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第三十五話(前編) : 王女殿下、旅立つ

いよいよ、エリシアたちの旅が始まります。


王都を出発する一行を待っていたのは、ちょっと賑やかな新しい仲間たち。


そして、エリックの相変わらずな発想も……。


果たして一行は、無事に目的地へ向かうことができるのでしょうか。


それでは、第35話(前編)をどうぞ。

王都・噴水広場


まだ朝の空気が残る中。


噴水の水音だけが、静かに響いていた。


エリックとボルグの前に、リシェルが立つ。


「エリックさん。」


「ボルグさん。」


リシェルは二人の前へ、小さな包みを差し出した。


「旅の安全を願う、エルフのお守りです。」


「よかったら、持っていてください。」


エリックが受け取る。


「ありがとう。」


包みを眺める。


ボルグも受け取った。


「ありがたいの。」


手の中のお守りを、しばらく眺める。


「こういうものを貰うのは、久しぶりじゃ。」


リシェルは微笑んだ。


そして。


もう一つ。


小さな包みを取り出す。


「エリックさん。」


「ん?」


「もう一つあります。」


「これは?」


「エリシア様の分です。」


「……。」


リシェルは少しだけ申し訳なさそうに笑う。


「直接お渡しできないかもしれませんから。」


「エリックさんから、お渡しいただけますか?」


エリックは包みを受け取る。


「うん。」


「分かった。」


小さな包みを、大切そうに懐へしまう。


リシェルは安心したように頷いた。


「ありがとうございます。」


朝の噴水広場。


それぞれの手には、小さなお守り。


これから始まる旅の無事を願うように。


静かに、水音だけが響いていた。


ボルグがジンを見る。


「……ジン。」


「はい?」


「リシェルさんの言うこと聞いて、ちゃんと働けよ。」


「分かってますよ。」


「うむ。」


「じゃあ、任せたぞ。」


「はい。」


ジンは少しだけ笑った。


「親方も、無理しないでくださいよ。」


「……。」


ボルグが一瞬、黙る。


「ワシはまだまだ現役じゃ。」


「そう言うと思いました。」


ジンが笑う。


ボルグも、ほんの少しだけ笑った。


その時。


遠くから。


――ガラガラガラガラ……。


地面を揺らすような音が近づいてくる。


全員が振り返る。


「……?」


大通りの向こうから。


――ガラガラガラガラ……。


白銀の塔へ向かってくる馬車。


一台。


二台。


三台。


さらに後ろからも続いてくる。


エリックが数える。


「……。」


「一。」


「二。」


「三。」


「……八。」


リシェルが目を丸くする。


「八台……?」


ジンも唖然としている。


「こんなに……?」


ボルグは腕を組んだ。


「何で八台も必要なんじゃ。」


その隣。


レイナだけは、落ち着いていた。


「普通だ。」


「……。」


ボルグが振り返る。


「普通?」


「王女殿下の国外派遣だぞ。」


レイナは馬車を眺める。


「本人が乗る馬車。」


「護衛用。」


「荷物。」


「外交用の物資。」


「予備の馬車。」


「それに近衛騎士もいる。」


「これくらいにはなる。」


エリックが首を傾げる。


「……多い。」


「だから普通だと言ってる。」


「そう。」


エリックは納得したように頷く。


そして。


豪華な馬車が目の前で止まる。


その巨大さに。


エリックがもう一度だけ呟いた。


「……大きい。」


レイナはため息をついた。


「だから王女の旅だって言っただろ。


エリックは、八台の馬車を眺めていた。


「……多い。」


レイナが首を傾げる。


「何が?」


「馬車。」


「まあ、八台だからな。」


エリックは自分のGペン型の杖を見る。


「防壁。」


「……。」


レイナの表情が変わる。


「また張るのか?」


「うん。」


「何枚?」


エリックは少し考える。


「杖調子悪い。」


「……十二?」


「本当は。」


「百枚くらい欲しい。」


レイナが絶句する。


「いや……。」


「そんなに必要か?」


エリックは真顔で頷いた。


「怖い。」


「……。」


「一枚。」


「怖い。」


「二枚。」


「まだ怖い。」


「十枚。」


「ちょっと安心。」


「十二枚。」


「……まあ。」


エリックは杖を見る。


「これが限界。」


レイナは頭を抱えた。


「お前……。」


「一枚でも国宝級なんだぞ。」


「そう?」


「そうだよ!」


エリックは少し考えた。


「でも。」


「壊れたら?」


「……。」


「怖い。」


レイナは何も言えなくなった。


そして。


エリックは馬車を見る。


「構図悪い。」


「車輪強化。」


「移動式。」


「多重。」


「景色。」


「見たい。」


「術式透明化。」


レイナは深いため息を吐いた。


「……結局そこなんだな。」


「うん。」


レイナは改めて一号車を見る。


「一号車は、アタシたちとエリック。」


「それから古代施錠術師のボルグさんと、魔法使いのお二人。」


出発の準備が手際よく進められていく。


その時。


二人の小柄な犬獣人の女性魔法使いが、尻尾を振りながらレイナの前へ歩み出た。


揃って頭を下げる。


「エリシア様を神聖様と崇める《親衛隊》。」


「会員番号五番――ルチアです。」


「会員番号六番――ミーナです。」


「……親衛隊?」


「はい。」


「何だ、それ。」


「神聖様をお守りする隊です。」


「……そうか。」


レイナは二人を見た。


「まあいい。」


「さっさと乗り込め。」


「「はい!」」


二人は揃って馬車へ乗り込んでいく。


レイナはその背中を見送りながら、小さく呟いた。


「……変なのが来たな。」


レイナは二人が乗り込んだのを確認すると、今度は二号車へ視線を向ける。


そして。


その口元に、少しだけ笑みが浮かんだ。


「ギルドからSランク冒険者が派遣されたとは聞いていたが……。」


「まさか、あんたたちとはね。」


二号車の扉が開く。


中から二人の冒険者が顔を出した。


「こちらこそ。」


「こんな名誉ある仕事ができるとは思ってもいなかったぜ、レイナさん。」


「心強い。助かるよ。」


レイナが頷く。


「エリシア様によろしく伝えてくれ。」


「ああ、任せときな。」


二人は気安く笑った。


レイナはそのまま後ろへ視線を向ける。


三号車。


外交官たち。


そして――。


四号車から八号車。


膨大な物資を積んだ馬車が続いている。


「……よし。」


レイナは満足そうに頷いた。


「これなら問題ない。」


そして。


レイナは馬車へ乗り込む前に、リシェルたちへ振り返った。


「リシェル。」


「はい?」


「ジン。」


「はい。」


レイナは森の方へ視線を向ける。


「子どもたち。」


「早めに招待してやってくれよ。」


リシェルが微笑む。


「もちろんです。」


「アスレチックが完成しましたからね。」


ジンも頷いた。


「分かりました。」


「みんな、きっと喜びますよ。」


「……ああ。」


レイナは満足そうに笑った。


「それならいい。」


そして。


「じゃあ、行ってくる。」


「お気をつけて。」


レイナが馬車へ乗り込む。


全員の乗車を確認した門番が、声を上げた。


「出発準備、完了!」


門番が手を上げる。


第三城壁の巨大な門が――。


ゆっくりと開いていく。


ゴゴゴゴゴ……。


その向こう。


城壁の外まで埋め尽くすように、民衆が集まっていた。


「エリシア様ー!」


「お気をつけて!」


「ガルディアまで、どうかご無事で!」


歓声が響く。


一号車の窓が開く。


そこからエリシアが姿を見せた。


「――。」


いつもの柔らかな表情ではない。


背筋を伸ばし。


微笑み。


静かに手を振る。


その姿は。


王国第三王女、エリシア・ルミナス。


完全に「王族」だった。


レイナがそれを見て、少しだけ笑う。


「……やっぱり、こういう時は王女殿下だな。」


白銀の塔が、少しずつ遠ざかっていく。


やがて。


その姿が見えなくなった。


「…………。」


エリシアは窓の外を眺めていた。


そして。


「ふぅーーーー……。」


大きく息を吐く。


「疲れました……。」


レイナが苦笑する。


「お疲れ様でした、王女殿下。」


「もう。」


エリシアが肩の力を抜く。


「ここまで来たら、いつもの私でいいでしょう?」


「まあな。」


すっかり、いつものエリシアに戻っている。


その時。


エリックが懐から、小さな包みを取り出した。


「エリシア。」


「はい?」


エリックが差し出す。


「これ。」


「……?」


エリシアが受け取る。


「何ですか?」


「リシェルから。」


「……。」


エリシアが目を丸くする。


「リシェルから?」


「うん。」


「エリシアの。」


「旅の無事。」


エリシアは、そっと包みを開いた。


中から出てきたのは――。


小さな手作りのお守り。


しばらく。


エリシアは何も言わなかった。


指先で、そっとお守りを撫でる。


「……リシェル。」


小さく呟く。


「私に渡せないかもしれないから……。」


エリックが頷く。


「託された。」


エリシアはお守りを胸元で握る。


そして。


「……嬉しい。」


柔らかな笑顔。


「旅の無事を祈って、作ってくれたのね。」


「うん。」


エリシアは大切そうにお守りをしまう。


「ありがとう、エリックさん。」


「うん。」


馬車は静かに進んでいく。


白銀の塔は、もう見えない。


王女としての旅立ちは、すでに始まっている。


そして。


エリシアは――。


いつものエリシアに戻っていた。

今回から、いよいよエリシアたちの旅が始まりました。


そして、新キャラのルチアとミーナも登場です。


エリシアを「神聖様」と崇める《親衛隊》。


……会員番号五番と六番。


この二人、たぶん普通の魔法使いでは終わりません(笑)


そしてエリック。


馬車で景色を楽しみたい。


でも、魔物に襲われるのは怖い。


ならば――防壁を張ればいい。


しかも、移動式。


次回は、そんなエリックの防壁が実際にどんなものなのか、ちょっとした実演があります。


果たして、二人の新米魔法使いたちは何を目撃することになるのか。


次回もお楽しみに。

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