厳しい現場
「ほら、さっさ動け!」
料理長である公彦の、激昂が厨房に飛ぶ。
そんななか、晶は料理をつくるなかで苦戦していた。
その品物とは――揚げ物である。
彼が得意としていた料理が、方法が、通用しなくなっている。
油の温度。肉の火加減。そして調理時間。豚ひとつとっても、品種などで事細かに調節や試作、工夫をしなくてはならなくて、困惑する。
とてもじゃないが、慣れない。
次に揚げるのは……デンマーク産か。くそ。厳しぃな、と晶は思う。
デンマーク産は霜降りが均一に入っているけれど、脂肪が多いため、その辺の加減が難しい。
包丁で切った瞬間に理解できる感覚を頼りに、衣の調節(水分量など)をし、付けたら揚げていく。パチパチと泡立つ音が波打つ。取り上げる時間を少しでも間違えるとすべてが失敗してしまう。気を付けるため音へ傾聴する。
――今だ。
さっと取り上げて切っていく。中の火の入り具合は……上々だ。
皿に盛り付け、最終確認を料理長にしてもらう。
「不味い。ええ加減にせぇや」
頭をはたかれる。彼は驚きながらも謝った。
「すみません」
「つぎ失敗したらただじゃあ済まさねぇぞ」
「……はい」
成功していなかったのか。どうして。
プレッシャーが彼の肩にもたれかかる。
冷や汗をかいてしまう。
辛い。辛い。辛い。
ここの料亭で使われているものは、最高級の肉だ。失敗は許されない。
実家でのほほんと調理していたころとは、大きく異なるのだ。
深呼吸する。視野を広く持て。
なにか突破口があるはずだ。
考えろ。考えるしか能がないのだから。
「難しい……」
そんな言葉をつぶやいたため、先輩から睨まれる。
辞めてしまいたい。すべてを放り投げてしまいたい。そんなことを思ってしまい、意識を変えるために頭を振る。
けれども、なにが問題なのか分からない。
駄目だ。とことん沼に落ちてしまう。
彼は、そんな思考の迷宮に迷い込んだ。
そして、積もりに積もった疲れがここで、雪崩が襲い掛かったように覆いかぶさってくる。
彼は倒れた。
目を覚ましたとき、そこは屋敷の自室。
横を見ると智菜がそこにいた。
晶に気付くと「大丈夫?」と焦ったように訊ねてくる。
「あぁ……」
「いま、お医者さん呼んでいるから」
「ありがとう」
「ごめんね。本当に」
「ん? どうした……」
彼女は首を横に振る。
「ううん。なんでもない。休んでいてね」
智菜は自室から去った。
晶は顔を手で覆い、涙を流す。
前回の涙とは違う。雪辱を果たすことを誓う、奮起の涙であった。




