2-3.優雅に、刃を一物
「そうして見ると、案外不似合いではないな」
庭でヴィグジュードと相対したとき、開口一番そう言われた。いやみか、褒めているのか、本当に淡々とした口調ではわからない。アシャンテは腹立たしい気持ちをこらえつつ、静かに椅子へと腰かける。
「過分なものをお借りしておりますわ」
笑顔のかけらも浮かべず、言い返した。紫の瞳を見つめたままで。
庭は広く、青や黄色の小花がそこら中に植えられている。ワスレナグサにクレマチス、フリージアと様々に。あずまやは八角形で、白を基調として作られている。今のところ、アシャンテとヴィグジュードの他には誰もいない。
大理石のテーブルにはミントの香りがする茶と共に、焼き菓子らしいものを載せている皿があった。喉は確かに渇いているが、主催者であるヴィグジュードをさしおいて、カップへ手を伸ばすようなまねはしない。
ほんの少しの、沈黙。緊張がただよう空気の中、彼がようやく茶を口に運んだ。
「お前が連れてきたあの娘は、もうじき来る」
「コル、という侍女がここまで案内をするのかしら」
「違う。ギーに任せている」
「ギー?」
白いシャツの上、空色のマントを羽織ったヴィグジュードの言葉に、アシャンテは首をかしげた。
「ギギターという男だ。護衛隊の隊長を勤め、いつも俺と一緒にいる」
「マリーンを怯えさせていなければいいのですけれど」
「あるじに似てあの娘、そう簡単なことで心揺るがさない気もするが」
これもまた、賛辞なのかけなしているのか。アシャンテはいらつく気持ちを抑えこみ、茶を飲んだ。清涼な香りが鼻を抜け、はちみつの甘みも程よい。
(……わたくし自身の気持ちと言われても)
カップを置き、小さく吐息を出す。
謎の鳥の言葉に耳を傾けてしまった。鳥と会話するなど、よっぽど疲れていたのかもしれない。この国では鳥がしゃべるのか、などと聞いたら、それこそいい笑いものだろう。
だが、ヴィグジュードの手のものではないか、という心配が胸の中で膨らむ。用心に越したことはないはずだ。
悩みに悩み、雑談という形で探りを入れてみることにする。
「陛下……いえ、ジュードは生きものはお好きかしら?」
「急に妙なことを聞くな」
「わたくし、以前は砂猫を飼っておりましたの。ここでも何か生きものを飼うことができれば、暇を持てあますことがないと思いまして」
「お前に暇は与えない。仕事をしてもらう」
「仕事、ですの?」
「この雷鳴城、中庭の一つが未完成のままだ。お前は庭造りに勤しめ」
「それは園丁の仕事ではないのかしら」
「無論、庭師もつける。だが、お前は慰安の旅で、花や薬草などに詳しくなったのだろう。そのことはあの娘から聞き取り済みだ」
茶を飲むヴィグジュードの顔は、相変わらず氷のごとく表情にとぼしい。
一瞬、マリーンにひどいことをしたのかとアシャンテは不安になったが、彼女のことだ。うまく立ち回ると信じる。
「草木の種類は、全てお前に一任する。好きなように作るといい」
「わたくしは、いつから仕事をすれば?」
「庭師がここに到着してからだな。二、三日後になると思う。……それと」
「それと?」
聞き返せば、彼の視線が少し、迷ったものになった。
言いよどむように口を開け閉めし、疲れきったかのようなため息を漏らす。
「この城には一人、先住しているものがいる。先々帝の娘だ」
「ではその方は……あなたの血縁者、ですの?」
「もう、血縁ではない。先々帝の座を俺の父が簒奪しているから。俺もまた、父の座を簒奪したが」
自嘲じみた笑いを漏らし、ヴィグジュードは机の端を指で叩いた。
「その娘とは、関わるな」
きっぱりとした声に、アシャンテは眉を軽く、ひそめる。
「同じ城に住んでいるのなら、顔を会わせることもあるかと思いますけれど」
「最低限の礼儀だけで済ませばいい。あの娘……ファラーニは、これからお前を敵視するだろう」
そこまで言われれば、さすがに気づいた。ファラーニと呼ばれる存在は、きっとヴィグジュードを懸想している存在なのだと。
うなずき、アシャンテはもう一口茶を飲んだ。
「そういうこと、ですのね。できるだけ刺激しないようにしますわ」
含みを入れて答えれば、少し、不機嫌なようにヴィグジュードの片眉がつり上がる。
「何も思わないのか」
「それこそあなたの言う妙なこと、ですわ。わたくしは同盟の足がかりとして皇妃となるのでしょう。政略結婚という形以外に、何があると?」
かちゃりと、アシャンテが置くカップと皿が、かすかにぶつかる音が響いた。
なぜ先々帝の娘がいるのか、簒奪したのはどういう経緯で――など、聞けば答えてくれることもあるかもしれない。だが、結局はさらわれてきた身だ。今の懸念はただ、祖国が無事に、帝国と対等な立場となれるかどうかだった。
「もちろん、帝国のみなさまに好かれるよう、精一杯の努力はしますわ。妃としてできることをいたします」
「なるほど。その中には、俺の子を産むということも含まれるのだろうな」
「そ、れはもちろん」
歪んだ笑いに、アシャンテは自分の頬が熱くなったことを自覚する。返答が遅れる。
男女の営みを偶然目撃したことは、確かにあった。旅先、町での出来事として。
しかし、閨での作法など教えられていない。そんなものがあるのかもわからない。舞巫女に下っても、未だ清らかな身だった。
「露骨に唇を尖らせるな。安心しろ。無理強いはしない」
おかしそうに、今度は思わず、というていでヴィグジュードは笑った。その笑みがどこか嬉しそうなものだったため、アシャンテはまた、困惑する。確かに感じる憎しみと、それ以外の何かで戸惑う。
無理やり人をさらってきたのに、その口で世継ぎを産むことを無理強いはしないという。一体何を考えているのか、さっぱりわからないままだ。
(変な人だわ、本当)
頬の赤みをごまかすため、咳払いをしてから、再びカップに手を伸ばす。
「失礼いたします。陛下、姫さ……アシャンテさま」
ついにお茶を飲み干したとき、聞きなじみのある声が聞こえた。
「マリーン……!」
そわそわしてしまう気持ちをこらえ、カップを置いて顔を横にやる。
ティーセットをワゴンに運んで持ってきたのは、侍女の服に着替えたマリーンだ。彼女は安堵したように微笑みを浮かべている。
マリーンの横には、黄緑の軍服をまとった男がいた。刺々しい短髪は赤く、橙の双眸はワゴンの焼き菓子へとじっと注がれている。彼がギーことギギターなのだろう。
「あ、どうも、陛下。そしてアシャンテ様。オレ……いや、わたしめはギギターと申します」
どこか慌てて胸へこぶしを当て、彼は人好きのする、屈託のない笑みを浮かべた。
「俺とこれの前でとりつくろう必要はない。いつものようにしろ」
「そう……ですか? でもな」
ヴィグジュードの言葉に、ギギターがアシャンテを見る。
アシャンテは浮いた腰を椅子にかけ、鷹揚にうなずいてみせた。
「ソイツはありがたい。んじゃ、早速だけどもこれ、食っていいか?」
よっぽど腹が空いているのだろう。ギギターの焼き菓子を見る目は輝いていた。
「好きにしろ」
「よっしゃ!」
「あの……お座りになります?」
空いている椅子をアシャンテが勧めると、ギギターは首を横に振ってから、ワゴンの皿の焼き菓子を一つ、つまむ。
「うま」
「みっともないですよ、ギギターさま」
「いや、この菓子うまいから。マリーンどのも食べりゃいいのに」
「結構です」
そっぽを向くマリーンにはどうやら何事もなかったようで、二人のやりとりを見たアシャンテは内心、胸を撫で下ろした。
「ギー、城の中に何も異変はないか」
「とりたてて。大人しいもんだ、今のところは」
ワゴンを押すマリーンの横で菓子を食べつつ、ギギターはアシャンテたちの方へ近づいてくる。
「えぇと。オレはあなたの警護を担当させてもらうんで、よろしくお願いします」
「……ええ、こちらこそお願いいたしますわね」
警護と聞き、アシャンテの脳裏に先ほどの名前――ファラーニという単語が浮かび上がった。
「他にも数名がお前担当の護衛となる。侍女は基本、コルがとりしきるが、そのマリーンという娘も専属にしておいた」
「感謝いたしますわ、陛下」
「笑いの一つでも見せて礼を言え」
「その必要を感じませんので」
また、空気が重くなる。
「あー」とギギターが漏らした、その直後。
「いけません! 今は誰も通すなと陛下が」
城の近くからコルの叫びが聞こえる。誰かと会話しているようだが、声音は焦燥していた。
ギギターが瞬時に動き、アシャンテの姿を緑のマントで隠す。しかし、隙間からアシャンテは見た。
「失礼します、ヴィグジュードさま」
コルを振り切るように、それでも優雅に歩いてくる一人の女を。
「茶会の最中だ、ファラーニ」
「せめてごあいさつを、と」
高く団子状に結われた濃緑の髪と、大きな碧眼が特徴的な女人――ファラーニが、燃えさかる怨嗟を瞳に宿し、薄く微笑む。




