08.エスコート
先輩とお話しをしてから一週間も経たずに、王宮にお呼ばれすることになったのだが、アリアは悩まされていた。
そう、何を着て行ばいいかさっぱりわからないのだ。
煌びやかなドレスなんて寮には持っていないし、軽装で行くわけにはいかない。制服で行くのが一番丸い気もするが、先輩と合わせた方がいいのか?全くわからない。
しかも、どうやらいきなり第一王子の謁見があるらしく、王宮の研究室の見学に行くだけではないのだそう。
先輩と研究ができるならどんな困難だって立ち受けると思っていた矢先、アリアにとって大きな壁が立ちはだかった。
(こんなことなら見栄張るんじゃなくて先輩にどういう服で行ったらいいのか聞くべきだった……)
アリアはこれでも一応伯爵令嬢であるが、きっと先輩はそんなこと覚えていない。平気で家に帰らないし、何日も寝ないし、化粧も服のこだわりもない。ついには、公爵令息であるノクティス先輩の手を勢いよく払ったり、思いっきり飛びついたりする始末……。猫だとか思われていないか心配になるほどだ。
色気がないのは自覚しているし、婚約者もいない今、それを必要だとも思わないが、王宮に行くにあたっては話が違う。
基本的に貴族が王宮に行くのには三つのパターンがある。
一つは政治的なことで王族や他の貴族たちと話し合ったりする場合。もう一つは、王宮で開かれる宴会やパーティーなど。そして最後に、今回のような王族または王宮からの呼び出しである。それがいいことか悪いことかはさておき。
大体、どの場合であっても正装で赴くのが基本だ。ならば、今回も正装で行った方がいいのかもしれない。だがしかし、伯爵令嬢のアリア・グローネスとしてではなく、研究者でノクティス先輩の助手として呼ばれている身。研究者らしい格好で行くのが正解かもしれない。
考え込んで十分に寝付けないまま、夜が明けた。
結局、一番無難な制服で行くことにした。朝待ち合わせをしたノクティス先輩も制服だった。
王宮に向かう馬車の中で先輩に昨日の醜態を面白おかしく話しておいた。
「でもよかったです。先輩と一緒で」
「昨日俺が制服で行くって言えばよかったな」
本当にそうだと思うが、確認しなかった自分が悪いので、今回はただ自責の念に駆られるとしよう。大体毎回先輩ではなく自分が悪いのだが、それは一旦忘れることにする。
数十分馬車に揺られて、王宮の入り口についた。
いつ見ても大きいそれは、主に白の石でできていて、手入れが行き届いている。ピカピカで綺麗だ。こんなに大きな建物を掃除するのにどれだけ時間がかかるのかと気が遠くなるほどの大きさだが、王宮には専用の技術者がいるのだろう。それに、掃除も魔法を運用すればある程度効率的に終わらせることができる。王宮ならば大した問題ではないか。
そんなことを考えているうちに、先輩は門番のような人と話し終えたらしく、手招きされる。
「とりあえず先に第一王子の元に行くことになったから、ついてきて」
先輩に言われるがまま後をついていく。まるで魚の糞のよう。
それにしても、この先輩、いきなり第一王子と会うと言ったか?
これでも一応伯爵令嬢なので、幼い頃に礼儀作法だとかは習っていたが研究に打ち込むようになってから、全くそれらを使っていない。王子の前でミスでもしたらどうしよう。自分にはもちろん、先輩にも恥ずかしい思いをさせるかもしれない。考えれば考えるほど、不安が募って、冷や汗が止まらない。
「アリア、手」
アリアの足取りが遅くなっていることに気がついたのか、先輩が後ろを振り返って手を伸ばしてくれる。
「ごめん、歩くの早かったかも。レディをエスコートするのも体から抜けているなんて、公爵令息失格だね。」
先輩が自虐するが、アリアは全くそんなこと思っていなかったし、思わない。
「ずっとあの部屋にこもっていたのだから仕方がありません。お互い様です」
差し出された手のひらにそっと自身の手を重ねた。
「先輩、私のことをレディだとか思っていたんですね」
「な、ど、どう言うこと?流石に知ってるよ」
「いえ、私普段の行いがあまりにも令嬢のそれではないのでもう忘れられているかと」
「まあ確かに。俺たち学院ではただの研究者でしかないからな。あの部屋では作法だとか考えたことなかった」
「私もです。でもおかげで落ち着けるんですよね」
「わかる」
先輩と会話しだしてからは、歩くスピードももっとゆっくりになって、先輩との会話に夢中で王宮に入ることの怖さは無くなっていた。ただ先輩の隣は居心地がいい。何を言っても粗相をしても注意はされれど、怒られない。暖かくて、この環境に依存してしまいそうだ。
王宮に入ってからもかなり歩いた。応接間だとかではなく、直接第一王子の書斎に向かっているらしい。どうやら、先輩と第一王子は学院の同級生で、面識があるらしい。
アリアはそもそも王子が学院に在籍していることすら知らない、世間知らずである自分が恥ずかしくなっただけだった。




