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第五十四話 四獣結集

 グレンによるケセナの手当てが一段落し、部屋の空気が僅かに落ち着きを取り戻す。


 だが、安堵はそこまでだった。

 レイアが表情を引き締め、グレンとガイアへ鋭い視線を向ける。


「さて。遺児も目を覚ましたことだ。我々は、いくつか確認しておかねばならん」


 その言葉の重みに、グレンもガイアも表情を強張らせた。

 レイアは部屋に備え付けられた長椅子へ移動し、すべてが見渡せる位置に、優雅に脚を組んで腰を下ろす。マジョルドがすぐさまその後ろへ控えた。

 レイアが顎で座れと促し、グレンとガイアが対面の長椅子へ腰を下ろす。

 その後ろの寝台の上では、包帯を巻かれたケセナが不安そうに彼らを見つめ、その傍らにラルが寄り添っていた。


「皇都から、正式な勅命が下った」


 レイアの冷徹な声が、部屋の空気を一気に冷やす。


「先帝リュウショウ様を暗殺した大罪人ファルイーア。その背後には、『応龍狩り』を逃れた応龍族の残党組織があるとして――『完全なる殲滅』が命じられた」

「なんだと……っ!」


 グレンが思わず腰を浮かせ、ガイアが低く唸る。


「あの野郎……っ」


 張り詰めた空気の中、ケセナがおずおずと片手を挙げた。


「あの、なんだかよく分からないんですが……」


 申し訳なさそうに零したその言葉に、大人たちの視線が一斉に集まる。

 重苦しい空気へ割り込む形になったが、無理もなかった。

 手当てを受けている最中から感じていた違和感を、どうにか口にする。


「えっと……俺、目が覚めたら怪我だらけで……あの……状況がよく……というか、ここ、どこなんです? その人……レイア……族長は、どうして普通に話し合いをしてるんですか……?」


 自分を捕らえた白虎の族長。見知らぬ部屋の豪奢な寝台。そしてなぜかレイアがグレンたちと同じ長椅子に座り、深刻な話をしている。

 目覚めたばかりで間の記憶がすっぽり抜け落ちているケセナにとって、それはあまりにも奇妙な光景だった。


 その率直すぎる疑問に、ガイアが呆れたように天井を仰ぐ。


「お前なぁ……自分が暴走したこと、欠片も覚えてねぇのか?」

「暴走……?」

「そうだ。お前、拘束具を壊すために自分で自分の四肢を抉りやがったんだよ。完全に兵器みてぇになったお前を止めるために、レイアとツェヴァンの爺さんの幻影が、殺す気満々で十文字にぶっ刺したんだ」

「じゅ、十文字……!?」


 自分の身体に起きた凄惨な事実を突きつけられ、ケセナはさっと血の気を引かせた。

 そんなケセナを見て、レイアは悪びれる様子など微塵も見せず、鼻で笑う。


「当然だ。理性を失い暴走した兵器など、あの場で確実に息の根を止めるのが最善だったからな。現に、あのままなら確実に世界を滅ぼしていた」

「俺……そんな……」

「だが、お前は理性を繋ぎ止めた。ただの『暴走した兵器』ではなく、己の意志を持つ『応龍の遺児』として目覚めたのだ。ならば、話は別だ。私はお前を、守る価値のある駒として盤面に置く」


 殺意すらも盤面を動かすための手段と言い切るレイアに、ケセナは呆然と瞬きをする。

 レイアは小さく息を吐き、わずかに目元を和らげた。


「遺児よ、ここは我が白虎の里、西方地区のアイランバだ。治療するために連れ帰った……」

「あの……遺児ってなんです……?」

「お前が先帝リュウショウ様の御子であろう?」

「……っ」


 ケセナの心臓がどくんと波打つ。

 間違いではない。だが、心の奥底で否定したかった。


 自分は、遺児ではない。

 兵器なのだと――。


 レイアは話を進めるように、組んだ脚へ手を置き、真っ直ぐにケセナを見据える。


「お前にも分かるよう言おう。先ほど、我ら四獣の族長に再び強い通達が来た。『三十夜以内に大罪人ファルイーアと、応龍族残党の首を差し出さねば、各一族の領地へ軍を差し向け、焼き払う』とな」


 言葉を濁さない説明だった。

 寝台の上のケセナの顔から、さっと血の気が引く。


(俺の、せいで……ただでさえ『応龍狩り』で減っている応龍族を根絶やしにし、四獣まで、殺される……?)


 レイアは顔面蒼白のケセナから視線を外し、再びグレンたちへ向き直った。


「三十夜以内……。たった三十の夜で、すべてを滅ぼすつもりか」


 あまりの暴挙に、グレンはぎりっと奥歯を噛み締める。

 フィサルーアの狙いは明確だった。ファルイーアという存在そのものを世界の敵として孤立させ、四獣の力まで削ぐつもりなのだ。


「朱雀はともかく、白虎の里には非戦闘員の民も多い。このまま何もせずにいれば、私は族長として、一族を守るためにこの遺児を差し出すという冷酷な決断を下さねばならん……」


 冷静だが、重い言葉だった。


「させるかよ」


 ガイアが低く凄む。

 レイアは涼しい顔でそれを受け流し、挑戦的な眼差しをグレンへ向けた。


「だが、私はこの遺児を売るような真似はしたくない。ならば、お前たちはどう動く? 逃亡の騎士団長」


 試すような視線が、真っ直ぐグレンを射抜く。

 生粋の武人であり、盤面を操る策士ではないグレンの頭脳は、軋みを上げていた。


(追われる側が、世界を敵に回した刻。五千星霜前のオウセイは、何をした?)


 思い出せ、歴史を。

 この地で何が起きたのか。

 世界中から敵視されながら、あの男がどうやって対峙したのか。

 その傍らに、誰がいたのか。


 導き出された答えは、一つだった。


 沈黙の中で、グレンはゆっくりと口を開く。


「五千星霜前にできて、今はできない、なんてことはないと、俺は思う……」


 掠れた声だった。

 確証など、どこにもない。

 四獣の族長たちは現皇帝によって互いを牽制させられ、一族の命を人質に取られている。伝承の歴史より、状況ははるかに悪い。

 それでも。


「――ほお?」


 レイアが感嘆の声を漏らした。


「少しは使える頭になったか。逃亡の騎士団長」


 その一言だけで真意を察したのか、それとも最初から同じ盤面を見ていたのか。

 レイアは面白そうに唇の端を吊り上げ、一気に作戦を組み立て始めた。


「四獣の結集。……よかろう。五千星霜前、救世主と応龍の傍らには常に我ら四獣がいた。ならば、歴史を再現しようというのだな」

「ああ……」

「状況は最悪だが、幸い手駒は揃いつつある。ここに『白虎』の私と、『朱雀』のガイアがいる」


 視線を向けられたガイアが、短く顎を引く。


「問題は残る二角だ。『玄武』は昔から秘匿を好み、外との接触を極端に避ける。そして『青龍』は……」

「ツェヴァン様は、確実にこちらの味方です」


 グレンが即答する。


「ジェグヌで俺たちを逃がすため、自ら傷を負う芝居まで打ってくれた。ツェヴァン様は間違いなく、ファルイーアの生存を望んでいます」

「ほう。あの食えない古狸が、自ら腹を切る芝居をな」

「かすり傷、ですが……」


 途端にグレンが遠い目をした。

 自分は散々深手を負ったのに、師の傷はかすり傷だったかどうかすら怪しい。

 レイアはわずかに目を見張ったあと、マジョルドへ視線だけで合図を送った。

 マジョルドは静かに頷き、懐から白虎の紋章入りの特殊な羊皮紙を取り出す。


「ならば話は早い。現皇帝の『人形』という真実を突きつけ、フィサルーアの支配から四獣を引き剥がす。……マジョルド、至急『玄武』と『青龍』の元へ、私の名で極秘の親書を送れ。評議会の目を完全に欺く隠密の経路でだ」

「御意に」

「三十夜以内に、四獣の族長による極秘会談の場を設ける。フィサルーアが我らを炙り出す前に、こちらから喉元へ食らいつく牙を揃える」


 流れるような手腕だった。

 圧倒的な決断力。

 これが、世界最強の武力と知力を併せ持つ白虎族長の真骨頂なのだ。


「勝機は、あるということですか……」


 グレンの問いに、レイアは傲然と笑い放つ。


「当たり前だ。私は負け戦などせぬ」


 その断言に、グレンとガイアの胸の内へ、どん底の絶望から這い上がるための確かな火が灯った。

 だが。


「この遺児が、『王』としての覚悟を決めれば、だがな……」

「王……?」


 レイアはそう言って、寝台の上で呆然としているケセナを見据えた。


 五千星霜前の歴史を再現し、分断された四獣を再び結集させる。

 その不可能に近い盤面をひっくり返すための、絶対的な鍵。

 それは他でもない、四獣の中央に立つべき本物の応龍――ファルイーア自身の意志だった。

 彼が自ら立ち、世界を敵に回す覚悟を決めなければ、この反逆は決して始まらない。


「まずは怪我の治療と体力回復だ。その傷薬では効果も薄かろう。……遺児よ、こちらも覚悟しておけ」


 その重すぎる事実を残し、レイアは静かに踵を返した。


 白虎族長が去ったあと、部屋には重い沈黙が落ちる。

 その静寂を破るように、ケセナがぽつりと呟いた。


「覚悟って……言うけど……」


 寝台の敷布を、痛む指先できつく握り締める。


「俺は、造られた兵器だし……誰かの上に立つようなものじゃない。『王』なんて……」

「ケセナ、自分を兵器だと言うな」


 グレンの厳格な声が、ケセナの自嘲を断ち切った。


「だって、それが事実じゃないか……」

「違う。お前は、リュウショウの子だ。応龍の正統な血を継いでいる。……だが、それを背負えと無理に言いたいわけじゃない。ただ、お前が立たなければ、四獣も、この世界も破滅へ向かう」


 グレンの揺るぎない声に、ケセナは奥歯を噛み締めた。

 できない、と言い逃れをしたかった。自分にはそんな器はないのだと。

 だが、彼の中にあるもう一つの『記憶』が、その甘えを許さなかった。


「分かってる! グレンさんが言わなくても、分かってるよ……!」


 悲痛な声を上げ、勢いよく起き上がって抗議しようとする。


「俺が、五千星霜前にどれだけ苦労したか……四獣をまとめるのがどれだけ大変か、お前たちは知らな……っ! ……痛っ」


 ケセナの口を突いて出たのは、紛れもなく『オウセイとしての記憶』だった。だが、言葉を終えるよりも早く、全身の傷が一斉に悲鳴を上げ、ケセナはそのままぽすんと寝台へ沈み込んだ。


「あの刻は……ライネルがいたから、俺は動けたのに……」


 痛みと、途方もない重圧。オウセイの記憶と、ケセナとしての弱音が混ざり合う。

 不貞腐れたように、そして途方に暮れたように呟くケセナを、グレンは深く、優しい目で見下ろした。


「上手くいく気がしないか?」

「最悪な状況だ。逃げ出したい……」

「それでも、お前はやるんだろう?」

「…………」


 しばしの沈黙。

 ケセナは大きく息を吐き、琥珀色の瞳に強い光を宿して、はっきりと言った。


「当然だ」


 力強い宣言のあと、丸まるように身を縮める。

 身体も精神も、限界だったのだろう。ほどなくして、安らかな寝息が聞こえ始めた。


 その包帯だらけの小さな背中を見つめながら、グレンたちは静かに悟っていた。この子一人に、もう背負わせてはならない。命を懸けて腹を括るべきは、自分たちも同じなのだと。

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