失敗からの。
細い指先がそっと晶の体を触れてくる。びくっ、と反応してしまう。
「ふふ。面白い反応するね。君?」
「いや、ちょっと……」
「まさか童貞?」
「……男なら誰だってこんな反応になってしまう」
とは言いつつも、彼女いない歴イコール年齢の晶のような弱男だけかもしれないが……
「ここ触ってもいい、かな?」
「待てっ、そこはいま――!」
雄々しくなっている男の部分を触ろうとしてきたので、反射的に身をよじる。
扉がバンッ、と開け放たれた。
「なにしている! 希来里お姉ちゃん!」
希美が怒号を発する。かなりお怒りのようだ。
「……なんとかしてくれ……アレクサ‼」
「そうやって人のことを呼びつけるな! ほら、お姉ちゃん行くよ」
「えぇ。今からいいところなのに……」
「いいところだった、ってなにしようとしていたの⁉」
「言ってあげようか?」
「頼む……勘弁してくれ……」
キャットファイトを繰り返している彼女たちに聞こえないように言うほかなかった。
瞼を開けると鳥のさえずりが聞こえる。
ということはつまり……
「やべっ、しくったか‼」
節々に走る激痛を我慢しながら、走る。
遅刻だ。完全なる遅刻――
調理場に入ると、副料理長は晶を一睨みし、
「顔を洗って出なしてこい」
と、ぴしゃりと言う。
「すみません……」
「一度の失敗は許してやる。だが、次はないぞ」
「……はい」
晶は項垂れながらまた屋敷に戻り、顔を洗う。それから鏡に映る自分を凝視する。水滴が頬を伝っていた。
ぬるさは出すな、やる気を出せ。
「申し訳ありませんでした!」
厨房へ戻るなりそう謝罪した。深々と頭を下げる。
「ドンマイ!」
「次はするなよ!」
だが、失敗をしてしまった晶に対してそんな温かな声がけをしてくれる。
なんて良い職場なのだろう。
こういう現場の空気感こそが、料亭の風格の良さ、ひいては『ミシュラン』の星入りに繋がるのかもしれない。
昨日より気合いを入れて仕込みを行う。菊の華や雲丹の殻剥きを。
「頑張れよ」
副料理長からそう励まされる。
「はい!」
だが、雲丹の身を床にこぼしてしまった。
さぁっと血の気が引いた。
「返事だけは一丁前だったな」
昨日の嫌味な奴が、今日も嫌味を刺してきた。
くそ。見てろよ……
そんな奴の存在が、言葉が、晶の闘争本能に火を付けた。
一個一個丁寧に、かつスピーディーに仕込みをしていく。
「俺はまだまだ。まだ、未熟……」
晶は、一日いや、一分でも早く成長したいと強く思った。それ故の潜在意識への刷り込み。お前はまだ未熟なのだ、と――
屋敷のリビングで茶を飲んでいた。
三十分しか休憩がないなかでの、貴重な水分補給。
「――関西でお茶を飲むことの方言があったよな。たしか……」
「しばいたろか」
「え?」
梨丘が微笑みながらそう言ってくる。
「ど、どうした。急に……」
「だから、関西ではお茶を飲むことを、『茶をしばく』って言うの。覚えておいて損はない、かな? どうだろう……一生使わない気が……」
梨丘が口元に指を添えて悩み出している。
そんなことで悩まなくても。
するとどうしてか笑顔になり、
「ここで覚えたことを使うために、また遊びに来てよ!」
言われて、ハッとする。
そうだ。ここは、別に修行だけをする場所ではない。豊かで文化的な町なのだ。
また、羽を伸ばしに来よう。
「ああ、そうするよ」
「そうだ。ちょっとお願いがあるんだけど……いいかな?」
「え?」




