04.バカな天才
あの後、カフェに寄ってパンケーキを食べた。意外にも先輩は甘いものが好きなようで、パンケーキに蜂蜜をかけるのを好んでいた。
研究室に戻ると、真っ白な箱からさっき買ったブレスレットを取り出す。
「どんな魔法がいい?」
「どんな魔法がいいんでしょうね。あいにく魔法は詳しく研究していないので最適なものがわかりません……」
「アリアって意外と真面目だよね。もっとバカになったらいいのに」
「どういうことですかそれ」
「そのままだよ。」
先輩がブレスレットに手をかざすと、宝石に傷がつく。そして、文字が刻まれ始める。世界共通の魔法文字だ。魔法文字で文章を書かれることはない。それは、いわゆる命令文だ。魔法に命令を下す文章。使用者が魔法を扱えるならば、それだけで効力を持つ。
「どう?結構綺麗にできたんじゃない?」
宝石から削れた部分は、赤い粉になって散っていく。魔法が刻まれた証だ。きっと、魔法付与の代償にされているのはこの部分だ。
「なんの魔法を付与したんですか?」
「秘密。手出して」
先輩に言われるがままに、手のひらを広げる。それを見た先輩が、違う違うと言って、アリアの手をとり、ひっくり返して、銀のブレスレットを腕につける。
「はい。所有者はアリアだからね。肌身離さずつけておいて」
「ええぇ!?こっ、こんなにいいものもらえません!!それも先輩の魔法つきとか、か、価値が……」
私なんかが持ってていい代物じゃないとアリアは否定するが、所有者が決まってしまったので、このブレスレットの魔法を発動できるのはアリアしかいない。魔法が宿った魔法石に所有者を定めるというのは、ネームドと呼ばれる行為で、それにはまた別の魔法をかなくてはいけない。多くのものは、宮廷魔法師の持つ魔法石の杖だとか、もっと大きな宝石に刻まれるもので、こんな小さな対象に二重に魔法をかけるなんて、並大抵の技術じゃ不可能だ。
「アリアが持ってないと魔法付与した意味ないから。防水加工も施しといたからできるだけ外さないで。」
秘密にされた魔法に、ネームドに防水加工……。まさかの三重に魔法がかけられていることに開いた口が塞がらない。
「先輩って加工技術の授業取ってたんですか?」
この学院では、必修とされている学問意外にも、希望者は授業を受けられるものもある。加工技師という職業は絶大な人気を誇るわけでもないが、王国で一番の学院に授業が設けられるくらい、重要な職業である。そして、加工技師になるには、知識と技術が必要で、それを学ぶために三年で組まれている加工技術の授業がある。研究室にずっといるから追加の授業はとっていないと思っていたが、そうでもなかったのかもしれない。
「いや、本で読んだだけ。」
(そうでもあったらしい。本で読んだことがあるだけでいきなり実践ができる天才なんて身近にいてたまるか)
「先輩って本当天才ですよね……」
「別に。なんかやってみたら意外といけた」
(そういうのを天才と呼ぶんです、先輩。これ以上先輩の後を追おうとしている後輩に実力の差を見せつけないでいただきたい)
「今日買った本だけど、一月くらいでいける?」
「はい。読みます」
今はもう涼の季節二月目。後三月もしたら、先輩はこの学院を卒業する。それまでに本を読んで、何か得ないと。先輩の学院での研究に協力できるのは後三ヶ月。何か、大きな研究の成果を残させてあげたいなんて傲慢な言い方だが、先輩に学院一の成果を残す人になって欲しいと心の底から思っている。
「卒論、ドラゴンについて書こうと思っててさ。アリアを利用するような感じになっちゃってごめん」
「全然!むしろ、先輩の卒業論文に協力できて嬉しいです!先輩の研究って、ドラゴンと人間の共生についてでしたよね?」
「うん。今はドラゴンの生息区域には人間の出入りが禁止されてるじゃん?でもさ、ドラゴンに関しての文献が残ってるってことは、人間とドラゴンが共生してた時代があるってことなんだよね。だから、もう一度その時代をこの国に、大陸にもたらしたい」
先輩の研究は好きだ。アリアの大好きな絵本にもドラゴンと人間が共生しているお話がたくさんある。アリアはそれに夢を見ていた。先輩の研究が進んで、ドラゴンと人間の共生が叶うようになったら、それはアリアが夢見た世界の実現である。
「アリアはドラゴンの生態だっけ?」
「はい。この国ではあまり明かされていないじゃないですか。先輩の研究が進んで、ドラゴンとの共生が叶えば、私の研究はとっても捗ります。」
「だね。じゃあアリアのためにも頑張らないとな」
先輩は優しい。この世には、後輩や協力者の研究成果を奪って、自分のものとして発表する研究者だって多くいるのに、先輩は絶対にそれをしない。むしろ、今までの学院内の研究発表でも、先輩の協力があったものも、自分の名前だけにしておけと言われる。
この先輩とドラゴンについての研究をするなら、何年も、何十年でもできる気がする。
そして、アリアとノクティスの研究室に籠りきりの日々が始まった。




