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第四話(前編):森が隠していたもの

いつも読んでいただきありがとうございます。


今回は第四話前編です。


前回、キノコを見つけて大喜びしていたエリックですが、森はそんなに優しくありませんでした。


一方その頃レイナさんは真面目に任務中です。

本人はかなり危機感を抱いていますが、隣にいるのがエリックなので温度差がひどいことになっています。


今回は少しだけシリアス寄り。

とはいえ、いつも通りです。


お楽しみいただければ幸いです。

ゴブリンが飛び出した。


「うわぁぁぁ!」


エリックは即座に後退した。


近くの大木の陰へと滑り込む。


戦術的撤退である。断じて逃走ではない。


「逃げるな!」


「無茶言うな!」


レイナは呆れながらも、正面から迫る緑色の醜悪な肌に向かって前へ出た。


ゴブリンの棍棒が頭上から振り下ろされる。

遅い。


あまりにも遅い。


シャラン、と鋭い剣閃が走る。

一撃。


まずは正面の一体。ゴブリンの身体が斜めに叩き斬られ、地面へ転がった。

レイナは息をもつかせず、そのままぬかるんだ泥を踏み込む。


二体目。

三体目。


襲いかかる狂暴な刃を最小限の動きで受け流し、連続して斬り伏せる。

一級剣士の彼女にとって、この程度の有象無象、一瞬の作業に過ぎない。

普通なら。

それで終わっていた。


ひゅっ。


不意に、風を裂く鋭い音がレイナの鼓膜を震わせた。

レイナの瞳が細まる。

一級の直感が危険を告げ、反射的に身体を限界まで捻る。


ごっ。

凄まじい風圧とともに、拳大の石がレイナの肩を掠め、背後の木へ激突して砕け散った。


「……?」


レイナが初めて、美しくも険しい眉をひそめた。

正面の一体を斬る。

返す刃で二体目へ踏み込む。

その瞬間。

ひゅっ。

石。


レイナが首を傾ける。

ごっ。

石が木へ当たった。


(投石か)


珍しくはない。

そう判断した。

次の瞬間。

反対側。

ひゅっ。


「……」


今度は足元。

レイナが踏み込みを止める。

わずかに遅れる。

その隙にゴブリンが後退した。


(避けた?)


さらに。


ひゅっ。


上から。

「なっ――」

レイナが初めて空を見上げる。

大木の枝の上。

ゴブリン。

手には石。

もう一体いる。

さらに奥にも。


木の上だと?


ここでレイナの認識が変わる。


ゴブリンは木に登る。


それ自体は珍しくない。

だが。


物音一つ立てずに上空で待ち伏せ、狙い、完璧なタイミングで石を投げ、地上と上下で『連携』する。

それは別だ。


そして木の上の一体が。

ニヤリ。

と笑う。


頭上からの投石がさらに激しさを増す。


レイナは剣を振るい、猛烈な勢いで降ってくる石を的確に叩き落とした。


だが、一発一発の狙いが妙に正確だった。


力任せにこちらを殺しにきているのではない。


進む方向を制限するように、逃げ道を少しずつ削り取るように、計算された石が容赦なく降ってくる。


「おい、エリック! 下がれ!」


「下がってるよ! でも、そっちの茂みからも気配がする!」


大木の陰からエリックが必死に声を張り上げる。


レイナは襲いかかる石をいなしながら、周囲の状況を鋭く見つめた。


頭上から降り注ぐ正確な投石。そして、左右の薄暗い藪から漏れ聞こえる、わずかな足音。


(……待て)


レイナの脳裏に、強烈な違和感が走る。


やはり、ただ暴れているのではない。


まるで、自分たちを特定の方向へ走らせようと、外側から完璧にコントロールしているような布陣だった。


(囲みを狭められている……? あいつら、私たちを奥へ追い込もうとしているのか……!?)


戦術的な意図を感じ、背中を冷たいものが駆け抜ける。


どれだけ鋭い踏み込みを見せようとしても、絶妙なタイミングで頭上から石が飛来し、軸足を止められる。

抗おうとすればするほど、敵の思い通りの位置へ、一歩、また一歩と下がっていった。


ふと、自分の足元が妙に重いことに気づく。


いつの間にか、周囲の土は先ほどよりもさらにズブズブと深く湿り、泥の深さを増していた。

泥濘地でいねいち


一級剣士としての卓越したフットワークを奪う、最悪の足場。


彼らの目的は、最初からこの場所で自分たちを仕留めることではない。この足場の悪い場所へと二人を追い詰めること、それ自体だったのだ。


このまま誘導され続ければ、完全に敵の罠にはまる。


「――舐めるな!」


レイナが泥を強く蹴った。


頭上からの投石を紙一重の動きでかわし、この包囲網の『要』となっている地上のゴブリンへ向けて、最速の突撃を敢行する。

閃光。


レイナの長剣が、指揮を執っていた地上の最後の一体を、一瞬で一刀両断にした。


バタリ。


ゴブリンが倒れる。

その瞬間。

木の上のゴブリンが。

ニヤリ。


「……?」


レイナが眉をひそめる。

普通なら仲間が倒された顔ではない。

むしろ。

目的を達成した顔。

あいつらの狙いは、自分たちを倒すことではなく――ここで「時間稼ぎ」をすることだったのだ。


そして次の瞬間。

残ったゴブリンたちは、追撃を誘うように一斉に森の奥の闇へと消えた。


森に深い静寂が戻る。 


レイナは静かに剣を払った。


だが、その表情はかつてないほどに険しい。


足元には横たわるゴブリンの死体。


しかし、胸の奥に幾度も幾度も這い寄る違和感は、まったく消えてくれなかった。


エリックが大木の陰から、恐る恐る近付いてくる。


「終わった?」


「終わっていない」


即答だった。


「えっ」


「こいつらは異常だ」

レイナは静まり返ったゴブリンの死体を見下ろす。

投石。

連携。

包囲。

誘導。

どれも、知性の低いはずの通常のゴブリンでは絶対にあり得ない。


あるいは、これらすべてが、さらに巨大な『何か』のための時間稼ぎ。


戦闘の最中、何度も肌で感じた感覚があった。

森の奥へ。

奥へ。


こちらを確実に引きずり込もうとする、明確な誘導の意思。


「……新しいダンジョンか」


レイナがぽつりと、小さく呟く。

エリックが嫌そうな顔をした。

「嫌な単語が増えた」

「まだ推測だ」

だが。


推測にしては、あまりにも状況が揃い過ぎていた。

近頃の魔物の増加。

王都でも警戒されている魔王現象。

知性化したゴブリンたちの連携。

そして、この森の異常な静けさ。

バラバラだったはずの不穏な点が、今、すべて一本の線で繋がり始めていた。


レイナはさらにその先、森の奥を見つめる。

暗い。

深い。

陽の光が届かないその深淵は、まるで何かが息を潜めて、自分たちがさらに踏み込んでくるのを待っているかのようだった。


(今日はここまでだ)


もし、自分一人だけの任務なら、このまま突き進んでいただろう。


だが、今は違う。


今回の任務は討伐ではなく、あくまで状況の観測だ。

そして。


これは既に、一級剣士である自分一人の判断で動いていい領域を遥かに越えている。


「戻るぞ」


「賛成だ」

エリックは即答した。


レイナは思わず苦笑する。

その反応だけは、本当に早い。


背を向けて歩き出しながら、レイナは心の中で一つの結論を出した。


(これは一級剣士の任務範囲を超えている)


(場合によっては――)

(第三王女殿下に直接ご足労いただく必要があるかもしれない)


王都の魔導監視網が観測した、かすかな異常。

その正体は。


レイナの想定よりも、遥かに深刻なものかもしれなかった。

第四話前編でした。


ゴブリン戦と言いながら、実質レイナ無双回です。


ただ倒すだけなら一瞬で終わる相手なのですが、今回は少し様子がおかしいゴブリンたちでした。


作者としては、

「弱い敵が知恵を使い始めると怖い」

をやりたかった回でもあります。


そしてレイナはようやく、

「これはちょっと一級剣士だけで処理していい案件じゃないかもしれない」

という結論に辿り着きました。


一方エリックは相変わらずです。


次回は第四話後編。

森から帰還した二人の日常(?)に戻りつつ、少しずつ今回の異変の正体へ近付いていきます。


面白かったら評価・ブックマークなどいただけると励みになります。


それではまた次回。

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