09.任された大事
先輩がなんの躊躇いもなく大きな扉を叩いた。
少し待つと、扉が開き、中から人が出てきた。
金色の髪で赤い目。これぞ王族というような、原色の赤。ノクティス先輩は少し暗めで、このお方とはまた少し違った色味をしている。
彼が纏っている服は、白を基調にされているものの、金の糸で美しい刺繍があしらわれており、キラキラと輝いていてあたかも王子だ。先輩が一番に尋ねたから、王子で間違いないのだろうけど。
「やあ、久しぶりだね。ノク。元気にしてたかい?君は目を離すとドラゴンドラゴンで食事もまともに取らないからね」
「あいにく、お前とは違って心配してくれる後輩がいるので」
「それはよかった。もちろん僕にも心配してくれる婚約者がいるよ?」
「それはそれは。王子がお幸せなようで何より。てことで、帰っていいか?」
「そんなわけないだろ。早く部屋に入れ」
なんだか、おかしな空間だ。アリアのよく知る先輩が王子と対等に話している。さすが同級生と言ったところだろうか。それにしてもただの同級生というより、本当に仲のいい友達のよう。
ノク。王子が先輩のことをそう呼んでいた。かなり親しい仲であるはずだ。アリアは先輩がそう呼ばれているのを初めて聞いた。少なくともこれまで研究室で話した人は誰一人ノクティス先輩のことをそう呼んでいなかった。
「アリア」
「はい」
王子が扉を開けたまま部屋に入って行った後、ノクティス先輩がアリアに再び手を差し出した。この距離で連れられるほどではないので、この手はきっと、目の前のこの部屋に足を踏み入れる勇気だ。先輩と繋がっていることで、だいぶ安心する。
心の負担が軽くなったので、少し勇気を出して一歩踏み出した。
「珍しいじゃないか。ノクが女性をエスコートするなんて」
アリアたちの様子を見た王子にそう言われ、アリアは先輩を見た。
確かに、学院ではそんな機会もない。しかし、それならば王子はわざわざ珍しいと言うだろうか。
「いちいちうるさいんだよ。そもそも最近アリアかお前としか話してない」
「うわあ僕が一番?ちっとも嬉しくない」
「アリアが9割お前が残りの1割だよ」
「ひっどーい。ねえ、アリアちゃん?」
「え、あ、はい」
王子と先輩の面白い会話を聞く体制でいたので、急に話を振られてびっくりした。
「こいつ、生活力ないでしょ?ごめんね、こんなやつの世話させて」
「いえっ、先輩のお力になれるならなんでもします」
「ダメだよ。女の子がなんでもとか言っちゃ」
「す、すみません」
「ほら、今君の隣に座っている男はこの国の第一王子の前だと言うのに足を組んでソファにもたれかかって紅茶を飲んでいる。ダメな人間の最たる例だ」
確かに、先輩の姿は王子の前とは思えないほどリラックスしているように見える。研究室が一番落ち着くとは言っていたが、実はこの人どこでもこんな感じなのだろうか。
「アリアちゃん、ノクのことは好き?」
人として、という意味だろうか。ならば答えは決まっている。
「はい!もちろん大好きです」
ブッ、と隣で先輩が変な音を立てた。ゴホゴホと席をしている様子から紅茶が変なところに入りでもしたのだろうか。
正面でも王子が大笑いしている。アリアは一体この状況をどうすればいい?
「そっかそっか。大好きか〜」
「はい」
「ノクの昔話とか聞きたい?」
「聞きたいです!」
一度聞いてみたかった。どういった過去があったらこんな先輩みたいになれるのか。先輩は何を思って、どうやって今の研究者になったのか。先輩の方をチラッと見ると、咽せていたのは大丈夫になったらしい。だがあまり機嫌はよくなさそうだ。
「ノクはね、僕と5歳の時から一緒なんだけど、その時からほんと無愛想でさ〜文句の一つでも言ってみろ!って僕がいつしか言ったの。そしたらつらつらと今までの文句とか言い出してさ。僕それまでノクに否定されたこととかなかったからすっごい悲しくて。ノクの前で泣いたんだけど、こいつその時の僕にどうしたと思う?」
「え、うーん……抱きしめてくれた?」
いつしかの自分を思いかえす。先輩に褒められて嬉しくて思わず泣いてしまった日を。
「違うよ、ノクはたとえ僕だとしてもそんなことしない。驚くことかこいつ、無視して帰ったんだよ?信じられる?」
王子を泣かした挙句無視して帰るなんて……今の先輩とは全く違う。先輩にそんな過去があったなんて
「信じられないです」
「だよね?」
念を押す王子からは圧のようなものを感じる。とりあえず首を縦に振っておく。
「アリアちゃんは普通でよかった。ノクは普通じゃないから」
「普通だろ。」
今まで黙って聞き役に徹していたノクティス先輩が王子の言葉に口を挟んだ。
「これ以上人の後輩に変なこと吹き込むな」
「ノクは自分の過去を変だと思っているんだね?」
「うざい。帰るぞ?早く本題に移れ」
先輩の鋭い眼差しが王子に刺さる。あんな目でみられたこと今まで一度もなかった。先輩は外では噂通り少し怖いのかもしれない。
「はいはい、もうほんと、僕をそんな扱いできるのノクだけなんだからね」
王子は一度ため息をついて話始めた。
「アリア、ノクティス。まずは、君たちの研究が王宮で称賛されたこと、おめでとう。そこで、これまで進んでこなかったドラゴンの研究に再び力を入れてみようということになったらしい。つまり、君たちにこの国のドラゴン研究を先導してもらうことになった。公爵令息と伯爵令嬢だ。この国の一分野を任せるのに申し分ない人選だ。そして、君たちには研究室と莫大な資金が与えたれた。ノクには前見せただろう?一年間の研究費用、あれで十分なはずだ。」
「ああ。あれだけあれば他国にも行けるし本も買える」
王子の話を聞きながらも、先輩はどこか遠くを眺めている。もしかして、先輩はこの先に何を言われるのか知っているのだろうか。
「ノク。前は可能性として話したが、正式にお前たちの禁域への侵入許可が降りた。」
「はっ!?おい、それはっ」
禁域とは、人間の侵入が禁止されている地域のことで、この国ではそれはドラゴンの生息地を示す。
まさか、研究を先導するということだけで禁域に入る許可が出るなんて。
「ただ、条件がある。」
王子の面持ちは神妙だ。いかに厳しい条件なのだろうか。百年以上禁止されていた地域に入ることになるのだから、相当厳しい条件が出されてもおかしくない。
「アリア。君は宮廷魔法師になるんだ。」
「はい??」




