第四十五話(後編):三次元魔法陣
ガルフィの行方を追うエリックたち。
その一方で。
エリシアは、少し退屈な時間を過ごしていました。
そして。
ガルフィの工房で見つかった、一枚の紙。
そこから。
エリックの漫画家脳が動き始めます。
今回も楽しんでいただければ嬉しいです。
建物の奥、ただの暗がり。
「忘れたのか。あの日の空を」
梟の問いに、闇の向こうから鴉の平坦な声が返る。
「忘れてなどいません。だから遠ざけているんでしょう」
「当たり前だ。お前たちが並び立つだけで、この街のすべてが削り取られるんだぞ」
「だが、それが滑稽だと言っているんです」
冷ややかな響きに、梟は奥歯を鳴らす。
「恐怖に怯え、俺たちを引き離し続けるその防衛こそが、魔王現象を今も正確に再現しているというのに」
「だからこそ、あの恐怖に駆られて、あそこへ追いやられた……」
梟は静かに問う。
「ガルフィは、抵抗しているか?」
「いいえ。全く」
「……あいつもあの恐怖を知っているはずなのに……」
鴉の喉がわずかに鳴る。
「……まるで、関心がないように」
――翌朝。
エリックとボルグは。
修理を終えた杖を受け取るため、鍛冶屋へ向かうことにした。
その一方。
二人の魔法使いと。
二人のSランク冒険者は。
王城周辺で聞き込みを始めていた。
ガルフィ失踪の手掛かり。
そして。
禁書庫から持ち出された魔法書。
調べるべき場所は。
やはり――王城周辺だった。
そして。
王族用の別館。
エリシアは。
ソファに寝転がっていた。
「……暇ですね」
レイナは。
第二王女の護衛指南。
エリシアの周囲には。
レイナの部下たちが十数人。
護衛として配置されている。
「……これだけいるのですから」
エリシアは。
ごろん。
「私が何かする必要もありませんよね」
そこへ。
エリックが。
ひょいと顔を出した。
「エリシア」
「はい?」
「一日暇だろ」
「……はい?」
エリックは。
一枚の紙を取り出した。
「なぞなぞだ」
「なぞなぞ?」
エリシアが。
紙を受け取る。
「暇つぶしに解いてみて」
「でも……」
エリシアは。
紙へ視線を落とす。
「レイナなら、すぐに解けそうですね」
「そうだな」
エリックは。
あっさり頷いた。
「だから、レイナが帰ってくるまでに解いておいて」
「……分かりました」
エリシアは。
少しだけ笑った。
「頑張ってみます」
「じゃ、頼んだ」
エリックは。
ボルグを見る。
「行くぞ」
「お、おう」
二人は。
そのまま部屋を出ていった。
扉が。
静かに閉まる。
エリシアは。
もう一度、紙を見る。
「……難しそうですね」
そして。
また、ごろん。
寝返りを打つ。
「……。」
懐から。
エリックからもらった物を取り出す。
しばらく眺める。
「……ふふっ」
少しだけ。
口元が緩む。
そして。
また懐へ戻す。
「……。」
数分後。
また取り出す。
「……やっぱり。」
にやっ。
「……。」
また戻す。
そして――。
「……何時くらいでしょうか」
エリシアは。
部屋に置かれた時計を見る。
「まだですね……」
しばらくして――。
時計を見る。
「……。」
「……少し、別館の中をお散歩してきますね」
エリシアが立ち上がる。
すると。
すぐに。
近くにいた護衛たちが動いた。
「お供します」
「いえ」
エリシアは。
「少し歩くだけです」
「……ですが」
「この別館には護衛もおりますし、王城内ですよ」
エリシアは。
胸元へ手を入れる。
そして。
一枚の紙を取り出した。
「それに」
エリシアは。
その紙を護衛たちへ見せる。
「これを解いてみたいんです」
「……。」
護衛たちは。
顔を見合わせる。
「エリック様から頂いたものですか?」
「はい」
エリシアは。
小さく頷く。
「部屋で考えていたのですが、少し歩きながら考えた方が思いつくかもしれません」
「……なるほど」
護衛たちは。
それなら、と頷く。
「承知しました」
「ありがとうございます」
エリシアは。
にっこりと笑う。
そして。
一人で歩き始めた。
廊下を。
ゆっくりと。
その表情は。
いつものエリシアだった。
――その一方。
エリックとボルグは。
鍛冶屋へ足を向けていた。
「おう、直ってるか?」
「あぁ、問題ない」
店主が無言で差し出したのは、丹念に修復されたGペン型の杖だった。エリックはそれをひょいと受け取る。
「ちょっと試していいか?」
「構わない、好きにしろ」
鍛冶屋の許可にうなずき、エリックは受け取ったばかりのGペン型の杖をスッと構えた。宙に走るペン先から、微かに青白い軌跡が尾を引く。
エリックが手首を軽く返し、空中に描き出したのは、あまりにも小さく緻密な魔方陣だった。
瞬間、その中心からパチパチと頼もしい音を立てて鮮やかな火が灯る。
「おっ」
「どうだ?」
「いいな」
「そりゃどうも。あたしの腕をなんだと思ってやがる」
鍛冶屋を後にし、エリックたちはガルフィの工房へと向かう。
だが、歩を進める道中、一定の距離を保った足音が背後から重なる。
「……エリック?」
「……来てるな」
「あ?」
「尾行だ」
エリックは足を止めず、声のトーンを落とす。
「逃げるぞ」
「逃げる? おい、走れるか?」
「おいぼれに無理言うな」
エリックは懐から修理済みのGペン型杖を抜き放ち、石畳へ素早くペン先を走らせた。
「おい、何をしてる」
「床に幾何学模様を走らせる。背景の魔力回路を固定して、導線はと……」
「待て待て、なんの魔法陣じゃそれ」
エリックが杖をトンと地面に突くと、床に這った幾何学模様がカチリと音を立てて連動した。
「追跡式拘束魔法」
「ほう?」
「獲物が立てる小さな足音を、この回路が完璧に拾う」
「ふむ」
「さらに、背中に走るわずかな殺気まで感知する」
「で?」
「そのまま自動で間合いを詰めて、相手を逃さず絡め取る」
店主は床でうねる魔方陣を見据え、ただただ圧倒された。
「……おい。国宝級の魔法にしか見えんぞ」
「逃がさないための最適解だ」
「どこがだ! 追いつかれる前にこっちの心臓が止まるわ!」
「拘束してるうちに」
「工房調べる」
ボルグは軽く頷き歩き始める。
しばらくして。
ガルフィの工房が見えてきた。
「……。」
エリックとボルグは、工房の前で足を止める。
扉を叩く。
コンコン。
「ガルフィ。いるか?」
返事はない。
エリックが扉を開ける。
「……やはり、誰もいないな」
中へ入る。
二日前と。
何も変わっていない。
散乱する鉄屑。
作業途中の道具。
そして。
机の上には、クシャクシャに丸められた紙屑。
「……。」
エリックは工房の中を見回す。
「ここに何かヒントがあるはずなんだ」
「何故そう思う?」
ボルグが尋ねる。
「魔法書って、古代扉の鍵師に必要ないだろう」
「……確かにのう」
ボルグは腕を組む。
「ならば、ガルフィが魔法書を持っていた理由を探す必要があるわけじゃな」
「そういうこと」
ボルグは小さく息を吐くと。
工房の中を片付け始めた。
「昔を思い出すのう」
鉄屑を拾い。
道具を元の場所へ戻す。
「一仕事、一片付け……」
「何それ」
「儂なりの片付け方じゃ」
そんなことを言いながら。
ボルグは机の上に目を向けた。
クシャクシャに丸められた紙。
「……ん?」
一枚を拾い上げる。
広げてみる。
「なんだ、これ……」
紙には。
いくつもの線。
見たことのない図形。
「何かの設計図か?」
ボルグが紙を眺める。
「この構図……鑑定の……」
紙の端。
そこに、小さな文字が残っていた。
《球体魔方陣》
「……。」
その瞬間。
エリックの目が変わった。
「貸して」
「お、おい?」
エリックは紙をひったくるように受け取る。
そして。
懐からGペン型の杖を抜いた。
「……球体」
ブンッ。
杖が走る。
空中に線が引かれていく。
円。
さらに円。
交差する線。
立体的に重なっていく魔法陣。
「おい、エリック」
「……」
返事がない。
まるで。
何かに取り憑かれたように。
エリックは杖を走らせ続ける。
「平面じゃない」
円が重なる。
線が奥へ伸びる。
「なら……こうだ」
最後の一線を引く。
カチッ。
空中に。
一つの球体が浮かび上がった。
「……できた」
ボルグは絶句する。
「なんじゃ……それは」
エリックは球体を見上げる。
「三次元魔法陣」
その目は。
完全に。
漫画家の目だった。
ガルフィの工房で見つかった、一枚の紙。
そこに書かれていた「球体魔法陣」。
エリックは。
それを見た瞬間。
平面だった魔法陣を、立体へと変えてしまいました。
三次元魔法陣。
この世界では、まだ誰も考えたことのない発想です。
そして。
こういうものを見つけると、エリックの漫画家脳は止まりません。
ガルフィの失踪。
禁書。
そして、球体魔法陣。
少しずつ、謎が繋がり始めています。
次回も楽しんでいただければ嬉しいです。
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