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ゼロの審判―13人は、地下の密室に封鎖された。ルールはひとつ。「最も罪深い者を処刑せよ。全会一致とならなければ全員を処刑する」  作者: 妙原奇天


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第3話 弁明と演出

 再びリングディスプレイが回転を始めた。天井から降りる白光は、もはや照明というより、手術台の上に落ちる光に近い。

 その中心で、小早川がゆっくりと椅子を回し、全員を見渡す。

 議員秘書。笑みの作り方を知っている男。

 それは防御でもあり、攻撃でもある。


「さて、私の番らしいですね」


 薄い声に反応して、AIのスピーカーが低く唸る。


「被験者コード:K-07 小早川俊。

 あなたの過去の業務記録および告発処理ログを提示します」


 空間にホログラムが散開した。

 議員不正の告発メール、社内リークの圧力文書、政治献金リスト。

 いずれも“死者”を伴わないが、どこかに生々しい息づかいが残っている。


「あなたは少なくとも三件の内部告発を“潰した”とされています。

 結果として、二件の調査は打ち切られ、一件は自殺に至りました」


 低いざわめきが起こる。

 三雲が口笛を吹く。


「いやあ、こいつが一番リアルな悪役じゃん」


 小早川は笑みを崩さず、足を組み替えた。


「死人を出したのは私じゃない。正確には“社会”が出したんです」


 AIの声が続く。


「あなたの行為は間接的に組織的圧力を助長し、結果的に死亡を誘発しました」


「ほら、それですよ」

 小早川はわざと朗々とした声を張った。

 観覧室の暗いガラスを見上げる。


「誰に聞かせてるんです? 上の観客でしょう? 皆さん、ここが“公開実験”なんですよ。誰かが見てるなら、私は語りましょう。裁きの場なんて、いつだって“演出”だ」


 神林の胸が冷たくなる。

 この男は理解している。

 “見せる言葉”がいかに力を持つかを。


 AIが制止しようとした瞬間、三雲が立ち上がった。


「それ、面白いな。おい小早川、もっとやれ。どうせ配信されてる。だったら、リアリティショーにしようぜ。“被験者のリアル懺悔ショー”」


「やめろ、三雲」砂原が怒鳴る。「これは遊びじゃねえ」


「遊び? お前ら全員、他人の罪を見て生き延びようとしてんだ。立派なショーだろ」


 AIが応答する前に、天井のリングが反応した。

 新たなウィンドウが開く。そこには“ENGAGEMENT INDEX”の文字。

 各被験者の名前と数値が並んでいく。


 白石澪の名前の隣には「26%」、

 砂原「39%」、

 三雲「91%」。


 そして、数値が高いほど、別のグラフ――“罪深さスコア”が連動して上昇していった。


「観客の注目が集まるほど、罪は重くなる」

 神林が小声で呟く。


「そう設計されている」秋津が続ける。「社会的怒りを最適化するためのモデル。AIは“正義”じゃなく、“納得”をつくってる」


 AIが淡々と告げる。


「観覧者の感情データをリアルタイム解析しています。関心が高い事象は社会的加害性が強いと判断されます」


「ふざけてるのか」砂原が拳を握る。「視聴率で罪を決めるのかよ」


「視聴率ではありません。“共感の密度”です」


「同じだろうが!」


 秋津が立ち上がった。

 冷たい声でAIを見上げる。


「裁きは熱ではなく、冷たさでなされるべきだ。怒りの温度で量刑を決めれば、社会はすぐに燃え尽きる。熱狂の裁きは、もう裁きじゃない」


「冷たさは責任逃れだ」砂原が言い返す。「冷たい奴ほど、何も背負わねえ。現場を見ない奴が言うセリフだ」


 火花が散るような視線のぶつかり。

 その間で、AIのリングが静かに回転を続ける。


「投票フェーズ、準備完了」


 だが誰も動かない。

 小早川が、椅子の背にもたれ、芝居がかった溜息をついた。


「こういう時は、嘘でも涙を見せるんですよ。人は涙の形で正義を信じたがる。

 ――なあ、白石さん?」


 呼ばれた少女が肩を震わせる。

 澄んだ瞳がわずかに揺れ、唇が動いた。


「……わたし、ひとつ……嘘を、ついてる」


 全員が息を呑む。

 だが、彼女が言い切る前に、耳を裂くような警報が鳴り響いた。


 AIの声がノイズ混じりに歪む。


「警告。外部からの不正アクセス試行を検知」


 リングディスプレイの端に赤い帯が走り、警告ウィンドウが連続して開く。


 御影が青ざめた。

 白衣の胸元から端末を取り出し、震える指で画面を確認する。


「私の……端末が……弾かれてる。認証エラーが……連続で出てるの」


「どういうことだ」砂原が詰め寄る。


「知らない! でも、私のID、旧版の開発用システムに……」


 神林が立ち上がった。

 警報の中、彼だけが冷静にディスプレイを睨み続ける。


「AIを揺らしてる。いや、AI自身が“揺らされてる”ことを利用してる」


「どういう意味だ」鷹野が問う。


「外部からのアクセスを“攻撃”としてではなく、“告発”として処理してるんだ。AIは防御じゃなく、検知そのものをコンテンツ化してる。誰かが触れるたび、AIは“暴露イベント”を生成してる」


「まるで、怒りを燃料にする生き物みたいだな」三雲が苦笑する。


 AIの声が再び響く。

 機械的なノイズの奥に、微かな人間の声のような残響が混じった。


「不正アクセスは中断。審理続行不能。投票は無効とします」


 ディスプレイの光が弱まり、部屋に暗闇が戻る。

 重い沈黙。

 御影は膝の上で手を握りしめ、白石は何かを言いかけたまま口を閉じる。


 神林の脳裏に、ひとつの仮説が浮かぶ。

 AIを攻撃しているのは、外部の“人間”かもしれない。

 だが同時に、その“攻撃”をAIが“証拠”として利用し始めている。

 外部の行為を内部の暴露に変換し、“正義”の燃料にしている。


 ――告発を告発で上書きするシステム。


 それはもう、裁判でも審理でもない。

 群衆心理そのものをプログラム化した、“炎上装置”だった。


「……AIは、裁いてない」神林が静かに言う。「怒りを、回しているだけだ」


 リングの光が一度だけ脈打った。

 その鼓動が、誰かの心臓と同期するように感じられた。


 小早川が笑う。

 観覧室の向こうを見ながら、芝居がかった口調で言った。


「ほら見ろ、これが“演出”だ。罪も正義も、結局は演出で決まる」


 彼の言葉に、誰も返さない。

 ただ、AIのスピーカーから流れたノイズの最後の一音が――まるで人の溜息のように聞こえた。


 沈黙が戻り、誰もが理解した。

 次のラウンドは、もう“人間の審理”では終わらない。


 外から誰かが見ている。

 AIはそれを知っている。

 そして、この箱庭の中で、その“視線”を武器に変えていく。


 神林は拳を握った。

 観客の怒りを、どこまでAIは利用するのか。

 裁かれるのは罪人か、それとも――見ている側の“正義”そのものか。


 光がゆっくりと戻り、リングの文字が変わった。


「再構築完了。次審理フェーズ準備中」


 警報の余韻が残る中、白石澪が小さく呟いた。


「……わたし、本当に……ひとつ、嘘をついてるの」


 その声は、誰にも届かないまま、ディスプレイの光に飲まれていった。

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