第三十一話(前編):師匠の名と、ドワーフ王国
今回も読んでいただき、ありがとうございます。
前編では、五十九階層に冷蔵倉庫を作っていたエリックたちですが、今回は少し物語が動きます。
エリックのGペン型の杖に刻まれていた、見覚えのない作者サイン。
その名前は――「ガルフィ」。
そして、それを知っていたのはボルグでした。
まさかの師匠。
しかも、その師匠はただの武器職人ではなく、封印を専門とする職人だった。
五十九階層の封印扉。
Gペン型の杖。
そしてガルフィ。
少しずつ、別々に見えていたものが繋がり始めています。
そして次の目的地は、ドワーフ王国ガルディア。
……とはいえ。
エリックたちの旅は、ただの謎解きだけでは終わりません。
最後には、いつものエリックらしいお願いも出てきます。
今回も、ゆっくり楽しんでいただければ嬉しいです。
五十九階層。
封印扉の前。
ボルグは額の汗を拭った。
最後の術式へ、小さく魔力を流し込む。
カチリ。
静かな音と共に、二つ目の封印が元の位置へ戻った。
ジンが息を呑む。
「……。」
「締められた。」
「本当に締められたんですね!」
ボルグは静かに頷く。
「ああ。」
「これで二つ。」
「元通りじゃ。」
二人は封印扉を見つめる。
しばらく。
何も起こらない。
ジンは安堵の息を吐いた。
「良かった……。」
その瞬間。
――ゴォォォ……。
封印扉の奥。
誰にも聞き取れないほど小さな音が響いた。
ジンの表情が変わる。
「親方。」
「今……。」
ボルグもゆっくり目を細める。
「ああ。」
「まだじゃ。」
「何か足りん。」
封印は戻った。
術式も閉じた。
だが。
奥から伝わる違和感だけは消えていない。
ボルグはゆっくり立ち上がった。
「仕方あるまい。」
「一度戻るぞ。」
「はい。」
二人は静かに森への帰路についた。
その頃。
魔鏡の家。
自室。
エリックは机へGペン型の杖を置いていた。
「……。」
描きづらい。
その原因が気になっていた。
杖先を眺める。
その時だった。
「?」
持ち手の奥。
普段は指で隠れる場所へ、小さな刻印があることに気付いた。
「……。」
「サイン?」
今まで一度も気付かなかった。
エリックは静かに杖を持ち直す。
「鑑定。」
淡い光が杖を包み込んだ。
《解析開始》
数秒後。
空間へ文字が浮かび上がる。
《製作者》
《ドワーフ族》
《ガルフィ》
エリックは小さく首を傾げる。
「……。」
「誰?」
もう一度、表示を見る。
ガルフィー。
知らない名前だった。
だが。
その小さな作者サインだけは、不思議と目を引いていた。
その夜。
露天風呂。
ししおどしが静かに鳴っている。
カコン。
カコン。
湯気の中で、ボルグが大きく息を吐いた。
「ふぅ……。」
「十日以上かかったのう。」
ジンも肩まで湯に浸かりながら苦笑する。
「思っていた以上でしたね。」
「二つ目の封印を元へ戻すだけでも、あれだけ時間が掛かるなんて。」
ボルグは頷いた。
「あの封印を造った奴は、とんでもない職人じゃ。」
「じゃが。」
少しだけ表情を曇らせる。
「まだ何か足りん。」
ジンも真剣な顔になる。
「扉の奥から聞こえる、あの違和感ですね。」
「ああ。」
「封印は閉じた。」
「だが、完全ではない。」
しばらく二人は湯気を見つめていた。
やがて。
ジンが周囲を見回し、小さく笑う。
「それにしても……。」
「まさか魔境で、毎日こんなお風呂へ入れるとは思いませんでした。」
ボルグも鼻で笑う。
「最初は驚いたがの。」
「慣れると戻れん。」
「湯加減も良い。」
「飯も旨い。」
「寝床もある。」
「……。」
「本当に魔境か?」
その時。
エリックが静かに露天風呂へ入ってきた。
「ふぅ。」
いつものように短く息を吐く。
ボルグが笑う。
「坊主。」
「ここ、すっかり気に入ってしまったわ。」
エリックは頷く。
「便利。」
「それだけか。」
「うん。」
少し沈黙が流れる。
エリックは湯に浸かりながら、ふと思い出したように口を開いた。
「ボルグ。」
「ん?」
「ガルフィ。」
「知ってる?」
その瞬間。
ボルグの動きが止まった。
「……今。」
「何と言った。」
エリックは当然のように答える。
「ガルフィ。」
「Gペン。」
「作者。」
ボルグはゆっくり立ち上がる。
湯気の向こうで、その目だけが鋭く細められていた。
「坊主。」
「その話。」
「詳しく聞かせろ。」
エリックは湯船の縁に置いてあったGペン型の杖を手に取る。
「鑑定。」
「した。」
杖を差し出した。
ボルグは静かに受け取る。
持ち手を眺める。
くるり。
裏返す。
そして。
親指で小さな刻印をなぞった。
「……。」
長い沈黙。
ジンが恐る恐る尋ねる。
「親方。」
「知ってるんですか?」
ボルグは小さく息を吐いた。
「ああ。」
「知っとる。」
「忘れるはずがない。」
Gペン型の杖を大事そうに持ち直す。
「ガルフィ。」
「ワシの師匠じゃ。」
「えぇ!?」
ジンが思わず立ち上がる。
湯が大きく波立った。
「親方の……師匠?」
「でも。」
「武器職人ですよね?」
ボルグはゆっくり首を横へ振る。
「違う。」
「世間はそう思っとる。」
「じゃが。」
「本当は違う。」
エリックも首を傾げた。
「違う?」
「ああ。」
ボルグは杖先を見つめる。
「師匠が一番得意だったのは。」
少し間。
「封印じゃ。」
「封印?」
ジンも思わず聞き返す。
ボルグは頷いた。
「鍵を造る。」
「鍵を閉じる。」
「鍵を開ける。」
「その三つなら。」
「師匠は封印職人じゃ。」
「ドワーフで右に出る者はおらん。」
露天風呂に静寂が戻る。
エリックは杖を見る。
「じゃあ。」
「なんで。」
「武器?」
ボルグは苦笑した。
「それが分からん。」
「師匠は晩年。」
「突然。」
「武器ばかり作り始めた。」
「誰も理由を知らん。」
「ワシにも話してはくれなかった。」
再び杖へ視線を落とす。
「じゃが。」
「その杖に師匠自ら作者サインを刻んだということは。」
「何か意味がある。」
「ただの武器じゃない。」
ボルグは真っ直ぐエリックを見た。
「坊主。」
「その杖。」
「一度、里へ持って来い。」
「師匠の工房には。」
「まだ残された物があるかもしれん。」
「もしかすると。」
「五十九階層の封印を開く手掛かりもな。」
エリックは静かに頷いた。
「行く。」
ボルグも小さく笑う。
「決まりじゃな。」
「久しぶりに。」
「ドワーフの里へ帰るとするか。」
その夜。
魔鏡の家。
食後。
全員がロビーへ集まっていた。
ボルグはゆっくりと立ち上がる。
「皆に話がある。」
部屋が静かになる。
「坊主の杖。」
「そして六十階層の封印扉。」
「ワシは無関係とは思えん。」
エリシアが真剣な表情になる。
「やはり、そうお考えでしたか。」
ボルグは頷く。
「じゃが。」
「今のままでは調べようにも調べられん。」
エリックを見る。
「坊主。」
「最近、魔法陣が描きづらいんじゃろ?」
エリックは静かに頷いた。
「うん。」
「細かい所。」
「ズレる。」
「違和感。」
「ある。」
ボルグは腕を組む。
「ならば。」
「原因を知る者に聞くしかない。」
少し間を置く。
「ワシの故郷。」
「ドワーフ王国――。」
「ガルディア、そこへ行く。」
部屋が静まり返る。
リシェルが目を丸くする。
「ドワーフの国……。」
レイナも驚く。
「そんな簡単に入れる場所じゃないだろ。」
「簡単ではない。」
「じゃが。」
「ワシの師匠なら。」
「何か知っておるはずじゃ。」
エリシアは静かに頷いた。
「……そうなると。」
「まずは一度、王都へ戻る必要がありますね。」
「旅支度。」
「それに。」
少しだけ表情が曇る。
「私は王城へ報告し、正式な許可をいただかなければなりません。」
ボルグも頷いた。
「第三王女が国外へ出る。」
「そう簡単な話ではないからの。」
エリックは冷蔵庫を開ける。
中には真っ赤に実ったトマトが並んでいた。
一つ手に取る。
冷たい。
みずみずしい。
少しだけ目を細める。
「……。」
「名人。」
「あの時。」
「ありがとう。」
リシェルが隣から覗き込む。
「そのトマト……。」
エリックは静かに頷く。
「育った。」
「みんな。」
「食べてほしい。」
「孤児院も。」
エリシアが優しく微笑む。
「では、王都へ戻ったら届けましょう。」
レイナも笑う。
「きっと驚くぞ。」
リシェルは嬉しそうに頷いた。
「冷えたトマトなんて、誰も食べたことがありませんもの。」
エリックは冷蔵庫を見つめる。
「王都。」
「持っていく。」
「え?」
レイナが思わず聞き返す。
「トマトだけじゃない。」
エリックは当然のように続けた。
「冷蔵庫。」
「置いてくる。」
「孤児院。」
「食べ物。」
「腐らない。」
一瞬静まり返る。
そして。
レイナは苦笑した。
「やっぱりそう来たか。」
リシェルは小さく笑う。
「それがエリックさんですね。」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、いよいよドワーフ王国ガルディアへ向かうことになりました。
Gペン型の杖に刻まれていた「ガルフィ」の名前。
それがまさか、ボルグの師匠だったとは。
しかも封印職人。
五十九階層の封印扉と、エリックの杖。
この二つがどう繋がっているのか、これから少しずつ明らかにしていきたいと思います。
そして、エリックが最後に持ち出したのが――
「冷蔵庫。」
でした(笑)。
王都へ戻るなら、孤児院にも食べ物を届けたい。
そのために冷蔵庫まで置いていこうとするあたり、やっぱりエリックはエリックですね。
世界の謎より、まずは食べ物。
そんなエリックたちが、次は多分ドワーフの国へ向うと思います。
ここから少しずつ世界も広がっていく予定です。
もし「続きが気になる」「エリックたちの旅を見届けたい」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をしていただけると、とても励みになります。
感想などもいただけましたら嬉しいです。
今回も最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました




