三十八話(前編) : ミューレの街と不作の謎
今回は、ハイネの街を出て五日目。
一行は、湖のほとりにある街――ミューレへ到着します。
そこで待っていたのは、まさかの不作問題。
そしてなぜか始まる、賞品を懸けた調査勝負。
それぞれが調査へ向かう中、エリックはというと……。
今回も、エリックらしい展開になっています。
それでは、どうぞ。
ハイネの街を出て。
小さな農村をいくつも通り過ぎた。
時には。
街道から少し離れた場所で野営をする。
それを繰り返しながら。
一行は進み続けた。
そして。
王都を出発して五日目。
早朝。
まだ朝靄の残る街道の先に。
大きな街が見えてきた。
「……。」
エリシアが。
馬車の窓から前方を見る。
「見えてきましたね。」
エリックも。
窓の外へ目を向ける。
「……あれが?」
「はい。」
エリシアが頷く。
「この国で最後の街です。」
一行の進む先。
街道の先には。
これまで通ってきた町街とは少し違う。
大きな城壁を持つ街が。
朝日の向こうに姿を現していた。
窓の外に、青く輝くものが見えてきた。
「……湖?」
エリックが窓から外を見る。
遠くには。
町の向こうまで広がる、大きな湖があった。
風を受けて。
水面がきらきらと輝いている。
「大きいですね……。」
エリシアも窓の外を見る。
「ええ。」
ボルグが頷いた。
「あれが、ミューレの湖じゃ。」
「この湖のおかげで、この辺りは農業が盛んなんじゃよ。」
「湖から水を引いて、広い農地を潤しておる。」
エリックは湖を眺める。
「へえ……。」
「じゃあ、米とかも作れそうだな。」
「お米ですか?」
エリシアが首を傾げる。
「俺が欲しいやつ。」
「……なるほど。」
エリシアは小さく笑った。
やがて。
湖のほとりに広がる街が見えてくる。
それほど大きな街ではない。
人口も。
ハルネほど多くはない。
だが――。
「……。」
街へ近づくにつれ。
何かが聞こえてきた。
ドン。
ドドン。
タタタタッ。
「……なんだ?」
エリックが耳を澄ます。
次の瞬間。
太鼓の音。
笛の音。
そして。
大勢の歓声が響き渡った。
「エリシア様ー!」
「ようこそ、ミューレへ!」
「お待ちしておりました!」
「王女殿下、万歳!」
通りには。
街の人々が集まっている。
太鼓を叩く者。
笛を吹く者。
手を振る者。
街の規模から考えれば。
ずいぶんと大掛かりな歓迎だった。
エリシアが目を丸くする。
「……まあ。」
「すごいですね。」
「歓迎されてるな。」
エリックが呟く。
馬車は歓声の中を進み。
やがて。
大きな建物の前へ到着した。
「領主館です。」
馬車が止まる。
八台の馬車が順番に停車し。
騎士たちが降りていく。
そして。
領主館の前で待っていた男が。
深々と頭を下げた。
「ようこそお越しくださいました、エリシア様。」
「ミューレへお越しいただき、心より歓迎いたします。」
「こちらこそ。」
エリシアが微笑む。
「突然の訪問となってしまい、申し訳ありません。」
「とんでもございません。」
男は笑顔で答えた。
「私はミューレを治めております、ローディンと申します。」
「エリシア・ルミナスです。」
「よろしくお願いいたします。」
簡単な挨拶を終える。
ローディンが一行へ向き直る。
「明日の昼頃まで滞在されると伺っております。」
「どうぞ、それまでゆっくりとおくつろぎください。」
「ありがとうございます。」
一行は領主館へ入っていく。
庭では。
騎士たちが馬の世話を始めていた。
八台の馬車も。
順番に停められていく。
そして。
一行は応接室へ通された。
「改めまして。」
ローディンが頭を下げる。
「ミューレへお越しいただき、ありがとうございます。」
「こちらこそ、お世話になります。」
エリシアが微笑む。
しばらく街の話などをしていたが。
エリシアがふと尋ねた。
「ところで。」
「はい。」
「この街では、最近何か変わったことはありませんか?」
「……。」
ローディンの表情が。
ほんの少しだけ曇った。
「実は……。」
「農作物が。」
一拍。
「今年に入ってから、不作なのです。」
「不作……?」
エリシアが眉を寄せる。
「はい。」
ローディンは頷く。
「ミューレは湖に恵まれております。」
「水不足とは無縁の土地です。」
「例年ならば、この時期にはもっと多くの実りがあるはずなのですが……。」
「原因は分かっているのですか?」
「それが。」
ローディンは困ったように笑った。
「まったく分からないのです。」
「魔物による被害でもない。」
「水路にも問題はない。」
「病気とも少し違う。」
エリシアが考え込む。
レイナが口を開いた。
「……この辺りに、魔王現象が発生している可能性は?」
「それは考えにくいです。」
エリシアが答える。
「魔王現象なら、もっと明確な魔力異常が観測されるはずです。」
「なるほど。」
ボルグが腕を組む。
「わしが以前ここへ来た時は、こんな話は聞かなかったのう。」
ローディンが顔を上げる。
「そうなのです。」
「昔は、ミューレでもこのような不作はありませんでした。」
「……。」
しばしの沈黙。
すると。
ローディンが。
なぜか楽しそうに笑った。
「そこで。」
「皆様にお願いがございます。」
エリシアが顔を上げる。
「お願い?」
「はい。」
ローディンは。
少し身を乗り出した。
「この不作の原因を、皆様で探していただけないでしょうか。」
「もちろんです。」
エリシアが頷く。
だが。
ローディンはさらに続けた。
「ただ。」
「ただ?」
「せっかく皆様がお集まりなのです。」
ローディンの目が。
子供のように輝いた。
「ただ調査するだけでは、少々味気ないでしょう?」
「……。」
エリックの眉が。
ほんの少し動いた。
「そこで――」
ローディンは。
楽しそうに笑った。
「この不作の原因を最初に突き止めた方へ。」
「私から賞品をご用意いたしましょう。」
エリックの視線が。
ゆっくりとローディンへ向いた。
「……賞品?」
ローディンは。
にっこりと笑った。
「ええ。」
「もちろん。」
「皆様が喜ばれるようなものを。」
ローディンが手を叩く。
すると。
使用人たちが。
いくつかの箱を運び込んできた。
「こちらが、今回の賞品候補となります。」
箱が開かれていく。
魔道具。
装飾品。
武具。
それぞれが丁寧に並べられた。
「ほう。」
ボルグが。
興味深そうに眺める。
レイナも。
武具へ視線を向ける。
ミーナとルチアも。
並べられた品々を見ていた。
エリシアも。
一つ一つを眺めている。
その一方。
エリックは。
「……。」
少し離れた場所から。
眺めているだけだった。
「エリックは?」
レイナが聞く。
「俺?」
エリックは。
並べられた賞品を見る。
「別に。」
「やらないのか?」
「うん。」
即答だった。
「興味ない。」
「……。」
レイナは。
少し呆れたようにエリックを見る。
ローディンは。
そんなエリックを見て。
楽しそうに笑った。
「では。」
「今回の調査ですが。」
「二人一組で行っていただくのはいかがでしょう?」
「二人一組?」
エリシアが聞き返す。
「はい。」
「一人で探すよりも、二人で協力した方がよいでしょう。」
「確かに。」
ボルグが頷く。
「その方が探しやすいかもしれんのう。」
レイナも。
周囲を見る。
「……なるほど。」
それぞれが。
誰と組むかを考え始める。
その間。
エリックは。
何気なく。
賞品へ目を向けた。
「……。」
そして。
一本の短剣へ近づく。
手に取る。
鞘を抜く。
刃を眺める。
「……。」
レイナが。
その様子に気づいた。
「それが気になるのか?」
「ん?」
エリックは。
短剣を眺めたまま答える。
「レイナ。」
「なんだ?」
エリックは。
短剣をレイナへ向ける。
「これ。」
「これにサインすれば使える。」
「……は?」
レイナの目が。
短剣へ向いた。
「本当か?」
「たぶん。」
「たぶんって何だ!」
エリックは。
短剣を眺める。
「欲しいなら。」
「ゲームやれば?」
「……。」
レイナは。
しばらく短剣を見る。
そして。
ほんの少しだけ。
口元を緩めた。
「……なるほどな。」
その時。
エリックは。
ふと思い出したように。
ボルグを見る。
「そういえば。」
「ん?」
「ボルグって。」
一拍。
「この辺、詳しいんだよね?」
ボルグは。
少し考える。
「うむ。」
「何度か来たことがある。」
「へえ。」
エリックは。
それだけ言うと。
短剣を箱へ戻した。
「……。」
レイナは。
もう一度。
短剣を見る。
そして。
ボルグを見る。
「……。」
少し考え。
「ボルグさん。」
「なんじゃ?」
「私と組んでもらえませんか?」
ボルグは。
少し驚いた顔をした。
「わしと?」
「はい。」
レイナは。
短剣へ一度だけ視線を向ける。
「土地にも詳しいのでしょう?」
「うむ。」
「なら。」
レイナは。
静かに頷いた。
「心強いです。」
「……なるほどのう。」
ボルグが。
髭を撫でながら笑った。
「よかろう。」
その様子を。
エリックは。
特に何も言わず眺めていた。
「……。」
そして。
興味を失ったように。
椅子へ戻っていった。
「まず一組目が決まりましたね。」
ローディンが。
楽しそうに二人を見る。
「他にはいらっしゃいませんか?」
すると。
一人の男が手を上げた。
「俺たちが行く。」
Sランクパーティ《白銀の翼》。
ガレスだった。
隣では。
大剣を担いだロイドが。
肩をすくめる。
「エリックが参加しないなら。」
「俺たちにもチャンスだろ。」
ガレスが。
ニヤリと笑う。
「やるに決まってる。」
「だな。」
ローディンが頷く。
「では、二組目ですね。」
そして。
視線が残った二人へ向く。
ミーナとルチア。
二人は。
顔を見合わせた。
「……。」
「……。」
ミーナが。
ルチアへ顔を近づける。
「……ボス、やる気なさそうです。」
「……ですね。」
「……チャンスでは?」
「……チャンスです。」
「……私たちも行きます?」
「……行きましょう。」
「……エリシア様を喜ばせるチャンスです。」
「……ですね。」
二人は。
何事もなかったように顔を離した。
「私たちも参加します。」
ローディンが。
嬉しそうに笑う。
「では、三組目ですね。」
そして。
ローディンが。
エリックを見る。
「……。」
エリックは。
椅子に座ったまま。
「俺はやらないよ。」
即答だった。
「そうですか。」
ローディンは。
なぜか楽しそうに笑った。
「では。」
「皆様、調査をお願いいたします。」
「では。」
ローディンが。
一行を見渡す。
「皆様、どうぞお気をつけて。」
最初に動いたのは。
レイナとボルグだった。
「洞穴があるはずじゃ。」
ボルグが。
裏山を見る。
「昔、この辺りには魔物が住み着いておった。」
「なら。」
レイナが。
剣に手を添える。
「そこを調べましょう。」
「うむ。」
二人は。
意気揚々と。
裏山へ向かっていった。
続いて。
ガレスとロイド。
二人は。
町の向こうに見える森を見ていた。
「少し遠いが。」
ガレスが。
森を見つめる。
「魔物が原因なら、あそこだろう。」
「だな。」
ロイドが。
大剣を担ぎ直す。
「行くか。」
「ああ。」
二人も。
森へ向かって歩き出す。
そして。
ミーナとルチア。
二人は。
町の近くにある林を見る。
「……こっちですね。」
「そんな気がします。」
「行きましょう。」
「はい。」
二人も。
意気揚々と。
林へ向かっていった。
全員が出ていき。
領主館の扉が閉まる。
――バタン。
その直後。
扉の向こうから。
ロイドの声が聞こえた。
「レイナ!」
「お宝に目が眩んだか?」
「せいぜい怪我をしないようになぁ!」
レイナの声が返ってくる。
「お前たちこそヘマするなよ!」
ガレスが。
笑いながら叫ぶ。
「魔物がいるなら、間違いなく森だ!」
「裏山なんか探しても無駄だぞ!」
「言ってろ!」
レイナの声が遠ざかっていく。
すると。
ミーナの声が。
少し離れたところから響いた。
「私たちの存在を忘れてもらっては困りますよ!」
「そうです!」
ルチアも続く。
「一番に見つけるのは私たちです!」
「おいおい。」
ガレスが笑う。
「お前たちが一番根拠ないだろ!」
「根拠はあります!」
「勘です!」
「それ根拠じゃないだろ!」
遠ざかっていく声。
そして。
再び。
静寂。
館の中。
エリックは。
椅子に座ったままだった。
扉が閉まった。
「……。」
残されたのは。
エリックとエリシアだけ。
エリシアは。
閉じた扉を見る。
そして。
エリックへ振り返った。
「エリックさん。」
「ん?」
エリシアが。
一歩近づく。
「私も行きたいです。」
「……。」
さらに一歩。
「この町の皆さんが困っています。」
「畑が不作になっている原因を、私も調べたいです。」
一歩。
「何故、作物が育たなくなったのか。」
さらに一歩。
「魔物が原因なのか。」
「土地なのか。」
「水なのか。」
「何か別の原因があるのか。」
エリックは。
少しずつ後ろへ下がる。
エリシアは。
それに気づかないまま続ける。
「このまま原因が分からなければ。」
「来年も同じことになるかもしれません。」
「町の皆さんが困っているのです。」
「ですから――」
「近い。」
「……え?」
エリシアが。
ようやく気づく。
二人の顔が。
かなり近い。
「……。」
「……。」
エリシアは。
少し頬を赤くして。
一歩下がった。
「……失礼しました。」
エリックは。
少し考える。
「外に出たいなら。」
「はい。」
「釣りしたい。」
「……はぁ?」
エリシアが。
目を丸くする。
「釣り……ですか?」
「うん。」
「調査ではなく?」
「釣り。」
「……。」
エリシアは。
しばらくエリックを見る。
「竿はありますか?」
「あると思う。」
「本当に釣りをするのです?」
「うん。」
エリックは。
当然のように頷いた。
「スローライフと言えば。」
一拍。
「釣り。」
「……。」
エリシアは。
困ったような顔をする。
しかし。
やがて。
小さく笑った。
「……分かりました。」
「では、釣りをしながら調査しましょう。」
「うん。」
エリックは。
それだけ言うと。
立ち上がった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回はミューレの街へ到着し、不作の原因を探すことになりました。
レイナとボルグ。
ガレスとロイド。
ミーナとルチア。
それぞれが調査へ向かいましたが……。
エリックだけは、最後までエリックでした。
「スローライフと言えば、釣り。」
この一言に、今回のエリックが全部詰まっている気がします(笑)
さて、ミューレの不作には一体どんな原因があるのか。
次回も楽しんでいただければ嬉しいです。




