第三十二話(前編):第三王女の決意
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、王都へ戻ったエリシアが家族と向き合うお話です。
魔鏡の家では、すっかりエリックの料理に興味津々だったエリシア。
ですが、王城へ戻れば彼女は第三王女です。
家族との食卓で語られる、魔王現象。
ダンジョン攻略。
そして、ドワーフ王国ガルディア。
これまで研究室の中で追い続けていたものが、少しずつ現実の世界へ繋がっていきます。
そしてエリシアは、自分の意思で父王へ願い出ます。
「ガルディアへ行かせてください。」
果たして、第三王女の願いは届くのか。
そして、その先で待っているものとは――。
それでどうぞ。
王城。
魔鏡の家から転移魔法陣を使い、戻ってきたエリシアは、その夜、家族と食卓を囲んでいた。
長い食卓。
その周囲には、数名の執事とメイドが控えている。
正面には父である国王オーガスト。
その隣には王妃ヴェロニカ。
そして、二人の兄。――第一王子ヴァルターと第二王子テオ。
エリシアは静かに食事を口へ運んでいた。
「エリシア。」
ヴェロニカが優しく声を掛ける。
「はい。」
「身体の方は大丈夫ですか?」
「はい。問題ありません。」
「そう。」
ヴェロニカは小さく頷く。
それ以上は何も言わない。
ただ、娘の顔を一度だけ確認するように見つめた。
その隣。
第一王子ヴァルターが口を開いた。
「それで。」
「魔王現象の研究は進んだのか?」
エリシアは少しだけ顔を上げる。
「はい。」
「少しずつですが。」
ヴァルターは優しく笑った。
「そうか。」
「お前は昔から、そればかりだな。」
からかうような言葉。
だが、悪意はない。
エリシアも慣れたように微笑む。
「好きですから。」
「知っている。」
ヴァルターは笑った。
「だがな。」
少しだけ真面目な表情になる。
「魔王現象を止めるなら、やはり王都のダンジョン攻略が最も確実だ。」
エリシアは黙って聞いていた。
ヴァルターは続ける。
「この国の者だけではない。」
「他国からも冒険者を集めている。」
「少しずつでも階層を進み、最深部へ到達する。」
「それこそが、魔王現象を消滅させる一番の近道だ。」
国中の多くが、そう考えている。
いや。
今では他国の冒険者たちでさえ、その考えを信じている。
エリシアは静かにスプーンを置いた。
「……そうですね。」
否定はしない。
第一王子ヴァルターはそんな妹を見て、また微笑んだ。
「まあ、お前は研究の方が性に合っているか。」
「無理に前へ出る必要もない。」
その言葉には、妹を気遣う優しさがあった。
一方。
第二王子テオが口を挟む。
「だが、ダンジョン攻略だけではな。」
ヴァルターが視線を向ける。
「お前は相変わらず慎重だな。」
「慎重で何が悪い。」
ヴァルターは淡々と答える。
「二百年前。」
「勇者一行が挑んでも、最深部へは届かなかった。」
「それから二百年。」
「誰一人として、魔王現象の根源へ辿り着いていない。」
エリシアは黙って聞いている。
「ならば。」
テオは杯を置く。
「国そのものを強くするべきだ。」
「軍備。」
「交易。」
「他国との同盟。」
「外交。」
「一つの方法に賭ける必要はない。」
テオは、エリシアを見る。
「研究も同じだ。」
「いつまでも机の上だけでは、何も変わらない。」
その声には、兄としての優しさはなかった。
エリシアは少しだけ目を伏せる。
昔からそうだった。
兄は、自分にだけ厳しい。
「ところで。」
テオは思い出したように口を開く。
「俺が十四の頃は、隣国の式典へ出向いたな。」
ヴァルターが笑う。
「私は十三の時には、すでに北方領の視察へ行っていたぞ。」
「そうだったな。」
「お前もそろそろ、どこかへ出向いてみてはどうだ?」
エリシアは少しだけ困ったように笑う。
「私が……ですか?」
「ああ。」
テオは平然と答える。
「第三王女として、いつまでも研究室に籠もっているわけにもいかないだろう。」
少し間。
「まあ。」
「研究馬鹿のお前には、無理かもしれないが。」
エリシアの手が止まる。
「……。」
ヴァルターが苦笑する。
「おい。」
「妹をからかうな。」
「からかってはいない。」
テオは真顔だった。
「事実を言っただけだ。」
エリシアは小さく息を吐いた。
「……そうですね。」
笑ってみせる。
けれど。
その言葉が、胸の奥に残った。
――いつまでも研究室に籠もっているわけにもいかない。
その言葉だけが。
不思議と消えなかった。
食事が終わりに近づく。
王妃が静かにエリシアを見る。
「エリシア。」
「はい。」
「少し、疲れていませんか?」
「……大丈夫です。」
王妃はそれ以上何も聞かなかった。
ただ。
小さく頷いた。
エリシアは俯き、静かに息を吐く。
そして。
心の中で呟いた。
「……お父様は。」
「きっと心配される。」
幼い頃より、そうだった。
少し転んだだけでも。
少し熱を出しただけでも。
いつも心配してくれた。
だから。
今回もきっと。
簡単には許してくれない。
エリシアは、そっと目を閉じる。
「……。」
「どうすれば。」
「お父様を説得できるのでしょう。」
その答えは。
まだ見つからなかった。
食事が終わりに近づいていた。
食器を片付ける音だけが、静かな食堂に響いている。
エリシアは、黙って父を見ていた。
先ほどの言葉。
――そろそろ、お前にも何らかの成果を見せてもらう必要があるのではないか。
その言葉を。
待っていた。
国王は娘の視線に気付き、ゆっくりと顔を上げる。
「……エリシア。」
「はい。」
「何か言いたそうだな。」
エリシアは小さく息を吸った。
「お父様。」
「お願いがあります。」
国王は黙って聞く。
「ドワーフ王国――ガルディアへ。」
「私を行かせてください。」
一瞬。
食堂の空気が止まった。
第一王子ヴァルターが目を見開く。
第二王子テオも、手にしていた杯を静かに置いた。
王妃だけは何も言わず、娘を見つめている。
国王は、しばらく黙っていた。
「……ガルディアか。」
「はい。」
「なぜだ?」
エリシアは迷わなかった。
「魔王現象の研究です。」
「それだけではないだろう。」
父親の声だった。
エリシアは少しだけ目を伏せる。
「……はい。」
「エリックさんの杖。」
「そして、五十九階層の封印扉。」
「その二つには、何らかの関係がある可能性があります。」
ヴァルターが口を挟む。
「五十九階層……。」
「以前から調査していた封印か。」
「はい。」
エリシアは頷いた。
「そして、その封印に関わる可能性がある人物が。」
「ドワーフのガルフィという人物です。」
その名前に。
テオの表情が僅かに変わった。
「ガルフィ?」
「聞いたことがあるのか?」
「名前だけだ。」
「だが、ドワーフの鍛冶師としてはかなり古い時代の人物だったはずだ。」
エリシアは頷く。
「ボルグさんの師匠だそうです。」
「……。」
今度こそ。
二人の兄が黙った。
国王も、ゆっくりと椅子へ背を預けた。
「なるほどな。」
そして。
ヴァルターが考え込むように呟いた。
「しかし、ガルディアには別の意味もある。」
エリシアは兄を見る。
「ドワーフ製の武器。」
「そうだ。」
ヴァルターは頷いた。
「王都のダンジョン攻略を進める上で、あれほど欲しいものはない。」
「魔力伝導率。」
「耐久性。」
「加工精度。」
「どれも人間の鍛冶師では再現できない。」
第二王子も続ける。
「だからこそ、我が国は何度も交渉した。」
「……。」
「だが。」
「ことごとく失敗している。」
エリシアは黙って聞いていた。
テオは淡々と話す。
「武器を売ってほしい。」
「技術を教えてほしい。」
「鍛冶師を派遣してほしい。」
「どれも断られた。」
ヴァルターが苦笑する。
「金を積んでも駄目だった。」
「魔石を提示しても駄目。」
「王家の名を出しても、ほとんど効果がなかった。」
国王は静かに目を閉じた。
「ガルディアは、そういう国だ。」
「自分たちの技術を外へ出したがらない。」
「特に武器となれば、なおさらだ。」
エリシアはそこで。
ほんの少しだけ口元を緩めた。
「……だからこそ。」
全員の視線が集まる。
「私が行きます。」
国王が眉を上げる。
「お前が?」
「はい。」
「なぜ、お前なら交渉できると思う?」
エリシアは答えた。
「武器を買いに行くのではありません。」
「魔王現象について。」
「そして、五十九階層の封印について。」
「その調査のために伺います。」
「その結果として。」
「ガルディアとの関係を築ける可能性があります。」
ヴァルターが小さく頷く。
「なるほど。」
テオは腕を組んだ。
「……確かに。」
エリシアは続ける。
「これまでの交渉とは目的が違います。」
「最初から武器を要求するのではなく。」
「同じ問題を抱える国として、情報を交換する。」
「その先に。」
「もしかすると、武器の話もできるかもしれません。」
国王は娘をじっと見つめた。
「……。」
エリシアは視線を逸らさない。
やがて。
国王オーガストが小さく息を吐いた。
「お前。」
「はい。」
「最初から、それを考えていたのか?」
エリシアは少しだけ笑った。
「……はい。」
ヴァルターが思わず笑う。
「いつの間に、そんな顔をするようになったんだ。」
テオは黙ったまま妹を見る。
いつも研究の話ばかりしていた妹。
白銀の塔に籠もり。
魔王現象のことばかり考えていた妹。
その妹が。
今は。
自分から外交の可能性まで口にしている。
王妃ヴェロニカは小さく頷いた。
「エリシア。」
「はい。」
「随分、大きくなりましたね。」
エリシアは少し照れたように目を伏せる。
だが。
国王の表情はまだ厳しい。
「……しかし。」
「国外へ出るということは、それだけ危険も増える。」
エリシアは静かに答えた。
「分かっています。」
「だから。」
「正式な許可をいただきに来ました。」
国王は黙った。
父親としては。
行かせたくない。
だが。
目の前にいるのは。
もう幼い娘ではない。
自分の意思で。
自分の研究と。
国の未来を結びつけようとしている。
国王は長い沈黙の後。
ようやく口を開いた。
「……条件がある。」
エリシアの目が僅かに開く。
「はい。」
「それを聞いてから。」
「許可を出すかどうか決める。」
エリシアは静かに頷いた。
「分かりました。」
そして。
胸の奥で。
小さく息を吐いた。
――一歩。
進めた。
国王は静かに娘を見つめた。
エリシアは姿勢を正す。
「はい。」
「まず。」
「お前一人では行かせない。」
エリシアは頷いた。
「分かっています。」
「……本当に分かっているのか?」
国王は少しだけ眉を寄せる。
「国外へ出るんだ。」
「しかも、ガルディアまで行く。」
「魔王現象の調査。」
「封印の調査。」
「そして、武器の交渉まで行う。」
「ただの旅行ではない。」
エリシアは静かに答えた。
「はい。」
「ですから、護衛をお願いします。」
国王は頷いた。
「当然だ。」
そして。
「近衛騎士を三十名。」
エリシアの目が少しだけ開く。
「三十……。」
「魔法兵を五名。」
「治癒術師を三名。」
「外交官と文官も同行させる。」
ヴァルターが頷く。
「それくらいは必要でしょう。」
テオも続ける。
「国外への王族派遣です。」
「相手国への礼儀という意味でも、ある程度の規模は必要になります。」
エリシアは黙って聞いていた。
国王はさらに続ける。
「それから。」
「Sランク冒険者を二名。」
「護衛として依頼する。」
エリシアは少し考え込む。
「そんなに……。」
国王が娘を見る。
「少ないと思うか?」
「いえ。」
「多いと思いました。」
ヴァルターが笑う。
「お前は森で暮らしすぎたな。」
「第三王女が国外へ出るんだ。」
「それくらいで普通だ。」
エリシアは小さく苦笑した。
「……そうでした。」
自分が王女であること。
森にいる間は。
忘れていたのかもしれない。
国王はそんな娘を見つめる。
「そして。」
「レイナにも同行してもらう。」
エリシアは顔を上げた。
「はい。」
「彼女はお前の護衛だ。」
「今回も例外ではない。」
「分かりました。」
テオが静かに尋ねる。
「ただ。」
「これだけの人数を動かすとなると、出発まで少し時間が必要になります。」
「ガルディアとの外交手続きもある。」
「国境を越える許可も必要だ。」
「当然だ。」
国王は頷いた。
「すぐに出発するわけではない。」
「王国として正式に準備する。」
エリシアは静かに息を吐いた。
その言葉を聞いて。
少しだけ安心した。
そして。
国王オーガストが最後に尋ねる。
「エリシア。」
「はい。」
「それでも。」
「行きたいか?」
エリシアは迷わなかった。
「はい。」
「行きたいです。」
「魔王現象を終わらせるために。」
少し間。
「そして。」
「自分の目で確かめたいのです。」
国王は黙って娘を見る。
エリシアは続けた。
「エリックさんの杖。」
「五十九階層の封印。」
「ガルディアの技術。」
「そして。」
「魔王現象。」
「全部。」
「繋がっているかもしれません。」
国王は長い沈黙の後。
ゆっくりと息を吐いた。
「……分かった。」
エリシアの目が僅かに開く。
「ただし。」
「王として正式な外交使節にする。」
「お前は第三王女として。」
「ガルディアへ向かう。」
「はい。」
「そして。」
「必ず無事に帰ってこい。」
エリシアは静かに頭を下げた。
「はい。」
「お父様。」
王妃はその様子を黙って見つめていた。
やがて。
小さく頷く。
「気をつけて行ってきなさい。」
「はい。」
エリシアは微笑んだ。
その胸の奥では。
ずっと待っていた言葉が。
ようやく形になっていた。
――行っていい。
自分の足で。
自分の目で。
確かめに行っていい。
そして。
その旅の先には。
エリック達と。
まだ見たことのない国が待っている。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回はかなりエリシア回になりました。
魔鏡の家では、
「カレーとは何ですか?」
「材料は?」
「辛いのですか?」
とグイグイ来ていたエリシアですが、王城へ戻ると一転。
第三王女として、家族と向き合うことになります。
そして今回は、兄たちとの会話も少し入れてみました。
第一王子は優しく。
第二王子は厳しく。
それぞれ違う形でエリシアを見ている感じです。
特に第二王子から、
「いつまでも研究室に籠もっているわけにもいかない」
と言われたことが、エリシアの中に残っていました。
そして最後には、自分から父王へ。
「ガルディアへ行かせてください。」
と言えるまでに。
魔鏡の家での生活を通して、少しずつエリシア自身も変わってきたのかなと思います。
そして次は――。
ドワーフ王国ガルディア。
エリックのGペン型の杖を作った人物。
ボルグの師匠、ガルフィ。
五十九階層の封印。
そして魔王現象。
いよいよ、それぞれの線が繋がり始めます。
ここから少し物語が動いていきます。
「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をしていただけると、とても励みになります。
これからもエリックたちの物語を、よろしくお願いいたします。




