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第三十二話(後編):ガルディア行きを懸けた釣り大会

五十九階層で冷蔵庫を完成させたエリック。


そして翌日。


六十階層の謎を調べる……はずでした。


ところが。


ガルディア行きのメンバーを決めるため、なぜか始まったのは――釣り大会。


果たして、誰がガルディアへ行くことになるのか。


そして、誰が森に残ることになるのか。


……魚を相手に、本気の戦いが始まります。

翌朝。


王都・噴水広場。


エリック、リシェル、ボルグ、ジンが転移魔法陣の前に集まっていた。


少し離れた場所には、レイナが立っている。


「……。」


妙に意味ありげな顔だった。


エリックが首を傾げる。


「レイナ。」


「来たか。」


「どうした?」


「エリシア様から連絡があった。」


「ガルディアへ向かう準備に、十二日ほどかかるらしい。」


「十二日。」


エリックは少し考える。


「じゃあ。」


「歩いて行く?」


「……。」


レイナが無言でエリックを見る。


「何?」


「いや。」


「お前、本当にそういうところだな。」


リシェルが小さく笑う。


「エリックさんにとっては、少し遠い旅くらいの感覚なんでしょうね。」


「うん。」


レイナは苦笑した。


「まあ、普通ならそう考えるよな。」


「だがな。」


「王女が国外へ出向くっていうのは、ちょっとした冒険旅行とは違う。」


「国を代表して行くんだ。」


「相手国への挨拶もある。」


「国境を越えるための書類も必要だ。」


「護衛や馬車の手配もある。」


「だから、準備だけで十二日くらいかかるらしい。」


エリックは少しだけ目を丸くする。


「……大変。」


「そういうことだ。」


「エリシア様は?」


「王城で準備中だ。」


「今日は来ない。」


「そう。」


エリックは少し考える。


「じゃあ。」


「森。」


「帰る?」


レイナは苦笑した。


「それがいいだろうな。」


リシェルも頷く。


「十二日も王都で待つ必要はありませんからね。」


エリックは頷いた。


「山羊。」


「畑。」


「卵。」


「やる。」


少し考える。


「魚。」


レイナが眉を寄せる。


「魚?」


「大会。」


「……。」


レイナは呆れたように笑った。


「十二日後には外交使節だぞ。」


「うん。」


「その前に釣り大会か。」


「うん。」


「……まあ、お前らしいな。」


リシェルが、ふと思い出したように口を開く。


「ところで。」


「みんなで旅に出るとなると……。」


少しだけ周囲を見回す。


「この森の管理は、誰がするんですか?」


エリックが首を傾げる。


「管理?」


「山羊や鶏の世話。」


「残っている作物の刈り取り。」


「畑の確認も必要ですよね。」


リシェルは少し考える。


「少なくとも、二人くらいは残った方がいいと思うのですが。」


「確かにな。」


レイナも頷く。


「誰もいなくなるわけにはいかないか。」


全員の視線がエリックへ集まる。


「エリック。」


「どうするつもりだ?」


エリックは少し考えた。


そして。


「釣り大会。」


「……。」


レイナが固まる。


「釣り大会で決める。」


「釣り大会で?」


リシェルが聞き返す。


「うん。」


エリックは当然のように頷く。


「一番デカいやつ。」


「釣った人から。」


「ガルディアへ行く。」


「……は?」


レイナが目を見開く。


「私はエリシア様の護衛をしなきゃならないんだが。」


「関係ない。」


「いや、関係あるだろ!」


レイナが即座に突っ込む。


ボルグも口を挟む。


「ワシは、師匠に六十階層の扉を開けるためのヒントをもらいに――」


「関係ない。」


「……。」


ボルグが黙る。


「行きたいなら。」


エリックは釣り竿を見つめる。


「勝てばいい。」


「何を基準にしてるんだ、お前は……。」


ジンが呆れたように呟く。


リシェルは苦笑しながら、エリックを見る。


「でも、エリックさんはガルディアへ行く必要がありますよね?」


「杖を直してもらう必要もありますし。」


「杖。」


エリックは自分のGペン型の杖を見る。


少し考える。


「杖は。」


「勝った人に託す。」


「…………。」


全員が沈黙する。


レイナがゆっくりと口を開く。


「お前。」


「自分が何を言っているのか、分かっているのか?」


「分かってる。」


「本当に?」


「うん。」


エリックは頷く。


そして。


「面白い。」


「釣り大会。」


「お前……。」


レイナは頭を抱えた。


リシェルは小さく笑う。


「つまり。」


「釣り大会で順位を決めて。」


「上位の人からガルディアへ行く。」


「そう。」


エリックは頷く。


「負けた二人は。」


「森に残る。」


一瞬。


全員が顔を見合わせる。


そして。


エリックが静かに言った。


「決まり。」


「「はぁ!?」」


森へ帰る前から。


ガルディア行きの人員が。


釣りで決まり始めていた。


森へ戻ることになった翌日。


川辺。


エリックたちは、朝から釣り竿を並べていた。


エリック。


リシェル。


ボルグ。


ジン。


そして、レイナ。


レイナは全員を見回すと、腕を組んだ。


「これより。」


「第一回――釣り大会を始める。」


「……。」


エリックが川を見る。


「魚。」


「いる?」


「いるだろ。」


レイナが即答する。


「川なんだから。」


「なるほど。」


エリックは釣り竿を握った。


レイナは全員を見渡す。


「ルールは簡単だ。」


「制限時間内に釣った魚の中で、一番大きい魚を釣った者が勝ち。」


「順位の上位三名がガルディアへ同行する。」


「そして。」


少し間を置く。


「負けた二名は、この森に残る。」


リシェルが頷く。


「山羊や鶏の世話。」


「残った作物の収穫。」


「畑の管理。」


「誰かが残らないといけませんからね。」


ジンも頷く。


「確かに。」


ボルグは鼻を鳴らした。


「ワシはガルディアへ行かねばならん。」


「師匠に聞きたいことがあるからの。」


レイナも釣り竿を握り直す。


「私も負けられない。」


エリシア様の護衛として同行する。


そのためにも。


絶対に勝つ。


一方。


エリックは川を見ながら呟いた。


「……杖。」


リシェルが振り返る。


「杖を直してもらいたいんじゃないんですか?」


「うん。」


エリックは自分のGペン型の杖を見る。


「直したい。」


「でも。」


少し間。


「森にもいたい。」


リシェルが苦笑する。


「じゃあ、勝つ気はあるんですか?」


「ある。」


「どっちなんです?」


「……釣れた方。」


「それはそうでしょうけど。」


レイナが手を叩いた。


「それでは!」


「開始!」


一斉に。


釣り糸が川へ飛んだ。


ぽちゃん。


静かな水面。


「……。」


「……。」


「……。」


誰も喋らない。


時間だけが過ぎていく。


最初に動いたのはボルグだった。


「来たぞ!」


竿が大きく曲がる。


「ぬおおおおっ!」


ボルグが力いっぱい引き上げる。


バシャッ!


水面から魚が飛び出した。


「よし!」


ジンが覗き込む。


「結構大きい。」


レイナが測る。


「三十二センチ。」


「まずまずだな。」


ボルグが満足そうに頷いた。


「これなら上位には入るじゃろ。」


その隣。


ジンの竿も動いた。


「……来た。」


「え?」


ジンが静かに竿を上げる。


こちらも二十五センチを超えていた。


「二十六センチ。」


「おお。」


リシェルが拍手する。


「みんな順調ですね。」


レイナは自分の竿を見る。


「……。」


まだ何も来ていない。


エリックも。


「……。」


来ない。


リシェルも。


「……。」


来ない。


時間が進む。


「……。」


レイナは水面を睨んだ。


「なぜだ。」


「魚はいるはずだろ。」


エリックが答える。


「いる。」


「見えてる?」


「いない。」


「じゃあ分からないだろ。」


「気配。」


「気配で魚が分かるのか?」


「たぶん。」


「たぶんか……。」


さらに時間が過ぎる。


ジンがまた一匹。


ボルグも一匹。


そして。


リシェルの竿が動いた。


「来ました!」


「おお!」


リシェルが慎重に引き上げる。


「二十八センチ。」


レイナが測る。


「二十八センチ。」


「これなら……。」


リシェルが嬉しそうにエリックを見る。


だが。


エリックの竿は沈黙している。


「エリックさん。」


「うん。」


「まだ釣れてませんね。」


「うん。」


「……。」


そして。


残り時間。


あとわずか。


エリックの竿が。


ピクッ。


「……。」


エリックが竿を上げる。


「釣れた。」


小さな魚だった。


レイナがちらりと見る。


「……それだけか?」


「うん。」


「まあ……釣れただけいいか。」


リシェルも魚を確認する。


「二十八センチくらいですね。」


「うん。」


エリックは魚を見つめる。


「食べられる。」


レイナの魚籠だけが、空だった。


「……。」


レイナは水面を睨んだ。


まずい。


まずすぎる。


このまま一匹も釣れなかったら――。


ふと、エリックを見る。


「……。」


あいつのことだ。


きっと平然と、


『約束。』


とか言う。


そうなったら。


森から出られない。


魔法で拘束される。


たぶん、即座に。


「……。」


レイナの額に汗が浮かぶ。


そうなったらどうなる?


ガルディアへの同行どころか、エリシア様の護衛すらできない。


いや。


それだけじゃない。


エリシア様に怒られる。


……いや。


そんなものでは済まない。


王女の護衛を任されている一級戦闘認定剣士が、


「釣り大会に負けて森に残りました」


などと報告できるわけがない。


国王陛下の耳にも入る。


「……。」


レイナの顔が引きつる。


まずい。


間違いなく怒られる。


いや。


怒られるだけならまだいい。


「首……。」


ぽつり。


「首が飛ぶ。」


「レイナさん?」


リシェルが怪訝そうに見る。


「なんでもない。」


レイナは即座に答えた。


違う。


絶対に負けられない。


相手は魚。


剣も魔法も通じない。


だが。


ここで負ければ――。


自分の人生が終わる。


レイナは釣り竿を強く握り直した。


「……魚。」


「頼む。」


「来てくれ。」


その隣で。


エリックは川を眺めていた。


「……。」


レイナの様子を見て、首を傾げる。


「レイナ。」


「何?」


「怖い?」


「……。」


レイナは答えなかった。


怖い。


魚が。


これほど恐ろしい敵に見えたことはない。


レイナは竿を握りしめた。


「お願いだ。」


「……。」


周囲が静かになる。


レイナは川へ向かって、小さく呟いた。


「魚さん。」


「一匹でいい。」


「頼む。」


「私の餌を……。」


「食べてくれ。」


リシェルが目を丸くする。


「レイナさん。」


「今、魚にお願いしました?」


「黙れ。」


「はい。」


レイナは真剣そのものだった。


その時。


ピクッ。


竿先が動いた。


「……!」


レイナの目が見開かれる。


「来た!」

今回は、かなりスローライフ寄りのお話になりました。


五十階層のゴーレム戦から始まり、古代文明の謎、六十階層の封印扉。


そこから冷蔵庫を作って、アイスを食べて、翌日は釣り大会。


……エリックらしいと言えば、エリックらしいですね。


そして一番苦労しているのがレイナ。


ゴーレムよりも強敵だったのは、まさかの「魚」。


最後は無事に魚が食いついてくれましたが――


「私の餌を……食べてくれ」


と魚にお願いするレイナを書いている時、作者もちょっと笑ってしまいました。


次回、レイナの運命を決める一匹が――来ます。

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