第17話:ロンダリングの網、不気味な罠の兆候
深夜の湾岸エリア。街灯の光がまばらな埋立地の道路脇に、一台の地味なセダンが佇んでいた。 警視庁の張り込み用覆面パトカーの車内は、冷え切った静寂に支配されている。
シオンの右腰から伸びた充電ケーブルがアクセサリーコンセントに接続され、シオンの胸元の小さなインジケーターは、電力を充電していることを示す穏やかな緑色の光を、規則正しく明滅させている。
運転席に座るカレンは、タブレットの画面を鋭い眼差しで見つめている。 画面に表示されているのは、殺害されたハッカーブローカー・榊のパソコンから復元した、隠蔽済みの暗号化通信ログだった。
「……やっぱりね。榊が私のマンションのセキュリティ情報をハッキングして、何者かに売り渡した報酬。その資金源を辿ったら、大和重工のダミー口座に行き着いたわ」
カレンがポツリと呟くと、シオンの青いセンサーアイの輝度がすっと上がった。
『ハイ。榊ガ使用シテイタ暗号口座ヘノ入金ルートハ、大和重工ノ子会社ガ管理スルコンサルタント費用ノ迂回口座ト完全ニ一致シマシタ。コレハ単ナル情報取引デハナク、組織的ナ計画ノ一環デアル可能性ガ極メテ高イデス』
カレンはふいと助手席のシオンを見やる。 いつもなら「鉄屑のくせに生意気な分析ね」と返すところだが、病室で「遅れずについてきなさい」と口にしてから、カレンの態度にはどこか相棒としての距離感が生まれつつあった。
「大和重工。防衛省と戦闘ロボットの納入契約を結んでいる、国内の老舗防衛企業。表向きはネオ・ロボティクス社からクリーンな民間ロボットの基礎技術提携を受けている、と公表されているけれど……実態はそんなに綺麗じゃないわね」
カレンはタブレットの画面をスワイプし、大和重工の非公開財務データと株主名簿を表示した。
「大和重工の筆頭株主にある、この『ルミナス・キャピタル』という投資会社。裏の資金流動を洗ってみたら、ネオ・ロボティクス社がこの投資会社を隠れ蓑として、実質的に大和重工の株の大半を保有していることが分かったわ。……つまり、大和重工は実質、ネオ・ロボティクス社の完全な言いなりになっているのよ」
『ネオ・ロボティクス社ハ海外テック企業デアリ、日本国内ニオケル軍事機器ノ製造、及ビ防衛省トノ直接取引ライセンスヲ持タナイハズデス。大和重工ヲ隠レ蓑トシテ利用シ、自社製ノ兵器技術ヲ「国産ロボット」ト偽装シテ日本市場ニネジ込モウトシテイル……コレガ、一連ノロンダリングノ基本構造ト推測サレマス』
「ええ。そして、ファントムを使って私の家からお父さんのストレージを強奪させたのも、大和重工のロボットにその違法AIを搭載して、高性能な『国産自律兵器』にロンダリングするためだったのよ。……お父さんの技術を、そんな汚い利権の道具にさせるもんですか」
カレンの瞳に、激しい怒りの火が灯る。 だが、すぐに彼女はフロントガラス越しに、道路の向こう側にある大和重工の「湾岸ロボット組み立て工場」へと視線を戻した。
「それにしても、おかしいわね。大和重工のロボット工場への搬入を調べていると、大型の荷物が定期的に搬入されているわ。大和重工は国内自社工場でロボットの組み立てを行っているはずなのに、搬入されているコンテナのサイズは、明らかに『すでに完成したロボット』の保管ケースの規格よ。……自社製造のはずなのに、完成品を外部から定期的に直接運び入れている。これ、技術ロンダリングの決定的な証拠じゃない?」
『ハイ。大和重工内部デノ製造工程ハ単ナル偽装。実際ニハ外部デ完成シタ機体ヲ搬入シ、自社製ノ外装ラベルヲ貼付シテ出荷シテイル疑惑ガ濃厚デス。物理的ナ物証、及ビ機体データノ直接スキャンヲ推奨シマス』
「……行くわよ、シオン。充電ケーブルを抜きなさい」
『了解』
シオンは右腰のケーブルをカチリと引き抜き、右腰の装甲内部へと収納した。 二人は音もなく覆面パトカーのドアを開け、深夜の冷たい潮風が吹き抜ける大和重工の敷地内へと足を踏み入れた。
*
大和重工・第3資材倉庫。 高い天井に不気味なオレンジ色の水銀灯が輝く無人の倉庫内。カレンとシオンは、監視カメラの死角を正確に縫いながら、先ほど搬入されたばかりの巨大なスチール製コンテナの前に到着した。
カレンはコンテナのハッチを開けると、中から現れたのは、以前雨の渋谷の路地裏でカレンを襲撃した、あのトレンチコートの暗殺ロボットと酷似した外観を持つ、禍々しい自律警備ロボットだった。まだ外装の一部は大和重工のラベルが貼られておらず、剥き出しの多層フレームが露出している。
「これよ……。シオン、この機体のシステムデータをスキャンしなさい。大和重工が外部から完成品を横流しされている証拠を、そのメモリーから引っこ抜くのよ」
『了解。スキャン、開始シマス』
シオンの顔面中央のセンサーアイが、青いレーザー光線を照射し、固定されたロボットの胸部制御コアへと重ね合わせた。 電磁シールドをバイパスし、相手のコアシステムに無線で超高速アクセスを開始する。
しかし、その瞬間――シオン(中身のユウキ)の脳内プロセッサーに、凄まじい衝撃が走った。
(これ……、嘘、だろ……!?)
シオンの眼前に展開される、敵AIのソースコードの記述配列。 それは、銀行の貸金庫から回収した、桐生博士の暗号化ストレージ――あのデータ内に残されていた、ファントムAIの核心プログラミングの記述配列と、驚くほど完全に一致していた。
(これはカレンのお父さんの……『ファントムAI』のオリジナルコードだ。間違いない、このプログラムの基本構成は、あの貸金庫 の ストレージにあったデータそのものだ……! このロボットは、あのデータを元にして、この量産兵器を製造しているんだ……!)
シオンのセンサーアイが、戦慄で激しく明滅する。 その急激なデータ処理の負荷を、カレンは「ハッキング時の電圧負荷」と受け取った。
「シオン? どうしたの、スキャンに手こずっているの?」
『……スキャン、完了シマシタ。カレン刑事、重大ナ報告ガアリマス。当該機体ノコアシステムニ搭載サレテイル自律AIプログラミング。……コレハ、貴方ノ父親デアル桐生博士ガ遺シタ「ファントムAI」ノオリジナル構造ト完全ニ一致シマシタ』
「ファントムに強奪させたドライブの中身を、本当にこいつらに移植したのね……!」
『ハイ。サラニ、コノ機体ノ通信モジュールニ残サレテイタ、製造元ノ暗号署名ノ発送元IPアドレス、及ビロジスティクスデータヲ逆探知シマシタ。……発送元ハ、大田区ニ所在スル「ネオ・ロボティクス日本支社」ノプライベートプラントデス』
「ネオ・ロボティクス日本支社……!」
カレンは拳を強く握りしめた。 大和重工のロボットは、実はネオ社日本支社で密造され、完成品として横流しされていたのだ。 日本国内において軍事戦闘機器の製造・ライセンスを一切持たないネオ社が、日本支社の地下で直接これら戦闘ロボットを直接製造していること自体が、完全なる違法行為。
「すべて繋がったわ。榊を消したあのロボットの発送元も、お父さんのファントムのデッドコピーを製造しているのも、全部……ネオ・ロボティクス日本支社ね。そこに、すべての証拠が眠っているわ。……乗り込むわよ、シオン!」
『了解。……何処マデモ、カレン刑事ノ背後ニ追従シマス』
二人は倉庫を後にし、闇の中へと消えていった。




