3-2.さすらうは臆病もののかいな
「ギギターさま、わがままを言って申し訳ありませんわ」
「アシャンテどのの護衛がオレたちの仕事。だから気に病む必要はないさ、つき合うぜ」
昼過ぎ。アシャンテはギギターと共に、城の中を探索していた。午睡のあとのことだ。
最初はマリーンかコルを同行させようとした。しかしヴィグジュードが「城を見て回るのならば」と、ギギターをつけてくれたのである。大方彼は、ファラーニの敵視を問題としているのだろう。その程度、アシャンテにも察しはつく。
「でも、いいのか? 本当にこんな言葉遣いで」
「むしろ望んでお願いしますわ。気楽ですもの。ですけどおおやけの前では……」
「そこんとこはオレも考えてるさ、安心してくれ」
「分別はある方だとお見受けしております」
「正解。安心してくれていいぜ」
ギギターの軽口めいた発言に、アシャンテは一つうなずいた。
いかめしい甲冑や明るいシャンデリア、水瓶を持つ半裸の女人像――そんなものばかりが飾られた通路を歩きつつ、うつむきながら考える。昼寝前のことを。
(抱きしめ、られた)
ヴィグジュードに強く抱きしめられたことを思い返せば、頬に朱が差す。
男性として意識してしまった。がっしりとした腕、たくましい胸板、清浄なライムの香り。どれをとっても女性にはない力強さを感じた。
同時に疑念を抱く。なぜ、彼は震えていたのだろうかと。口づけも何もなく、アシャンテの体を抱きとめていた中、ヴィグジュードはずっとかいなを震わせ続けていたのだ。怯えているのか、それとも他の要因があるのか、アシャンテにはわからない。
(けれど……何かしら、これは)
不思議な高揚感と爽快感。そんなものが胸の奥に芽生えている。感覚にはほの暗い愉悦も混ざっており、今まで覚えたことのない感情に戸惑った。
「アシャンテどの、図書室通り過ぎてるぞ」
「あ、ごめんなさい。考えごとをしてしまって」
「ジュードのことか?」
慌ててきびすを返そうとし、ギギターの言葉に固まる。不遜な顔で彼は笑った。
「複雑だもんな、二人は」
「複雑と……言うのかしら。自分でもよくわからないのですわ」
「アイツ、アシャンテどのの踊りに釘付けだった。それは本当さ。ま、さらうだなんてやり方、オレもどうかと思うけど」
「火隆の国で噂になっていた、人さらいというのはやはり、陛下が?」
アシャンテが小声で尋ねれば、ギギターは髪を掻いて天を仰ぐ。
「そのとおり。数年くらい前から、な。おもむく回数が増えたのは、この数ヶ月だ」
親指で図書室を示され、アシャンテは首肯した。いつどこで、誰が立ち聞きしているか不明に過ぎる。部屋に入って話す方が安全だ。
扉をギギターに開けてもらい、図書室の中へと入る。
城の中、特にアシャンテが気にしたのは図書室だった。無論、仕事としてあてがわれた中庭も下見したい。だが、龍信仰がどのように歪曲されているのか、薄まっているのか、そこを調べたかったのだ。
黄色の絨毯が敷かれた室内は広いが、人の気配はない。まずギギターと話をしようと、窓際にある椅子へと向かった。
二人で机を挟み腰かける。切り出したのは、アシャンテだ。
「そもそもなぜ、百合の痣を持つものを探そうと?」
「オイオイ、それすらジュードから聞いてないのか?」
「話して下さいませんの。はぐらかされて……お願い、どうかお教え下さいまし」
「……夢だそうだ」
「夢?」
「ああ。アイツが小さいときから見てる夢が原因だ。くわしい中身はオレも聞いちゃいない。ただ、毎度、胸に百合の痣を持つ女が出ると……銀髪で、赤目の」
「それは、どういう意味なのかしら」
「オレにもさっぱりさ。ただ、外見的な特徴はアンタがそのままだし。港町でアンタを見たときは、符合に驚いたもんだよ」
ギギターが肩をすくめる。一方のアシャンテは唇へ指を当て、悩んだ。
(わたくしのことを夢で見ているの? でも、どうして。その理由は何?)
「ジュードは臆病なんだぜ」
「……え?」
不意に、柔らかい声で言われた。ギギターが苦笑を浮かべ、これまた天井を見上げる。
「アンタのことになると特に、さ。「これでまた嫌われる」だの「愛しあうことはない」だの、否定的な言葉ばかり口にしてる。親との関係が歪んでいたからってのもあるけど」
ギギターのセリフに、アシャンテはただ唖然としてしまう。呆けた顔を見てだろう、彼は視線を、今度は窓の外へと向けた。
「アイツの父は実兄である先々帝を殺し、血塗られた王座についた。富を独占するために。死んだ母親は、側室。幸い兄弟はいないから、何もしなくても次の王座は約束されてた」
「ではなぜ、陛下は簒奪などを」
「民のためだ」
はっきりとした口調で、おもてを戻してギギターは言う。
「ジュードの父と先々帝は、権力を王族に集中させようとしてた。龍信仰者も迫害していたくらいだ、民からあらゆるものを根こそぎ奪うつもりだったんだろう。金も、心も。神殿も龍官もかなり肩身が狭くなってな。邪獣からの侵攻もほったらかし。絶望したよ、平民のオレたちは。そこで立ち上がったのが我らの陛下ってわけ。今から三年前、ジュードが二十七の頃だ」
「陛下は、龍信仰を嫌っているのではないの?」
「本人は確かに好いちゃいない。けど、民の心がまだ龍にあるならって言ってさ。アイツが皇帝になってからだぜ。国が神殿を建て直したり、龍官たちの階位が戻ったのは」
「そう、でしたの」
「だからじゃないが、さ。さらわれてきた相手に頼みごとをするっていうのも変だがよ」
顔をアシャンテの方に戻し、彼は悲しそうに、笑った。
「せめて二人きりのときは、ジュードのことを名前で呼んでやってくれ。皇帝でも簒奪者としてでもなく、一人の人間として見てやってくれ」
「……臣下としての頼みではない、ですわね。きっと」
「友としての願いさ」
「わたくしはできそこないの王女……いいえ、踊りしか能がない人間ですわ。それに、陛下のことをまだよく知りませんの。そんな女に、どうして?」
「幸せになってほしいから、ジュードには」
あけすけに言われ、今度はアシャンテが苦い笑いを浮かべる番だ。
ギギターの言い分では、ヴィグジュードの幸福はアシャンテを犠牲にしてもなり立つ、という理論になる。しかしその物言いがはっきりしており、明朗だったためか、不思議と嫌気を感じることはなかった。
「努力してみますわ。と言っても、まだ会って数日ですけれど」
「あ、オレが口を割ったって言わないでくれよ。特に夢のことは」
「ええ、注意しますわ……ところでギギターさま。龍に関して、もちろん龍官のことでも構わないのですけれど、それらを記してある書物はありますかしら」
「神話系統の本なら確かあったな。棚でいうと、あの赤茶の部分に関連書があるはず」
少しの思案顔ののち、答えたギギターに目を見張る。
「詳しいのですわね」
「まあな。この雷鳴城は元々、ジュードと母親が住んでいたとこだから。アイツの母親が龍官だったんだよ」
「……それではバルコニーが閉ざされているのは、お母さま関連なのかしら」
「ん? バルコニー?」
「いいえ、こちらのことですわ」
思わず口にしてしまい、だが彼はきょとんとしていた。どうやらバルコニーの件は、また別のことのようだ。
「本、何冊か部屋に持っていくか?」
「いいえ、ここで読んでしまいますわ。お茶を持ってきて下されば嬉しいのですけれど」
「お安いご用。あ、けど少し一人にさせちまうな」
「なにごともないと思いますの。何かあれば、大声で叫びますわ」
それに、とつけ加え、持っていた手提げ袋から短刀の柄を覗かせる。
「これもありますし。逃げ足も速い方だと思っておりますの」
「それは……ジュードからもらったのか?」
「ええ」
「心強いが、そんな物騒なモンを使わせないようにオレたちがいる、それを忘れないでくれよ」
ギギターの困りきった声に、アシャンテは首肯するだけにとどめた。
「じゃ、なるべく早めに戻ってくる」
「小間使いのようなまねをさせてごめんなさい」
「気にしなくていいって」
苦笑した彼は立ち上がり、緑のマントをなびかせると、早足で退室していく。
一人になったアシャンテは、自然とかぶりを振っていた。ヴィグジュードに抱きしめられた困惑もあり、ほとんど睡眠をとっていないのだ。幸い、頭痛はしないが。
窓から入りこむ陽射しは柔らかく、やんわりとドレスを温め睡魔をいざなう。
眠くなってばかり、と自嘲した、そのときだ。
「ま、アシャンテさま。寂しくお勉強ですか?」
「……ファラーニさま」
扉が空いた気配からそちらに視線をやれば、青緑のドレスに身を包んだファラーニが、薄い笑みを浮かべて立っていた。




