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自由のアリア  作者: カラノニジ
第十一章:カケ違えた釦だけ外しても襟元は正せず
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第105話:タダ働き

ここから十三章です。


 ──

 ─


「あっれぇ? 消えちゃったね? もしかして、もう終わってる?」


 赤い蓮が、暗闇に溶けてしまいそうな褐色の女の肩で笑った。



「……私じゃない」



「え、狩られちゃったの?」



「……そうみたい」



「痕跡は?」



 女が細い指を泥水の中へ沈めると、指先から青黒い色が水面へ溶けた。

 水が細く渦を巻き、黒ずんだ粒をいくつも浮かび上がらせた。

 その一つ一つに、青黒い筋が絡みつく。

 粒は、やがて音もなく崩れていった。



「……水場は処理した。残りは勝手に消える」



「ふーん。なら、いっか。でも、誰かに先を越されるなんてさー? 職務怠慢じゃない?」



 赤い蓮が、くすくすと揺れる。

 その調子は咎めているというよりも、ただ軽口を叩いているだけのようだ。



「……任務は『ハズレ』の後始末。痕跡は消した。誰が処理したかは、私には関係ない」



「あはは! そ~だね! じゃ、おつかれさま〜。戻ってきなよ。妹ちゃん、待ってるよ?」



「…………了解」



 ─

 ──


「クソ……!」


 サザロの手配した高級宿の部屋に通されても、俺の腹の虫はおさまらなかった。


 広い。

 清潔。

 寝台はふかふか。

 机の上には果物まで用意されている。


 明らかに、ただの冒険者にあてがう部屋ではない。



「まぁまぁ、良いではありませんか。サザロ様も、アリア様方を大切なお客様として遇してくださっているのですわ」



「それがムカつくんだよ……!」



 フレイムワイバーンだぞ!

 フレイムワイバーン! C+ランク!


 本来なら、討伐報酬だけで数千ガルド積まれてもおかしくねぇ大物だ。

 魔石は使い勝手のいい火属性。

 爪も牙も鱗も皮も加工性が高く、鍛冶屋や魔道具店が喉から手が出るほど欲しがる素材の山だ。

 ギルド経由でも上手く卸せれば、しばらく宿代と旅費には困らなかったってのにっ!!


 それが。

 タダ働き。

 しかも素材もほぼ残らず。


 ちなみにガロードは、サザロが用意した厨房の残り肉を片っ端から胃袋に収めているらしい。

 ……あいつだけは、タダ働きの損失を別の形で回収してやがる。


「……ああああっ、思い出しただけで腹が立つ!」


 俺は椅子にどかりと腰を下ろし、頭を抱えた。

 『万が一』のために、あの対談で布石を打ち、逃げ道を作っておいたつもりだった。



 一、使者だからといって、便利屋扱いするな。

 二、万が一があれば、国内で戦闘行為を行うけど文句は言うなよ。

 三、やってやらんでもないが、だったらキチンと〈ジョーカー〉に金を払え。



 あれだけ暴れてお咎めがないのは、サザロに事前に『許可』を得て、釘を刺していたからだ。

 本来なら、こんなめんどくさい手順なんて踏む必要はない。

 ただの冒険者なら、自衛のための戦闘、狩猟目的の戦闘に許可などいらない。


 だが、俺たちは使者だ。そして、同時に冒険者でもある。

 任務の邪魔になる魔物は排除する。だが、エルピノの防衛までタダで引き受けた覚えはない。



 そういう形にしておけば、いざ戦闘になっても問題は起きない。

 あの考えなしの大食い馬鹿が、勝手に暴れて送還されないように手を打った。必要なら、あとから冒険者として報酬を請求する余地も残る。


 ……その、はずだった。


 あのまま放っておけばエルピノに被害が出ていたし、結果的に俺たちも巻き込まれていた。


(倒すしかなかった。そこまではいい……!)


 問題は、その結果だ。

 街を救った?


 『もちろん、任務の過程で我々の行く手を阻むのであれば、その時は容赦なく排除いたしましょう』


 使者としての立場をわきまえて一度は断りつつも、最初から無償で協力するつもりだった。

 ……そうサザロは解釈したらしい。


(保険の文言だけが都合よく反転して、エルピノをタダで助けてやる口実になっちまった!)


 サザロが深々と頭を下げ、俺たちを『イドリア帝国より遣わされし金等級の使者』として持ち上げたのはそういうことだ。


 あの顔……!

 あの、いかにも「なるほど、そう来ましたか」とでも言いたげな、勝手に納得した顔。


(違ぇよ……!)


 俺は金が欲しかったんだよっ!

 恩だの面子だの、そんなもんのためにワイバーン一頭分を諦められるか!

 騒ぎになっちまった以上、そう答えるしかなかっただけだ!



「なにが『いやはや、アリア殿。実に見事な収め方でございました』だ……! 収まってねぇよ! 俺の懐が大炎上してんだよ!」



「ま、まぁ……ですが、街の皆様はとても感謝しておられましたわ?」



「感謝が金に変わるか! 感謝で宿代が払えるか! 感謝で飯が食えるか!」



「え、ええと……果物は置いてありますよ?……剥きましょうか?」



「そういう話じゃねぇ!!」



 俺たちは、たまたま襲ってきたフレイムワイバーンを叩き落としただけだ。

 それがどうして、いつの間にか『エルピノを救ったイドリア帝国の金等級使者様』なんて話になってやがる。


 サザロの野郎、話を盛りやがって!

 いや、盛るだけならまだいい。

 その報告がこの先の領都ユーレイルにまで飛んでみろ。


 話のわかる正義感に燃える冒険者パーティだとか勘違いされれば、次は何を頼まれるかわかったもんじゃない!

 それだけは避けないとなんねぇ。明日の報告会では、しっかりと釘を刺しておく必要がある。


(クソ……。面倒事が、また面倒事を呼びやがる……)


 俺は眉間を揉みながら、椅子の背もたれに身体を預け、足を組み直す。


「……てか、なんでお前ら俺の部屋に居るんだよ。一人一部屋ずつ用意されてただろうが……」


 せっかく広々とした上等な客室が用意されたというのに、三人も集まれば結局、タコ部屋だ。


 エステルとニーコが、当然のような顔で俺の部屋に居座っている。

 おまけに床には、大きな紙袋がいくつも並んでいた。



「だって、わたくし一人では心細いんですもの! となればニーコさんもお呼びしてお泊まり会を行うのは必定ですわっ!」



(知らねぇよ! 何が必定だ!)



「な、なんだか急に立派なお部屋に通されてしまって……わ、私も一人だと落ち着かなくて……」



「なら、お前ら二人で寝ろ! 俺はゆっくりしてぇんだよっ!」



「いいえ! そうはいきませんわ!」



 エステルは、なぜか胸を張った。



「わたくしたち、アリア様のためにガルドア国内の温暖な気候に合わせたお洋服を手に入れて参りましたの!」



「またお前らは、無駄遣いを……!」



 思わず額を押さえる。

 ……まあ、服は買うつもりだった。ここから先もイドリアの厚着で通すわけにはいかねぇ。


 イドリア外縁部の雪と岩の寒さから、ガルドア王国の温暖な土地へ。

 装備は内張りアタッチメントの起毛を外せばまだ対応できるが、インナーや普段着はそうもいかない。どのみち買い替えるつもりではあった。



「……チッ、んなもん自分で買うってのに。サイズ、合うんだろうな?」



「抜かりありませんわ! ニーコさんの正確無比な計測で、アリア様の身長、体重、スリーサイ……もごごっ!?」



「エステルさんっ! しーっ! しーっ!!」



 ニーコが、慌ててエステルの口を塞ぐ。



「スリ……!? なんでわかるんだよ! なにしやがったっ!?」



「な、なにもしてませんってば! そ、その……鎧や上着の上からでも、体格や肩幅や手足の長さは、ある程度わかりますし! 治癒士は、患者さんの身体を見ることも多いので、目測で大体わかるってだけで……!!」



「急に早口になるな! 目が怖ぇんだよ、目が!」



「ひぃっ!? ち、違います! 変な意味ではありません!」



「まあまあ、アリア様! ニーコさんのおかげで、きっとぴったりですわ!」



 エステルは、ぱぁっと笑って紙袋を漁り始める。


「まずはこちらですわ!」


 そして、取り出された服を見た瞬間、俺は固まった。


 淡いクリーム色の薄手のブラウス。

 袖口には控えめなレース。

 腰を絞る薄ピンクのベスト。

 確かに、布地も軽そうで動きやすそうではある。

 暖かい土地には向いているだろう。


 だが。



「いつ戦闘があるかわかんねぇ旅に、こんな甘ったるいフリフリした服、着てられるかっ!」



「フリフリではございませんわ! お上品ですわっ!」



「冒険者が上品でどうすんだよ!」



「アリア様は、もともとお顔立ちが凛々しくていらっしゃいますから、少し柔らかい意匠を入れた方が、旅先でも威圧感が和らぐと思いますのよ?」



「余計なお世話だ!」



「に、似合うと思いますよ……ま、街の中で着るだけなら戦闘の邪魔にもなりませんし……」



 ニーコまで、小さくそう呟いた。

 俺はギロリと睨む。



「ニーコ」



「ひゃいっ!?」



「お前までそっち側か?」



「そ、そ、そういうわけでは……! ただ、その……アリアさんはいつもきっちりした服が多いので、たまには可愛らしい、ふわっとした服も……」



「ほらっ! ニーコさんもこう仰っていますわ!」



 エステルが、勝ち誇ったように服を広げてみせる。



「さあ、アリア様! お着替えですわ!」



「着ねぇよ!」



「まあまあ、そう言わずに着てくださいまし」



「嫌だっつってんだろ! 返品してこい!」



「あら、こちら『特別特価品』でしたので返品は不可ですのよ? わたくし『節約』ができるようになりましたの!」



「やっぱり、騙されてるじゃねえかっ!」



 しばし睨み合う。

 普段は何も考えてないくせに、こういう時だけ無駄に押しが強い。



「……チッ。合わせるだけだからな!」



「まあっ! きっとお似合いになりますわっ!」



「その自信はどっから来るんだよ……はぁ、先に風呂に入るから合わせんのは、そのあとだ」



 なぜ、こんな辱

めを受けなくてはならないのか……甚だ疑問だ。


 ……こんな服を着るなんて何年ぶりだろうか。

 実家でもこういった装飾過多な服は用意されていたが、いつからか訓練のしやすいシンプルな服装を選ぶことが多くなっていた。


(……べつに可愛い服を着たいわけじゃねえぞ!)


 俺は乱暴に服をひったくると、風呂のある衝立の向こうへ回った。


 上着を脱ぐ。

 鎧を外す。


 フレイムワイバーン戦の熱気と血と煤は、応急的に落としたつもりだったが、布の隙間にはまだ細かい砂や焦げた草の欠片が入り込んでいた。


(……ああ、くそ。埃まみれじゃねえか)


 旅で煤けたインナーも脱ぎ、軽く身体を払ってから、風呂で汚れと疲れを落とした。

 広く清潔な風呂。流石は使者が通されるほどの高級宿といったところか、実に快適だった。

 二人を待たせている都合、長風呂できないのは残念だが。


 まぁ、数日滞在するのだからチャンスはまだある。


「ふぅ……あとでもう一度ゆっくり入りなおすかな……」


 ぼやきながら、湯殿の脇で新しい服に袖を通す。


 インナーの布地は軽い。

 肌触りも悪くない。

 腹立たしいことに、サイズも合っている。


(……ニーコのやつ、マジで何なんだよ)


 最後にベストの留め具を締め、衝立の向こうへ出る。

 自分で着ておいて恥ずかしさが湧き上がってくる。


「……どうだよ」


 エステルとニーコが、同時に息を呑んだ。



「まあああああっ! アリア様! とってもお似合いですわっ!」



「す、すごく……素敵です……!」



「うるせぇ。大声出すな」



 反射的に悪態をつくが、二人はまるで聞いていない。



「やはりですわ! アリア様は普段、眉間に皺を寄せて黒っぽいお召し物ばかりですけれど、本来のお顔立ちはとても整っていらっしゃいますもの! こうして少し明るい色を合わせると、凛々しさの中に品の良さが――」



「やめろ。分析すんな。気持ち悪い」



「ほ、本当に似合ってますよ? その、動きやすそうですし……装備には合わせられないですが……」



 俺は視線を逸らし、舌打ちした。


 似合っているかどうかは知らない。

 だが、動きにくくはないし、腰のベルトを締めれば、短剣もポーチも問題なく下げられる。薄いわりに生地も丈夫そうだ。

 実用品として悪くない。くたびれてボロくなった今の服とは比べるまでもないのは確かだ。


 ……くそ。買い直す理由がねぇ。



「ふふっ、照れていらっしゃいますわ!」



「しばくぞ」



 俺は脱いだ服を拾い上げ、埃を払った。


 その時だった。


 カツン。


 乾いた音がして、床に何かが転がった。


「……ん?」


 小さな石だった。


 俺は屈み込み、それを摘まみ上げる。

 爪の先ほどしかない。



「アリア様? どうかなさいまして?」



「……なんだこれ、俺の服に入ってたのか?」



 脱いだインナーの裾を確認する。

 布の折り目、縫い目の奥に、黒ずんだ跡が、ほんの僅かに残っていた。


「何やら小さな赤い石ですわね……。ですけれど、黒く濁っていて……宝石の類ではなさそうでございますわねっ」


 覗き込んだエステルの頭が俺の視界を塞ぐ。


(ええい、邪魔だ!)


 手でずいと押しやって観察を続ける。

 指先に乗せると、ほんの微かに、内側で魔力が揺れた。


「魔石……ですか?」


 反対側からニーコも恐る恐る覗き込む。


「たぶんな。だが、フレイムワイバーンの魔石じゃねぇ」


 色味は紅いが、フレイムワイバーンの魔石にしては小さすぎるし、角は丸く、砕けた欠片にも見えない。


 Fランクの魔物から取れるような小さな屑魔石。

 なら、いつどこで服の中に紛れたのか。



「ワイバーンの魔石なら、もっと火の魔力が濃いはずだ。これは……」



(食われて胃の中にでも残ってたのか……?)



 俺は眉をひそめる。

 ほんのり紅黒いが、それが焼け焦げなのか、火属性によるものなのか、見た目ではそれすらもはっきりしない。


「……気味が悪ぃな」


 俺は、極小の魔石を布に包んだ。



「サザロ様にお見せするんですの?」



「そうだな……見せてギルド経由で鑑定できるやつに回してもらうしかねぇだろ。あのフレイムワイバーンが普通じゃなかったのと、こいつが関係してるのかはわからねぇが……」



「で、でも……ただの小さな魔石、かもしれませんよね?」



 俺は短く息を吐く。



「ただの小さな魔石なら、それでいい」



 俺の手の中に残った小さな異物は、まるで冷えた血の粒のように、妙に重く感じられた。



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