奇跡
お久しぶりです。
更新するのが遅くなってしまい申し訳ありません。
この度今作をkindleで加筆修正して個人出版することにしました。
題名と作者名を改めて出版しています。
お手にとっていただけると幸いです!
なろうでの更新についてですが、まだ迷い中です。
どうなるかわかりませんが、これからもよろしくお願いします
まるで違う周囲の風景の中で力強くその存在を魅せてくれたのは、尊敬してやまない母だった。どういうわけかつきまとう不安で仕方がなかった子供の頃から、母は温かく大きな愛で自分たちを包んでくれていた。
しかしその大きく温かい背中は、いつからか手を伸ばすことも躊躇うほど輝きを失くしていた。
「お義父さま! 言い伝えがある以上それ相応の理由があるはずでしょう! だというのに、あちこち外出ばかりして……それもそれが理由だというのですか! 家族はどうでもいいとでも言うのですか……っ!」
「ヴィオラ、落ち着いてくれ」
「あの子も私の大切な孫の一人だ。嫁、お前にとってもあの子は姪なのだぞ。会いもせず、捨て置くなどと言うてくれるな」
「だからって、そんなに簡単に受け入れられるわけがないでしょう!」
「っヴィオラ! 父上、それ以上煽らないでください! ヴィオラ、私が
姫様に会ってくるから、それからでも答えを出すのは遅くないだろう? もちろん、そう簡単に答えなど出ないだろうが……」
「っそんなこと言って今まで一度だって会えたことないでしょう! ……あなたも家族を蔑ろにするの!?」
「――ヴィオラ!!」
「……っ」
不安で不安で仕方がないという声が、わずかに開いた扉から降ってくる。その悲鳴のような怒鳴り声に、心臓を掴まれたように体が強張った。
今すぐ耳を塞ぎたいのにそうすることもできないまま、また足が縫い付けられたかのようにその場から動けなくなった。
見たことのない母の姿に愕然として聞くともなしにその会話を聞いていたヴィヴィアナを動かしたのは母だった。これ以上話したくないとでも言うかのようにこちらを振り返った母に、思わず飾り棚の陰に隠れた。
そのまま体当たりするかのように扉を開けて出て行った母がこちらに気づくことはなく、ヴィヴィアナに気づいたのは母を追って廊下まで出てきた父だった。
「ヴィヴィっ、どうしてここに……」
「先程からいたぞ。お前も嫁も取り乱しすぎだ。――さぁ、我が孫よ、こちらへおいで」
「父上っ」
「……おじいさま、おかあさまはどうしちゃったの……?」
目の前で困ったように膝をついた父と同じように廊下に出てきた祖父が笑みを浮かべた。
柔らかく笑う祖父の姿はいつもと変わらず、なぜかそれにひどくほっとした。それから、再び祖父に視線を向けた父を遮るようにヴィヴィアナは祖父へと足を踏み出した。手を伸ばせば、優しく、力強く抱き上げられた。
「なに、少し迷子になっているだけだ。出口は見つかっているというのに、それ以外の出口を見つけようとしているのだろう。少し時間はかかるかもしれないが、お前の母は強い。大丈夫だ。――レオナルド、お前もこちらへ来い」
「……まいご」
溜息をつきながら扉を閉めて同じように傍の椅子に腰を下ろした父の気配を感じながら、祖父の膝の上でヴィヴィアナはぽつりと呟いた。
祖父が笑っている。そして、首を傾げる彼女に静かに問うた。
「ヴィヴィアナは奇跡を信じるか?」
父が口を開きかけて祖父に手で制されるのを見ながら、ヴィヴィアナはその言葉を頭の中で繰り返す。ぼんやりと言葉の意味を考えていると、ふと聞き覚えのある声が思い浮かんだ。
――このせかいはきせきでできてるんだわ!
「……しんじる。わたし、きせきをしんじるわ、おじいさま」
「ヴィヴィ……」
「サラが言ったの。ようせいとか、りゅう、とか、せいれいとか……とにかくたくさんの生き物がいるでしょう? 人間いがいの生き物に会えるなんてきせきだって。このせかいはきせきでできてるんだわって。わたしもそう思う」
何故だかはわからない。けれど、目にするものすべてが新鮮で眩しい毎日がとてもとても大切で幸せだと思ったのだ。
驚いたようにこちらを見る父を見て、祖父を見上げてからヴィヴィアナは腑に落ちたように笑う。
祖父が、それに満足したように笑う。
「はは、私の孫たちは賢いな!」
「サラが言うとおり、シャナ、さまはきせき、なの?」
「そうだぞ、シャナは万物に愛されている――いや、人間から以外か……。まぁともかく、お前の母もシャナに会えばわかる。あれがどれだけの奇跡を背負って生まれてきたのか。眩しくて眩しくて仕方がないほどの幸せをもたらしてくれるだろう」
「わたしもっ、わたしもあいたいわ、おじいさま」
先程までの母の姿を思い出して、祖父の言葉に期待を抱く。無意識だったのだろう、不安な気持ちを思い出したくなくて祖父に縋っていた。
祖父がふむ、と思ってもみなかったというように楽しそうに笑った。
「……父上?」
「いやなに、それもいいかと思ってな。――ああレオナルド、お前はまだ駄目だ。会いに行ってもことごとくシャナに会えていないということは、お前はまだ会うべきではないということだろう。嫁も落ち着かない限り駄目だな」
「ですが、父上」
「――今は待て。今の状態でお前が会いに行けば、シャナは壊れる」
「……それは、どういう……?」
「ヴィヴィアナ、明日は暇か? ウィルフレッドとヴィンスも連れて出掛けるぞ。もちろん、母には内緒だぞ? 嫁は領地に戻る予定だったろう、その間にシャナに会いにいくか」
「ほんとう?」
「ああ。よいな、レオナルド」
「……わかりましたよ。ヴィオラには絶対に知られないようにしてください」
期待に祖父を見ていたヴィヴィアナは、父と祖父の会話に首を傾げながらも自分の望む答えを待った。やがて、二人の話が終わったあとで祖父が告げた言葉にヴィヴィアナは笑みを浮かべた。
そうしてヴィヴィアナたちは、とても不思議で、けれどとても温かい空気を纏った、妖精たちと仲良く喧嘩するちょっぴりまぬけな王女様に出会うことになる。そして、母の背が再び輝きを取り戻すその日を待ち続けることになったのだ。
息子に連れられた孫を見送って、サジェス――シャナたちにとっても祖父である先代アスタルト公爵その人は、窓の外に見える王城を振り返ると笑みを消した。
思い浮かぶのは、いつだって満面の笑みで駆け寄ってくる誰よりも多くのものに愛された小さな孫の姿。
「……シャナは人間以外の万物に愛される。だが、どれだけの奇跡を背負って生まれてきたのだとしても、眩しくて眩しくて仕方がないほどの幸せをもたらしてくれるとしても、それはおそらくシャナ以外にとって。……外に出たことがないというのに、シャナは既に人々が王家へ不和を抱き始めているのを知っている。それ故に自身と人間を嫌っている」
笑みの裏に隠された孤独と悲しみ、怒りと憎しみに、いったいどれだけの者が気づいているのだろうか。
ふと、サジェスは飄々としたシャナの父親の顔を思い出し、顔をしかめると溜息をつき、次いで王城の向こうを見るように瞳を細めた。
「まだ四つになったばかりだというのに、シャナは既に重すぎる想いをその身に背負っている。……まったく、あの男がボンクラでなかったのが救いではある。それを考えればシャナにもまだ望みはある……――陛下、我が王よ。私もまた進み続けましょう。貴方が望むままに、そして私の願いのために」
自身にとってのただ唯一の敬愛する王の姿を思い浮かべたサジェスは、それを刻み込むかのように目を閉じたあとで、その場から踵を返すのであった。
――待ちに待ったその日は、初めてシャナに出会ってからもうすぐ一年が経とうとしていたよく晴れた春の日だった。
子供たちを迎えに来た叔父に連れられて、ヴィヴィアナたちは王宮で思いがけない人の姿を見つけたのだ。
「それにしても軍馬はみんなそうだけど妖精馬も立派ねぇ。お義父様の愛馬もそうだし」
「えー?」
「あ、いいえ、なんでもないわ。それより姫様はいつもここに来てたの?」
リュチーチェとナリーチェを見て感嘆の溜息をついたヴィオラの言葉にシャナが反応した。
ヴィオラがそれを誤魔化しつつシャナに向き直ると、シャナは笑って頷いた。
「うん! こっそりきてたんだよ! ね、ミラリア」
「こっそり……はい、そうですね」
「バレバレだったぞ」
「え?」
「それより、姫様も乗馬しますか?」
シャナの言葉に困惑したように頷いたミラリアだったが、面白そうに口を挟んできたヴァルターにシャナが首を傾げてしまう。
しかし、それを遮るように口を開いたアルクライドにシャナの意識が移った。
「今日はサイラス殿下とジークフリート様の乗馬の練習があるんですよ」
「そうなの? でもシャナはのれないんだよ。リュチェたちのらせてくれないんだよ。シャナがのっていいのはシャルだけなんだよ」
「のらせてくれない……?」
「――シャル?」
拗ねたように返ってきた答えに、アルクライドが聞き間違えかと困惑してミラリアを見るが彼女は頷いた。
しかし、彼女が口を開く前にヴィオラがシャナを見た。
「シャルはじぃのうまなんだよ。あ、じぃは母上の父上なんだよ! つぎにかえってきたときのせてくれるってシャルがいってたんだよ!」
「……姫様はお祖父様によく合うのかしら?」
シャナの言葉にヴィオラの補佐官たちが唖然としていると、彼らの上司がそれはいい笑顔でシャナに問いかけた。
いつもどれだけ探しても見つからないどころか、情報すらも掴めない人物の話題に今までの苦労はなんだったのかとヴィオラは思った。
シャナがそんなヴィオラに気づかずににぱっと笑う。
「おうとにいるときはいつもあいにきてくれるんだよ! おみやげもくれるの! いっぱいいろんなはなしきかせてくれるし、いつもウィルたちつれてきてくれるんだよ! ヴィオラはウィルたちしってる?」
「――え?」
「っあ、ひ、姫様、陛下たちが帰ってきましたよ! ほら、あちらに」
「え?」
まったく予想していなかった答えにヴィオラが固まると、慌てたようにミラリアが口を挟んだ。
シャナは表情を消したヴィオラに不思議そうにしたが、ミラリアの言葉に振り返る。
離れた方から歩いてくる人影に満面の笑みを浮かべた。
「父上、おかえり! 姉上たちも! あ、ヴィヴィ! ウィルもヴィンスも、みんなあそびにきたの!?」
「なんだ、出迎えか?」
「シャナ、ただいま! シキ兄様たち、も……」
「サラ、どうしたの? ――え」
笑う父ガランに嬉しそうに駆け寄っていくシャナをよそに姉サラリアが立ち止まると、その隣を歩いていた少女が同じように歩みを止めて呆然としたように立ち尽くしている。その後ろではシルキよりも少し下くらいの少年と、サイラスたちと同じくらいの少年が同じように立ち止まっている。
サイラスとジークも戸惑いを隠せないようにその場に留まっていた。
シャナが彼らの傍で立ち止まって首を傾げている。
「……どうしたの? ――あ、もしかして、ヴィヴィたちヴィオラしってるの? ヴィオラはこうしゃくけのまじゅつしだんではたらいてるんだって! きょうはシャナとあそんでくれたんだよ!」
「え、えっと……そ、そう! 知ってる人がいたからびっくりしたの!」
困惑したように怯えたように、ヴィヴィと呼ばれた少女――ヴィヴィアナがシャナを見た後でヴィオラを見ると、彼女は微笑みを浮かべて口元に手を当てた。
それを見てはっとしたようにシャナに向き直るとヴィヴィアナは困惑しながらも笑みを浮かべた。
そこへ、ガランが未だに困惑している子供たちに聞こえるように口を開く。
「シャナ、ヴィオラとは仲良くなれたか?」
「うん! いっしょににゃんこの母上さがしてくれたんだよ!」
「そうね、とても楽しかったわ」
にぱっと笑ったシャナと微笑んで同じように頷いたヴィオラに、サラリアが安堵したように笑みを浮かべた。
そして、隣にいるヴィヴィアナの手を握ると目を合わせて頷いた後で後ろを振り返ると、ウィル――ウィルフレッドとヴィンスに小さく呼びかけている。
サイラスとジークも小さく何かを告げると笑って動き出す。
シャナたちの奥では、ヴィオラの補佐官たちが静かにその様子を見守っていた。
そんな彼らをよそにシャナとヴィオラの会話は続いている。
「――あ、ヴィオラはもしかして、じぃさがしてるの?」
「そうよ、いつもどこにいるのかわからないの。ちゃんと護衛しなくちゃいけないから困ってるの。姫様はお祖父さまが今どこにいるのかわかるかしら」
「じぃはねぇ、いまはこくないにいるんだって! いつもりょうしゅたちがあつまるかいぎ?のときにはおしろにくるんだよ。だからもうすぐかえってくるんだよ!」
「……なるほど? ――隠してたわね?」
「聞かれなかったから答えなかっただけで、隠してはないな。だいたい、御大の行動は俺にもよくわからん」
「えー?」
その会話とその光景に、ヴィヴィアナは何かを噛みしめるようにそれを見つめていた後、サラリアに頷き返して動き出した。ウィルフレッドとヴィンスもそれに続く。
サイラスたちに意識を向けたシャナの傍で、ヴィオラがそれを見届けたあとでこちらに向かって歩いてくる。
ヴィオラは明らかに緊張して自分を見つめているヴィヴィアナたち――自身の子供たちに、ふっと笑って口を開いた。
「……ずっとずっと待たせてごめんなさい。もう、大丈夫よ。それから、おかえりなさい」
何がとは言わずに短く告げたヴィオラに、ヴィヴィアナが笑おうとして泣きそうな顔で俯きつつも頷いている。ウィルフレッドも安堵したように頷き、隣のヴィンスの肩を叩いている。ヴィンスも肩の力を抜くと笑みを見せた。
サラリアがそれを嬉しそうに見つめている中、ウィルフレッドが口を開いた。
「ただいま戻りました、母上。それから、母上もおかえりなさい」
「……ええ、信じて待っていてくれてありがとう。姫様も本当にありがとう」
「私は何もしてないわ。だって、伯母様ならきっと大丈夫だってわかってたもの! シャナだって伯母様のことを気に入るってわかってたわ。シャナってば強い女の人が特に好きだから」
「あら、それは光栄ね」
ふふ、と笑い合うサラリアとヴィオラに、ヴィヴィアナは信じられないような気持でそれを見つめていた。
警戒するように表情を硬くして自分たちの行動を制限していた母の姿にずっと苦しかった。変わっていく母の姿に今の幸福が、何もかもが変わってしまうのではないかと自分たちも疑心と恐怖で埋もれそうになった。何とかしようと方法を探しても、何をすればいいのかもわからず方法を探しようもなかった日々に疲れ果てていた。
そんな中で祖父が運んできた新しい出会いに可能性を見つけた。その出会いは、ヴィヴィアナたちにとって奇跡とも言えるものだった。そして、ヴィヴィアナたちはサラリアの言葉もあって、その奇跡に望みを託すことに決めたのだ。
そして今、その奇跡が新しい奇跡を呼び寄せた。
久しぶりの何の憂いもない母の笑みに、ヴィヴィアナもウィルフレッドもヴィンスも唖然とし、次いで安堵と大きな喜びに包まれた。
――もう、大丈夫よ。
その言葉が頭の中で木霊する。気持ちが溢れて涙が出そうになって俯いたヴィオラの手をサラリアがずっと握ったままでいてくれた。
兄が母に答える中、そのぬくもりが、目の前の出来事が嘘じゃないのだと、その会話が嘘じゃないのだと現実を伝えてくれた。
今もなお、手を握ってくれるサラリアの手を握り返して、何とも言えない、けれど大きな喜びに心を落ち着かせるように息を吐き、ヴィヴィアナも心から笑ったのだった。
「――いい? 私があなたたちの母親だってことは内緒よ?」
「どうして?」
「姫様ってばこうして私たちが並んでても気づかないんだもの。改めて会いに来た時どんな反応するか気になるでしょ?」
首を傾げたヴィヴィアナたちに、ヴィオラが楽しそうに片目を閉じて見せた。
その言葉にヴィヴィアナたちはシャナの反応を思い浮かべたのか、楽しそうに笑った。
「――に゛ゃあああぁぁぁぁぁ!!」
「え、何?」
そこへ、突然叫び声が上がり皆がそちらに視線を移した。そこではシャナが目に涙を溜めてシルキに縋りついていた。
「っシキ! おやつっ、おやつのじかんなんだよ! きょうはとっておきのおやつなんだよ! はやくかえる~っ!」
「……まだ間に合う。自分で歩け」
「うぅ……シャナかえる! ――みんなまたね!」
突然叫んだ上、自分を抱えて戻るように言っているのだろうシャナに、シルキが溜息をついている。
しかしシャナはシルキの反応も気にせず、涙目のまま顔を上げると皆を振り返り叫んだ。
「ヴィオラ、またあしたね!」
「え? ええ、またね姫様……?」
ヴィオラと目が合うとシャナは一方的にそう言って、返事を待ちもせず踵を返して走り出したのだった。
ミラリアが慌ててその後に続くと、シルキもまた呆れたように後に続いたのだった。




