第二十七話( 前編) : 古代遺跡より冷蔵庫
いつも読んでいただきありがとうございます!
今回は五十九階層へ到着。
古代文明の謎に迫る……はずが、エリックの興味はやはり別の方向へ。
古代遺跡を見ても「生活に使えるか」を考えるエリックらしい一話です。
最後まで楽しんでいただけたら嬉しいです。
エリシアは懐から水晶を取り出した。そっと魔力を流し込む。
淡い光が広がり、周囲の魔力反応が映し出されていく。
「おそらく……三十七階層と同じ《魔力休止域》でしょう。位置は……五十九階層付近です。」
レイナが大剣を担ぎ直す。
「なら、そこまで行くか。」
リシェルも頷いた。
「一度休める場所があるなら助かりますね。」
しかし、エリシアだけは水晶から目を離さなかった。
「……やはり、気になります。このダンジョンです。発生した時期だけを見れば新しいものですが……五十階層の封印扉に刻まれていたのは数百年前の古代文字でした。」
リシェルが首を傾げる。
「新しくできた場所に……古いものがある。確かに、不自然ですね。」
「エリシア様。可能性としては、どのようなものが考えられますか?」
レイナの問いに、エリシアは水晶を見つめながら答える。
「いくつかあります。一つ、このダンジョンが過去に存在していた可能性。二つ、何らかの理由で封印され、最近になって再び現れた可能性。そして三つ目は――古代文明の施設そのものが、ダンジョン化した可能性です。」
一瞬、全員が黙る。
「……つまり、ここは最初から魔物が住む場所ではなかった?」
「はい。ゴーレムや封印扉は、何かを閉じ込めるためではなく……何かを守るために存在していた可能性があります。今歩いている五十四階層も、壁面、柱、床、すべてが自然のものではありません。」
「確かに……洞窟というより、建物の内部に近いですね。」
「なら警戒は必要だな。まだ何かが残っているかもしれない。」
「はい。五十九階層が本当に休息地点なのか……それとも別の何かを守る場所なのか。」
その頃。一番後ろでエリックは鼻歌交じりで歩いていた。
「♪」
時々、壁を眺める。
時々、天井を見る。
そして。
「……。」
「涼しい。」
小さく呟く。
レイナが振り返った。
「……。」
「エリック。」
「今の話、聞いていたか?」
エリックは首を傾げる。
「?」
「何の話?」
レイナは深いため息を吐いた。
「……やっぱりな。」
エリシアは苦笑した。
「エリックさんらしいですね。」
しかし。エリックは本当に何も考えていないわけではなかった。
ただ、見ている場所が違う。
空間。
温度。
魔力の流れ。
そして、生活に使えるかどうかを見ていた。
レイナが眉を寄せた。
「そこ、そんなに重要か?」
エリックは頷く。
「うん。」
「大事。」
「温度。」
レイナは呆れた顔になる。
「お前、本当にそこなのか……。」
その会話を聞きながら、エリシアは少しだけ考える。
(ですが……確かに。エリックさんの見方は奇妙です。普通なら古代文明や封印に目を向けるのに、彼はその場所が何に使えるのかを見ている……)
エリシアは小さく笑った。
「……本当に不思議な方ですね。普通なら、古代文明の謎に興味を持つところなのですが。」
エリックは首を傾げる。
「?」
「便利。」
「大事。」
リシェルが思わず笑った。
「エリックさんらしいです。」
やがて、五十九階層への入口が見えてきた。巨大な扉。だが、五十階層の封印扉とは違う。敵意を感じない。ただ静かにそこに存在しているだけだった。
レイナが剣へ手を添える。
「……。」
「開けるぞ。」
エリシアは水晶を確認する。
「魔力反応なし。ですが、油断はしないでください。」
リシェルも杖を構える。
そして、エリックだけは扉ではなく周囲の壁を見ていた。
「……。」
「素材。」
小さく呟く。Gペン型の杖を握る。その視線の先には、これから始まる小さな試験の材料があった。
巨大な扉がゆっくりと開く。
ゴゴゴゴゴ……。
その先に広がっていたのは、想像を超えるほど広大な空間だった。天井は遥か高く、壁面は継ぎ目一つなく滑らか。床には埃すらほとんど積もっていない。
レイナは剣を抜いたまま周囲を見渡した。
「……。」
「広いな。」
「だが。」
「気配がない。」
エリシアはすぐに水晶へ魔力を流す。
「……。」
「魔物反応なし。」
「魔力の乱れもありません。」
「やはり人工物です。これは洞窟ではありません。施設です。」
「つまり……このダンジョンの奥には、昔の何かが残っていると。」
「可能性は高いです。」
その横で、エリックは別の場所を見ていた。
「……。」
少し歩く。足を止める。
「涼しい。」
リシェルが振り返った。
「またそこですか?」
エリックは頷く。
「うん。」
「温度。」
「安定。」
エリシアが少し驚く。
「……確かに。この場所は魔力変動がほとんどありません。環境維持能力があるようにも見えます。」
エリックはその言葉に反応した。
「維持。」
小さく呟く。そして、Gペン型の杖を取り出した。
レイナが嫌な予感を覚える。
「……。」
「何をする気だ?」
エリックはいつもの表情で答える。
「試験。」
レイナはため息を吐く。
「やっぱりか。」
エリックは持ち合わせた魔石、魔鉱石、そしてこの階層の石を取り出し、魔法陣を展開した。数分後、白く滑らかな板――人工大理石が完成する。
「鑑定。」
淡い光が人工大理石を包み込む。
《対象:人工大理石》
《構成:石材 / 魔石 / 魔鉱石》
《耐久性:高》
《魔力伝導:安定》
《温度保持性能:高》
《冷却術式との適性:高》
《長時間運用:推奨》
エリックは小さく頷いた。
「……。」
「使える。」
レイナが首を傾げる。
「何が分かった?」
エリックは人工大理石を見つめたまま答える。
「冷気。」
「相性。」
「いい。」
「これなら。」
「食べ物。」
「長く置ける。」
レイナが首を傾げた。
「食べ物?」
エリックは頷く。
「パン。」
「野菜。」
「大事。」
「温度保持性能……なるほど、魔力だけでなく温度変化も安定しているのですね。」
リシェルは納得がいったように呟いた。
「……だからですか。」
エリックは短く答える。
「うん。」
そして、人工大理石を四枚、底板を一枚。次々と組み合わせ、小さな箱を作っていく。内側と蓋へ、カリカリと冷気の術式を書き込んでいった。
「試験。」
そう言うと、水袋を一つ取り出し、箱の中へそっと入れた。蓋を閉める。
カチリ。
エリックは箱を見つめる。
「……。」
「待つ。」
レイナが苦笑する。
「それだけか?」
エリックは頷く。
「うん。」
「時間。」
「必要。」
そう言うと、箱を置いたまま散歩を始めた。
その合間に、持参したGペン型の杖で床へカリカリと新たな転移魔法陣を描き始める。三十七階層と同じ認証術式を組み込み、最後に自分のサインを書き込んだ。
淡い光が一度だけ走り、魔法陣は静かに床へ溶け込んだ。
「よし。」
「いつでも。」
「来れる。」
レイナが苦笑する。
「もう帰る準備まで終わらせたのか。」
エリックは当然のように頷いた。
「便利。」
「大事。」
やがて、エリックは床の箱へと戻り、そっと蓋を開けた。水袋を取り出し、表面の冷たさを確かめる。
「……。」
「よし。」
満足そうに頷き、エリックはぽつりと呟いた。
「うん。」
「冷蔵庫。」
「いけそう。」
一瞬、三人が固まる。
「……。」
「……。」
「……。」
最初に口を開いたのはレイナだった。
「なぁ。」
「何だ、それ。」
「だから冷蔵庫。」
「……冷蔵庫? なぁ」
「だからその冷蔵庫ってなんなんだよ!!」
五十九階層の古代遺跡の中で、レイナの絶叫が虚しく響き渡るのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました!
古代文明の施設かもしれない遺跡を前にして、エリシアたちは封印や歴史を考察。
一方エリックは「温度が安定している」「食べ物を長持ちさせられる」と、相変わらずスローライフ一直線です。
ついに「冷蔵庫」の試作もスタート。
世界の秘密より先に生活を豊かにしようとする主人公らしさを書いていて楽しい回でした。
次回はいよいよ五十九階層の《魔力休止域》の全貌と、冷蔵庫が本当に完成するのか――。




