↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自由のアリア  作者: カラノニジ
第十一章:カケ違えた釦だけ外しても襟元は正せず
108/123

第97話:居場所のない男

挿絵(By みてみん)

 

「まさか、サンドワームの食い残しがいるとはなぁ……」


 何だ、この男は。

 月の光を背負って立つその姿を、砂の上から見上げる。

 継ぎ接ぎだらけでボロボロの外套《バルヌース》。その背には、自分の背丈ほどもある、パンパンに詰められた大きな背負い袋。

 砂漠の夜風に晒されながらも、男の声には場違いなほどの陽気さが混じっていた。


「ん? 俺か……? 俺は魔族だぞ。見たことないか? 魔族。喰っちまうぞ、がおー!!」


 ……魔族。


 初めて見た。

 額から生えた二本の逆巻き角。それ以外は、拍子抜けするほど人間と変わらなかった。

 ただ、その緑色の瞳だけが、暗闇の中でも妙な熱を持って光っている。


「……反応薄いな? 怖ぇだろ? こんなところにいねぇで、さっさと人里に帰んな。魔族に喰われる前に……よっ」


 ……喰われるのなら、それでもいい。

 どうでもよかった。喰うなら、喰ってくれ。

 サンドワームに喰われるのも、魔族に喰われるのも、行き着く先は同じだ。

 そうでないなら、もう構わないでくれ。


 そう思いながら、再び視線を砂に落とす。


「……んー? 帰る場所がねぇのか?」


 帰る場所……そんなものあるはずがない。


「そうか……俺と同じだな」


 ……。

 …………?


 おかしい。

 なんで、さっきから。



「会話が成立しているか?」



(……っ!?)



 思わず顔を上げ、男の顔を見る。

 声は、出していない。

 出すことなど、許されていないのだから。


「おっ、ようやく反応したな?」


 ニカッと笑う男の顔が近づく。

 その底抜けに明るい緑色の瞳に、不意に吸い込まれそうになる。


「ふー、やれやれ、そんなに俺と喋るのが嫌かねぇ?」


 喋る必要などありはしない。

 意味もない。理由もない。

 それにどうせ、喋ることは『できない』。


「おーん……おー、なるほど。そういうことか」


 男の視線が、少し下がって首元へと下りる。

 そこに刻まれた、歪な形をした黒い印。

 男はそれを見て、瞬時に何かを察したようだった。


 声を封じる〈呪印〉。

 喋ろうとすれば、激痛が走る。

 身を裂かれるように。

 生きたまま皮を剥がされるように。

 声を出そうとしただけで、全身の内側を焼かれるような激痛が走る。


 呻き声すら許されない。息を呑むだけでも怖い。

 痛みに耐えきれず漏れた音にまで、さらに罰が返ってくる。


 だから、声を出さない。

 出そうと考えることすら、とうの昔にやめた。

 だから。


「だから喋れない、か。同じ人間同士で、ひでぇもんだ……」



 ……同じなものか。


 ヤツらは人間で。


 オレは奴隷で。



「俺は魔族だ」



 ……?


「似たもの同士ってことさ」


 男はそう言うと、こちらへの興味を失ったかのように、船の残骸から散らばった積み荷を漁り始めた。


「俺も昔、人間様方に酷い目にあわされてな? 逃げ出したのさ。今はこうして姿を隠しつつ、ゴミを漁りながら生きてるってわけ、よっ!」


 背負い袋の口を開け、金になりそうなものを手当たり次第に放り込んでいく。


「んー……ま、レッドラインの砂漠のど真ん中、正規航路を外れた危険地帯を縦断しようって時点で、まともな荷じゃねぇからな。貰ったってバチはあたんねぇよ」


 その声は、やはりどこまでも軽く、死の匂いがこびりついたこの砂漠には似つかわしくなかった。

 月明かりの下、男の影が砂の上で楽しげに踊っている。

 生きることに執着などなかったはずなのに、オレの目はなぜかその奇妙な影を追っていた。


 気づけば、喰われるのを待つことよりも、

 この奇妙な男が次に何を言うのかの方が、少しだけ気になり始めていた。


「俺の名前はプラレス。お前は?」


 漁っていた手を止め、男……プラレスがこちらを向いて尋ねる。

 首を傾げたまま、オレは声にならない答えを頭の中で返す。


 ……『おい』とか『お前』。


「……? 名前だよ。どう呼ばれてたんだ?」


 ……だから、『おい』か『お前』。


 通じているはずもないのに、こちらの沈黙の意図を察したのか、プラレスは呆れたように息を吐いた。


「…………名前、ねぇのか?」


 ……こくり、と。

 一度だけ小さく頷く。


「ハッ! よーし、じゃあ俺がつけてやる!」


 プラレスはパンッと手を叩き、勝手に嬉しそうに笑った。


「うーん、そうだな……」


 ……名前?

 奴隷に、名前?

 意味がわからなかった。番号や「おい」で事足りるものに、わざわざ名前をつける意味がない。

 そもそもこの男につけられる謂れがない。


「ポチ……は不味いか。タマって顔でもないしな……猫ってよりは、犬っぽいし……」


 ぶつぶつと、楽しげに何かを思案している。

 ……何なんだ、この男は。


「ウルファス……。いや、ガロード! ガロードだ。どうだ強そうだろ?」


 ガロード……。

 聞いたこともない響き。


「そう、飢えた狼! 細っぱちのお前にぴったりだろう?」


 誇らしげに胸を張るプラレス。

 ガロード? オレが?


「よし、ガロード。お前はこっちの荷台を漁れ」


 ……?

 言われた意味が理解できず、動けずにいると、プラレスは呆れたように笑った。


「腹減ってんだろ? 働かなきゃ食えねぇぞ!」


 その声に、なぜか抗えなかった。

 魔族の魔法か何かだろうか。

 よくわからないまま、導かれるまま、乗せられるまま。

 オレは立ち上がり、渋々とプラレスが指差した荷台の残骸へと向かった。


 砂に塗れた布を払い、散らばった荷物を漁る。

 輸送されていた奴隷以外にも運んでいるものはいくらかある。自分たちの食料と水、屑魔石……。

 使えそうなもんと言われても何に価値があるのかわからない。


(とりあえず……飯は食える……)


 樽から飛び出し転がっていた果物やら干し肉やらを手に取って、麻袋に詰める。



「おっ、こっちの剣は上等だな。使わずに死んじまったみてぇだけどな、ハハッ」


 プラレスが、血塗れの死体のそばから一本の剣を拾い上げた。

 月光を反射して、鈍く冷たい光を放つ刃。


「これはお前が持っとけ」


 放物線を描いて、その剣がこちらへ放り投げられる。

 慌てて両手で受け取ったが、その重さに危うく落としそうになった。


 ……使い方なんて、知らない。

 奴隷が武器を持つことなど、許されていなかったのだから。



「バカ、これから覚えんだよ」



 不安げな視線を鼻で笑い飛ばし、プラレスは再び荷物の山へ背を向けた。

 その背中には、迷いも恐怖もなかった。

 ただ、生きるための『次』だけがあった。


 両手に残る、ひんやりとした鉄の重み。

 ガロード。

 オレの、名前。


(……これから、覚える……?)


 その意味すらよくわからないまま、オレはただ、その重たい鉄の棒を握りしめていた。



「ふんふんふ〜ん♪」



 砂漠の夜風の中、プラレスはひどく場違いな鼻歌を響かせながら、手際よくガラクタを背負い袋へと放り込んでいく。

 死体を漁り、鉄くずを拾い、時折金目の物を見つけては嬉しそうに笑う。


 この奇妙な〈ゴミ拾い〉の魔族。

 それが、プラレスとの出会いだった。



「よし、ガロード! そろそろズラかるぞ!」



「……?」



 押し付けられたその名前にまだ馴染めず、ワンテンポ遅れて顔を向ける。

 オレの手には、先ほど残骸から拾い上げた、何に使われていたのかすらわからない無骨な鉄の蝶番(ちょうつがい)が握られていた。


「ここらはサンドワームの縄張りだぜ? こんなところで延々とくっちゃべってたら、回遊してる奴が戻ってきちまうだろ? そうなりゃ喰われて終いだ」


 ……喋っているのは、プラレスだけだ。


 声の出ない喉の奥で、ひどく冷めた事実だけを突き返す。


「ははっ、確かにな! あっちに岩場がある。そこまで行けばひとまず安心だ」


 オレの沈黙の意図を正確に読み取ったのか、プラレスはカラカラと笑った。

 そして、沈み込む砂から器用に足を引き抜き、巨大な月が照らす砂丘の先へと迷いなく歩き出していく。


 オレは、自分の手に残った冷たい蝶番をジロリと見つめた。

 じっくり見ても、やはり何に使うものなのか見当もつかない。

 腹の足しにもならないし、武器にもならない。


 未練なくポイッと『蝶番』を砂の上に投げ捨てる。

 オレの手を離れたそれは、くるくると回りながら羽ばたき……やがて力を失って砂の山へ突き刺さった。


 代わりに、麻袋に入った食料と、先ほど押し付けられた重たい鉄の剣だけをしっかりと抱え直す。

 オレはズブズブと砂に足を取られながらも、プラレスの大きな背中を追って歩き出した。


 砂に刺さったままの鉄の蝶だけが、黙ってその背を見送った。



*本イラストは作者本人のものです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。