第14話 人混みの向こう
懸賞金、一貫。
風切疾風は張り紙に顔を近づけた。数字をもう一度確かめ、包帯の巻かれた右手で指を一本立てる。
「ナギ! 一貫だぞ!」
央都の南市場へ続く通りには、朝から人が集まっていた。昨日の高架荷路で起きた強盗事件について、役所が手配書を張り出したのだ。
捕まった男は二人。ところが、襲撃の混乱に紛れて逃げた仲間が、もう一人いるらしい。
張り紙には灰色の頭巾をかぶった男の似顔絵が描かれている。細い目と右頬の小さな傷。目撃された服装に加え、右肩へ荷を掛ける癖まで書かれていた。
「一貫ってことは、百文だろ。五日分の日当じゃねえか!」
疾風が声を上げると、肩の上でナギが顔をしかめた。
「いちいちでけえ声出すなよ。耳元だぞ」
「五日分だぞ! これを逃す手はねえだろ!」
「お前がもらえると決まったわけじゃねえ」
灰茶色の鎌鼬は、長い尾を疾風の首へ緩く巻いたまま張り紙を読んだ。
「ほら。捕まえなくても、役に立つ情報なら謝礼が出るって書いてあるぞ」
「でも捕まえた方が一貫に近いだろ」
「お前、忍びの仮免も持ってねえじゃねえか。昨日の侍の仕事を横取りする気かよ」
「横取りじゃねえよ。協力だって!」
疾風は腰の財布を押さえた。
昨日は強盗から荷を守り、落ちかけた男まで助けた。それなのに外箱代十二文を引かれ、一日の差し引きは六文の赤字だった。
温かい飯は食えた。
器材も無事に届けられた。
だが帳面の残高が減ったことに変わりはない。
「一貫も入れば、昨日の損なんて一発で取り戻せるぞ」
「その前に手を治せよ」
「もう治ってるって」
「今朝、握り飯を持ったとき顔しかめてただろ」
「あれは塩が傷に当たっただけだ!」
「痛いってことじゃねえか」
疾風は右手を開いた。
親指の付け根から掌へ、薄い布が巻かれている。昨日の綱擦れで皮がむけた部分だ。
指を動かすだけなら問題ない。
しかし、荷綱を強く引くとまだ痛む。今朝は母からもらった帳面を開くのにも少し苦労した。
「こんなの、あと二日もすりゃ治るって」
「じゃあ二日は無茶すんな」
「今日見つけなきゃ逃げちまうかもしれねえだろ!」
「だから情報だけでもいいって書いてあるんだよ」
ナギは張り紙の下を前足で示した。
そこには、見かけても一人で取り押さえず、役所へ知らせるよう注意書きがあった。
疾風は不満そうに鼻を鳴らす。
「分かってる。まず見つけるだけだ」
「その『まず』が信用できねえんだよな」
通りの向こうから荷車が来た。
二人は壁際へ寄り、車が通り過ぎるのを待つ。
今朝は紺野屋から頼まれた軽い荷を、南市場の問屋へ届けた帰りだった。受取札はすでに袋へしまってある。
仕事を終えたあとなら、張り紙を確かめるくらいは許されるはずだ。
疾風は似顔絵を見直した。
灰色の頭巾。
右肩に荷を掛ける癖。
顔だけなら似た男が何人もいそうだが、逃げたとされる場所は昨日の高架荷路から南市場へ下りた辺りだった。
「俺たちも、昨日あそこを通ったよな」
「高架の上だろ。下の道も見えてたぞ」
「だったら逃げ道も分かる。市場を抜ければ金物通りか水路坂へ出られるんだよ」
ナギは答えず、掲示板の端へ目を移した。
手配書の横には、もう一枚小さな紙が貼られていた。
今朝、金物通りの店から荷車用の留め金や部品が盗まれたという知らせだ。夜明け前に店主が気づき、役所へ届け出たらしい。
「こっちも盗難か」
疾風が読むと、ナギは尾を動かした。
「強盗の仲間と関係あるかは書いてねえぞ」
「分かってるよ。でも金物通りなら近いだろ」
疾風は二枚の張り紙を見比べた。
逃げた男が部品を盗んだのか、それとも別の泥棒がいるのか。
確かめる手掛かりはまだなかった。
「とにかく、市場を見てみようぜ」
「荷車の邪魔になるなよ」
「分かってるって!」
二人は人の流れに沿って歩き始めた。
*
南市場の魚屋は朝から忙しかった。
大きな水桶には銀色の魚が並び、河童の商人が器用に魚をさばいている。隣の野菜売りは筵を広げ、荷車から下ろした大根を次々と積み上げていた。
通りの中央を荷役が台車で進み、その間を買い物客が行き交う。
「安いよ、今日は三尾で五文!」
「こっちは四文だ! 持ってきな!」
店先から威勢のいい声が飛ぶ。
疾風は魚屋の前で足を止めた。
「なあ、ナギ。こんな所で人を探すのって大変だな」
「今さら気づいたのかよ」
「灰色の頭巾だけじゃ分かんねえ。何か変わった動きをしてる奴がいればいいんだけどな」
「お前みたいに急に走り出す奴か?」
「俺は怪しくねえだろ!」
「十分怪しいぞ」
疾風は言い返そうとして、野菜売りの向こうへ目を向けた。
灰色の頭巾が見えた。
男は魚屋の前で立ち止まり、肩越しに後ろを確かめている。右肩には布で包んだ荷を掛けていた。
「ナギ。あいつ見ろ」
「どれだよ」
「あの灰色の頭巾。張り紙の男に似てねえか?」
ナギが肩から身を乗り出した。
男は人の陰に隠れ、顔がよく見えない。
「遠すぎる。目元も分かんねえぞ」
「でも右肩に荷を掛けてる」
「そんな奴、市場に何人いると思ってんだ」
男が魚屋の看板の陰へ入った。
そのまま細い路地へ向かっていく。
「行くぞ!」
「おい、待てって!」
疾風は客の間へ踏み出した。
最初の数歩は順調だった。野菜を選んでいる客の後ろを通り、空の荷車を一台やり過ごす。
しかし路地へ近づくほど、人が増えていった。
魚屋の前では買い物客が並び、水桶が通りの半分を塞いでいる。ようやく通り抜けたとき、灰色の頭巾はすでに路地の向こうへ移っていた。
「くそっ、速え!」
「お前が人を避けるのに手間取ってんだろ!」
疾風は男の背中を追った。
そのとき、頭巾の男が振り返った。
顔の下半分は布で隠れている。目元だけでは、張り紙の似顔絵と同じか判断できない。
だが男はこちらを見るなり歩調を速めた。
右肩の荷を抱え直し、人の流れへ紛れようとする。
「ほら! やっぱり怪しいだろ!」
「それだけじゃ決めつけられねえって!」
男は市場の端へ向かっていた。
そこまで三間ほど。
向こう側には人の少ない通りが見える。
疾風は足を止めた。
ナギと契装すれば、一息で追いつけるかもしれない。
ただ走るだけなら、すでに稽古している。
三間の加速も、一度は止まれた。
今はあのときより慣れているはずだ。
「ナギ。契装だ!」
疾風は右手を差し出した。
だが、ナギは前足を載せなかった。
「無理だ。人が多すぎる」
「でも三間だけなら!」
「その三間に何人いると思ってんだ!」
ナギが尾を前へ向けた。
荷車の脇から小さな子どもが走り出し、店の軒先では荷物を背負った女が人の流れへ加わった。
魚屋の客は値段の交渉に夢中で、こちらを見ていない。
疾風は奥歯を噛んだ。
「一瞬で抜けりゃ大丈夫だろ!」
「抜けた先で止まれるのか?」
「稽古したじゃねえか!」
「十回やって何回止まれた!」
疾風は答えられなかった。
合同養成所で初めて加速した日のことを思い出す。
三間先の空箱へ頭から突っ込み、河童の子どもたちに笑われた。
何日も稽古を重ねて、ようやく一度だけ立ったまま止まれた。
それでも、狙った位置で毎回止まれるわけではない。
まして今は人混みの真ん中だ。
「逃げちまうぞ!」
「分かってる! でも俺はやらねえ!」
ナギは差し出された手を見たまま動かなかった。
疾風は男の背中へ目を戻した。
あと少し。
ここで追いつかなければ、一貫が消えるかもしれない。
普通に走って追うことはできる。前へ回り込んでから加速する方法だってあるはずだった。
だが、今ここで二呼吸も止まれば、その間に誰が通りへ飛び出してくるか分からない。
疾風は一歩踏み出しかけた。
その足を止める。
昨日、ナギと交わした約束が頭に浮かんだ。
『無理な時は言え』
『言ったら、ちゃんと止まれよ』
疾風は右手を下ろした。
「……分かった」
ナギはすぐには何も言わなかった。
灰色の頭巾が魚屋の奥を曲がっていく。
疾風はその姿が消えるまで見送った。
「……行っちまった」
「そうだな」
「悔しいな」
「俺だって逃がしたくはねえよ」
疾風は息を吐いた。
差し出していた右手を開いてみる。
まだ掌の傷が少し痛んだ。
「でも、あいつが曲がった道は見えた」
「おう」
「だったら、そこまで行こうぜ」
ナギが頷いた。
二人は人の流れが途切れるのを待ち、男が消えた路地へ向かった。
*
「くそっ。やっぱりいねえ!」
路地の奥に男の姿はなかった。
細い道の両側には店の裏口が並び、先は二つに分かれている。
右へ進めば金物通り。
左は水路沿いへ続く道だ。
疾風は壁へ手をつき、奥を見た。
走った距離は短かったが、悔しさで呼吸が落ち着かない。
「どっちへ行ったんだろうな」
「見てねえなら分かんねえだろ」
「右か左のどっちかだぞ」
「そりゃ道が二本しかねえんだからな」
ナギは肩から降りた。
石畳の端を歩き、細い溝の近くで足を止める。
「疾風。こっちを見ろ」
「何だよ」
「足元だよ」
魚屋の裏から流れてきた水が、石畳の隙間を濡らしていた。
壁際には荷車の車輪が運んできた泥が残っている。何人も通ったらしく、足跡が重なっていた。
その中に、ひときわ深い跡がある。
「これか?」
疾風が屈んだ。
つま先は細く、硬い靴底の形をしている。市場でよく見る草履の跡とは違っていた。
「新しいな」
ナギが前足を近づけた。
「泥の縁がまだ崩れてねえ」
疾風は同じ形の足跡を探した。
少し先にもう一つ。
さらに向こうにも、似た跡が残っている。
「おい、ナギ。これ見ろ!」
右足の踵に当たる部分が、妙な形になっていた。
外側の角が欠けている。
石に押しつけられた泥の形も、そこだけ小さく切れ込んでいた。
「こっちもだ」
ナギが別の足跡を示した。
同じ右足の跡に、同じ欠け方がある。
疾風はもう一つ確かめた。
三つとも、右の踵だけが欠けていた。
「同じ靴だよな」
「たぶんな。片方だけ同じ形に欠けてる」
「じゃあ、さっきの男かもしれねえ!」
「かもしれねえ、だぞ」
ナギは周囲の足跡を見た。
「ここを通ったのがいつかも分かんねえ。別の奴の靴かもしれねえしな」
「だったら、あとで比べられるようにしとこうぜ」
疾風は腰の袋を開いた。
妹のこよりが縫ってくれた袋には、荷札の束と小刀が入っている。今日は配達用の細筆と小さな墨入れも持ってきていた。
荷札を一枚抜き取り、裏返す。
「何すんだ?」
「描くんだよ。足跡」
「その手でか?」
「字を書くくらいならできるって!」
疾風は荷札を膝へ載せた。
右手の包帯が筆の柄に引っかかる。少し持ち直すと、ナギが札の端を前足で押さえた。
「動かすなよ」
「お前こそ、傷を開くなよ」
「分かってるって!」
疾風は足跡を見ながら描き始めた。
靴のつま先。
底の幅。
右の踵の欠けた形。
泥へ札を押しつけると跡が崩れるため、目で確かめた形を墨で写した。
線は少し曲がった。
それでも、欠けた部分は分かる。
「こんなもんか」
ナギが札をのぞき込んだ。
「踵の角、もう少し深く欠けてるぞ」
「そうか?」
「ほら、ここだ」
ナギが前足で指した。
疾風は線を書き足した。
「これでどうだ?」
「まあ、それなら分かる」
ナギは今度は足跡の間隔を確かめた。
「歩幅が広いな。ここから走ったのかもしれねえ」
「急いで逃げてたなら、そうなるよな」
「だから決めつけるなって」
「分かってるよ!」
二人は足跡をたどって路地の奥へ進んだ。
途中、店の裏口で荷を下ろしている男に声をかける。
「おっちゃん。灰色の頭巾をかぶった奴、ここ通らなかったか?」
男は荷を置き、少し考えた。
「さっき一人走っていったな。右肩に包みを抱えてたぞ」
「どんな顔だった?」
「頭巾を深くかぶってたから見えなかった。何か探してるのか?」
「ちょっとな。ありがと!」
疾風は礼を言い、男が示した水路側へ向かった。
しかし、通りが広くなると足跡は消えてしまった。
そこから先は乾いた石畳が続いている。
荷車も何台か通り、道の端には別の靴跡が重なっていた。
「……ここまでか」
疾風は立ち止まった。
「だな。足跡が消えたら、あとは勘で追うしかねえ」
「勘で追っても、また違う奴だったら困るしな」
ナギが顔を上げた。
「さっきのこと、まだ怒ってんのか?」
「怒ってねえよ」
疾風は描いた荷札を見た。
「ただ、悔しいだけだ」
「ならいい」
「でもさ、これなら残せたよな」
右の踵が欠けた足跡。
墨の線は上手とは言えないが、形は分かる。
「役人に渡せば、あとで誰かの靴と比べられるだろ」
「そうだな」
ナギが頷いた。
疾風は札を折らずに袋へしまった。
「よし。見回り所へ行こうぜ!」
「今度は走るなよ」
「分かってるって!」
二人は水路沿いの道を戻った。
*
南市場の見回り所には、昨日の高架荷路を監督していた侍がいた。
疾風は顔を見るなり手を上げた。
「昨日の侍さん!」
侍が帳面から目を上げた。
「お前は紺野屋の見習いか。手の傷はどうした?」
「まだちょっと痛むけど大丈夫。それより、逃げた共犯のことだ!」
疾風は荷札を差し出した。
市場で見た男の服装と逃げた方角。
右肩に包みを掛けていたこと。
路地で見つけた足跡。
順番に説明する。
侍は途中で口を挟まず、場所と聞いた時刻を帳面へ書き留めた。
「右足の踵が欠けていたんだな」
「そう。三つ見つけたけど、全部同じ形だった」
「分かった。調べる者に渡しておこう」
侍は荷札を受け取り、墨の線を確かめた。
「ほかに目撃した者は?」
「店の裏で荷を下ろしてたおっちゃんがいる。灰色の頭巾を見たって」
「どこの店だ?」
疾風は道順を説明した。
侍はそれも帳面へ記録する。
「なるほど。確認しておこう」
「これ、手掛かりになるだろ?」
「なるかもしれん。ただし、その靴を履いていたのが手配の男だと決まったわけではない。ほかの目撃と照らし合わせる必要がある」
「じゃあ、まだ捕まえられねえのか」
「そういうことだ」
侍は荷札を帳面へ挟んだ。
「似た靴を見つけても、自分で取り押さえるな。昨日の襲撃に関わったかどうかを確かめるのは役所の仕事だ」
「分かってる。でも見つかったら教えてくれよ。懸賞金があるんだろ?」
「情報が役に立てば謝礼は出る。金額は調べが終わってから決まる」
「一貫全部じゃねえのかよ!」
「一貫は捕縛につながった場合の額だ。まだ何も確かまっていないうちに渡せんよ」
疾風は口を尖らせた。
「世の中うまくいかねえな」
「世の中というより、お前が急ぎすぎなんだろう」
侍はそう答え、疾風の包帯へ目を落とした。
「それより、荷役の仕事はどうした?」
「もう届けたって! 受取札もあるぞ」
疾風が袋から受取札を出す。
侍は印を確かめ、小さく笑った。
「それなら結構だ。今日はもう手を休ませろ」
「分かってる!」
見回り所を出ると、疾風はナギを見た。
「なあ。あの足跡、本当に役に立つと思うか?」
「まだ分かんねえよ。でも、逃げた奴の後ろ姿だけ覚えてるよりはましだろ」
「そうだな」
疾風は空になった手を見た。
荷札は役人へ渡した。
財布は一文も増えなかったが、何もできなかったわけではない。
「せめて五十文くらい先にくれたっていいのによ」
「お前の絵に五十文つくなら、俺も描くぞ」
「だったら次は二人で一貫だ!」
「どういう勘定だよ」
ナギが鼻を鳴らした。
疾風は少し笑い、紺野屋へ向かった。
*
夕方の荷場では、お紺が明日の荷札を並べていた。
疾風が受取札を返すと、店主は届け先と印を確かめた。それから掌の包帯へ目を向ける。
「今日は余計な物を壊してないだろうね」
「壊してねえよ!」
「昨日は高架の荷枠まで壊したからねえ」
「ちゃんと人を助けただろ!」
お紺は算盤を弾きながら笑った。
疾風は昼間の張り紙と、逃げた男の話をした。
足跡を描いた荷札は見回り所へ提出したことも報告する。
「それで、仕事をほっぽり出したのかい?」
「違うって。荷を届けた帰りだよ!」
「ならいいさ。稼ぎもない追いかけっこばかりじゃ困るからね」
お紺が帳面を閉じた。
疾風は財布を出し、今日の給金を受け取った。
日当は二十文。
寝床代が八文。
朝昼晩の飯代が九文。
差し引き三文の黒字だ。
母の帳面を開き、残高を書き直す。
四貫五十七文。
「昨日の赤字が、やっと半分戻ったぞ!」
ナギが帳面をのぞいた。
「珍しく計算が合ってるな」
「お前に言われたくねえよ」
「今日の手間賃は足跡の絵じゃ増えねえからな」
「分かってるって!」
お紺は二人のやり取りを聞きながら、帳場の引き出しから三枚の荷札を出した。
「明日の仕事だよ」
「配達か?」
「修理金具の受け取りと見積もりだね。うちの荷車も、そろそろ留め金を替えたいからさ」
三枚の荷札には、それぞれ違う店の名前が書かれていた。
どれも南側の金物通りにある店だ。
「一軒で買っちゃ駄目なのか?」
「同じ形でも値段と作りが違うんだよ。三軒とも見て、控えを持ち帰っておくれ」
お紺は疾風の手元を指した。
「勝手に買うんじゃないよ。修理に出した金具を受け取るのも忘れずにね」
「分かった。三軒回ればいいんだな」
疾風は荷札を並べた。
金物通り。
その名前を見て、朝の掲示板を思い出した。
夜明け前、荷車用の部品が盗まれた店も、同じ通りにある。
「……なあ、ナギ」
「何だよ」
「金物通りって、今朝泥棒が入った所だよな」
「張り紙にはそう書いてあったな」
「明日行くなら、その店の近くも通れるだろ?」
「見積もりが先だぞ」
「分かってる。仕事を済ませてからだって」
ナギは疑わしそうに疾風を見た。
「お前の『分かってる』ほど当てにならねえもんはないからな」
「今日はちゃんと止まっただろ!」
疾風が言い返すと、ナギは一瞬だけ黙った。
それから顔をそらし、尾を軽く動かした。
「……まあな」
お紺が三枚の荷札の裏へ印を押した。
「明日は金物通りで見積もりだよ。三軒回りな」
「おう!」
疾風は荷札をそろえて腰の袋へしまった。
そしてナギを振り返り、にっと笑った。




