07.打ち明けた胸懐
あれから、先輩は研究室に顔を出さなくなった。本当に、一人になってしまった。
なんであの時突き放すようなことを言ってしまったのだろう。
勝手に色々決められて、先輩との思い出の場所を取り上げられると言われて、気持ちのままを先輩にぶつけてしまった。今考えれば、それを決めたのは王宮や学院だろうし、先輩が自ら言ったわけではないことなんて明白なのに。その時の激情を自分の中で整理できなかったのが悔しいし、恥ずかしい。
それに先輩は卒業してからも自分と研究を続ける気でいてくれた。それは単純に嬉しかった。自分が先輩の中の何かになれた気がして。先輩と一緒に研究を続けたいと思っていたから、それが叶って。冷静に考えて、研究室と研究資金が与えられるのは素晴らしいことだ。もしかしたら直接外国の書店に行くことが叶うかもしれないし、王都から一番離れた場所にあるドラゴンの生息区域、人間が立ち入り禁止とされている場所の近くに行くことも叶うかもしれない。そんな好条件のとってもいい話だった。
アリアがあんな対応をしてしまったから、もう先輩と一緒に研究室で過ごすことはなくなるのだろう。
先輩の言っていた通りなら、この研究室ともお別れになってしまう。
物思いに耽っている時だった。
「……アリア、いるか?」
扉の外から聞きなれた声がした。先輩の声だ。
「この前は悪かった。どうしても話さないといけないことがあって……通してくれるか?」
先輩の声は弱々しくて、いつものとは全く様子が違った。
ギィィ、と音を立てて扉が開く。
「アリア……本当にすまない。」
「違うんです……私も言いすぎたと思っていて、あんなこと、思ってないんです」
「うん、わかってる」
「わかってません!先輩はっ。私、勝手に決められたことにももちろん怒ってました。でも、先輩が決めたことじゃないって冷静に考えたらわかります。そうじゃなくて、私が先輩に怒ってたのは……先輩と過ごした研究室を、私の思い出が詰まったここを、どうでもいいみたいな扱いをされたのが嫌で……」
あんなことを言われて、辛いのは先輩の方なのに、自分だけ涙が出る。また、そんな自分が嫌になる。
「ごめん。よくなかった。軽率だった。アリアがそんなに大事に思ってくれてたなんて、考えてなかった。」
実際、先輩とよく関わり出したのは、先輩がアリアを街に誘ってくれた時からだった。それまでは特別この研究室を大事に思っていたわけじゃない。この数月で、この場所が一番大切なものにまでなった。それは絶対、先輩と時間を考えを共有した場所だから。
「先輩が卒業後も私と一緒に研究する前提でいてくれたことは、とっても嬉しかったんです。先輩は、私の憧れですから」
「そのことなんだが……」
先輩が何か言い淀む。やはり、アリアがあんな物言いをして、先輩はアリアと研究する未来を消し去ってしまったのだろうか。
「君にああ言われてから、王宮や学院に直談判してきたんだ。学院のこの部屋を残すことは許されたよ。室長もいることだし。ただ、王宮の方は受け入れてもらえなくて……。あちら側が君と俺のセットを望んでいるというか……。むしろ君に来てもらえるように説得しろって言われちゃって。」
行きたい。王宮に求められたからじゃない。ただ、先輩と共に研究を続けるという選択肢があるなら、どんな面倒ごとが舞い込んでも、その旗を掴みたい。
「私っ」
「あのさ、アリアはいっつも思ってることを伝えてくれてた、と思う。俺、全然そういうの言ってなかったな、って。俺も、アリアと研究がしたい。助手に誰か一人選べって言われたら、迷わずアリアを選ぶと思う。これは、その、王宮に説得を頼まれたからとかじゃなくて、本当にずっと思ってて。言葉にするのも今更、って気がしなくもないんだけど。アリアに俺の研究のサポートを頼みたい。そして、俺もアリアの研究の助けになりたい。」
今まで聞いたことのなかった先輩の本音。それは、アリアの胸に深く響いた。自分だけが先輩を追い求めていたように感じていたが、先輩もアリアを必要としてくれているのが嬉しい。今が、人生で一番嬉しいかもしれない。
「俺に、ついてきてくれるか?」
嬉しくて、そんなの当たり前だと伝えたくて、思いっきり先輩に飛びついた。後にこれは軽率だったと後悔するが、今はそんなことどうでもよかった。
「ついていきます。先輩になら、どこまでも」
先輩の腰に回した手にぎゅっと力を入れると、先輩もアリアを強く抱きしめてくれる。
恋人でもない。婚約者でもない。かといって兄妹でもない。ただの先輩と後輩。研究者と研究者。憧れの人と必要とされている助手。
その関係性が、アリアとノクティスにとっては一番だった。




