第三十一話(後編):いつか、森へ
今回は王都へ戻り、少し寄り道です。
ボルグたちはドワーフの里へ向かう準備。
エリシアたちは王都への報告。
そしてエリックとリシェルは、久しぶりに孤児院へ向かいます。
森で育てたトマトを子供たちに食べてもらい、冷蔵庫も置いていくことに。
さらに、王都で見つけた果物を見て、エリックがまた新しいことを考え始めます。
戦いの合間に、こういう何気ない日常が少しずつ広がっていく。
今回はそんな一話です。
翌朝。
魔鏡の家。
全員が転移魔法陣の前に集まっていた。
エリックはGペン型の杖を手にしている。
リシェルは荷物をまとめ、ボルグとジンも旅支度に必要な物を確認していた。
レイナは剣を腰に差す。
エリシアは最後に家の中を見回した。
「忘れ物はありませんか?」
「うん。」
エリックが頷く。
「では。」
「王都へ戻りましょう。」
全員が魔法陣の中へ入る。
エリックが杖を構えた。
「転移。」
淡い光が広がる。
一瞬。
視界が白く染まった。
王都。
噴水広場。
転移魔法陣の光が消えた。
全員が噴水広場へ戻ってくる。
噴水の水音。
行き交う人々。
商人の声。
王都の日常が戻ってきた。
レイナが周囲を見回す。
「……やっぱり王都だな。」
ボルグが肩を回す。
「さて。」
「ワシらは一度、工房へ戻るぞ。」
ジンも頷く。
「旅支度ですね。」
「ああ。」
「明日までに必要な物を揃えんとな。」
ボルグはエリックを見る。
「坊主。」
「明日じゃ。」
「杖。」
「忘れるなよ。」
エリックは杖を持ち上げる。
「大事。」
ボルグは小さく笑った。
「そうじゃな。」
ボルグとジンは工房のある方角へ歩き出した。
「私たちは白銀の塔へ戻りましょう。」
エリシアが言う。
レイナが頷く。
「そうだな。」
「報告が終わるまで、私も一緒にいる。」
「お願いします。」
エリシアは小さく頭を下げる。
二人も噴水広場を離れていく。
最後に。
エリックとリシェルが残った。
二人の横には。
魔鏡の家から持ってきた人工大理石製の冷蔵庫。
人々が行き交い、露店から香ばしい匂いが漂う。
リシェルが辺りを見回す。
「王都を歩くのも久しぶりですね。」
「うん。」
エリックも周囲を見る。
市場には森では見ない物が並んでいた。
果物や香辛料、色とりどりの野菜。
エリックが足を止める。
「……。」
視線の先は果物の露店だった。
「森ではあまり見ませんね。」
「うん。」
「森で果物、できる?」
リシェルは瞬きをする。
「育てる、ということですか?」
「うん。」
「土と水はある。でも種類は少ない。」
リシェルは少し考えて頷いた。
「気候や土壌の問題ですね。」
エリックは果物を見つめたまま続ける。
「森、増やせる?」
リシェルは少し驚いたようにエリックを見る。
「増やす、ですか。」
「うん。食べ物、増えたらいい。」
その言葉は短いがまっすぐだった。
リシェルは小さく笑う。
「エリックさんらしいですね。」
「そう?」
「ええ、とても。」
「森で育つ果物、調べてみる価値はありそうです。」
エリックは頷いた。
「うん。やる。」
「では次に森へ行くときは、少し実験ですね。」
「実験。」
納得したように頷く。
二人は再び歩き出した。
しばらくして香辛料の店の前でエリックが立ち止まる。
「……。」
「今度は何でしょう?」
「高い。」
リシェルは思わず笑う。
「やっぱりそこですか。」
「でも便利そう。」
「でも高い。」
「そこは変わらないんですね。」
「うん。」
そんなやり取りをしながら通りを進む。
エリックはふと、果物の露店で見た色とりどりの実を思い出す。
森にはまだ、あれはない。
けれど。
「……。」
「そのうち。」
小さく呟く。
リシェルが横目で見る。
「そのうち、ですか?」
「うん。」
「森。」
「もっと増える。」
リシェルは少しだけ目を細めた。
「楽しみですね。」
エリックは頷く。
「うん。」
そして、ほんの少しだけ続ける。
「いつか。」
「森で。」
「果物、いっぱい。」
その言葉は風に溶けるように小さく。
けれど確かに、未来へ向かっていた。
やがて王都の喧騒が少しずつ遠のき、以前訪れた孤児院が見えてきた。
「もうすぐですね。」
リシェルが微笑む。
「うん。」
エリックも頷いた。
門の前まで来た、その時。
「……あ!」
庭から声が響いた。
「エリック兄ちゃん!」
一人の少年が駆けてくる。
その声に気付いた子供たちも、一斉に門へ集まってきた。
「エリック兄ちゃんだ!」
「リシェル姉ちゃんも!」
「久しぶり!」
エリックは小さく手を上げる。
「久しぶり。」
「今日は?」
「餌。」
「取りに来た。」
「ああ!」
少年が嬉しそうに笑う。
「ちゃんと用意してあるよ!」
「山羊も元気!」
「鶏も!」
「そう。」
エリックは頷いた。
その時。
子供たちの視線が、エリックの横へ向く。
「……これ何?」
人工大理石の冷蔵庫。
エリックは扉を開いた。
ひんやりとした空気が流れ出す。
「冷蔵庫。」
「れいぞうこ?」
「食べ物。」
「冷やす。」
そして。
中から真っ赤なトマトを取り出した。
「トマト。」
「森で。」
「育てた。」
子供たちの目が輝く。
「食べていいの!?」
「ああ。」
エリックが渡したトマトを、一人の少年がかじる。
「……!」
「冷たい!」
「おいしい!」
その声に、他の子供たちも次々とトマトをかじった。
「甘い!」
「冷たいのに美味しい!」
庭に笑い声が広がる。
リシェルは、その様子を嬉しそうに眺めていた。
やがて院長がやってくる。
「お久しぶりですね。」
「餌。」
エリックが短く言う。
「ああ、もちろんです。」
院長は頷く。
「山羊の餌も、鶏の餌も用意してあります。」
「ありがとう。」
「それと……。」
エリックは冷蔵庫を見る。
「これ。」
「置く。」
「子供たち。」
「使う。」
院長は驚いた顔で冷蔵庫を見つめる。
「こちらまで……?」
「うん。」
「食べ物。」
「腐らない。」
院長はしばらく冷蔵庫を見つめ、
やがて、優しく微笑んだ。
「大切に使わせていただきます。」
その後。
餌を受け取り。
エリックとリシェルは子供たちと少しだけ話をした。
「森ってどんなところ?」
「魔物いる?」
「お風呂ある?」
質問が次々と飛んでくる。
エリックは少し考えた。
「魔物。」
「いる。」
「でも。」
「家。」
「安全。」
「お風呂も。」
「いいなぁ!」
「行ってみたい!」
子供たちが口々に騒ぐ。
エリックは、その顔を一人ずつ眺めた。
そして。
「……。」
ふと思う。
いつか。
こいつらを。
森へ呼んでみたい。
「……今度。」
子供たちが静かになる。
「森。」
「来る?」
一瞬の沈黙。
次の瞬間。
「行きたい!」
「絶対行く!」
「お風呂入りたい!」
「山羊も見たい!」
庭いっぱいに歓声が響いた。
エリックは小さく笑った。
「うん。」
「じゃあ。」
「いつか。」
その言葉を残して。
二人は孤児院を後にした
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は久しぶりに王都へ戻り、孤児院へ行くお話でした。
森で育てたトマトを子供たちに食べてもらい、さらに冷蔵庫まで置いていく。
エリックにとっては、
「食べ物が腐らない。」
それだけのことなのですが、孤児院の子供たちにとっては、きっと大きな変化になるんじゃないかなと思います。
そして最後の、
「森、来る?」
この一言。
魔境でのスローライフが、少しずつ広がっていく感じにしてみました。
いつか本当に子供たちが魔境へ遊びに来る日が来るのか。
その時、レイナやエリシアたちはどうするのか。
作者としても楽しみです。
そして、森で育てる作物も少しずつ増えていく予定です。
次は何を育てるのか。
エリックの「普通」が、また少しずつ広がっていきます。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
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これからもエリックたちのスローライフを、よろしくお願いいたします。




