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05.研究者のプライド


 あれからは、ルシアンのことを考える暇もなく、ただ本を読んで内容をまとめる作業に勤しんだ。

 手短に内容をまとめれば、先輩が噛み砕く時間も短くなる。


 先輩から与えられた十冊の分厚い本を読破するのにちょうど一月もかかってしまった。その間、きっと先輩はもっと多くの本を読んでいる。


 先輩は卒業まで授業もなく、研究を進めるだけの日々。アリアより読破スピードが早いのは当たり前だが、普段使わない言語をずっと読み続けられる先輩の集中力というか、胆力に感心する。


 「先輩、これ古代語で書かれていた本のまとめです。共通していない事項、全てにおいて共通する事項をまとめました。現在も当たり前とされていることは書いていません。」


 数枚の紙を重ねて先輩に手渡す。アリアが話していた途中も本を読んでいた先輩だが、紙を手渡されると、ページを捲る手を止めた。

 先輩は、アリアがまとめたものに目の前で目を通す。緊張と不安で、アリアの体は震えそうになる。先輩に満足してもらえる記録になっているだろうか。



 そっと頭の上に先輩の大きな手が触れる。


 「アリア、すごいぞこれ。まとめ方ちょー見やすい。内容が俺が読んでたエルディ語で書かれたものと酷似している。やっぱり地域によって残されている内容に差があるのかもしれない。」


 嬉しい。先輩のために頑張ったことを先輩に褒められることがとても嬉しい。こうやって人に褒められたのはいつぶりだろうか。

 ドラゴンについて語ると、ルシアンはよく褒めてくれた。


 『アリアは博識ですね』

 『本当にドラゴンが大好きですよね。僕もアリアの話を聞くだけでドラゴンのことを好きになりました』

 『アリアの字、とっても綺麗で見やすいです。たくさん努力したんですね』


 先輩に彼の面影を感じるのは変な話だが、アリアにとって褒めてくれる人という存在は彼と重なるものがある。

 もちろん、いい成績を取ったら両親は褒めてくれる。でもここ数年家に帰らず、ずっと寮にいたし、研究室に籠っていて、お互いを褒め合うような友達もいない。


 「アリア……?」


 先輩が心配そうに名前を呼ぶ。


 「っはい……」


 アリアの頭の上に置かれていた手に力が入る。グッと前に引っ張られる。優しい手で背中をさすられる。わかっていて何も言わないこの人はつくづくずるいと思う。アリアの涙で先輩の服が濡れる。それでも、先輩の手はアリアの頭を押さえつけ、離そうとしない。

 嗚咽が漏れる。汚い声を先輩に聞かせたくないと思っても、離してくれる先輩ではない。


 「頑張ったね、ありがとう。アリアのおかげで研究が進むよ。アリアは天才だ」


 アリアの基準もおかしくなっているが、そもそも知っているとはいえ、普段使わない言語を解読しながら何百ページもある本を読むのは相当な胆力がいる。知らない単語が出てくるたびに解読は止まるし、イライラする。常人には一月で十冊も読めない。読めたとして、綺麗にまとめるまできっと間に合わない。アリアはよくやったのだ。ノクティスが言ったように、アリアはノクティスに次ぐ天才で、ノクティスに次ぐ根っからの研究者だ。




 「もういいの?」


 ひとしきり泣いて、目がパサパサになるまで泣いて、先輩の服を濡らしてしまった。


 「はい」


 「いつもアリアに遊ばれてるから仕返ししようと思ったんだけどな」

 「んっ……なんのことですか?」


 ことあるごとに先輩を褒めては恥ずかしがっている姿を見てニヤニヤしていたことがついにバレてしまった……?いいや、先輩はそういうのに鈍感なはず……。


 「『ノクティス先輩って褒めると恥ずかしがるから面白いですよ』だっけ?」


 「な、ななんでそれを!?」

 「聞こえてたから。室長に話してるの」


 あの日はノクティス先輩が珍しく研究室に来るのが遅かった日。室長に先輩との仲を聞かれた時の……。まさか聞かれていたなんて。


 「じゃあもういいです。開き直ります。さっきも先輩研究室に籠りきってる割には筋肉あるんだなって思いました。自室でトレーニングしてるんですか?向上心の塊ですか?ほんとすごいです。尊敬します。そんなにスペック高くてどうするんですか?先輩確かまだ婚約者いませんでしたよね。誰が先輩と結婚できるっていうんですか。先輩の隣に立てる女性なんて、この国に何人いるんですか。絶対一人もいないじゃないですか。私研究者として先輩の隣に立てるようになるのが夢だったんですけどこんなの無理じゃないですか。人としても研究者としても、どれをとっても先輩に追いつけません。先輩の隣に立てません。もっと隙を作ってください。困ります。そういえば先輩とってもいい匂いがしたんですけど香水ですか?そういうのつけたりするんですか?先輩ってずっと研究室にこもって寮にも帰ってませんよね。いつお風呂入ってるんですか?」


 「ちょ、……だから、ほんと、、もうやめて……」


 アリアの口を手で塞がれる。わかりやすく赤面している先輩が可愛い。


 「最後の方褒めとかじゃなかったし」


 まあそう言われればそうかもしれない。お風呂とかにまで言及したのは流石にやりすぎたかもしれない。


 「キモいって思いました?」


 「思っ、てない」

 「一緒にいたくないって思いました?」

 「思ってないから!!ここを出てったら本当に許さない」


 怒ったかと思えば、強い力で抱きしめられる。アリアには先輩がよくわからない。

 きっと研究者としてのノクティス・レイブンシェイドに一番詳しいのはアリアだが、一人の人間としての彼のことは全くわからない。



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