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百鬼夜行 ~少年忍者と毒舌鎌鼬の物語~  作者: MIYA
第1部「峠見宿」

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15/21

第15話 値札の裏

「買ったら給金から引くからね」


 出発前のお紺(こん)の声が、まだ耳に残っていた。


 央都(おうと)の南にある金物通り。その入口で風切疾風(かざきりはやて)は三枚の荷札を広げ、今日の仕事を確かめていた。


 修理に出した金具の受け取りが一件。新しい留め金の見積もりが三件。


 買い物を頼まれたわけではない。


「分かってるって。値段を聞いて帰ればいいんだろ」


「その台詞、店を出るときも言ってたぞ」


 肩の上でナギが尾を動かした。


 灰茶色の鎌鼬(かまいたち)は、今日も小さな道具袋を背負っている。中にはお紺から預かった、見本用の古い留め金が入っていた。


「お前、安いと聞くとすぐ買いたがるからな」


「安く買えるならいいだろ」


「お紺さんが決めるって言ってたのを忘れたのか?」


「忘れてねえよ!」


 疾風は荷札を腰の袋へ戻した。


 両掌には、まだ綱擦れの傷が残っている。昨日より痛みは引いたものの、重い荷を持つと親指の付け根が引っ張られた。


 そのため、今日は荷車を引く仕事ではなく、軽い金具の受け取りと値段の調査を任されたのだ。


「しかし、お紺さんも細けえよな。留め金二つくらい、一軒で買えばいいじゃん」


「毎日荷車を走らせるんだぞ。安くてもすぐ壊れる金具じゃ困るだろ」


「だからお前も連れてきたんだよ」


「俺は荷役として働いてんだ。お前の買い物の付き添いじゃねえ」


「はいはい。細工師ナギ様の目を貸してくれ」


「その言い方が気に食わねえ」


 言い合いながら通りへ入った。


 軒先には鍋の取っ手や荷車の車輪、人工妖装の部品まで並んでいる。店の奥から金属を叩く音が響き、通りには熱した鉄と油の匂いが漂っていた。


 一軒目の店には、大きな車輪が入口の横に立てかけられていた。


 疾風が荷札を出すと、店主は奥から布包みを持ってきた。


「紺野屋の修理品だな。曲がった所は直してあるよ」


 包みの中には、修理を依頼していた留め金が入っていた。


 ナギが台へ跳び乗り、前足で金具を裏返す。


「削ったのはここだけか?」


「ああ。穴の内側は触ってない。合わせが変わると困るからな」


 ナギは金具を傾け、光へ向けた。


 擦り減った部分には金属が足され、表面が滑らかに整えられている。穴の周囲には以前の加工跡が残っていた。


「いい仕事だな」


「そりゃどうも」


 店主が笑った。


 疾風も受け取って確かめた。


 少し重くなっているが、留め具の幅は以前とほとんど変わらない。これなら元の場所へ取り付けられそうだ。


「じゃあ、これと同じ寸法で新品を二つ作ったら、いくら?」


「鉄の留め金二つで二十六文だ。三日でできる」


「二十六か。もう少しまけられねえ?」


「まだ買うとも決めてないんだろ?」


「まあ、そうだけどさ」


「なら先にほかの店も見ておいで。それでもうちがよければ頼んでくれ」


 疾風は笑った。


「おっちゃん、商売うまいな」


「お前さんほどじゃないよ」


 店主は値段と納期を書いた控えを渡してくれた。


 疾風は修理済みの金具と控えを受け取り、荷札の裏にも二十六文と書き込む。


 店を出ると、ナギが耳元で言った。


「一軒目から値切るなよ。まだ相場も分かってねえだろ」


「相場を知るために値切ったんだって」


「嘘つけ。安くなったら買う顔してたぞ」


「顔は関係ねえだろ!」


 ナギは鼻を鳴らした。


「お紺さんに言いつけてやろうか」


「やめろよ! 本当に給金から引かれるだろ!」


*


 二軒目の見積もりは二十二文だった。


「おっ、安い!」


 疾風が身を乗り出すと、ナギがすぐに金具の見本を確かめた。


「待て。これ、縁が薄いぞ」


「同じ鉄だろ?」


「鉄なら何でもいいってわけじゃねえ」


 ナギは前足で留め金の内側を示した。


 荷車の車軸を押さえる部分だ。何度も走らせれば、ここが擦れて少しずつ削れていく。


「薄い方が早く傷む。重い荷を載せるなら、長持ちしねえぞ」


「じゃあ厚い方は?」


 店主が棚から別の金具を取り出した。


「こっちなら二十八文だね。二つ一組でその値段だ」


 二種類の金具が並べられた。


 疾風は一つずつ手に取ってみた。


 わずかな厚さの違いしかない。それでも指で押したときの硬さは、かなり違っていた。


「なるほどな。安い方を二回買うくらいなら、丈夫な方を一回買った方が得かもしれねえ」


「ようやく分かったか」


「まだ一軒残ってるって!」


 ナギは薄い方の金具を棚へ戻した。


 店主は二種類の見積もりを別々の控えへ書いてくれた。


 薄い金具が二十二文。


 厚い金具が二十八文。


 どちらも二つ一組の値段だった。


 疾風は控えを袋へしまった。


「お紺さんならどっちを選ぶと思う?」


「安いだけの金具は買わねえだろ。途中で壊れたら、荷を傷つけることになる」


「……昨日の外箱みたいにか?」


「自分で言ったな」


「お前が言わせたんだろ!」


 ナギが声を立てて笑った。


 三軒目は通りの奥にあった。


 入口の前には荷車が一台止まり、男たちが木箱を運び込んでいる。奥の作業場からは大きな金槌(かなづち)の音が響いていた。


 疾風が見本を出すと、店主は寸法を確かめた。


「この形なら三十文だな。鉄は厚めにする。出来上がりは明後日だ」


「三十文か。今までで一番高えな」


「その代わり長く使える。毎日走らせる荷車なら悪い買い物じゃないぞ」


 ナギが見本の金具を受け取った。


「穴の内側は磨いてあるのか?」


「もちろんだ。車軸へ傷がついたら困るからな」


「角の仕上げは?」


「そこも落としてある。触ってみろ」


 ナギは見本を裏返し、前足で縁をなぞった。


「……いいな。値段なりの仕事だ」


 疾風はナギを見た。


「お前がそこまで言うなら、いい品なんだな」


「高いけどな」


「そこが問題なんだよ!」


 三軒目の店主も見積もりを書いてくれた。


 机にはほかにも注文書が積まれている。そのうち何枚かは赤い線で消され、脇へよけられていた。


「おっちゃん、注文が多いんだな」


 疾風が尋ねると、店主は顔をしかめた。


「忙しいというより、面倒なことがあってな」


「何かあったのか?」


「部品を盗まれたんだよ。裏の倉からな」


 疾風の手が止まった。


「盗まれた?」


「ああ。昨日の夜明け前だ。店を開けたら裏の戸が開いていてな。役所には届けてあるんだが、仕事は止められないからね」


 掲示板にあった盗難の知らせだ。


 疾風は預かっていた控えを袋へしまわず、そのまま店主へ向き直った。


「どんな部品がなくなったんだ?」


「脚甲に使う関節の留め具と、小さな接続部品だ。古い型だが、修理には使える」


 ナギが顔を上げた。


「脚甲の部品か」


「そうだ。新品ほど高くはないが、欲しがる職人はいる」


 疾風は一昨日の高架荷路を思い出した。


 強盗の男が装着していた金属製の脚甲。


 膝の横には小さな筒が並び、踏み込むたびに金具が伸びていた。途中で曲がれないという欠点があったものの、あの速さは忘れられない。


 その部品が盗まれたという。


「なあ、その脚甲の部品って、高架で使われてたやつと同じなのか?」


「高架? ああ、強盗の話か」


 店主は首を振った。


「わしは実物を見てないから分からんな。同じ型でも作り手によって違うし、古い部品を組み合わせることもある」


「そうか……」


「お前さんたち、あの騒ぎに巻き込まれたのか?」


「まあな。俺たちの荷が狙われたんだよ」


 店主は疾風の掌の包帯を見た。


「それでその手か。無茶するもんじゃないぞ」


「分かってるって」


 疾風は肩をすくめた。


「盗まれた物が見つかったら、教えてやるよ」


「ありがたいが、見つけても勝手に取り返そうとするなよ。役所へ知らせてくれればいい」


「おう!」


 疾風は見積もりの控えを受け取り、礼を言って店を出た。


 通りへ戻ると、ナギが肩の上で口を開いた。


「お前、あの部品が強盗の脚甲に使われてると思ってんだろ」


「気になるだろ。脚甲の強盗が出て、その翌朝に脚甲の部品が盗まれたんだぞ」


「関係あるかもしれねえ。でも同じ物だって証拠はねえぞ」


「分かってるよ」


 疾風は三軒の控えを取り出した。


 二十六文。


 二十二文と二十八文。


 三十文。


 見積もりは全部そろった。


 修理に出した金具も受け取った。


 買い物はしていない。


「よし。これでお紺さんに文句は言われねえな!」


「仕事の分はな」


「じゃあ、少しくらい寄り道してもいいだろ」


 ナギは嫌そうに目を細めた。


「また何か見つけたのか?」


「さっきから気になってた店があるんだよ」


 疾風は通りの反対側を指した。


 古道具と工具を並べた質屋だった。


*


 質屋の軒先には、使い古された工具が吊るされていた。


 細い鏨(たがね)、曲がった金具、荷車の部品。どれも新品ではないが、磨き直されていて使えそうな物ばかりだった。


 店先の棚には、値札の付いた留め具が並んでいる。


 疾風はその一つへ目を留めた。


「ナギ。あれを見ろよ」


「どれだ?」


 丸い留め具の横に、短い金属の腕が付いていた。関節の動きを押さえる部品らしく、端には小さな穴が二つ並んでいる。


「脚甲の留め具か?」


「そうみたいだな」


 ナギは棚の上へ跳び乗った。


「古い型だ。でも、あの強盗がつけてた脚甲と同じ物とは限らねえぞ」


「分かってる。値札を見てみろよ」


 札には十八文と書かれていた。


 疾風は首を傾けた。


 さっきまで見ていた荷車の留め金とは用途が違う。単純に値段を比べられないのは分かっている。


 だが、これほど小さな部品に十八文というのは、どうにも高く感じた。


「どこから仕入れてるんだろうな」


「買い取った物じゃねえのか?」


「全部がそうとは限らねえだろ。直して売ってるのかもしれねえ」


 ナギは店内をのぞいた。


 奥では店主が帳面を広げ、棚の品を一つずつ確かめている。買い取りの札と売値を並べて書いているらしかった。


「普通に聞けばいいんじゃねえの?」


「盗まれた部品のことを聞いたら、怪しまれるかもしれねえだろ」


「お前はもう怪しい顔してるぞ」


「うるせえな。ちょっと考えがあるんだよ」


 疾風はナギを肩から降ろした。


「なあ、喧嘩してくれ」


「……は?」


「仲違いした荷役のふりをするんだ。俺が安く買えるって言い張るから、お前は反対してくれ」


 ナギは疾風を見上げた。


「普段と変わらねえじゃねえか」


「だからうまくいくんだろ!」


「俺が本気で怒っても文句言うなよ」


「乗った!」


 二人は店へ入った。


「だからお前が間違ってんだって!」


 疾風は入るなり声を張り上げた。


 店主が顔を上げる。


「何だい。喧嘩なら外でやってくれ」


「喧嘩じゃねえよ! こいつが値段の分からねえこと言うんだ!」


「誰が分かってねえって?」


 ナギが前足を広げた。


「お前が金具一つ三文で買えるって言うからだろ! まともな脚甲の部品がそんな値段で買えるかよ!」


「三文?」


 店主は二人を見比べた。


 疾風は棚の留め具を指した。


「これだよ! 古い金具なんだから三文で十分だろ?」


「馬鹿言うんじゃない。十八文だよ」


「高すぎるって! こんな小さい物に十八文も払えるかよ!」


「大きさで値段が決まるわけじゃないんだよ」


 店主は帳面を閉じ、留め具を取り上げた。


「これは脚甲の関節に使う部品だ。古い型だが作りがいい。そう簡単に代わりが利く物じゃない」


 ナギが台へ跳び乗った。


「ちょっと見せろよ」


「何だい、お前さんも細工をするのか?」


「やってるぞ。金具の修理ならな」


 ナギは留め具を受け取り、裏返した。


 穴の縁には薄く削った跡がある。表面は磨かれているが、内側の角だけ少し色が違っていた。


「これ、修理した品だろ」


「よく分かったね」


「穴が広がってた所を直してある。新品じゃねえな」


「そうだよ。修理上がりの品だ」


 店主は少し得意そうに腕を組んだ。


「だからこそ値がついてるんだ。古い部品を直す方が、新しく作るより手間のかかることもあるからね」


「だったらなおさら三文でいいだろ!」


 疾風が割って入る。


 店主は呆れた顔をした。


「お前さんは話を聞いてたのかい?」


「聞いてるよ! 中古で修理品なんだろ?」


「そうだが、修理したのがどこか分かって言ってるのか?」


「知らねえよ!」


「炭谷の工房だよ。あそこの仕事なら、古い金具でも安心して使える」


 疾風は心の中でその名前を繰り返した。


 炭谷。


 聞いたことのない工房だった。


「そんなに腕がいいのか?」


「古い脚甲を直させたら、あそこは確かだよ。ほかじゃ断られる型でも引き受けることがある」


 ナギが金具を返した。


「仕上がりは悪くねえな。確かに丁寧だ」


「ほら、分かる者には分かるんだ」


 店主は満足そうに値札を戻した。


 疾風はまだ不満そうな顔を作る。


「じゃあ、炭谷に直接頼めば安いんじゃねえの?」


「工房は修理を引き受ける所だよ。店頭で一つずつ売ってるわけじゃない」


「どこにあるんだよ」


「この通りを少し外れた所さ。もっとも、部品を一つ買うだけなら、うちで買った方が早いけどね」


 店主は値札を指で押さえた。


「で、買うのかい?」


 疾風はナギを見た。


 ナギは何も言わず、軽く尾を動かした。


 仕入れ先の名前は分かった。


 これ以上値段の話を続けても、別の情報が出てくるとは限らない。


「……今日は買わねえ」


「だったら最初からそう言いな」


 店主がため息をつく。


 するとナギが疾風の足首を前足で叩いた。


「ほら見ろ。俺が高いって言っただろ!」


「お前、最初から十八文だって知ってたのかよ!」


「相場を知らねえのはお前だけだ!」


「だったら先に教えろよ!」


「お前が聞かなかったんだろ!」


 店主は額を押さえた。


「もういいから出ていってくれ。買わないなら店先を塞がないでおくれ」


 二人は言い合いを続けながら店を出た。


 角を曲がって質屋が見えなくなると、疾風はとうとう笑い出した。


「ははっ! お前、うまいじゃん!」


「半分は本音だよ」


「何だよ、それ!」


「三文で買えると思ってる奴には、本気で説教してたぞ」


「思ってねえって! わざと間違えたんだよ!」


「ならいいけどな」


 ナギは疾風の肩へ登った。


「で、炭谷って工房を調べるのか?」


「気にはなる。でも今すぐ押しかけたって、盗難と関係あるか分かんねえだろ」


「そうだな。質屋だって普通に仕入れただけかもしれねえ」


 疾風は頷いた。


 盗まれた脚甲の部品。


 質屋に並んでいた修理品。


 仕入れ先の炭谷という工房。


 今はまだ、同じ物だと確かめられない。


 疾風は予備の荷札を一枚取り出し、裏へ『炭谷』と書いた。


「名前だけは忘れねえようにしとく」


「お前、人の顔は忘れねえくせに店の名前はすぐ忘れるからな」


「余計なお世話だ!」


 ナギが尾で荷札の端を押さえた。


「それより、さっきの店の裏を見てみねえか?」


 疾風は顔を上げた。


「何で?」


「修理品がどこから運び込まれてるか、少しくらい分かるかもしれねえだろ」


「お前も気になってんじゃねえか!」


「お前一人で突っ走られたら困るからな」


 二人は質屋の裏へ続く路地へ向かった。


*


 質屋の裏手は、荷車一台が通れるほどの細い道だった。


 両側には店の裏口が並び、木箱や使い古した道具が端へ寄せられている。表通りの金属を叩く音が、建物の間を通って小さく聞こえた。


「勝手に店へ入るなよ」


 ナギが念を押した。


「入らねえよ。道から見るだけだって」


 疾風は質屋の裏口が見える位置で足を止めた。


 戸の脇には壊れた車輪が立てかけられ、その下に黒い泥がたまっている。


 荷下ろし場の石畳は、まだ少し濡れていた。店の者が水を流したらしく、細い溝に汚れた水が残っている。


「ここから品を入れてるんだな」


「そりゃ裏口だからな」


「もう少し何か見つかんねえかな」


「そんな都合よく――」


 ナギが言葉を止めた。


 前足で石畳を指す。


「疾風。足元」


 疾風はそちらを見た。


 泥の上に靴跡が残っていた。


 大きな跡がいくつも重なっている。その中に、硬い靴底で踏みつけたような深い跡があった。


 疾風はしゃがみ込んだ。


「……これ」


 右足の跡だった。


 踵の外側が欠けている。


 疾風は顔を近づけた。


 昨日、南市場の路地で見つけた跡とよく似ていた。


「ナギ。昨日の足跡、覚えてるか?」


「右の踵が欠けてたやつだろ」


「ああ。これも同じ形じゃねえか?」


 ナギが地面へ降りた。


 足跡の周囲を一周し、隣に残った左足の跡も確かめる。


「待て。こっちは普通の形だ」


「昨日も右だけ欠けてた」


「幅も近いな。だが、同じ靴だとはまだ決められねえぞ」


「分かってる」


 疾風は足跡をたどった。


 一歩。


 その先に、もう一歩。


 つま先はいずれも質屋の裏戸を向いている。


 右足の跡だけ、踵の外側が同じように欠けていた。


「……裏口に入ってる」


 ナギも戸を見上げた。


 疾風は昨日の荷札を思い出した。


 墨で描いた、右足の踵。


 役人へ渡してしまったので今は手元にない。それでも欠けた角の形は覚えている。


 目の前の跡と同じかどうか、確かめる必要があった。


 ナギが疾風の足元へ戻ってきた。


「どうする?」


 疾風は裏戸を見た。


 閉まっている。


 中からは物を動かす音がするが、誰がいるのかは分からない。


 昨日なら、ここで戸を開けていたかもしれない。


 しかし、疾風は手を伸ばさなかった。


「……まずは役人だな」


「おう。それがいい」


 ナギは頷いた。


 疾風は立ち上がる前に、もう一度足跡を見た。


 右足の踵。


 外側が欠けていた。

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