01.残された懸想文
その知らせを聞いたのは、放課後の研究室だった。
いつも通り、授業を受けて、放課後になると研究室に向かう。同じ研究室の先輩に挨拶をして、資料だらけの机と向き合う。
資料を読み耽って、二時間、いいや三時間くらい経った頃、家の使用人が研究室に来た。そんなことは滅多にないので、緊急事態であることはすぐにわかった。
「ルシアン様がお亡くなりになりました」
聞いた瞬間、背筋が凍った。
アリアの婚約者であるルシアン・ベルべーヌは生まれつき体が弱かった。それに、最近は持病が悪化していると聞いていた。命が危ないかもしれないとも聞いていた。けれど、信じたくなくて。弱っていく彼を見るのが辛くて、現実から目を背けたくて。二週間に一度の決まった日にしか、彼に会いに行かなかった。
アリアはルシアンのことが嫌いだったわけではない。むしろ好きだったように思う。親同士が決めた政略結婚。それでも、ルシアンは初めて会ったアリアにも優しく笑いかけてくれて、アリアの大好きなドラゴンの話も、しっかりと聞いてくれた。この気持ちが、恋愛感情かはわからないが、彼の側で一生を終えてもいいと思うくらいには、ちゃんと彼のことを好きだった。
そんな彼が、今日亡くなった。
急いで家に帰らなくてはならない。
何も考えないように、忙しなく荷物をまとめる。溢れた涙がこぼれないように。こんなところで醜態を晒さないように。何より、先輩に心配をかけないように。
今ここにいるのは、アリアと先輩のノクティス・レイブンシェイドだけ。元々人が少ない研究室ではあるが、今二人しかいないのは、彼女らは室長がいる、つまり研究室に必ず顔を出さなければいけない日以外も、用事がない時は常に研究室にいる。そんな二人だからだ。みんなもう寮やら自宅やらに帰っている時間帯だが、ノクティス先輩はまだ帰る準備もしていない。頬杖をつきながらペラペラと古代文字で書かれた本を読んでいる。
「先輩、すみません。急用ができたのでお先に失礼します。部屋の施錠、お願いできますか。」
ノクティス先輩は、アリアと同じでドラゴンが大好きだ。むしろ、ドラゴンにしか興味がないといったような変わった人らしい。同じ研究室だと言っても、研究やドラゴンのことでしか会話は発生せず、先輩の普段のことは全く知らない。
「いいよ。急いで行きな」
使用人との会話を聞かれていたのかもしれない。先輩はアリアの顔も見ずにそう答えた。
* * * *
ルシアンの葬儀は、滞りなく行われた。
大好きな人の死は、胸に大きく刻まれた。最後に見た彼の姿が、ずっと瞼から離れない。もう少しこうしていれば、ああしていれば。後悔が後をたたない。今更反省したところで、彼はもうこの世にいない。
数日間、泣き続けた。部屋から出れなかった。研究室に行く気も起きなかった。
「アリアお嬢様。お手紙が届いております。」
部屋の外から使用人の声が聞こえた。
「入って」
もう涙は出ない。枯れた声が出るだけ。
使用人に受け渡された手紙には、ベルべーヌの封蝋がされていた。
彼の両親からの手紙だろうか。丁寧に封をあけ、手紙を広げる。
『アリアへ
こんな形になってしまってごめんね。アリアも知っている通り、僕は体が弱い。医者に持病が悪化していると言われて、すぐにこの手紙を書いたよ。
アリアは、いつも元気で明るくて、たくさんお話ししてくれて、アリアといると退屈しない。僕の部屋に、僕の隣にアリアがいてくれたら、っていつも思っていた。アリアにそんな強制はできないし、したくなかった。決まった日に来てくれるだけで十分だった。君が来ると聞いた日は、いつも心が踊ったよ。君の大好きなドラゴンの研究は捗っているかい?僕の夢は君が書いた論文を読むことかな。そしてそれが世界に広がって、アリア・グローネスの名が世界に轟く。そしたら、僕の婚約者はどうだ、すごいだろって自慢してやるんだ。未来の君が楽しみだ。
でも、僕は君のそんな未来に一緒にいることが叶わないかもしれない。だから、僕は君には自由にやって欲しい。僕の父と君の父上に婚約を解消してもらうように手紙を送った。僕はきっと君の隣に居続けることができないから。今度は、僕より素晴らしい人を見つけて、君を支えてくれる人と結婚するんだよ。僕みたいな弱っちい男はダメだからね。
本当にごめんね。僕の勝手を許して。ずっとずっと大好きだよ。君だけを愛している。
ルシアン・ベルベーヌ 』
残酷な手紙だった。さみしい手紙だった。温かい手紙だった。愛のこもった手紙だった。
彼のくれていたものに、自分は同じだけのものを返せていたのだろうか。
もう流れないと思っていた涙が、ポタポタと垂れ落ち、手紙を濡らす。インクが滲む。彼の文字を汚すまいと、服の袖で目を擦る。彼がこの世に残した、自分だけしか見ることのないプレゼント。彼の愛でできたそれは、アリアの一生の宝物になった。




