第三十四話(前編):それぞれの贈り物
アスレチック建設も、いよいよ大詰め。
その裏では、ジンの誕生日を祝うための準備も進んでいました。
ボルグ、リシェル、そしてエリック。
それぞれが、それぞれの方法で贈り物を用意していきます。
そして――。
何も用意できていないレイナ。
果たして、レイナは何を贈るのでしょうか。
今回は、そんな「三年分の誕生日」のお話です。
それでは、第三十四話(前編)をどうぞ。
アスレチック建設・五日目――夕方
作業を終えたレイナは、リシェルの部屋を訪ねていた。
コンコン。
「リシェル。」
「はい。どうぞ。」
扉が開く。
リシェルは机に向かっていた。
「どうしました?」
「……相談がある。」
レイナは少しだけ息を吐いた。
「ジンのことなんだ。」
「はい。」
「誕生日のことですね。」
「……ああ。」
レイナは困ったように頭を掻く。
「でも、私には何も作れない。」
「剣くらいなら作れるかもしれないが……。」
「それ以外はさっぱりだ。」
リシェルは少し考える。
そして。
「では。」
「王都へ行くのはどうでしょう?」
「王都?」
「転移魔法陣がありますよね。」
「一度王都へ戻って。」
「ジンさんに似合いそうなものを探してくるんです。」
「……。」
レイナは黙った。
それは確かに簡単だった。
王都へ行けば店はいくらでもある。
服。
装飾品。
道具。
食べ物。
贈り物になるものだって、いくらでも見つかる。
「……それなら。」
レイナが呟く。
「すぐ見つかるだろうな。」
「はい。」
「でも。」
「……。」
レイナは首を横に振った。
「それじゃ駄目な気がする。」
「駄目?」
「ああ。」
「なんとなくだが。」
レイナ自身にも、うまく説明できない。
「王都で買ったものを渡して。」
「はい、誕生日おめでとう。」
「それだけじゃ……。」
言葉が止まる。
「三年間、何もしてやれなかったって聞いたから。」
「だからこそ。」
「何か……。」
レイナは自分の手を見る。
「自分で何かしてやりたい。」
リシェルは静かに微笑んだ。
「……そうですか。」
「笑わないのか?」
「笑いませんよ。」
少しだけ間を置いて。
「きっと、何か見つかりますよ。」
「この森には、王都にはないものがたくさんありますから。」
「……。」
レイナは窓の外を見る。
巨大な木々。
蔓。
石。
魔境の森。
「何か……か。」
「はい。」
「焦らなくても大丈夫です。」
リシェルは机の上へ視線を落とす。
「まだ時間はありますから。」
レイナは小さく頷いた。
「……そうだな。」
「もう少し考えてみる。」
扉へ向かう。
そして。
「リシェル。」
「はい?」
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
レイナが部屋を出る。
その背中を見送りながら、リシェルは小さく笑った。
「……きっと見つかりますよ。」
レイナにしか渡せない何かが。
十日目。
昼過ぎ。
レイナは自分の部屋で、一人悩んでいた。
「……。」
机の上には、何もない。
何か作ろうと思った。
だが。
剣しか扱ってこなかった自分に、手作りできるものなど思いつかない。
王都へ行って買うことも考えた。
けれど。
「……違う気がする。」
その時。
コンコン。
扉が叩かれた。
「レイナ。」
エリックの声。
「入っていい?」
「……ああ。」
扉が開く。
エリックが入ってくる。
その手には――一本の木刀。
「……それは?」
「ジン。」
「……。」
レイナの目が止まる。
エリックは木刀を差し出した。
「作った。」
「十日もあるから。」
「少しずつ。」
「形。」
木刀を眺める。
「どう?」
「……どうって。」
レイナは受け取る。
手に馴染む。
重すぎず。
軽すぎない。
握りも丁寧に削られている。
「……いいと思う。」
「本当?」
「ああ。」
「じゃあ、これでいい。」
エリックは頷く。
そして。
「あと。」
「サイン。」
「入れる。」
「……。」
レイナは固まった。
「サイン?」
「うん。」
「俺の。」
「ジン、好きそう。」
「……。」
レイナは木刀を見つめる。
その瞬間。
自分の胸の奥が、ズキッと痛んだ。
「……エリック。」
「ん?」
「お前。」
「もう……作ったのか。」
「うん。」
あっさり。
「毎日。」
「少しずつ。」
「アスレチック作りながら。」
「……。」
レイナは黙る。
自分は十日間。
何もできていない。
いや。
違う。
剣なら振れる。
魔物なら斬れる。
だが。
大切な誰かに贈るものを作る。
それだけができない。
「……そうか。」
エリックは首を傾げる。
「レイナ。」
「何?」
「ジン。」
「喜ぶ?」
「……。」
机の上に、一枚の紙が置かれていた。
木刀の絵。
その隣に――。
『ジン用・誕生日』
と書かれている。
その下には、何度も描き直した跡。
「……。」
レイナはしばらく、その紙を見つめていた。
(……十日間。)
(こいつ、本当にずっと考えてたのか。)
レイナは木刀を握りしめた。
「……喜ぶと思う。」
「じゃあ、よかった。」
エリックは満足そうに頷いた。
「じゃあ。」
「戻る。」
「うん。」
扉が閉まる。
一人になったレイナは、しばらく木刀を見つめていた。
「……十日。」
小さく呟く。
「あと二日しかない。」
そして。
「……私。」
「何を贈ればいいんだ。」
アスレチック建設――最終日
そして。
十二日目。
最後の作業日。
朝から魔境の森は、いつもとは違う騒がしさに包まれていた。
「そこじゃ!」
ボルグの声が響く。
「もう少し右じゃ!」
「ここですか、親方!」
ジンが木材を運ぶ。
「そうじゃ!」
レイナもその横で蔓を引っ張る。
「こっちを固定するぞ!」
「分かりました!」
リシェルが手をかざす。
淡い緑の光。
森の蔓がゆっくりと動き、木々の間へ伸びていく。
「もう少し上です。」
「こうか?」
「はい。そこです。」
一方。
エリックは少し離れた場所で、地面に魔法陣を描いていた。
「柔らかく。」
淡い光が地面へ広がる。
ふわり。
土が沈み込み、転んでも大怪我をしにくい柔らかな地面へ変わっていく。
「完成。」
「……完成って、お前はそれだけか。」
レイナが呆れる。
エリックは首を傾げる。
「魔法。」
「便利。」
「便利すぎるんだよ……。」
その後ろでは。
巨大な木製の滑り台。
何本もの蔓を使ったターザンロープ。
木と木を繋いだ吊り橋。
丸太を組んだ迷路。
登って遊べる巨大な木造遊具。
そして。
少し高い場所には、小さなツリーハウス。
さらにその奥には――。
「……これ、子ども向けか?」
ジンが呟く。
ボルグが胸を張る。
「もちろんじゃ。」
「ただし。」
「大人も遊べる。」
「ですよね。」
ジンが苦笑する。
その横でレイナが吊り橋を確認する。
「揺れは?」
「問題ない。」
「蔓の固定は?」
「問題ありません。」
「落ちた場合の地面は?」
「エリックが柔らかくした。」
「よし。」
レイナが頷く。
最後の安全確認。
全員で一つずつ確認していく。
そして。
最後の木材が取り付けられた。
カンッ。
ボルグが木槌を置く。
「……終わった。」
誰もすぐには喋らなかった。
十二日間。
毎日。
少しずつ作ってきた。
最初はただの遊具だった。
それが。
森そのものを利用した巨大な遊び場になっていた。
リシェルが周囲を見渡す。
「……すごいですね。」
ジンも呟く。
「これ、本当に孤児院の子どもたちが遊ぶ場所なんですか?」
エリックは完成したアスレチックを眺める。
「うん。」
「楽しい。」
レイナも笑った。
「……ああ。」
「きっと喜ぶ。」
ボルグが腕を組む。
「明日、連れてくればいい。」
「子どもらの声が響けば、もっと良くなるじゃろ。」
エリックは頷いた。
そして。
ふと、空を見る。
「明日。」
「出発。」
「うん。」
ガルディアへ向かう日。
その前に。
もう一つ。
やることがある。
エリックは何も言わなかった。
リシェルも。
ボルグも。
レイナも。
誰もジンには何も言わなかった。
ただ。
レイナだけが一瞬、森の奥を見た。
「……。」
そして小さく息を吐く。
「よし。」
何をするのか。
それを知っているのは――。
まだ、ほんの数人だけだった。
最終日の夜
森の家。
長かったアスレチック作りも、ようやく終わった。
夕食の時間。
ジンはいつものように席についた。
「今日は疲れましたね。」
「うむ。」
ボルグは短く答えた。
エリックも。
「疲れた。」
リシェルも笑う。
「本当に大変でしたね。」
レイナも席につく。
「まあ、明日からは少し楽になるだろ。」
「ガルディアまで行くんですから、そうでもないでしょう。」
「……それもそうか。」
ジンが笑う。
いつもの夕食。
そう思っていた。
けれど。
ボルグが立ち上がった。
「ジン。」
「はい?」
「これを食え。」
テーブルに置かれたのは――。
いつものパンとは、少し違う。
焼き色のついた、手作りのパン。
ジンが目を瞬く。
「……これ。」
「ワシが焼いた。」
「親方が?」
「うむ。」
ボルグはそっぽを向く。
「まだ完璧ではない。」
「少し焦げた。」
「形も悪い。」
「じゃが――」
一拍。
「食え。」
ジンはパンを見つめる。
「……いただきます。」
一口。
「……。」
ボルグがちらりと見る。
「どうじゃ。」
「美味しいです。」
「そうか。」
それだけ。
けれど。
ボルグの口元が、ほんの少し緩んだ。
ジンはパンをもう一口食べる。
「親方。」
「なんじゃ。」
「ありがとうございます。」
「……。」
ボルグは答えなかった。
ただ。
「まだある。」
とだけ言った。
そして。
レイナは、その様子を静かに見ていた。
自分の番は――まだ。
リシェルも、そっと部屋の隅を見る。
エリックも何も言わない。
ジンだけが、まだ気づいていない。
そして。
エリックが小さく呟く。
「……。」
「次。」
ボルグは、ちゃんと用意した。
リシェルも。
エルフに伝わる、手作りのお守りを作っている。
エリックも。
みんな、それぞれ。
「……。」
レイナは膝の上で手を握った。
私は、何をすればいい。
何かしてやりたい。
でも。
何を贈ればいいのか、分からない。
「……困った。」
レイナは小さく頭を抱えた。
その向かいでは。
ジンが何も知らずにパンを食べている。
「親方。」
「ん?」
「本当に美味しいです。」
「そうか。」
ボルグは素っ気なく答える。
「なら、もっと食え。」
「はい。」
ジンは嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て。
レイナは、また黙り込む。
「……。」
リシェルはお守り。
ボルグはパン。
エリックも何かを作っている。
「……。」
何か。
何かしてやりたい。
けれど。
「……。」
やっぱり、思いつかない。
「……王都で買っておけば良かった。」
レイナは、心の底からそう思った。
あの時なら。
まだ間に合った。
服でも。
道具でも。
何か適当なものでも。
少なくとも――。
何もない今よりは、ずっとマシだった。
レイナは小さく息を吐いた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
今回はアスレチック建設と並行して、ジンの誕生日サプライズが少しずつ形になっていくお話でした。
ボルグは手作りパン。
リシェルはエルフのお守り。
そしてエリックまで、まさかの木刀を準備。
しかも、サイン入り。
レイナからすれば、
「……お前まで用意してるのかよ」
という状態ですね(笑)
しかもエリックの場合、ただのサインでは終わらない可能性があるのが怖いところ。
演出魔法まで使えるかもしれません。
そして、どんどん追い込まれていくレイナ。
果たして彼女は、ジンに何を贈るのか。
後編では、そこを中心に描いていきたいと思います。
もし「続きが気になる」「レイナの贈り物が気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。




