ができていた。
机の上には契約登録の写しや所属先の証明書が積まれ、役人が一枚ずつ確認している。列の先頭では、小柄な少女が三枚の紙を広げていた。
「契約の写しがこれ。所属先の証明がこっち。申込書は二人とも署名済み」
少女は短い黒髪で、日に焼けた顔をしていた。
作業着の腰には小さな水準器が下がっている。
隣にいるのは河童だ。子どもほどの背丈で、甲羅には薄く苔が生えていた。頭の皿が気になるらしく、ときどき指先で水の量を確かめている。
役人は書類を順番に見た。
「沢渡みなもさん、コウさん。書類はそろっています」
「ありがとう。次の人が待ってるから先に行くね」
少女が振り返る。
疾風は思わず声を掛けた。
「お前、すげえな。そんなに書類がいるのか?」
「必要な分だけだよ。あんたも受けるの?」
「おう。風切疾風だ。こっちはナギ」
「うちは沢渡みなも。こっちはコウ」
河童が小さく頭を下げた。
「よろしく」
「おう!」
疾風が手を上げると、みなもは腰の袋を見た。
「書類は全部そろってる?」
「契約書の写しはある。紺野屋の証明も持ってきたぞ」
「申込書は?」
「ここで書くんじゃねえの?」
「書けるよ。でも先にそろえておけば並び直さなくて済むでしょ」
みなもは申込書の見本を指した。
「人間と妖怪の名前が両方必要だから、片方だけ書いて出さないようにね」
「そんなの忘れねえよ!」
「うちの見積もりだと、あんたは一回くらいやりそうだけど」
「何の見積もりだよ!」
ナギが横で笑った。
「こいつ、見積もりの紙をなくして書き直してもらったばっかなんだよ」
「おい! 余計なこと言うな!」
「やっぱり?」
みなもは呆れた顔をした。
「試験じゃ書類をなくしても待ってくれないと思うよ」
「だからなくさねえって!」
コウが小さく笑い、みなもの袖を引いた。
「次の人、呼ばれてる」
「あ、本当だ。それじゃ、またね」
みなもたちは廊下の奥へ歩いていった。
疾風も受付の机へ進み、書類を差し出した。
申込書には自分とナギの名前を書く欄が並んでいる。
「ナギ。こっちはお前が書いてくれ」
「おう」
ナギは筆を前足で受け取り、『ナギ』と記した。
疾風も隣に『風切疾風』と書く。
役人が契約登録と所属先の証明を照らし合わせ、申込書に印を押した。
「受験料は一組三十文です」
「高え!」
疾風は思わず声を上げた。
役人の手が止まる。
「料金は決まっています」
「三十文あったら鉤縄が一本買えるだろ!」
「受験料を納めなければ申し込みは受理できません」
「払うって! ちょっと驚いただけだよ!」
疾風は財布から三十文を数え、受付の皿へ置いた。
役人は銭を確かめ、受領印を押す。
「申し込みを受理しました。こちらが受取札です」
「よっしゃ!」
疾風は札を受け取り、ナギへ見せた。
「これで仮免に一歩近づいたな!」
「まだ申し込んだだけだぞ」
「申し込まなきゃ受けられねえだろ」
「そりゃそうだけどよ」
役人は続けて一枚の案内を差し出した。
「本日は基礎課程があります。実技の開始前に、小刀を預かり所へ提出してください」
「分かった!」
「試験日程は教官から説明があります。遅れないように」
疾風は受取札を袋へしまった。
残高は五貫ちょうど。
三十文が一度に減ったことを考えると少し惜しかったが、申し込みは無事に終わった。
ナギが袋の口を前足で押さえる。
「今度こそ閉めとけよ」
「もう閉めてるって!」
*
受付を出たところで、大きな影が通路をふさいだ。
「おお! 若、この建物はなかなか立派じゃのう!」
声の主は赤銅色の肌をした鬼だった。
身長は七尺ほど。額には二本の角が生え、左側の先だけが少し欠けている。派手な帯を締めた着流し姿で、廊下の天井を気にしながら歩いていた。
その隣には白い羽織を着た少年がいる。
長い黒髪を高く結び、背筋を伸ばしている。疾風より頭一つほど背が高く、羽織には見慣れない家紋が入っていた。
「ガンマル。声を落とせ。廊下に響いている」
「おお、これは失礼した!」
鬼は大げさに頭を下げた。
しかし声の大きさはほとんど変わっていない。
疾風が思わず笑うと、白い羽織の少年がこちらを向いた。
「お前も受験者か」
「そうだけど。お前は?」
「久瀬景虎。雪嶺から来た留学侍だ」
景虎はそう名乗り、疾風の腰にある小刀へ目を向けた。
「その小刀で何を切る。紙か」
疾風の右眉が上がった。
「綱だよ」
「綱?」
「荷を固定したり、ほどいたりするんだ。切っていい綱だけ切ることもある」
景虎は小刀をもう一度見た。
「敵を斬るための刃ではないのか」
「俺は運び屋だぞ。まず荷を運べなきゃ話にならねえだろ」
「なるほど。ならば荷を扱う腕には自信があるわけだな」
「当たり前だ!」
景虎の口元に笑みが浮かんだ。
「私は侍課程で剣を学んでいる。どうやら、ずいぶん考え方が違うらしい」
「そりゃ違うだろ。俺は忍びになりたいんだからな」
「だが同じ養成所で試験を受ける。腕を比べる機会はあるだろう」
疾風はすぐに食いついた。
「だったら勝負するか?」
ナギの尾がぴくりと動く。
「おい疾風。何を勝負するんだよ」
「どっちが先に合格するかだ!」
景虎は腕を組んだ。
「何を賭ける?」
「昼飯!」
疾風は迷わず答えた。
「先に合格した方が奢られる。どうだ?」
「乗った。互いの課程で、正式に合格と判定された日を比べる。早い方の勝ちだ」
「おう!」
「ただし食事は、負けた方が払える範囲の品から選ぶことにしよう」
「そんな心配いらねえよ。俺が勝つんだからな!」
景虎は余裕のある笑みを崩さなかった。
そこへガンマルが割り込む。
「若、また賭け事かのう」
「勝負の約束だ。賭け事ではない」
「負ければ飯代を払うのじゃろ。同じことではないか」
「ガンマル」
「はいはい。若の仰せのとおりじゃ」
鬼は芝居じみた仕草で頭を下げた。
疾風はそのやり取りがおかしくて笑った。
「鬼のおっさん。お前も賭けるか?」
「ほう! わしにも勝負を挑むか!」
ガンマルが胸を張る。
ナギは疾風の耳元で言った。
「お前、財布の中身を見てから言えよ」
「一食くらい払えるって!」
「さっき三十文払って騒いでた奴の台詞かよ」
ガンマルが腹を抱えて笑った。
「はっはっは! 小さき者の言うことが正しいのう!」
「俺は小さき者じゃねえ。ナギだ!」
「これは失礼! ナギ殿と呼ぶべきじゃったな!」
「普通にナギでいい!」
景虎は二人を見比べ、懐の手帳を取り出した。
「風切だったな。名前は覚えたぞ」
「俺も覚えた。久瀬だろ」
「では試験で会おう」
景虎はガンマルを伴い、侍課程の方へ歩いていった。
疾風はその背中を見送った。
「何か気に食わねえ奴だな」
「お前から勝負をふっかけたんだろ」
「そうだけどよ。あの余裕の顔が腹立つ!」
「昼飯代、取っとけよ」
「俺が勝つんだから必要ねえって!」
ナギは大きなため息をついた。
*
午後の訓練場では、巌堂玄蔵が受験者を待っていた。
片側には忍課程の受験者が集まり、反対側では侍課程の者たちが木刀を使った稽古をしている。
疾風は入口の預かり所へ小刀を出し、受取札を袋へしまった。
玄蔵は人数を確かめると、短く言った。
「今日から基礎をやる。まずは自分の足で帰れることを覚えろ」
最初は抜き足だった。
床板を並べた道の端に、小さな鈴が吊るされている。板を強く踏むと振動が伝わり、鈴が鳴る仕組みだ。
「音を立てずに向こうまで進め。速さは採点しない」
玄蔵が命じた。
先に歩いた受験者は途中で鈴を鳴らした。次の者も最後の一枚で音を立てる。
疾風は板の継ぎ目を見た。
荷車の荷台なら、きしむ場所を避けて歩ける。板の端と中央では、重さの掛かり方が違うからだ。
「これならいけそうだな」
「油断すんなよ」
ナギが肩の上から言った。
疾風は慎重に足を乗せた。
最初の二枚は静かに通れた。三枚目も問題ない。だが四枚目で後ろ足へ体重を残したまま前へ進もうとすると、鈴が小さく鳴った。
「うわっ!」
「止まれ」
玄蔵が声を掛けた。
「後ろ足を見ろ。板を押したままになっている」
「音を立てないように歩いてたんだぞ」
「ゆっくり歩くことと、音を消すことは違う。もう一度」
疾風は最初の位置へ戻った。
今度は前へ置いた足に少しずつ体重を移し、後ろ足を軽くしてから持ち上げた。
鈴は鳴らなかった。
その代わり、最後まで進むにはかなり時間がかかった。
「よし。次」
玄蔵が帳面へ印をつけた。
続いてみなもが同じ道へ進む。
彼女は一枚ごとに足の置き場を確かめ、ゆっくり歩いた。途中で何度も止まったが、鈴は一度も鳴らない。
「すげえな。どうやったんだ?」
「先に重さの掛かる場所を調べただけだよ」
みなもは腰の水準器を軽く叩いた。
「水路の足場も同じだからね」
隣にいたコウが板の一枚を指した。
「右の端だけ少し浮いてる」
疾風が目を凝らすと、確かに一枚だけ角が高くなっていた。
「お前ら、二人で見てたのか」
「うち一人で受けるわけじゃないからね」
みなもは当然という顔で答えた。
疾風は肩のナギを見た。
「俺たちも次は相談するか」
「今さらかよ」
「これからはするって!」
次の課程は受け身だった。
玄蔵は倒れる方向と肩の使い方を説明し、受験者を順番に転がしていく。
疾風は荷車から落ちた経験なら何度もあったが、自分から安全に転ぶのは勝手が違った。
「腕を突くな。肩から回れ」
「いてて……結構痛えな」
「その手で地面を支えるな。傷が開くぞ」
玄蔵は包帯を指した。
疾風は返事をしてもう一度転がった。
今度は掌を突かずに背中へ重さを逃がせたが、起き上がろうとして足がもつれた。
「もう一回!」
「まず立て。ふらついたまま転ぶな」
疾風は一度呼吸を整えた。
玄蔵はできなかった理由だけを告げ、必要以上には叱らなかった。
次は鉤縄の稽古だった。
訓練場には高い梁が渡され、下には厚いむしろが敷かれている。受験者は貸し出された鉤縄を使い、決められた位置まで登ることになっていた。
「掛ける前に支えを見ろ。弱い所に掛ければ綱ごと落ちる」
玄蔵の説明を聞き、疾風は梁を見上げた。
ほかの受験者は鉤を投げる位置ばかり確かめている。疾風は梁と柱の接合部を見た。
「ナギ。あそこなら掛かるよな」
「太い方の梁だな。細い横木には掛けんなよ」
「おう」
疾風は縄の長さを調整し、鉤を投げた。
一度目は梁の手前に当たって落ちた。
「もう少し奥だ!」
ナギが声を掛ける。
「分かってる!」
二度目は鉤が梁を越え、反対側へ落ちた。
綱を軽く引くと、鉤の内側が木へ掛かる。疾風はすぐには登らず、下から角度を変えて二度引いた。
鉤が外れないことを確かめてから、足を綱へ掛ける。
手だけで体を持ち上げるのではなく、足で綱を挟んで重さを支えた。まだ掌に痛みは残るが、握る力を減らせば登れる。
指定された高さへ到達すると、疾風は足元を確かめながら降りた。
ほかの受験者より早かった。
「よっしゃ!」
「声を出すのは、地面に降りてからにしろ」
玄蔵が言った。
疾風は着地し、教官を振り返る。
「どうだった?」
「今日の鉤縄では一番だ」
「おおっ!」
「掛ける先を確かめたのもいい。ただし綱を引く力が強い。手の傷が治るまでは加減しろ」
「分かった!」
疾風は笑ってナギを見た。
「聞いたか? 一番だって!」
「一つだけな」
「そこは素直に褒めろよ!」
「次も一番なら褒めてやる」
その自信は、最後の課程であっさり崩れた。
煙玉の稽古だった。
訓練場の隅には風向きを調べる細い布が吊るされている。玄蔵は受験者に煙玉を一つずつ配った。
「煙は風に流れる。投げる位置だけでなく、自分がどこに立つかを考えろ」
疾風は丸い玉を受け取った。
中には妖石の粉が仕込まれているらしい。地面に当てて割れば、濃い煙が広がる仕組みだ。
「風は右から左だな」
疾風は布の動きを確かめた。
「そこは得意だろ」
ナギが言った。
「お前の風だって何度も見てきたからな」
「俺を煙と一緒にすんなよ」
「分かってるって」
疾風は目標の印へ煙玉を投げた。
玉が地面で割れ、灰色の煙が広がる。
煙は予想どおり左へ流れた。
「おお! いい感じじゃん!」
疾風は得意になり、煙の向こうをのぞき込んだ。
そのとき訓練場の壁に当たった風が巻き返した。
煙の端が疾風の方へ戻ってくる。
「うわっ!」
鼻と口へ煙が入り、激しく咳き込んだ。
「げほっ! ごほっ! 何だこれ!」
ナギは素早く肩から飛び降り、煙の外へ逃げた。
「だからのぞくなって!」
「先に言えよ!」
「言う前に顔突っ込んだのはお前だろ!」
疾風は涙目になりながら煙の外へ出た。
玄蔵が腕を組んで見ている。
「風向きは読めていた」
「だろ! 最初は合ってたぞ!」
「だが煙の広がる範囲を見ていない。壁に当たれば風は戻る。次は立つ位置を変えろ」
「……分かった」
玄蔵は帳面へ印をつけた。
疾風は水場へ行き、何度か口をすすいだ。
みなもが通りかかる。
「うちの見積もりだと、今日一番煙を吸ったのはあんただね」
「そんなもんまで見積もるなよ!」
「見積もらなくても分かるよ」
コウが濡らした手拭いを差し出した。
「顔も拭いた方がいい」
「助かる!」
疾風が受け取ろうとすると、包帯に灰色の粉が付いているのが見えた。
ナギが代わりに手拭いを持ち上げる。
「ほら。動くなよ」
「自分でできるって!」
「その手で目までこする気か?」
「……頼む」
ナギは疾風の顔を手早く拭いた。
鼻の周りについた灰色の粉が取れると、ようやく息がしやすくなる。
訓練場の反対側では、景虎が木刀を振っていた。
踏み込む足がぶれず、振り終えた姿勢も崩れない。周りの受験者が何度か構えを直す間にも、同じ動きを繰り返していた。
「……あいつ、余裕そうだな」
「侍課程だからな。お前とは習ってることが違うだろ」
「分かってる。でも負けたくねえ」
ナギは手拭いを絞り、疾風へ返した。
「だったら、まず煙を吸わずに済む場所を覚えろよ」
「次は吸わねえって!」
*
夕方、受験者たちは教室へ集められた。
玄蔵は昼過ぎからほとんど口を開かず、帳面に印をつけるときも短く頷くだけだった。
疾風は気になってナギへ耳打ちした。
「あの先生、急に静かになったな」
「腹でも減ったんじゃねえの?」
「まさか」
そう言った直後、玄蔵が腰の包みを開いた。
大きな握り飯を一つ取り出し、二口で食べる。
水を飲んで包みをしまうと、ようやく教室の前へ立った。
「今日の課程を確認する」
声が朝と同じ調子に戻っている。
疾風はナギを見た。
「……本当に腹減ってたのかよ」
「分かりやすい先生だな」
玄蔵が帳面を開いた。
「抜き足、受け身、鉤縄、煙玉。どれも基本だ。今日できなかった者は、どこで失敗したか覚えておけ」
疾風は自分の手を見た。
鉤縄では褒められたが、抜き足では鈴を鳴らし、受け身では起き上がるときにふらついた。煙玉に至っては、自分から煙へ顔を近づけてしまった。
まだ覚えることは多い。
玄蔵は黒板の横へ移動した。
「明日は口頭試験と面接だ」
「面接?」
疾風が顔を上げる。
「何を聞かれるんだ?」
「仕事の判断だ。道具の扱い、見張りの位置、相棒との意思確認も含む」
「じゃあナギと相談しておけばいいんだな」
「相談はしておけ。ただし答えるのはそれぞれだ」
玄蔵は黒板の横に張られた紙を示した。
そこには受験者の名前と試験時刻が並んでいた。
疾風は人の間から自分の名前を探した。
『風切疾風』
すぐ横に『ナギ』。
確かに二人の名前が並んでいる。
ところが、その下に書かれた面接場所は違っていた。
「おいナギ。お前、別の部屋になってるぞ」
「……本当だな」
疾風はほかの受験者の欄も見た。
みなもとコウも別室だ。面接時刻まで重なっている。
「これじゃ一緒に答えられねえじゃん」
「そのための面接だ」
背後から玄蔵の声がした。
「契約者だけを見て合否を決めるわけにはいかん。妖怪にも本人の意思と仕事への理解を確かめる」
疾風は紙を見直した。
人間側の口頭試験。
妖怪側の面接。
二人の名前は並んでいるのに、試験を受ける部屋は別々だ。
「ナギ。お前の方は俺が何も手伝えねえんだな」
「当たり前だろ」
ナギは自分の名前を見上げた。
「俺の分は俺が答えるんだよ」
玄蔵は最後に念を押した。
「明日はそれぞれの名前で来い。相手の答えを代わりに言うことはできん」
疾風は自分とナギの面接場所を確かめ、申込書の受取札を袋へしまった。
試験には、妖怪側の面接もある。




