貴子の後悔
一年前、医者から余命宣告を受けた貴子は洋平に謝罪して離婚届に自分の分を記入して渡した。
自分の欲のために洋平の人生を壊してしまったことや償いきれないことを強いてしまったと後悔していた。
「ごめんなさい。私の我儘に付き合ってくれて、今更遅いけど、あの離婚届を出してもらっていいから」
貴子は検査結果を聞いて病室に戻ると、ベッドに横になって言った。
医師からは一年持つかわからないと言われて、初めて自分の人生を振り返った。
貴子は通院を初めてすぐに、拓人と離れたくなくて望月病院で治療を続けたいと洋平に伝えた。
そう言えば洋平は必ず貴子の希望を叶えてくれるはずだ。
今までも貴子の希望を聞いてくれていたから大丈夫だと信じて疑わなかった。
稲田家には土地もお金もたくさんあるからなんとかしてくれるはずだ。
しかし、望月病院は経営不振になっていて閉鎖の危機に晒されていた。
貴子がそれを知ったのは洋平が望月病院を救った後だった。
洋平は自分の個人資産で一時的に病院の土地を買い取り、その資金で病院経営を立て直す策を病院の事務方を担当していた木崎敏行と計画して貴子が引き続き、望月病院で治療が出来るようにしてくれた。
その時、初めて貴子は稲田家にお金は殆ど残っていないことを知った。
拓人の悪事を精算するために土地を売ってお金を作っていたことも知った。
それも貴子の我儘だ。
拓人がどれだけ悪事を重ねても拓人を守るのは自分だという思いから洋平に何とかしてと、いい続けていた。稲田家の土地がどんどん減っていくのも知らずに。拓人の好き勝手にさせていた。
貴子は父親からそんなふうに育てられたからどう接すればいいのかすらわからなかった。
だから、放置した。
拓人の好きにさせて後始末は洋平がすればいいと本当に思っていた。
拓人が悪事を重ねることも拓人が洋平を見下し暴言を言っていたのも貴子は気づいていた。
父親に言われて拓人の父親として洋平が貴子と再婚したのも貴子が父親のいない拓人を産みたいと言い張ったからだ。
貴子の父親が洋平を顎で使い、貴子も自分の欲望を満たすためだけに洋平を使っていたのを見て育った拓人は父親の洋平を自分の都合よく使える使用人のように思っていた節がある。
貴子の父親はまさにそんな人間だった。
貴子の父親は周りの人達は自分に都合よく働けばいいと思っていたようだ。
そのため、使えなくなった人は切り捨てられた。
貴子は父親を見て育ったため、貴子も何の疑いもなく、周囲の人たちは貴子の思うように動けばいいと思っていた。
実際、貴子との結婚で洋平に何のメリットはなく、無理矢理離婚させられて貴子と再婚しただけだ。
洋平は貴子と再婚した後もそれまでと同様に稲田家の資産管理を任されていた。
貴子も最初は父親と同じような対応を洋平にしていた。
しかし、ある時を境に貴子は自分の過ちに気づいて何度も何度も洋平に謝った。
しかし、洋平は気にしなくていいとだけ言うだけで素っ気ない態度を崩さなかった。
洋平にとってあくまでも稲田家の従業員の一人として考えていなかった節がある。
いつも一線を引いていた洋平がある日、ポツリと呟いた。
「来年、三十年ぶりに流星群が見られるそうだ。今度は拓人と三人で見よう」
貴子は驚いた。
三十年前の流星群の夜のことを知っているのかと聞くと、洋平は当時の妻と娘と一緒に海浜公園で見ていたと言ってきた。
貴子はあの時、見られていたのだと思った。
貴子は海浜公園で拓人の父親である坂井理人とよく会っていた。
この街にはいないタイプの人で貴子はすぐに恋に落ちた。
貴子は父親に教わった方法で理人の気持ちを自分に向くように仕向けた。
父親からは土地の売買に都合のいい隣町の老人に貴子を嫁がせようと考えていると言われていた。
そのため、貴子は父親から逃げ出したかった。
別の街に行けば父親から離れられると考えたからだ。
理人もまんざらではない態度を見せてきた。
だから貴子はきっと幸せになれると信じて疑わなかった。
しかし、坂井理人は貴子が妊娠を告げると、間髪置かずに堕ろせと言ってきた。
更に、自分には婚約者がいて、次期社長の座が約束されている。お前に用はないとまで言ってきた。
坂井理人から言われた言葉に貴子は何も言い返せなかった。
今まで自分の思うように周りが動いてくれていたのを気づいていなかった。
そのため、貴子は妊娠を伝えると喜んでくれると思っていた。
しかし、現実は違った。
その男は面倒くさそうに、貴子とは、ただの遊びだと言うと一度も振り返ることなく立ち去っていった。
自暴自棄になった貴子は暴れて、手がつけられなかった。何もする気もおきなくて一日中部屋に閉じこもっる日々を送っていた。そのため、貴子の知らないうちに父親は栗元悟志に坂井理人の殺害を依頼していたのだ。
貴子は栗元悟志が嬉しそうにあの男が死んだと報告に来た時に父親の行動を初めて知り、恐ろしくなった。
栗元は貴子が理人と会っていた頃からしきりに貴子を誘ってきた。
しかし、貴子は理人の心を独り占めしたくて栗元のことは眼中になかった。
貴子は栗元に言われて、もう二度と会うことができない、理人思って何日も泣いた。
あれほど酷い振られ方をしたにもかかわらず貴子は理人を忘れることはできなかったのだ。
その間に父親は洋平を罠に嵌め、拓人の父親にするために洋平に離婚を迫り、無理矢理貴子と結婚させようとしていることも知った。
洋平は稲田家の資産管理をしていた銀行員だ。
何度か会ったことがある男だった。
何時も穏やかに笑っている印象しかなかったが、貴子は自分が何かを言えばこの人も何をされるかと思うと父親に逆らえなくなり、父親の言いなりになるしかなかった。
貴子と再婚したあとも洋平は変わらず貴子に仕事の関係者としての態度を崩さなかった。
貴子は洋平の前妻と子供に被害が及ぶのは避けたかった。
これ以上、誰かを犠牲にしてはいけないと思ったからだ。
ある日、洋平の元上司だという銀行の支店長が尋ねてきた。
その時、その支店長と洋平の会話を聞いてしまった。
父親に嵌められた洋平は多額の借金と土地を持っていた。
洋平と支店長はその土地の活用方法を話し合っていたのだ。
その時、洋平が前妻と子供のことを心配していた。
貴子は父親に、このことを知られないように偽装した。
洋平もそのことに気づいていたようで父親に気づかれないように注意していたようだ。
それで、貴子は洋平の前妻と子供がこの街から出ていくようにわざと嫌がらせをした。
父親が亡くなって安心したのも束の間、顧問弁護士がやって来て貴子と洋平を脅して来た。
拓人がやってきた犯罪行為についてだ。
拓人がやっていた犯罪を隠蔽若しくは示談にするために顧問弁護士が動いていた。
顧問弁護士はそれをネタに脅してきた。
しかし洋平が調べて行くとその殆どに拓人は関わっていなかった。
更に、示談金として洋平から渡されたお金はある人物に盗まれていたことがわかった。
貴子が弁護士を問い詰めると前当主から指示されていたことだと言ってきた。
貴子の父親は一旦は渡した示談金を別の人物を使って取り戻そうとしていたことがわかった。
貴子は洋平に相談をした。
すると洋平はわかったと言って部屋を出て行った。
それから数年の歳月が過ぎた。
その間も拓人の被害者は出てきた。
しかし、拓人本人を問い詰めると何もしていなかった。
一体、誰が何のために拓人のフリをして悪事を働いているのか?
貴子は自分にできる範囲で調べていった。
それは思っていたほど困難ではなかった。
望月病院に通っていた時に病院の待合室で他の患者の話に耳を傾けるといろんな噂話が聞こえてきた。
稲田家の現状や拓人のことなど、そこからわかったことは拓人の名を騙って悪事を働いている人物がいる。
その被害者に洋平が示談金を渡すとその示談金を狙った被害が起きていることまで分かった。
貴子がその人物を探し出し奪ったお金を取り戻そうと考えていると拓人が自分がいなくなれば全て終わるといいだした。
貴子は自分がやると言っても拓人は反対するだけで2人は言い争いをしていると洋平と木崎が自分たちに任せてほしいと言ってきた。
拓人も洋平の話には素直に聞いていた。
そこから拓人の偽物を捕まえるとばかり思っていたが拓人の偽物を操っていた人物が木崎から教えられた。
木崎からはその人物こそが拓人の示談金を奪い取っていた人物で望月病院を経営不振に落とした人物だった。
洋平と木崎から念入りに話をされ、望月病院の看護師に誤解をさせた。
気がつくと次々と明るみになっていくが刑事たちからは拓人が起こした事件だと思われなかった。
それも洋平が仕組んだ内容があったからだ。
望月瑠美が拓人の仕業にしようと企んでいたことも洋平が拓人を洋平の会社に招き入れ、仕事をさせていたからアリバイも証明された。
望月瑠美はそろそろこのことに気づいて貴子の元を尋ねてくるはずだ。
貴子はこの話に協力してくれた全ての人のために自分の命を使うつもりでいる。
貴子は病室のベッドで待っていた。
ガシャーン。
大きな音がしたと同時に数人の声が響いてきた。
「取り押さえろ!」
「そっちに逃げたぞ!!」
貴子はベッドから起きて病室の入口から顔を出した。
一番奥の部屋から望月瑠美が両脇を捕まえられて出てくるのが見えた。
望月瑠美が部屋から出てきて暫くしてから洋平と拓人が出てきた。
洋平の腕からは血が出ていた。
洋平と拓人が貴子に気づいて歩いてくる。
「貴子さん!」
「母さん」
二人の叫び声が響いてくる。
その声が遠くに聞こえる。
目の前に栗元が立っていた。
拓人が走って栗元を取り押さえる。
栗元の手には刃物が握られていた。
刑事たちが走ってくる。
気がつくと貴子は栗元が持っていた刃物で刺されていた。
木崎敏行と望月和美が駆け寄ってくる。
貴子は木崎が持ってきたベッドに寝かされ運ばれる。
貴子はベッドに寝かされ、これでやっと終わったと安心した。




