10.禁域に入る対価
「アリア。君は宮廷魔法師になるんだ。」
宮廷魔法師といえば、学院で上位の成績を誇り、学院の教員から推薦をもらい、やっとその試験を受けることができるレベルの、選ばれた人にしかなれないものだ。ノクティスはアリアから見ても魔法の腕が立つことは明らかだし、公爵令息でもあるので、教員に見られやすいのも確か。本人に宮廷魔法師になると言われた時も、そこまで驚きはしなかった。しかし、宮廷魔法師になるというのは、常識や魔法の筆記試験。実際に魔法を試験官の前で展開する実技試験。その両方に合格しないといけない。この国で宮廷魔法師になれる人間なんて、ほんの一握りだ。
王子はアリアにそれになれと言っている。
「もちろん、推薦は国王直々だ。アリアは来年の試験を受けることになる。それまでに魔法の研究をして魔法をうまく使えるようになってくれ。試験に合格するまではドラゴンの研究は禁止だ。」
「はいぃぃぃ!?」
アリアにとっては、宮廷魔法師の試験を受けろと言われるより、ドラゴンの研究を禁止される方が何倍も何十倍も辛い。
「悪いが、一年で必ず受かってもらわないと困るんだ。ノクティスをそう何年も待たせられない」
そうだ。ノクティス先輩はすでに宮廷魔法師で、禁域に入る条件は宮廷魔法師になること。達成していないのはアリアだけだ。
「別にいいよ。何年でも待つ」
「ダメだ。お前はレイブンシェイドである自覚がない。俺だってお前を手放す時間が増えるのは嫌なんだ」
レイブンシェイド家というのは、代々王宮を、国王を支えてきた家である。その名の通り、王宮を陰で支える。彼らがいなくなった瞬間に、王宮は傾くとさえ言われている。その分家は王宮で使用人をしたり、文官をしたり、非常に優秀な地位についている。
「悪いが俺は家長にはならない。兄たちとうまいことやってくれ」
アリアは聞いたことがなかったが、先輩には兄がいるらしい。それならば、先輩がその家業を重く捉えていないのにも納得がいく。
「ノクはわかってない。レイブンシェイドを一人失うことの重大さが。僕たちが必要としているのは公爵の権限ではなく、レイブンシェイドの人間だ。」
「わかってる。俺はその点兄たちほど優秀じゃないから、いなくなっても大して変わんないよ」
先輩はどれほど自身の重要さを説かれても、折れる気はないらしい。実に先輩らしいが、王子にそんな態度で許されているのもレイブンシェイドの名があるからだろうか。
「アリアが宮廷魔法師になるまで、ノクには禁域のことを調べてもらおうと思っている」
「どういうことだ?」
ノクティス先輩は、現在の研究に至る前に、禁域がなぜ禁域とされたのかを調べていた。今更彼にこれ以上調べろと言うのはどうもおかしい話だ。
「禁域で何かあってもある程度対処できるように宮廷魔法師になってもらうわけだが、できるだけ問題は少ない方がいい。」
「無理だ。実際に行くことが叶わないのだから今以上詳しくはなれない」
「じゃあお前薬草と調合と料理と野営と地理と毒と剣術勉強しろ」
「バカの量だろ。一年じゃ無理だ」
「できるできないじゃない。やるんだ。宮廷魔法師以上に強い護衛とかないから、禁域に行くのはお前たち二人だけだ。絶対に生きて帰る必要がある。」
「わかった。薬草と調合と野営だけな」
「毒も地理も重要だ。剣術もやっとけ」
「それらはもう十分頭に入ってる。今更必要ない」
ノクティス先輩は、本当に必修授業しか受けていなかったのか疑問に思うほど、博識だ。研究者とはそうであるべきなのかもしれない。アリアも見習わなくては。
「まあ、二人とも一年間少し頑張ってくれ。禁域の侵入許可が降りることは前代未聞なんだ。失敗ではなく成功にしたい」
「がっ、頑張ります」
「そんなに気張らなくていいよ。ミスったらとっとと逃げてまた研究室に引き篭もればいい」
ここまできても楽観的な先輩に少し呆れるが、ノクティス先輩は常にこうだった。変わらない先輩に安心する。
(ルシアン、見ててね。私、宮廷魔法師になってみせる。そして、あなたが望んだように、私の大好きなドラゴンの研究をして、きっと世紀の大発見をして、論文を書いて世界に名を轟かせる。そしたら、あなたはきっとそっちでも私を褒めてくれる?)




