第10話 塔の徴発船と武装兵の土足 ――理不尽な水強奪
受水ゲートの検収窓口は、潮風を防ぐ分厚い透明樹脂の防潮板で外界と冷酷に隔絶されている。
遮蔽板の向こうの無菌室には、チタン製の卓上に銀色の精密分析器が並び、空調の効いた乾燥気流が満ちる。
クローネンベルクが検収口から引き入れた耐熱ガラス容器の中で、採取されたばかりの真水が鈍く揺れる。
蛍光灯の白い光線に透かすと、微細な灰色の浮遊粒子が、薄い粉塵の渦をわずかに描いている。
樹脂板の小窓から漏れ出る、薬品と殺菌ガスの臭気を帯びた刺すような乾燥冷気。
分析機器の電子受光部が、耳障りな高周波の警告音を三度鳴り響かせる。
計器の表示窓に赤色の数式表示が浮かび上がる。基準値を倍以上超過した塩分電導の不適格計測値。
塔が定める受水規格の上限値を二倍以上も超過した、問答無用の不合格通告。
クローネンベルクは手袋の親指で顎をなで、銀縁眼鏡の奥の細い眼を冷ややかに眇める。
「規格違反だ。塩分および不純有機物の残存比率が、規定許容量を大幅に超過している」
ボリスが樹脂板に油染みた両手をへばりつかせ、額を青白く引き攣らせて小窓へ顔を押し込む。
老工員の爪の隙間にこびりついた黒い重油が、無菌室の透明板を汚す。
「お、お待ちください! プラントの第一膜が破損して……古い予備膜を手作業で巻き直したばかりなんです!」
ボリスの皺だらけの喉仏が激しく上下し、掠れた悲痛な懇願が口元から零れ落ちる。
「飲用水としては何の問題もねえんです! 俺たちもミアも、毎日この水を飲んで生きてやす!」
「貴様らが何を飲もうと知ったことではない。この水は、天頂層の冷却プラントおよび水耕農場へ供給されるものだ」
クローネンベルクは表情を動かさず、上着のうち側から万年筆を引き抜く。
検査票の受領金額欄に、赤色インクで無造作な斜線が引かれ、元の数字の半値が殴り書きされる。
「規約第七条。不純物規定超過につき、全量を正規買取価格の半値で査定する」
半値。運搬バージの往復燃料費と、プラントの重油代すら賄えぬ過酷な減額宣告。
命懸けで夜を徹して稼働させ、絞り出した真水が、官僚の気まぐれな赤線一本で容赦なく切り捨てられる。
なぜ俺たちは、生きるための糧を求めるたびに、こうして尊厳まで削り取られねばならないのか。
レンは甲板の鉄板を激しく踏み締め、検収窓口の樹脂防護枠へ一歩詰め寄る。
握り締めた拳の関節が白く軋み、爪が掌の古傷に深く食い込む。
「おい役人。その半値で、新しい濾過膜の部材が買えるとでも思ってんのか」
レンは唸りを帯びた低音で威嚇し、クローネンベルクの横顔を睨みつける。
査察官はペン先の動きを止め、レンのみすぼらしい作業着を冷淡な眼差しで見据える。
「不服ならば受領を拒否するまでだ。持ち帰るか、あるいはそこで海へ流すがいい」
「貴様ら独立民の生活など、中央統制局の知るところではない」
「なっ……!」
レンが殴りかかろうと拳をふり上げた刹那、背後の運搬バージの操舵室扉が、弱々しく軋んで開く。
重油の煤煙が渦巻く甲板に、肺の深部から零れ出た痛切で乾いた少女の咳が響き渡る。
【水星の塔 統治記録:徴発篇 #03】
◆ 水運搬船『レヴィアタン』
海面プラント群から濾過された真水を強制徴発する水星の塔の黒鉄巨船。
多数の武装警備兵を従え、規定量に満たぬプラントに対して容赦なき武力制裁を執行する。




