第24話:鉄の盾、未来へ繋ぐ正義の絆
濡れたアスファルトが冷たく月光を反射する、ネオ社郊外プラントの広大な屋外駐車場。 桐生カレンとシオンは、完全に退路を断たれ、数十台の赤いセンサーアイに包囲されていた。 カレンが手にするEMPピストルからは、カチリと虚しい金属音だけが響く。残弾は、ゼロ。 シオンの青い瞳も、通路での激戦によるダメージとエネルギーの消耗により、チカチカと悲痛に明滅していた。
じりじりと包囲の輪が縮まる。 頬に深い傷を持つ細目の殺し屋が、目元を醜い嘲笑に歪めながら、高周波ブレードを構えて一歩を踏み出した。
「終わりだ、桐生カレン刑事。大人しくあの世の両親のもとへ行くがいい」
絶体絶命――誰もがそう確信した、まさにその瞬間だった。
ドガァァァァン!!!
プラントの分厚い外壁が、凄まじい爆音とともに内側から粉砕された。 白煙を上げて突入してきたのは、ネオ社のプラント内で資材搬入用に稼働していた、巨大な黄色の「作業用重機ロボット」だった。 キャタピラが砂利を激しく弾き、二本の巨大な油圧アームが空気を引き裂く。
「うちの部下に、汚え手え出すんじゃねえ!」
重機のコックピットのスピーカーから響いたのは、紛れもない大田署の署長――片桐の声だった。 署長はコックピットのハッチを僅かに開き、プラント内の武器保管ラックから強奪してきた長大な重火器を、カレンの足元へと放り投げた。
「カレン、これを使え!」
「署長……!?」
カレンは滑り込んできた「対ロボット用高出力ライフル」のグリップへと手を伸ばし、ずしりとした金属の重みを両手で受け止めた。 形勢は、一瞬にして塗り替えられる。
「シオン、署長をサポートするわよ!」
『了解、カレン刑事。目標、右側警戒。空間スキャン、継続シマス!』
シオンの硬質な機械音声が駐車場に響き渡る。 3人は背中を合わせ、押し寄せるロボットの群れを迎え撃つ死闘を開始した。
カレンがライフルの引き金を引くたび、高出力の電磁弾が敵ロボットの装甲を貫き、機能停止に追い込んでいく。 片桐署長は作業用重機ロボットの長い油圧アームを豪快に操り、迫り来る敵を長いアームでまとめて薙ぎ払い、力強く蹴散らしていく。 シオンは100キロの強靭なチタンフレームを活かし、カレンの死角から飛び込んでくる敵の体当たりを身を挺して受け止め、弾き返していた。
しかし、敵の数はあまりにも多すぎた。 暗闇から赤いセンサーアイが、倒しても、倒しても、無限に増殖するかのように駐車場を埋め尽くしていく。
ギギギィィィン!!!
押し寄せる無数の軍事用ロボットたちが、圧倒的なパワーで重機ロボットの足回りと駆動系を強引に拘束した。 さらにななめ前や背後からなだれ込んだ複数の個体が、重機ロボットの両アームへと一斉に取り付く。 ギギギ、バキバキバキッ!!! と凄まじい金属の破砕音が響き、その圧倒的なトルクと力任せの暴力によって、重機自慢の2本のアームが、根元から無残にへし折られて吹き飛んだ。
「チッ、ここまでか……!」
コックピットから緊急脱出した片桐署長が、生身で拳銃を構えるが、アームを破壊された重機ロボットは完全に役目を終え、黒煙を上げて沈黙した。 戦況は、一気に絶望へと傾く。
シオンの胸のインジケータが、赤く激しく点滅し始める。 エネルギー残量は、ついに1%を切っていた。
(クソッ、出力が低下してきている……。だけど、カレンが……カレンがまだ、あそこにいるんだ!)
ユウキは、限界を超えて焼き切れかけたプロセッサーの奥で、必死に叫んでいた。
その時、敵の波の隙間を縫うように、一体の高速格闘型ロボットが突進してきた。 冷徹なプログラムに従う機械は、防ぎようのない超高速の踏み込みで、無防備になったカレンの喉元へと高周波ブレードを一直線に突き出した。
(あ、動けない――) 敵ロボットの冷酷な突進を前に、カレンの身体が、かつての恐怖でカチリと固まった。ライフルの次弾装填は、どうあっても間に合わない。
その瞬間、距離、速度、回避猶予。 シオンの、いや、その奥にあるユウキの脳内プロセッサーが、コンマミリ秒で冷徹な数値を弾き出していた。 計算の答えは、物理的に絶対に間に合わない。 だが、彼の身体は、物理法則も、冷徹な計算式もすべてを超えて、あの日と同じように勝手に動き出していた。 ただ、彼女を死なせないためだけに。
シオンは、残った全電力を強引に過負荷させ、カレンの前に割り込んでいた。 そして、プロセッサーが完全にバーストし、スピーカーから激しい電気ノイズが迸る。 割れた音声システムの向こうから、冷たい機械音ではない、聞き覚えのある生々しい人間の声が漏れ出た。
「カレン、逃げろ……!」
いつもの「カレン刑事」という機械的な呼びかけではない、熱い感情のこもった、呼び捨ての言葉。 かすれてノイズに塗れたその声は、あまりにも優しく、そしてあの日、自分を庇って死んでいったユウキの声に酷似していた。目の前で火花を散らしながら立ち塞がる、傷だらけの鋼鉄の背中にユウキの面影を強烈に感じた。
直後、バキィィィン!!! と凄まじい衝撃音が響き、敵ロボットの高周波ブレードがシオンの胸の多層装甲を深く斬り裂く。 シオンの青い瞳から、完全に光が消え去った。 100キロの強靭な巨躯が、役目を終えたように、カレンの足元へとゆっくりと膝をつき、沈黙した。
(カレン、俺は生まれ変わっても、何度壊れても、君の隣で、君の盾であり続けるよ……)
ユウキの最後の意識が、暗闇へと溶けていく。
「アハハハ! 動かないデカの鉄屑が、最高の盾のつもりか!」
高台の連絡通路の上、そこから戦況を見下ろしていたあの頬に傷のある殺し屋が、目元を醜い嘲笑に歪めて勝ち誇った。 殺し屋の冷酷なジェスチャーに応じるように、残された敵ロボットたちが、沈黙したシオンを踏み越えて、カレンへと再びブレードを振り上げる。 片桐署長が身を投げ出してカレンを庇う。 いよいよ、今度こそ万事休す――。
ドガァァァァン!!!
駐車場の正面フェンスが、凄まじい爆音とともに吹き飛んだ。一台の特殊装甲車が突入してきたのだ。その助手席には天童の姿が。
「お待たせカレンちゃん」
突入を決めた警視庁に、プラントの情報を伝えたのが天童だった。
夜空から一斉にドローンによる無数のフラッシュバンが投下され、凄まじい閃光が駐車場を包み込む。
「カレンちゃん、片桐署長、その場で伏せて!」
天童が叫ぶと、閃光の向こうから突入してきたのは、仲間の警視庁ロボット部隊だ。ロボット部隊はカレンたちを囲むように瞬時に展開し、強固な物理防御壁を形成して二人を激しい戦火から完全に隔離した。
カレンと署長は息を呑んでその圧倒的な制圧劇を見つめた。 次々と突入してくるロボット部隊の圧倒的な重火力。高出力EMPランチャーから放たれた電磁ネットが次々と敵ロボットを絡め取り、過電流で回路を完全停止させていく。 ネオ社の違法軍事ロボットたちは、一瞬にしてことごとく制圧され、床へと沈んでいった。
「くっ、警察の増援だと……!?」
最後までブレードを構えてあがこうとした頬に傷のある殺し屋も、無数のライフル銃口に包囲され、その場で逮捕された。
長い、長い戦いの夜が、ついに明けた。
カレンの元に一人の刑事が駆け寄ってきた。 それはカレンを本部で尋問したキャリア刑事だった。 そしてカレンに向かって一言、「すまなかった」と言い、警察手帳と拳銃をカレンに手渡した。
カレンはようやく無実の罪が晴れ、刑事へ復帰することができたのだ。
そしてカレンは完全に機能を停止したシオンに目を向けた。
「ユウキ……」
シオンの肩に手を添えると、大粒の涙が頬を伝って零れ落ちた。
ロボットは、両親を奪った冷酷な鉄屑のはずだった。 けれど、この鋼鉄の身体は、あの日からずっと自分を、一番近くで命をかけて守り続けてくれていた。 カレンの心の中で、ロボットへの敵対心と警戒心が、完全に、跡形もなく消え去った。
Hostility : 40%→0%
それから、数週間後。
違法兵器開発の動かぬ証拠を突きつけられたネオ社日本支社は、強制解体へと追い込まれていた。同時に、ネオ社から完成品を納入し、あたかも自社で開発・製造したかのように偽装していたロンダリングの罪が暴かれた大和重工にも警察の捜査が入り、厳しい法的罰則と業務停止処分が下されていた。
夕暮れの、大田署の屋上。 顔や手元にいくつかの掠り傷を作った片桐署長が、不器用にタバコを咥えながら、茜色の空を見つめていた。
「未解決のままにして、カレン、お前をずっと苦しめちまったな。すまなかった」
カレンは涙を拭い、署長の隣に並んで、穏やかな笑顔を見せた。
「ううん。ありがとうございました、署長。私を……ずっと「警察の盾」で守ってくれて」
「だが、これで終わりじゃねえぞ」 署長はタバコの煙を吐き出し、鋭い眼光を海の向こうへと向けた。 「ネオ社日本支社は潰したが、「海外本社」はまだ無傷だ。奴らは必ず、またお前の前に現れる」
「望むところです」 カレンは迷いなく頷いた。その瞳には、かつての復讐心ではなく、未来を見据える強い正義の光が宿っていた。 「私には、世界で一番頼もしいバディがいますから」
カチャリ、と重厚な足音が響き、屋上のスライド扉が開いた。
そこからゆっくりと歩み出てきたのは、天童湊による大破したフレームの再構築と、再調整を終えたシオンだった。 その頭部のセンサーアイは、夕日に照らされて、かつてないほどに澄み切った青い輝きを放っている。
シオンはカレンの前に立つと、ゆっくりと敬礼の姿勢をとった。
『タデイマ戻リマシタ、カレン刑事。バディトシテノ職務ヲ、再開シマス』
カレンはもう、目の前のロボットを冷たい鉄の塊だとは思わなかった。 彼女はそっと歩み寄り、シオンの強固な、けれど温かいチタン合金の手を、両手でぎゅっと握りしめた。
「おかえり、シオン」
彼女は優しく微笑んだ。 その微笑みに、シオンの青いセンサーアイが一瞬、嬉しそうに激しく明滅した。 確かな絆が、今度こそ二人を結んでいた。
(カレン、俺たちのバディは、これからだ)
茜色の夕日に照らされながら、二人は並んで、新たな正義を守るための戦いへと歩み出していく。 その鋼鉄の背中は、どんな未来の嵐からも彼女を守り抜く、世界で唯一の、最強の盾だった。




