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百鬼夜行 ~少年忍者と毒舌鎌鼬の物語~  作者: MIYA
第1部「峠見宿」

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18/21

第18話 養成所の門

「おいナギ。どっちが正面だ?」


 風切疾風(かざきりはやて)は央都(おうと)の合同養成所の門前で足を止めた。仮免試験の申し込みに来たのだが、通りに面した入口だけで三つもある。


 右の門には『侍課程』、左には『技師課程』の札が掛かっている。ところが真ん中の門には、何も書かれていなかった。


「忍の課程はどこだよ」


「真ん中じゃねえのか?」


 肩の上でナギが答えた。


「何で分かるんだ?」


「ほかの二つに名前が書いてあるからだろ」


「だったら忍の名前も書いとけよ!」


「お前が看板を買ったばっかだからって、よその看板にまで文句言うな」


 疾風は口を尖らせた。


 三月十八日。仮免試験の申し込み期限は明日までだ。


 以前、契装(けいそう)の稽古をした際には裏手の通用口を使ったため、正面へ来るのは初めてだった。


「とりあえず真ん中へ行ってみるか」


「間違ってたら戻ればいいだろ」


 二人が門をくぐろうとしたところで、低い声が響いた。


「待て」


 門の内側に立っていたのは、肩幅の広い男だった。


 白髪交じりの短髪に、左の頬(ほお)を横切る古い刀傷。背丈も疾風より高いが、それ以上に厚い胸板と太い腕が目についた。


 腰には握り飯の包みが下がっている。


「何の用だ」


「仮免の試験に申し込みたいんだけど」


「名前」


「風切疾風。こっちはナギ」


 ナギが前足を上げた。


「俺も受ける側だ。二人分の名前を書いといてくれよ」


 男はナギを一度見て、手元の帳面へ目を落とした。


「契約登録は済んでいるか」


「三月一日に済ませたぞ」


「所属は」


「紺野屋(こんのや)の見習いだ」


 男は帳面に印をつけた。


「右の廊下を進め。受付は奥だ」


「おう。ありがとな!」


 疾風が歩き出そうとすると、男の視線が腰の袋へ移った。


「小刀を持っているな」


「荷綱を切るためのやつだぞ」


「用途は聞いていない。実技の前に預かり所へ出せ。試験で使う道具はこちらが用意する」


「自分の道具は使えねえのか」


「指定した物だけだ」


「分かったよ」


 男はようやく道を空けた。


 すれ違うとき、後ろから見習いらしい青年が駆け寄ってきた。


「巌堂先生! 受付の名簿はどちらへ運びますか?」


「廊下の奥だ。終わったら訓練場へ持ってこい」


「はい!」


 疾風は振り返った。


「先生なのか、あの人」


「そうみてえだな」


 門の横には木の名札が掛かっていた。


『巌堂玄蔵(がんどうげんぞう)』


「名前まで強そうだな」


「顔も覚えとけよ。あの人に教わるんだろ」


 ナギに言われ、疾風はもう一度玄蔵を見た。


 玄蔵はすでに次の受験者を呼び止め、同じように持ち物を確かめていた。


*


 受付には人間と妖怪が入り交じった列ができていた。


 机の上には契約登録の写しや所属先の証明書が積まれ、役人が一枚ずつ確認している。列の先頭では、小柄な少女が三枚の紙を広げていた。


「契約の写しがこれ。所属先の証明がこっち。申込書は二人とも署名済み」


 少女は短い黒髪で、日に焼けた顔をしていた。


 作業着の腰には小さな水準器(すいじゅんき)が下がっている。


 隣にいるのは河童だ。子どもほどの背丈で、甲羅(こうら)には薄く苔(こけ)が生えていた。頭の皿が気になるらしく、ときどき指先で水の量を確かめている。


 役人は書類を順番に見た。


「沢渡(さわたり)みなもさん、コウさん。書類はそろっています」


「ありがとう。次の人が待ってるから先に行くね」


 少女が振り返る。


 疾風は思わず声を掛けた。


「お前、すげえな。そんなに書類がいるのか?」


「必要な分だけだよ。あんたも受けるの?」


「おう。風切疾風だ。こっちはナギ」


「うちは沢渡みなも。こっちはコウ」


 河童が小さく頭を下げた。


「よろしく」


「おう!」


 疾風が手を上げると、みなもは腰の袋を見た。


「書類は全部そろってる?」


「契約書の写しはある。紺野屋の証明も持ってきたぞ」


「申込書は?」


「ここで書くんじゃねえの?」


「書けるよ。でも先にそろえておけば並び直さなくて済むでしょ」


 みなもは申込書の見本を指した。


「人間と妖怪の名前が両方必要だから、片方だけ書いて出さないようにね」


「そんなの忘れねえよ!」


「うちの見積もりだと、あんたは一回くらいやりそうだけど」


「何の見積もりだよ!」


 ナギが横で笑った。


「こいつ、見積もりの紙をなくして書き直してもらったばっかなんだよ」


「おい! 余計なこと言うな!」


「やっぱり?」


 みなもは呆れた顔をした。


「試験じゃ書類をなくしても待ってくれないと思うよ」


「だからなくさねえって!」


 コウが小さく笑い、みなもの袖を引いた。


「次の人、呼ばれてる」


「あ、本当だ。それじゃ、またね」


 みなもたちは廊下の奥へ歩いていった。


 疾風も受付の机へ進み、書類を差し出した。


 申込書には自分とナギの名前を書く欄が並んでいる。


「ナギ。こっちはお前が書いてくれ」


「おう」


 ナギは筆を前足で受け取り、『ナギ』と記した。


 疾風も隣に『風切疾風』と書く。


 役人が契約登録と所属先の証明を照らし合わせ、申込書に印を押した。


「受験料は一組三十文です」


「高え!」


 疾風は思わず声を上げた。


 役人の手が止まる。


「料金は決まっています」


「三十文あったら鉤縄が一本買えるだろ!」


「受験料を納めなければ申し込みは受理できません」


「払うって! ちょっと驚いただけだよ!」


 疾風は財布から三十文を数え、受付の皿へ置いた。


 役人は銭を確かめ、受領印を押す。


「申し込みを受理しました。こちらが受取札です」


「よっしゃ!」


 疾風は札を受け取り、ナギへ見せた。


「これで仮免に一歩近づいたな!」


「まだ申し込んだだけだぞ」


「申し込まなきゃ受けられねえだろ」


「そりゃそうだけどよ」


 役人は続けて一枚の案内を差し出した。


「本日は基礎課程があります。実技の開始前に、小刀を預かり所へ提出してください」


「分かった!」


「試験日程は教官から説明があります。遅れないように」


 疾風は受取札を袋へしまった。


 残高は五貫ちょうど。


 三十文が一度に減ったことを考えると少し惜しかったが、申し込みは無事に終わった。


 ナギが袋の口を前足で押さえる。


「今度こそ閉めとけよ」


「もう閉めてるって!」


*


 受付を出たところで、大きな影が通路をふさいだ。


「おお! 若、この建物はなかなか立派じゃのう!」


 声の主は赤銅色(しゃくどういろ)の肌をした鬼だった。


 身長は七尺ほど。額には二本の角が生え、左側の先だけが少し欠けている。派手な帯を締めた着流(きなが)し姿で、廊下の天井を気にしながら歩いていた。


 その隣には白い羽織(はおり)を着た少年がいる。


 長い黒髪を高く結び、背筋を伸ばしている。疾風より頭一つほど背が高く、羽織には見慣れない家紋が入っていた。


「ガンマル。声を落とせ。廊下に響いている」


「おお、これは失礼した!」


 鬼は大げさに頭を下げた。


 しかし声の大きさはほとんど変わっていない。


 疾風が思わず笑うと、白い羽織の少年がこちらを向いた。


「お前も受験者か」


「そうだけど。お前は?」


「久瀬景虎(くぜかげとら)。雪嶺から来た留学侍だ」


 景虎はそう名乗り、疾風の腰にある小刀へ目を向けた。


「その小刀で何を切る。紙か」


 疾風の右眉が上がった。


「綱だよ」


「綱?」


「荷を固定したり、ほどいたりするんだ。切っていい綱だけ切ることもある」


 景虎は小刀をもう一度見た。


「敵を斬るための刃ではないのか」


「俺は運び屋だぞ。まず荷を運べなきゃ話にならねえだろ」


「なるほど。ならば荷を扱う腕には自信があるわけだな」


「当たり前だ!」


 景虎の口元に笑みが浮かんだ。


「私は侍課程で剣を学んでいる。どうやら、ずいぶん考え方が違うらしい」


「そりゃ違うだろ。俺は忍びになりたいんだからな」


「だが同じ養成所で試験を受ける。腕を比べる機会はあるだろう」


 疾風はすぐに食いついた。


「だったら勝負するか?」


 ナギの尾がぴくりと動く。


「おい疾風。何を勝負するんだよ」


「どっちが先に合格するかだ!」


 景虎は腕を組んだ。


「何を賭ける?」


「昼飯!」


 疾風は迷わず答えた。


「先に合格した方が奢られる。どうだ?」


「乗った。互いの課程で、正式に合格と判定された日を比べる。早い方の勝ちだ」


「おう!」


「ただし食事は、負けた方が払える範囲の品から選ぶことにしよう」


「そんな心配いらねえよ。俺が勝つんだからな!」


 景虎は余裕のある笑みを崩さなかった。


 そこへガンマルが割り込む。


「若、また賭け事かのう」


「勝負の約束だ。賭け事ではない」


「負ければ飯代を払うのじゃろ。同じことではないか」


「ガンマル」


「はいはい。若の仰せのとおりじゃ」


 鬼は芝居じみた仕草で頭を下げた。


 疾風はそのやり取りがおかしくて笑った。


「鬼のおっさん。お前も賭けるか?」


「ほう! わしにも勝負を挑むか!」


 ガンマルが胸を張る。


 ナギは疾風の耳元で言った。


「お前、財布の中身を見てから言えよ」


「一食くらい払えるって!」


「さっき三十文払って騒いでた奴の台詞かよ」


 ガンマルが腹を抱えて笑った。


「はっはっは! 小さき者の言うことが正しいのう!」


「俺は小さき者じゃねえ。ナギだ!」


「これは失礼! ナギ殿と呼ぶべきじゃったな!」


「普通にナギでいい!」


 景虎は二人を見比べ、懐の手帳を取り出した。


「風切だったな。名前は覚えたぞ」


「俺も覚えた。久瀬だろ」


「では試験で会おう」


 景虎はガンマルを伴い、侍課程の方へ歩いていった。


 疾風はその背中を見送った。


「何か気に食わねえ奴だな」


「お前から勝負をふっかけたんだろ」


「そうだけどよ。あの余裕の顔が腹立つ!」


「昼飯代、取っとけよ」


「俺が勝つんだから必要ねえって!」


 ナギは大きなため息をついた。


*


 午後の訓練場では、巌堂玄蔵(がんどうげんぞう)が受験者を待っていた。


 片側には忍課程の受験者が集まり、反対側では侍課程の者たちが木刀を使った稽古をしている。


 疾風は入口の預かり所へ小刀を出し、受取札を袋へしまった。


 玄蔵は人数を確かめると、短く言った。


「今日から基礎をやる。まずは自分の足で帰れることを覚えろ」


 最初は抜(ぬ)き足だった。


 床板を並べた道の端に、小さな鈴が吊るされている。板を強く踏むと振動が伝わり、鈴が鳴る仕組みだ。


「音を立てずに向こうまで進め。速さは採点しない」


 玄蔵が命じた。


 先に歩いた受験者は途中で鈴を鳴らした。次の者も最後の一枚で音を立てる。


 疾風は板の継ぎ目を見た。


 荷車の荷台なら、きしむ場所を避けて歩ける。板の端と中央では、重さの掛かり方が違うからだ。


「これならいけそうだな」


「油断すんなよ」


 ナギが肩の上から言った。


 疾風は慎重に足を乗せた。


 最初の二枚は静かに通れた。三枚目も問題ない。だが四枚目で後ろ足へ体重を残したまま前へ進もうとすると、鈴が小さく鳴った。


「うわっ!」


「止まれ」


 玄蔵が声を掛けた。


「後ろ足を見ろ。板を押したままになっている」


「音を立てないように歩いてたんだぞ」


「ゆっくり歩くことと、音を消すことは違う。もう一度」


 疾風は最初の位置へ戻った。


 今度は前へ置いた足に少しずつ体重を移し、後ろ足を軽くしてから持ち上げた。


 鈴は鳴らなかった。


 その代わり、最後まで進むにはかなり時間がかかった。


「よし。次」


 玄蔵が帳面へ印をつけた。


 続いてみなもが同じ道へ進む。


 彼女は一枚ごとに足の置き場を確かめ、ゆっくり歩いた。途中で何度も止まったが、鈴は一度も鳴らない。


「すげえな。どうやったんだ?」


「先に重さの掛かる場所を調べただけだよ」


 みなもは腰の水準器を軽く叩いた。


「水路の足場も同じだからね」


 隣にいたコウが板の一枚を指した。


「右の端だけ少し浮いてる」


 疾風が目を凝らすと、確かに一枚だけ角が高くなっていた。


「お前ら、二人で見てたのか」


「うち一人で受けるわけじゃないからね」


 みなもは当然という顔で答えた。


 疾風は肩のナギを見た。


「俺たちも次は相談するか」


「今さらかよ」


「これからはするって!」


 次の課程は受け身だった。


 玄蔵は倒れる方向と肩の使い方を説明し、受験者を順番に転がしていく。


 疾風は荷車から落ちた経験なら何度もあったが、自分から安全に転ぶのは勝手が違った。


「腕を突くな。肩から回れ」


「いてて……結構痛えな」


「その手で地面を支えるな。傷が開くぞ」


 玄蔵は包帯を指した。


 疾風は返事をしてもう一度転がった。


 今度は掌を突かずに背中へ重さを逃がせたが、起き上がろうとして足がもつれた。


「もう一回!」


「まず立て。ふらついたまま転ぶな」


 疾風は一度呼吸を整えた。


 玄蔵はできなかった理由だけを告げ、必要以上には叱らなかった。


 次は鉤縄の稽古だった。


 訓練場には高い梁が渡され、下には厚いむしろが敷かれている。受験者は貸し出された鉤縄(かぎなわ)を使い、決められた位置まで登ることになっていた。


「掛ける前に支えを見ろ。弱い所に掛ければ綱ごと落ちる」


 玄蔵の説明を聞き、疾風は梁を見上げた。


 ほかの受験者は鉤を投げる位置ばかり確かめている。疾風は梁と柱の接合部を見た。


「ナギ。あそこなら掛かるよな」


「太い方の梁だな。細い横木には掛けんなよ」


「おう」


 疾風は縄の長さを調整し、鉤を投げた。


 一度目は梁の手前に当たって落ちた。


「もう少し奥だ!」


 ナギが声を掛ける。


「分かってる!」


 二度目は鉤が梁を越え、反対側へ落ちた。


 綱を軽く引くと、鉤の内側が木へ掛かる。疾風はすぐには登らず、下から角度を変えて二度引いた。


 鉤が外れないことを確かめてから、足を綱へ掛ける。


 手だけで体を持ち上げるのではなく、足で綱を挟んで重さを支えた。まだ掌に痛みは残るが、握る力を減らせば登れる。


 指定された高さへ到達すると、疾風は足元を確かめながら降りた。


 ほかの受験者より早かった。


「よっしゃ!」


「声を出すのは、地面に降りてからにしろ」


 玄蔵が言った。


 疾風は着地し、教官を振り返る。


「どうだった?」


「今日の鉤縄では一番だ」


「おおっ!」


「掛ける先を確かめたのもいい。ただし綱を引く力が強い。手の傷が治るまでは加減しろ」


「分かった!」


 疾風は笑ってナギを見た。


「聞いたか? 一番だって!」


「一つだけな」


「そこは素直に褒めろよ!」


「次も一番なら褒めてやる」


 その自信は、最後の課程であっさり崩れた。


 煙玉の稽古だった。


 訓練場の隅には風向きを調べる細い布が吊るされている。玄蔵は受験者に煙玉を一つずつ配った。


「煙は風に流れる。投げる位置だけでなく、自分がどこに立つかを考えろ」


 疾風は丸い玉を受け取った。


 中には妖石の粉が仕込まれているらしい。地面に当てて割れば、濃い煙が広がる仕組みだ。


「風は右から左だな」


 疾風は布の動きを確かめた。


「そこは得意だろ」


 ナギが言った。


「お前の風だって何度も見てきたからな」


「俺を煙と一緒にすんなよ」


「分かってるって」


 疾風は目標の印へ煙玉を投げた。


 玉が地面で割れ、灰色の煙が広がる。


 煙は予想どおり左へ流れた。


「おお! いい感じじゃん!」


 疾風は得意になり、煙の向こうをのぞき込んだ。


 そのとき訓練場の壁に当たった風が巻き返した。


 煙の端が疾風の方へ戻ってくる。


「うわっ!」


 鼻と口へ煙が入り、激しく咳き込んだ。


「げほっ! ごほっ! 何だこれ!」


 ナギは素早く肩から飛び降り、煙の外へ逃げた。


「だからのぞくなって!」


「先に言えよ!」


「言う前に顔突っ込んだのはお前だろ!」


 疾風は涙目になりながら煙の外へ出た。


 玄蔵が腕を組んで見ている。


「風向きは読めていた」


「だろ! 最初は合ってたぞ!」


「だが煙の広がる範囲を見ていない。壁に当たれば風は戻る。次は立つ位置を変えろ」


「……分かった」


 玄蔵は帳面へ印をつけた。


 疾風は水場へ行き、何度か口をすすいだ。


 みなもが通りかかる。


「うちの見積もりだと、今日一番煙を吸ったのはあんただね」


「そんなもんまで見積もるなよ!」


「見積もらなくても分かるよ」


 コウが濡らした手拭いを差し出した。


「顔も拭いた方がいい」


「助かる!」


 疾風が受け取ろうとすると、包帯に灰色の粉が付いているのが見えた。


 ナギが代わりに手拭いを持ち上げる。


「ほら。動くなよ」


「自分でできるって!」


「その手で目までこする気か?」


「……頼む」


 ナギは疾風の顔を手早く拭いた。


 鼻の周りについた灰色の粉が取れると、ようやく息がしやすくなる。


 訓練場の反対側では、景虎が木刀を振っていた。


 踏み込む足がぶれず、振り終えた姿勢も崩れない。周りの受験者が何度か構えを直す間にも、同じ動きを繰り返していた。


「……あいつ、余裕そうだな」


「侍課程だからな。お前とは習ってることが違うだろ」


「分かってる。でも負けたくねえ」


 ナギは手拭いを絞り、疾風へ返した。


「だったら、まず煙を吸わずに済む場所を覚えろよ」


「次は吸わねえって!」


*


 夕方、受験者たちは教室へ集められた。


 玄蔵は昼過ぎからほとんど口を開かず、帳面に印をつけるときも短く頷くだけだった。


 疾風は気になってナギへ耳打ちした。


「あの先生、急に静かになったな」


「腹でも減ったんじゃねえの?」


「まさか」


 そう言った直後、玄蔵が腰の包みを開いた。


 大きな握り飯を一つ取り出し、二口で食べる。


 水を飲んで包みをしまうと、ようやく教室の前へ立った。


「今日の課程を確認する」


 声が朝と同じ調子に戻っている。


 疾風はナギを見た。


「……本当に腹減ってたのかよ」


「分かりやすい先生だな」


 玄蔵が帳面を開いた。


「抜き足、受け身、鉤縄、煙玉。どれも基本だ。今日できなかった者は、どこで失敗したか覚えておけ」


 疾風は自分の手を見た。


 鉤縄では褒められたが、抜き足では鈴を鳴らし、受け身では起き上がるときにふらついた。煙玉に至っては、自分から煙へ顔を近づけてしまった。


 まだ覚えることは多い。


 玄蔵は黒板の横へ移動した。


「明日は口頭試験と面接だ」


「面接?」


 疾風が顔を上げる。


「何を聞かれるんだ?」


「仕事の判断だ。道具の扱い、見張りの位置、相棒との意思確認も含む」


「じゃあナギと相談しておけばいいんだな」


「相談はしておけ。ただし答えるのはそれぞれだ」


 玄蔵は黒板の横に張られた紙を示した。


 そこには受験者の名前と試験時刻が並んでいた。


 疾風は人の間から自分の名前を探した。


『風切疾風』


 すぐ横に『ナギ』。


 確かに二人の名前が並んでいる。


 ところが、その下に書かれた面接場所は違っていた。


「おいナギ。お前、別の部屋になってるぞ」


「……本当だな」


 疾風はほかの受験者の欄も見た。


 みなもとコウも別室だ。面接時刻まで重なっている。


「これじゃ一緒に答えられねえじゃん」


「そのための面接だ」


 背後から玄蔵の声がした。


「契約者だけを見て合否を決めるわけにはいかん。妖怪にも本人の意思と仕事への理解を確かめる」


 疾風は紙を見直した。


 人間側の口頭試験。


 妖怪側の面接。


 二人の名前は並んでいるのに、試験を受ける部屋は別々だ。


「ナギ。お前の方は俺が何も手伝えねえんだな」


「当たり前だろ」


 ナギは自分の名前を見上げた。


「俺の分は俺が答えるんだよ」


 玄蔵は最後に念を押した。


「明日はそれぞれの名前で来い。相手の答えを代わりに言うことはできん」


 疾風は自分とナギの面接場所を確かめ、申込書の受取札を袋へしまった。


 試験には、妖怪側の面接もある。

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