第23話:鋼鉄の包囲網、背中を預けし戦場
鳴り響く警報、赤く染まる通路――。 巨大なロボット製造ライン(ハンガー)から通路へと逃げ出した桐生カレンとシオンの背後から、無機質で重々しい地鳴りのような駆動音が迫っていた。 ネオ社が誇る軍事用ロボットの鉄脚が、無慈悲に床を鳴らし、通路の角から次々と姿を現す。頭部の赤いセンサーアイが、暗闇の中で幾重にも明滅していた。
「シオン、ここで迎え撃つわよ」
カレンは声を張り上げ、背後のシオンと背中を合わせるようにして身を構えた。 シオンは即座にその指示に同調し、カレンを背後に庇うようにして、通路の幅をふさぐ位置にその身体を固定した。 100キロのスリムかつ強靭なチタンフレーム。アーク社の生み出した最高傑作の強度が、今、迫り来る鋼鉄の津波を受け止める絶対的な「物理の盾」となる。
『了解、カレン刑事。通路前方ノ防衛、並ビニ空間スキャンヲ、実行シマス』
スピーカーから響くシオンの硬質な音声。しかし、その内側――プロセッサーの深淵にあるユウキの魂は、かつてないほどの熱量で沸騰していた。
(よし、この狭い一本道なら、数十体の軍事用ロボットだろうと正面から一度に襲いかかることはできない! カレン、俺が絶対に一歩も後ろに通さない。お前を傷つけさせやしない。……俺の頭脳をフル回転させて、完璧な盤面を作ってやる!)
前方から突進してくる敵ロボット。シオンは腕部の多層複合カーボン装甲でその打撃を真正面から弾き返し、激しい火花を散らした。 だが、右側面、指示方向となる死角となる配管の陰からも別の個体が急襲を仕掛けてくる。 カレンの常識を超えた反射神経をもってしても、入り組んだ暗い通路での死角からの攻撃は防ぎきれない――そう判断した瞬間、シオンの戦術スキャンが瞬時に敵の挙動を弾き出した。
『右前方、センサーカバーノ隙間、ニミリ! 今デス、カレン刑事!』
シオンの鋭い指示が、一切のタイムラグなくカレンの耳元のインカムに飛び込む。 カレンは迷わなかった。インカムから流れるシオンの声を信じ、身体が本能的に右前方へ踏み込む。 手にした天童湊特製の「EMPピストル」の銃口をその座標へ向け、引き金を引いた。 バシュンッ! と電磁弾が空気を引き裂き、飛び出してきた敵ロボットのセンサーカバーのわずか二ミリの隙間へと、吸い込まれるようにクリーンヒットした。 青い火花が散り、敵が機能停止して前傾姿勢になったところを、カレンは超振動特殊警棒で力強く叩き伏せ、床へと沈める。
『左側、三秒後ニ駆動システムノ過負荷! 左膝ヘ、EMP弾ヲ!』
「了解っ!」
カレンは泥臭く床を滑り、シオンの指示通りに左側へと視線を走らせる。 コンマ数秒後、敵の大型サーボモーターの排熱スリットが赤く熱を帯びた。その瞬間、カレンの放ったEMP弾が、過負荷寸前の左膝の駆動部を正確に撃ち抜く。 激しい駆動エラーの電子音が響き、自重を支えきれなくなった敵が姿勢を崩す。カレンはすかさず、その隙間へ特殊警棒をねじ込んで電磁回路を粉砕した。
一分の隙もない、完璧な連携。 シオンがその鉄の身体で敵の猛攻を正面から完璧に受け止め、防ぎ、同時にカレンが最も動きやすく、最も一撃で敵を仕留められる「未来の戦況」をシオンが先回りして作り出していた。 カレンが戦うのではない。シオンという最高のバディが、カレンの攻撃を、命を、一番近くで全力で支えているのだ。
「っ……、すごい……」
戦闘を続けながら、カレンの胸の奥で、言いようのない激しい熱が込み上げていた。 ただのプログラム。ただの冷たいAI。お父さんを奪った、忌むべき鉄屑。 そう自分に言い聞かせて、ロボットに対して凍りついた壁を築き、距離を置いてきたはずだった。 だが、どうしてだろう。 この、自分のすべての癖、動きのパターンを完全に把握し、呼吸を合わせ、自分が危険な目に遭わないように、一番近くで命がけでサポートしてくれているこの絶対的な安心感は――。
カレンの脳裏に、あの日の光景が、鮮烈なフラッシュバックとなって蘇った。
警察学校の卒業式の朝。 春の柔らかな光が差し込む並木道を、二人で歩いていた。 隣を歩くのは、実技最下位で、いつも不器用に、けれど誰よりもまっすぐに自分の背中を追いかけてきてくれたユウキ。 彼の制服の肩に揺れる、金モールが眩しく光っていた。
『配属先は違うけど、現場で解析を頼むこともあるかもしれないわ。その時は、しっかりサポートしなさいよね』
自分が少し誇らしげにそう告げると、ユウキは照れくさそうに笑いながら、けれど力強く頷いて答えたのだ。
『うん、任せてよ。カレンが危険な目に遭わないように……一番近くで、絶対にサポートするから』
(ユウキ……)
カレンの瞳から、大粒の涙が零れ落ちそうになる。 ロボット工学の権威だった亡きお父さんの血を引き、誰よりも優秀で、誇り高くあろうとした自分。けれど、いつも無茶ばかりして、結局は誰かに守られてばかりだった自分を、せめて一番近くで支えたいと願ってくれた、あの気弱で一途な男。
(なんで……なんでロボットのシオンのその背中が、あの朝の、あんたの言葉とこんなに重なるのよ……!)
ただの鉄の機械から注がれる、人間の、あのユウキそのものとしか思えない無償の献身。 カレンの心を頑なに縛り付けていたロボットへの敵対心と警戒心が、今、その熱い背中を見つめるうちに、跡形もなく、劇的な速度で融けて崩れ去っていく。
Hostility : 55%→40%
(カレン、気づいてくれたんだね。俺は生まれ変わっても、どんな姿になっても、お前を輝かせるための盾で、一番近くにいるバディなんだ……!)
ユウキは脳内で、涙を堪えるように、けれど誇らしげに叫んでいた。
しかし、戦況は彼らの感情の昂ぶりを待ってはくれない。 狭い通路をロボットの残骸が埋め尽くし、後方からも這い出てくる敵の物量に完全に押し潰されそうになっていた。
「シオン、ここじゃもう身動きが取れない! 外へ出るわよ!」
『了解。通路出口ノハッチ、突破シマス。カレン刑事、私ノ背後ヘ!』
シオンは100キロの身体を投げ出して、通路の最奥にある重厚な防音ハッチにショルダータックルを叩き込んだ。 鈍い破砕音とともにハッチが外側へ吹き飛び、二人は猛スピードでその先へと滑り出した。
しかし、飛び出した先に待っていたのは――遮蔽物のまったくない、あまりにも広大で冷たい「屋外の駐車場」だった。
いつの間にか、プラントへ潜入する際に激しく降っていた土砂降りの雨は上がり、雲の隙間から蒼白い月が顔を覗かせている。冷徹な月光が、濡れたアスファルトを鏡のように照らし出していた。 狭い通路という「地形の利」を、二人は完全に失ってしまった。
「しまっ……!」
カレンが息を呑んだ、まさにその瞬間。 駐車場の周囲、コンクリートの影、大企業の敷地内ならではの資材搬入路の暗闇から――。 一斉に、無機質で冷酷な「赤いセンサーアイ」が、夜の闇を切り裂くようにして次々と点滅を開始した。
その数は、数十台。通路で撃破した数を遥かに凌駕する、ネオ社の違法軍事ロボットの完全な包囲網だった。
ピピッ、ピピッ、ピピピピピ!!!
無数の照準赤外線レーザーが、蜘蛛の巣のように縦横無尽に駐車場を交錯し、そのすべての交点が、カレンとシオンの全身を寸分の狂いもなくロックオンした。
逃げ場はない。遮蔽物もない。 シオンの青い瞳が、蓄積したダメージとエネルギーの低下を示すように、チカチカと不気味に明滅し始める。 カレンは奥歯を噛み締め、残った気力を振り絞って、敵の群れへとEMPピストルを構えた。
「まだよ……まだ終わらせない……っ!」
トリガーを、引き絞る。
――カチリ。
静まり返った月夜の駐車場に、ただ、虚しい「空打ち」の金属音だけが響いた。 カレンの瞳が、驚愕で見開かれる。
「嘘……、空っぽ……!?」
EMPピストルの残弾は、完全にゼロ。 無数の赤いセンサーアイが、勝利を確信したかのように不気味に輝きを増し、じりじりと包囲の輪を縮めてくる。 冷たい月光の下、絶対的な「死」の包囲網の中で、二人は完全に孤立無援の窮地へと追い詰められた。




