03.柘榴石をその手に
先輩が初めに向かったのは、なんとアクセサリーショップだった。
「先輩ってアクセサリーとか興味あるんですね」
「まあ。こういうのって魔法付与できるとかあるじゃん?ちょっと不思議じゃない?魔法の付与に何を消費しているのか」
先輩はどこまで行っても研究者だ。宝石に対する着眼点が貴族の令嬢とは違う。アリアも、どちらかというと先輩派だ。もちろん、宝石の見た目も、綺麗だと思うが、それより不思議に思うことを解き明かしたい気持ちの方が強い。
「アリアは何色が好き?」
いろんな色の宝石が乗せられているテーブルを指差された。
「青とかの淡い色が好きです。あっ、この宝石、先輩の瞳みたいな色してませんか?」
人体の中身に魔法は干渉できない。例えば、ルシアンの病気を回復させたり、傷を修復したり、顔の形を変えたりはできない。瞳も同じように、色を変えたりすることができないから、先輩は眼鏡をかけているのだと思う。この国では赤は高貴なことを示す色だから。
では、なぜ髪の色を変えることができるかと言えば、髪の色を変えることは人体の構造に抗ったり、影響することではないからだ。魔法をかけているのは今目に見える髪だけで、ずっと魔法をかけたままにしても、その色の髪が生えてくるわけではない。新しく生えてくる髪は、先輩で言うと黒のままだ。簡単なイメージで言うと、すでにある髪を金色にコーティングしているだけなのだ。髪はゴシゴシ洗えるけど、眼球にはそれが通用しない。
「赤は嫌い?」
「嫌いじゃないですよ。むしろ、先輩の赤はかっこよくて好きです」
赤はドラゴンの鱗でもメジャーな色だ。先輩を一目見た時から、かっこいい色で羨ましいと思っていた。
「じゃあこれにするか」
先輩が手に取ったのは、小ぶりの赤い宝石がついたブレスレット。主な素材は銀で、綺麗な意匠が施された物だった。女性用にも見えるが、先輩はきっと魔法の研究に使うことしか考えていないのだろう。先輩はもちろんかっこいいが、女性的な美しさも兼ね備えているので、女性用のブレスレットを付けていても、おかしくないかもしれない。
次に向かったのは街で一番大きな書店。外装も工夫されていて、歴史を感じるとともに、手入れのほどに感心する。
先輩が向かったのはもちろんドラゴンについての本が置かれている場所。しかし、近年ドラゴンに関しての新しい書籍は出ていないはずだ。それに、あの研究室にはドラゴンについて書かれている本のほとんどがある。
「なにか新しい本が出たんですか」
ないと知っていても、先輩の行動の意味が気になった。
「他国の書籍がないかと思って。研究室にあるのは全部この国の物でしょ?ドラゴンが生息しているとされているのは他の国も同じ。ならばウチの国より研究が進んでいる国があってもおかしくない。」
「確かに、他国の文献を参考にしたことはありませんでしたね。でも何か新しい発見があったなら、国を超えて話が回るはずですよね?」
いくら研究者の少ないドラゴンという内容であっても、大きな進展があれば国中で話題になり、やがて他国にも広まる。しかし、ここ数年そんな話は聞いていない。
「ああ。だが、それは新しい発見だった場合。では、この国では当たり前じゃないことが他の国では当たり前だった場合は?」
「わざわざ大きな話にする必要もない。そもそもそれは前提で、論じるまでもない……」
「そうだ。アリア、何ヶ国語読める?」
「えっ、、古代語とルクサ語です。」
もしかして、この先輩はその国のドラゴンにまつわる書籍を読めとか言い出すのか。この流れならそう来てもおかしくはない。研究者としての心が擽られると共に、人間として恐怖を感じる。
「じゃあその分はアリアに任せる。俺はスカルドとスヴェインとエルディ読むから」
本当に言い出した。つくづく、この先輩をバケモノだと思う。古代語は授業で習うし、ルクサ語は隣国で使われている言葉で、貴族なら勉強することも多い。きっと、先輩も熟知しているはず。つまり、この男は自国の言葉を含め、六つもの言語を読めるという。バケモノ以外のなんなんだろう本当に。それだけ読めたら。十ヶ国以上の書籍を読むことができる。
先輩が一人で読んだ方が早いかもしれないのに、アリアにも分担してくれるのは先輩なりの気遣いというか、優しさだろう。にしても元々のやろうとしていることが過酷すぎて嬉しいかと言えば微妙だが。
大量に本を買い込んだ。数冊だけ持ち帰り、他のものは研究室に届けてもらうようにお願いしておいた。
「よし。どこかで昼食とって研究室行くか。さっき買った宝石に魔法をかけてみよう」
「はい!」
とりあえず、この恐ろしい先輩と、これから待ち受ける地獄の日々から目を背けたかった。




