第三十四話(後編) : 誕生日の贈り物と旅立ち
今回は、ジンの誕生日。
ボルグ、リシェル、エリックから、それぞれの贈り物が届けられます。
では――レイナは?
果たしてレイナは、ジンにプレゼントを渡すことができたのでしょうか。
そして、物語は次の旅へと動き始めます。
ぜひ最後までお楽しみください。
リシェルが、そっと小さな包みを取り出した。
「ジンさん。」
「はい?」
「これを。」
ジンが目を瞬く。
「……俺に?」
「はい。」
リシェルは微笑んだ。
「ボルグさんから聞きました。」
「お誕生日、おめでとうございます。」
「……。」
ジンの動きが止まった。
「……誕生日?」
「はい。」
「今日……?」
「そうですよ。」
ジンは包みを見つめる。
「……。」
そんな話。
聞いていない。
今年は何もないと思っていた。
それどころか。
親方のところへ来てから三年。
誕生日らしいことなんて、ほとんどなかった。
「……開けても?」
「もちろんです。」
ジンが、ゆっくり包みを開く。
中から出てきたのは――。
エルフ特有の細かな装飾が施された、小さなお守りだった。
「……綺麗だ。」
「旅のお守りです。」
「これから先も、無事でいられるように。」
ジンはしばらく言葉を失った。
「……ありがとうございます。」
少しだけ声が震える。
その横で。
レイナは黙っていた。
「……。」
また一つ。
リシェルまで。
自分には、まだ何もない。
レイナは膝の上で手を握った。
「……。」
ジンが、お守りを大切そうに握りしめている。
「ありがとうございます。」
リシェルが微笑む。
「大切にしてくださいね。」
「はい。」
その隣から。
エリックが立ち上がった。
「ジン。」
「はい?」
エリックは背中に隠していたものを取り出す。
「俺からは。」
「これ。」
ジンが目を丸くする。
「……木刀?」
「うん。」
エリックが差し出したのは、丁寧に削られた一本の木刀だった。
握りやすい柄。
軽く反った刀身。
表面も滑らかに仕上げられている。
「作った。」
「……これを?」
「うん。」
ジンが両手で受け取る。
「ありがとうございます……!」
嬉しそうに木刀を見る。
すると、エリックが少し考えてから続けた。
「あと。」
「ここ。」
木刀の柄を見る。
そこには、小さくエリックのサインが入っていた。
「……サイン?」
「うん。」
ジンが目を見開く。
「これ……俺に?」
「うん。」
「……ありがとうございます。」
ジンは木刀を胸元に抱えた。
その様子を見ながら。
レイナは――。
「……。」
さらに頭を抱えた。
エリックまで、ちゃんと用意している。
残るのは。
「……。」
自分だけだった。
エリックから木刀を受け取ったジンは、何度もそれを眺めていた。
「……大事にします。」
「うん。」
その様子を見ながら。
レイナは黙っていた。
「……。」
ボルグ。
リシェル。
エリック。
みんな、ちゃんと用意していた。
自分だけ。
何もない。
「……。」
レイナは俯いた。
その時。
ふと。
昔の記憶が蘇った。
――孤児院。
まだ幼かった頃。
自分の誕生日。
何をもらったのか。
高価なものじゃなかった。
綺麗な服でも。
立派な玩具でもなかった。
ただ。
誰かが歌ってくれた。
自分のために。
笑いながら。
少し下手くそな歌を。
それでも。
嬉しかった。
胸の奥が、ぽかぽかした。
あの日。
自分は笑っていた。
「……。」
レイナは目を伏せる。
そうだった。
私は――。
「……歌。」
小さく呟いた。
リシェルが振り返る。
「レイナさん?」
「……なんでもない。」
レイナは顔を上げる。
ジンはまだ、もらった木刀を嬉しそうに眺めている。
その姿を見て。
レイナは、ほんの少しだけ笑った。
「……そうか。」
自分にも。
できることがある。
何かを作る必要なんてない。
何かを買う必要もない。
ただ。
あの日、自分がもらったものを。
今度は自分が誰かに渡せばいい。
「……。」
レイナは、そっと息を吸った。
「……ジン。」
「はい?」
ジンが振り返る。
レイナは少しだけ迷った。
けれど。
もう、迷わない。
「私からも。」
「ある。」
「……え?」
ジンが目を瞬く。
レイナは立ち上がった。
「ただし。」
「物じゃない。」
「物じゃない?」
「うん。」
レイナは少し照れたように視線を逸らす。
「昔。」
「私が孤児院にいた頃。」
「誕生日に、歌をもらったんだ。」
ジンは黙って聞いている。
「たいした歌じゃなかった。」
「たぶん、上手くもなかった。」
「でも……。」
レイナは小さく笑う。
「嬉しかった。」
一拍。
「だから。」
レイナはジンを見る。
「私も。」
「歌う。」
「……。」
ジンが驚いた顔をする。
「レイナさんが?」
「そう。」
「歌えるんですか?」
「……。」
レイナの眉がピクリと動く。
「失礼だな。」
リシェルが思わず笑う。
「でも、聞いてみたいです。」
ボルグも腕を組んだまま頷いた。
「うむ。」
エリックはいつものように短く。
「歌。」
「楽しみ。」
レイナは少しだけ頬を赤くした。
「……じゃあ。」
「聞いてくれ。」
そして。
レイナは静かに歌い始めた。
森の家に。
柔らかな歌声が広がっていく。
ジンは何も言わなかった。
ただ。
もらった木刀を抱えたまま。
じっとレイナの歌を聴いていた。
そして――。
歌が終わる。
しばらく。
誰も喋らない。
ジンが俯いた。
「……。」
肩が、ほんの少し震えている。
レイナが不安そうに見る。
「……ジン?」
ジンは顔を上げた。
笑っていた。
けれど。
目には涙が浮かんでいた。
「……ありがとうございます。」
「最高の誕生日です。」
レイナは目を伏せる。
「……そうか。」
小さく笑った。
「なら。」
「よかった。」
翌朝
森の家。
朝。
レイナは一人、荷物をまとめていた。
今日はガルディアへ向かう日。
その前に、レイナは一足先に王都へ戻ることになっている。
エリシアの護衛として、出発前に済ませておくことがある。
剣を腰に差す。
荷物を背負う。
「……。」
昨日までとは違う。
不思議なほど、気持ちが軽かった。
扉を開ける。
その前に。
「レイナさん。」
リシェルが立っていた。
「もう出るんですか?」
「ああ。」
「王都へ戻る。」
「エリシア様のところへ行って、ガルディアへ向かう準備をしないとな。」
「そうですね。」
リシェルは頷く。
そして。
「あの。」
「これを。」
小さな包みを差し出した。
「……?」
レイナが受け取る。
「私に?」
「はい。」
包みを開く。
中に入っていたのは――。
小さな木片。
綺麗に削られている。
けれど。
何の色も塗られていない。
「……これは?」
「お守りです。」
「お守り?」
「はい。」
リシェルは微笑む。
「エルフの風習なんです。」
「誕生日が来たら、その人のために色を塗ります。」
「その年の無事を願って。」
「……。」
レイナは木片を見つめる。
「でも。」
「まだ塗ってないぞ?」
「はい。」
「レイナさんのお誕生日が、まだ来ていませんから。」
「……。」
レイナの手が止まる。
「誕生日が来たら。」
「私が色を塗ります。」
「レイナさんのために。」
「……私のために?」
「はい。」
リシェルは優しく笑った。
「ですから。」
「それまで大切に持っていてくださいね。」
レイナは木片をそっと握る。
「……分かった。」
少しだけ間を置いて。
「大事にする。」
「はい。」
リシェルが頷く。
レイナは木片を懐へしまう。
そして。
「じゃあ、行ってくる。」
「お気をつけて。」
「ああ。」
レイナは歩き出す。
森の家の中。
少し離れた場所に描かれた転移魔法陣。
レイナは、その中央へ立つ。
もう一度だけ。
森の家を振り返る。
リシェルが小さく手を振っている。
レイナも手を上げる。
「……。」
昨日。
自分には何もないと思っていた。
けれど。
今は違う。
歌を贈ることができた。
そして。
自分の誕生日が来たら。
色を塗ってくれる人がいる。
レイナは小さく笑った。
「……楽しみだな。」
そう呟いて。
「じゃあな。」
淡い光が、足元から広がっていく。
魔法陣がゆっくりと輝きを増す。
「……。」
レイナは懐に手を入れる。
そこには。
まだ色の塗られていない、小さな木片。
そっと握りしめる。
「……。」
その顔には。
もう迷いはなかった。
次の瞬間。
転移魔法陣が、眩い光を放つ。
レイナの姿が、光の中へ消えていった。
森には。
朝の静けさだけが残った。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回はジンの誕生日でした。
ボルグ、リシェル、エリックから、それぞれ違った形で贈り物が届きました。
そしてレイナ。
何を贈ればいいのか悩んでいた彼女が、最後に思い出したもの。
昔、自分がもらって嬉しかったものを、今度は誰かに贈る。
そんな誕生日になりました。
そしてレイナにも、まだ少し先の楽しみができました。
次回から、いよいよガルディアへ向けた旅が始まります。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。




