第四十五話(前編):禁書の噂
ガルフィの行方を追うエリックたち。
その中で。
新たに浮かび上がった「禁書」の噂。
そして翌日。
エリシアは第二王女ミルダとの茶会に臨みます。
今回も楽しんでいただければ嬉しいです。
夜。
王族用の別館。
自分たちの部屋へ戻ってきた一行は、テーブルを囲んでいた。
「――そう。」
エリシアの話を聞き終え、ボルグが頷く。
「冷蔵馬車か。エリックの仕掛けがそこまで効いたんじゃな」
「はい。」
エリシアが笑みを浮かべる。
「正式な取引に向けて、大きな一歩を踏み出せました。」
「そっちが上手くいって良かった。」
エリックがほっとしたように息を吐く。
「……で、ガルフィさんの捜索のほうは?」
エリシアが尋ねると、エリックとボルグは顔を見合わせた。
「結論から言うとな。」
ボルグが声を落とす。
「ガルフィは十日ほど前から姿を消しとる。工房も荒らされたままでな。急に何かがあった可能性が高い」
「そんな……。」
「だが、まだこの王都におるはずじゃ。」
ガレスが続ける。
「俺たちが聞き込みを始めた途端、尾行がついた。聞き込みを警戒しているようだったからな。ガルフィが王都を出ているなら、わざわざ俺たちをつける必要もない」
「尾行……ですか。」
レイナが眉をひそめる。
「ええ。だから、ガルフィさんはまだこの街にいるんだと思います。」
ミーナが頷いた。
「手出しはしてこないが、気味の悪い見張りつきだ。」
ロイドが腕を組む。
「どちらにせよ、滞在できるのはあと五日。あまり時間はないな」
部屋に少し重い空気が流れる。
その時、エリシアが思い出したように声をあげた。
「そういえば……。」
懐から、一枚の白いハンカチを取り出す。
「こちらを返すのを忘れていました。」
「誰からです?」
エリックが覗き込む。
「お名前は伺っていませんが……白い髪で、胸まで届く長い髭を生やした、かなり背の高い方です。」
ボルグの目が、わずかに見開かれる。
「……白い髪?」
「はい。」
「……ドルゴムのことか?」
ボルグがぽつりと呟いた。
「ご存知なのですか?」
「ああ。ガルフィの古くからの友人じゃ。」
エリシアはハンカチを見つめた。
「明日、第二王女とお茶でも、と誘われています。その時に、こちらを返そうとと思います。」
「……そうか。」
ボルグが顎に手を当てる。
「それなら、ガルフィさんについても聞いてみます。」
「友人なのですよね?」
「ああ。かなり古い付き合いじゃ。」
「それなら、何か知っているかもしれませんね。」
「頼んだ嬢ちゃん。」
「任せてください。」
エリシアは力強く頷き、ハンカチをそっと胸元に収めた。
「さてと。」
ガレスが立ち上がる。
「俺たちは今から。」
「夜の酒場で情報収集でもしてくるか。」
ロイドが頷く。
「ああ。」
「夜の街だからこそ。」
「拾える噂もあるはずだ。」
ミーナが。
ルチアへさっと顔を近づける。
「……ねえルチア。」
「情報収集、どう思います?」
ルチアも顔を寄せる。
「絶対嘘ですね。」
「飲みたいだけです。」
「ですね。」
二人は。
コクコクと頷いた。
「……聞こえてるぞー。」
ガレスが苦笑いする。
ロイドは。
咳払いをした。
「今回は見逃してやりましょう。」
「了解です。」
ルチアが。
静かに頷く。
ミーナが。
ふぁぁ……と。
大きなあくびをした。
「あーつかれた。」
「アタシたちはもう部屋戻って寝まーす。」
「おやすみなさい、皆さん。」
ルチアも。
頭を下げる。
二人は。
あくびをしながら。
部屋へ戻っていった。
夜の街。
裏通りに面した、古びた酒場。
店内は、炭鉱帰りや職人たちの熱気と、焦げた肉の匂いに満ちていた。
カウンターの奥で、ガタイのいい店主が黙々とグラスを拭いている。
ガレスとロイドは、その端の席に腰を下ろしていた。
「親父。」
ガレスが木樽のジョッキを叩く。
「強いのを二つ。」
店主は無言で頷き、並べられた樽の栓をひねった。
なみなみと注がれた琥珀色の酒が、二人の前に置かれる。
「……景気はどうだ?」
ガレスがコインをカウンターに滑らせた。
「さっぱりだ。」
店主が短く答える。
「近頃は城の兵隊がうろついていてな。客も長居をしねえ。」
店主はそれだけ言うと、酒を注ぐ作業に戻っていった。
がやがやとした喧騒のなか。
すぐ後ろのテーブル席から、酔払った職人たちの話し声が聞こえてくる。
「そういや。」
「十日ぐらい前にさ。」
「聞いたか?」
「何を?」
「王城の禁書庫から。」
「魔法書を持ち出した奴がいるらしいぜ。」
「魔法書?」
「ああ。」
「しかも。」
「それをガルフィに渡したって話だ。」
「……マジか?」
「さあな。」
「ただの噂だ。」
「でも。」
「禁書庫の本を勝手に持ち出したってのは。」
「本当らしい。」
「何の魔法書だったんだ?」
「知らねえ。」
「ただ。」
「古い魔法の本だったらしい。」
「ガルフィが。」
「えらく大事そうに抱えてたって話だ。」
ガレスとロイドは、静かにジョッキを傾け、その声に耳を傾けていた。
翌朝。
エリックは。
エリシアの部屋の扉を叩いた。
コンコン。
「エリシア。」
「はい?」
扉が開く。
「なぁ、聞いたか?」
「昨晩の酒場の話でしょうか?」
「うん。」
エリシアが首を傾げる。
「何か、気になることでも?」
「エリシアの国では、禁書って簡単に読めるのか?」
「とんでもないです。」
「だよな。」
エリックは頷く。
「エリシアは読めるのか?」
「私は、お父様から許可をもらっていますから。」
「持ち出すと?」
「大罪です。」
「……なるほど。」
エリシアが続ける。
「禁書の魔法書によっては、本の中に魔物を閉じ込めている物もありますし。」
「……なるほどね。」
エリックは少し考える。
「王子とはいえ、ここの禁書を城の外に出すことってできるんだろうか?」
「流石に、よその国のことまでは分かりません。」
「そっか。」
エリシアが少し考える。
「今日のお茶の時に、その辺りも聞いてみましょうか?」
「頼む。」
そう言うと。
エリックは。
ぶつぶつと呟きながら。
部屋を後にした。
――しばらくして。
王族の広い庭園。
その一角にある東屋で。
エリシアは第二王女ミルダと向かい合っていた。
周囲には数人のメイド。
少し離れた場所には、わずかな護衛。
そして。
エリシアの後ろにはレイナが立っている。
ミルダの後ろには。
一人の男。
白い髪。
胸元まで届く長い髭。
ドルゴムだった。
「今日は、お時間をいただきありがとうございます」
「こちらこそ。エリシアとお話しできるのを楽しみにしていました」
二人は穏やかに言葉を交わす。
しばらくして。
エリシアは懐から、一枚の白いハンカチを取り出した。
「そういえば……こちらを」
エリシアは。
後ろに立つドルゴムへ差し出した。
「先日、お預かりしたものです」
ドルゴムは。
少し驚いたようにハンカチを見る。
「……ありがとうございます」
受け取る。
エリシアは、そのまま尋ねた。
「ガルフィの友人とお聞きしましたが」
「はい」
ドルゴムは静かに答える。
「古い友人です」
「そうですか」
エリシアは頷いた。
「私たちも、ガルフィを探しています」
「……私も探しております」
ドルゴムの声は。
静かだった。
「何か、ご存じなのですか?」
「いえ。まだ何も」
ドルゴムは首を横に振る。
「ただ……あの男が何の知らせもなく姿を消すとは思えません」
「……そうですね」
エリシアは頷いた。
すると。
ミルダが口を開いた。
「ガルフィ様は、珍しい薬草にも詳しい方でした」
そこから。
話は薬の話へ移っていった。
「この薬草は、傷の治療にも使えるんですよ」
「そうなのですか?」
「ええ。それだけではなく――」
ミルダは。
楽しそうに話し始める。
エリシアは。
その様子を見ながら。
少しだけ微笑んだ。
(……昔の私に似ています。)
昔の自分も。
魔法の話になると。
止まらなかった。
ミルダも。
薬の話になると。
止まらない。
しばらく話を聞いたあと。
エリシアは何気なく尋ねた。
「そういった古い薬の知識は……」
「はい?」
「禁書にも、残っているのでしょうか?」
ミルダは。
少し考える。
「ありますよ、ちょうど今、ザラニ花について調べてる所です」
「やはり」
「ただ、禁書ですから。誰でも読めるわけではありません」
「閲覧には許可が必要なのですね」
「ええ」
ミルダは頷く。
「内容によっては、王族でも自由には扱えません」
「そうなのですか」
エリシアは。
静かに頷いた。
そして。
「では……城の外へ持ち出すことも?」
何気ない口調だった。
「基本的には認められていませんね」
「……そうですか」
エリシアは微笑んだ。
それ以上は。
何も聞かなかった。
ただ。
昨晩、酒場で聞いた話が。
頭の中をよぎっていた。
――十日前。
王城の禁書が一冊、持ち出された。
そして。
その本を持っていたのは。
ガルフィだった。
ミルダは。
ふと、レイナへ視線を向けた。
「そういえば……」
「はい?」
レイナが顔を上げる。
「レイナさんに、お願いがあるのですが」
「私に、ですか?」
「ええ」
ミルダは穏やかに微笑んだ。
「明日、私の護衛たちに剣の指南をしていただけませんか?」
「護衛の方々に?」
「はい。以前から、腕の立つ方に一度お願いしてみたいと思っていたのです」
レイナは少し考える。
「私でよければ、お引き受けします」
「ありがとうございます」
もう一度、にっこりと笑う。
「では、明日はレイナさんをお預かりしてもよろしいでしょうか?」
「エリシア様、よろしいでしょうか?」
レイナが振り返る。
「もちろんです」
エリシアは笑顔で頷いた。
「では、明日はよろしくお願いしますね」
「はい」
二人は。
笑顔で頷き合った。
その後ろで。
ドルゴムは。
ただ静かに立っていた。
ガルフィ失踪の謎に。
少しずつ、新しい情報が集まり始めました。
そして。
エリシアとミルダの茶会では、禁書についての話も。
ガルフィは、なぜ禁書を持っていたのか。
そして。
その禁書には何が書かれているのか。
次回も楽しんでいただければ嬉しいです。
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