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第33話:精霊感謝祭の足音と、熱々チーズの包み焼きピザ(カルツォーネ)

 魔導都市エテメンアンキの裏路地にひっそりと佇む『カフェ・エル』。

 ドランが作ってくれた特製石窯の完成から数日が経ち、裏庭のテラス席はすっかり常連客たちにとっての「第二の家」として定着していた。

「店長さーーん!! 大変だ、すごい知らせを持ってきたぞ!!」

 お昼過ぎの穏やかな時間。

 バンッ! と勢いよく木製の扉が開かれ、灰色のローブを着た下級魔導士のティルとザックが、息を弾ませながら店内に飛び込んできた。

 彼らの肩には、相棒である土の精霊や風の精霊が楽しそうにくっついている。

「あら、いらっしゃい。二人とも、そんなに慌ててどうしたの?」

「来週の週末! 都市の中央広場で『精霊感謝祭』っていう大きなお祭りが開かれるんだよ!」

「お祭り……?」

「ああ! 本来は一年に一度、都市全体の巨大魔法陣のメンテナンスを行う日なんだけど、仕事が休みになるから、いつの間にか屋台や出し物が並ぶ大バザールの日になったんだ。……そこで、俺たちからの提案なんだけど!」

 ティルとザックは顔を見合わせ、キラキラとした目でエレインを見つめた。

「カフェ・エルも、感謝祭に屋台を出さないか!? 俺たち、絶対に手伝うからさ!」

「そうだよ! 店長さんのご飯を、お祭りでも思いっきり食べたいんだ! それに、あの美味さを他の連中にも……いや、やっぱり教えたくない気もするけど、でもお祭りだし!」

 エレインはぱちりと瞬きをした。

 王城の地下室に閉じ込められていた頃、お祭りというものに参加したことは一度もない。窓の隙間から、遠くで上がる花火の音をひとりぼっちで聞いていた記憶しかなかった。

「私たちが、お祭りに屋台を……」

『オマツリ!! イッパイ、オイシイモノ、ツクルノ!?』

『……フニャァン……タノシソォ……』

『キュルルッ! ワタシモ、イクゥ!』

 エレインの足元でポポ、ラム、チャイたち精霊が一斉に歓声を上げて飛び跳ねた。

 ナギも水樽から顔を出して目を輝かせている。

「ええ、とっても楽しそうね! ……でも、中央広場に屋台を出すには、魔導院の特別な許可や場所代が必要なんじゃ……」

「その点については問題ない。すでに私が手配を済ませてある」

 カラン、コロン……。

 落ち着いたドアベルの音と共に、仕立ての良い私服に身を包んだ金髪の青年――アリスターが、優雅な足取りで店に入ってきた。

「ア、アリスター様!?」

「ふん。特別査察局の権限をもってすれば、感謝祭の特等地に屋台のスペースを確保することなど造作もない。……勘違いするなよ。あくまで『都市の経済活性化』のための視察の一環だ」

 アリスターはフッと金髪をかき上げながらドヤ顔で言い放った。

 建前ばかり立派だが、要するに「お祭りでもエレインの料理が食べたいし、職権を使って一番いい場所を確保した」ということである。

「まあ! アリスターさん、ありがとうございます! ふふっ、それなら決まりね。みんなでお祭りに出店しましょう!」

 エレインが満面の笑みで宣言すると、店内は「うおぉぉっ!」という下級魔導士たちの歓声と、精霊たちの嬉しそうな鳴き声で一気に文化祭前夜のような熱気に包まれた。



「それじゃあ、お祭りで出すメニューを決めなくちゃいけないわね」

 エレインはカウンターにメモ帳を広げ、腕組みをした。

 お祭りの屋台といえば、歩きながら片手で食べられる「ワンハンドメニュー」が基本だ。

「カレーやパエリアもいいけれど、お皿とスプーンが必要だと歩きながら食べにくいわ。……串焼きのお肉だけじゃ、少し物足りないし」

『……クンクンッ。おいニンゲン、先日の丸いパン(ピザ)はどうだ? あれを半分に折りたたんで、中に極上の肉を詰め込めばよいのではないか?』

 ギルが、ヨダレを拭いながら天才的な提案をした。

「ギル、それよ! ドランの石窯で作ったピザ生地で具材をたっぷり包み込んで焼く『カルツォーネ』! これなら片手で持てるし、中に熱々の具材を閉じ込められるわ!」

「おぉっ! 包み焼きピザか! 絶対美味い響きだ!」

 メニューが決まり、早速試作が始まった。

「ラム、生地の発酵をお願い!」

『……フニャァン……マカセテ……フワフワ、モチモチ……』

 ラムが小麦粉の生地の上で震え、極上のモチモチ生地を瞬く間に仕上げていく。

 エレインは生地を円形に薄く伸ばし、その半分のスペースに具材をこんもりと乗せていった。

「中身は二種類よ。一つ目は、チャイのスパイスでマリネしたゴロゴロの牛肉と、特製トマトソース、そして限界までとろけるモッツァレラチーズ!」

『キュルルッ! スパイス、バッチリダヨォ!』

「二つ目は、ナギが獲ってきてくれたプリプリの海老とホタテに、バジルとガーリックバターを効かせたシーフードチーズ!」

『エヘヘ! ウミノタカラモノ、イッパイイレテネ!』

 エレインは具材を乗せた生地をパタンと半分に折りたたみ、巨大な半月のような形にする。

 縁をしっかりと指でねじりながら閉じ、表面にオリーブオイルをハケでサッと塗った。

「よし、完璧! ポポ、ドラン、出番よ!」

 裏庭にドーンと鎮座するドランが、『……マカセテ』と嬉しそうに窯の口を開く。

 その中で待機していたポポが、一気に炎の温度を跳ね上げた。

「いくわよ!」

 エレインがピザピールを使って、ぷっくりと膨らんだカルツォーネを超高温の石板の上へ滑り込ませた。

 ――ジュワァァァァッ……!!

 熱された石板とオリーブオイルが触れ合い、爆発的なシズル音が鳴り響く。

 カルツォーネは具材が中に閉じ込められているため、内部で熱と蒸気が循環し、生地が風船のようにパンパンに膨れ上がっていく。

 数分後。

 焦げた小麦粉の香ばしい匂いが極限まで高まったタイミングで、エレインがピールを引き抜いた。

「完成よ! お祭り特製『極上熱々チーズのカルツォーネ』!」

 木のプレートに乗せられたそれは、見事なきつね色に焼き上がり、表面にはポポがつけた極上の焦げ目がポツポツと浮かんでいる。

 オリーブオイルの照りが美しく、見た目だけで胃袋を鷲掴みにする破壊力があった。

「うおぉぉっ……! すげえ匂いだ……!」

「さあ、油紙に包んで渡すから、火傷しないように気をつけて食べてね!」



「「「いただきますッ!!」」」

 サクッ……!!

 噛み付いた瞬間、ドランの石窯が高温で一気に焼き上げた生地の表面から、パイ生地のように軽快で香ばしい音が鳴った。

 しかし、驚くのはそこからだ。

 サクッとした表面を突破した歯が、ラムの魔法で発酵したモチモチの内側に到達し……そして、閉じ込められていた「マグマ」が噴出した。

「――――ッッッ!!?!?」

 ブワァァァッ! と噴き出してきたのは、凝縮されていた暴力的なまでの旨味の嵐だ。

 ドロリととろけ出した純白のモッツァレラチーズが、トマトソースと完全に一体化し、口内を火傷しそうなほどの熱さで蹂躙する。

 そこに、チャイのスパイスが効いたホロホロの牛肉から、熱い肉汁がドバーッと溢れ出し、チーズと絡み合って最強の濃厚ソースへと進化を遂げた。

「はふっ!? あふっ、ひゃひゅい!! れも美味ぇぇぇぇッ!!」

 ティルが涙目になりながらハフハフと熱い息を吐き出し、歓喜の悲鳴を上げる。

 カルツォーネの真髄は、すべての旨味が逃げ場を失い、生地の中で極限まで高められていることだ。

 肉汁も、チーズの油分も、トマトの酸味も、一滴たりともこぼれることなく、モチモチの生地に染み込んでいる。

「うおぉっ……! シーフードの方もヤバい! ガーリックバターの海に、海老とホタテのエキスが溶け込んでて……噛むたびに海が爆発するぞ!!」

 ザックが、伸びるチーズと格闘しながら目をひん剥いている。

「ふん……たかが立ち食い用の屋台飯……」

 アリスターは強がりながらも、両手で油紙を握りしめ、顔をトマトソースで汚すのも構わず無心でかぶりついていた。

「……だが、この生地の中に閉じ込められた『旨味の熱量』はどうだ。冷めにくい構造ゆえに、最後の一口まで極上の温度と香りが保たれている。……これがお祭りで出れば、他の屋台はすべて駆逐されるぞ……!」

 エリートの威厳などとうの昔に消え失せたアリスターは、指についたチーズまで綺麗に舐め取り、早くも二個目に手を伸ばしていた。

『ガウッ! ハフッ、ムシャァッ!! 美味い!! 外はサクサク、中は肉とドロドロの肉汁の海! まさに宝箱のような食い物だぞエレイン!』

 ギルも巨大なカルツォーネを丸呑みしそうになりながら、熱さに口をパクパクさせて喜んでいる。

「ふふっ、大成功ね。これなら、お祭りに来てくれた人たちにも喜んでもらえそう」

 エレインはソラの木漏れ日が差し込むテラス席で、自分用のカルツォーネを一口齧り、口いっぱいに広がる幸せの味にふにゃりと目を細めた。

「店長さん、看板はどうする!? 俺たち、魔法でピカピカ光る看板を作ってやるよ!」

「屋台の組み立ても任せてくれ! ドランの石窯ごと、俺たちの精霊の力で広場まで運んでみせるからな!」

 ティルやザックたちが、口の周りをチーズだらけにしながら身を乗り出して計画を練り始める。

 その熱気は、文化祭の前日のように、純粋なワクワク感と活気に満ち溢れていた。

(私に、こんな楽しい日が来るなんて)

 王城で孤独だった氷の令嬢は、温かい仲間たちに囲まれながら、夜空に咲くお祭りの花火を想像してそっと微笑んだ。

 魔導都市最大のイベント『精霊感謝祭』。

 裏路地の小さなオアシスから飛び出したカフェ・エルの一行が、都市中のお客さんの胃袋を圧倒的なシズル感で支配する日は、もうすぐそこまで迫っていた。

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