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第二十五話(後編) : 喋る鑑定魔法陣

今回もスローライフから始まります。


……始まるのですが、途中からいつものエリックです。


温泉作りの続きと思いきや、ダンジョン探索で思わぬ新技術が誕生します。


それでは、お楽しみください。

コケコッコー―――ッ!


爽やかな朝の空気を裂くように、鶏の鳴き声が響いた。


エリックはゆっくりと目を開ける。


起き上がると、一階にあるドラゴンの卵専用部屋へ向かった。


部屋の中央には、大切に保管されたドラゴンの卵。

エリックはそっと表面を撫でる。


「……おはよう。」


少しだけ眺める。


「いつ頃、羽化するのかな。」


返事はない。


それでも満足そうに頷くと、そのまま庭へ出た。


庭では六羽の鶏が自由に歩き回っている。


毎朝の日課。卵拾いだ。


草むら。


木の根元。


植木の陰。


「あった。」


温もりの残る卵を一つ、また一つと籠へ入れていく。


その途中、山羊小屋の方からリシェルが歩いてきた。


「おはようございます、エリック。」


「おはよう、リシェル。」


自然と挨拶を交わす。


リシェルはそのまま山羊の乳搾りを始めた。


エリックは卵籠を持ったまま畑へ向かう。


芽吹いたばかりの小麦を見つめ、小さく頷いた。


「……なぁ、リシェル。」


「小麦って、このくらいで麦踏みだったよな?」


乳を搾りながら、リシェルが微笑む。


「はい。根をしっかり張らせるために必要ですね。」 

エリックは小麦を見渡した。


「よし。今日は麦踏みだ。」


家の方から足音が聞こえた。


「あら、もう始めていたのですね。」


エリシアが庭へ出てくる。


少し遅れて、レイナも眠そうに目をこすりながら姿を現した。


「朝から元気だな、お前ら……。」


そう言いながらも、足元にはしっかり長靴を履いている。


エリックは小麦を指差した。


「麦踏み。やろう。」


レイナは肩をすくめる。


「はいはい。踏めばいいんだろ。」


リシェルが嬉しそうに手を叩いた。


「では皆さん! 並んでください!」


四人が畑へ並ぶ。


リシェルが元気よく声を上げた。


「いちに! いちに!」


「「いちに! いちに!」」


朝日に照らされた小麦を、四人でゆっくりと踏んでいく。


柔らかな土の感触。小鳥のさえずり。


踏み締めるたび、小麦が風に揺れた。


しばらくすると、レイナが笑う。


「何だこれ。地味だけど、妙に楽しいな。」


「ですよね! 皆でやると楽しいです!」


リシェルは笑顔で頷く。


エリシアもくすりと笑った。


「王宮では経験できない朝ですね。」


エリックは小麦を眺めながら、小さく頷く。


「うん。育つ。きっと。」


麦踏みを終えると、四人は自然と家へ戻った。


朝食の時間である。


エリシアは慣れた手つきでフライパンへ火を入れる。


「今日は目玉焼きですね。」


「お願いします。」


エリックは籠いっぱいの卵を差し出した。


レイナは昨日挽いた小麦粉を取り出す。


「今日は私が混ぜる。エリック、水は?」


「少しずつ。固さを見ながら。」


「了解。」


ボウルの中で小麦粉へ少しずつ水を加えていく。


エリックも隣へ立ち、一緒に木べらを動かした。


その横では、リシェルが搾ったばかりの山羊のミルクを鍋へ移す。


「温めますね。」


甘い香りが少しずつ部屋へ広がっていく。


ジュワッ。


フライパンでは目玉焼きが香ばしい音を立て始めた。


エリックは鍋を覗き込む。


「いい匂い。朝は、これくらいがいい。」


「分かります。」


エリシアは微笑みながら、焼き上がった目玉焼きを皿へ並べていく。


やがて食卓へ料理が並んだ。


焼きたてのパン。目玉焼き。温かい山羊のミルク。そして採れたての卵。


「いただきます。」


四人の声が揃った。


小さな家の食卓には、王宮にもない穏やかな時間が流れていた。


しばらくして。


「材料。」


「必要。」


エリックがポツリと言うと、リシェルが身を乗り出した。


「人工大理石ですね! 早く完成させたいです!」


「そうですね。温泉が完成すれば、より快適になりますね。」


エリシアも頷くが、レイナだけがジト目でツッコミを入れた。


「……いや。待って。」

「本来の目的、忘れてない?」


三人がピタリと止まる。


「……そうでしたね、レイナ。」


「王女殿下まで!?」


頭を抱えるレイナを連れ、四人は一階のロビーへ向かった。


そこには、三十七階層へ繋がる転移魔法陣がある。


エリックはGペン型の杖を持つ。


「行く。」


魔法陣へ足を乗せると、一瞬で景色が切り替わった。


三十七階層へ降り立った四人。


白く磨かれた人工大理石の床、補強された壁、魔石灯が柔らかな光を落とす空間。


エリックは周囲を見渡す。


「行きますか。」


その言葉に、レイナは大剣へ手を伸ばし、リシェルは杖を握り、エリシアも魔力を整えた。


久しぶりの戦闘。三人には一つ、密かな楽しみがあった。演出魔法の披露だ。


しかし、エリックが三人を見て一言。


「駄目。」


三人の動きが止まる。


「……何が?」


「演出魔法。禁止。」


一瞬の沈黙。リシェルが首を傾げる。


「え? まだ何もしてませんよ?」


「理由を聞いても?」


「雑魚。だから、普通でいい。」


レイナは思わず笑った。


「……まあ、確かにそうね。」


大剣を抜き、踏み込む。迫ってきた魔物へ向けて振られた一閃で、魔物は何もできずに崩れ落ちた。


「ほら、これで十分。」


「うん。」


リシェルも続き、周囲に傷一つ付けない精密な魔法で撃ち抜く。エリシアも全力を出さずに余力を残した攻撃に留めた。


「うん。」


「演出、大事。」


「だから使う時、考える。」


「……お前、本当に漫画家なんだな。戦い方まで演出管理してるじゃない。」


「普通。」


「その感覚が普通じゃないんだけどな……。」


そこからは順調だった。四十階層のボスも、四人にとっては大きな障害にはならなかった。


それぞれの役割を果たしながら奥へ進み――気付けば四人は、五十階層の巨大な扉の前に辿り着いていた。


「ここが五十階層のボス部屋か。今までとは気配が違うな。」


レイナが扉を見上げ、リシェルも身構える。


「かなり強い魔力を感じます。」


「古い封印ですね。この文字も見たことがありません。」


エリシアが慎重に分析する中、エリックだけは自分のGペン型の杖を見つめていた。


「……ちょっと。試したい。」


「試す?」


三人が振り返ると、エリックは淡々と言った。


「温泉、見つけた時。エリシアの魔法、見た。構図、深いと思った。だから……背景、少し借りた。」


「……背景?」


「鑑定魔法陣、文字読むだけ。でもエリシアの構図を背景にしたら……会話できると思った。」


完全な沈黙。


「また始まった……普通じゃない改造。」


レイナが額を押さえる中、エリックは杖を構えた。


一枚の魔法陣が浮かび上がる。いつもの鑑定魔法陣の奥に、無数の細い線が幾重にも重なり合っている。


「鑑定。」


淡い光が扉を包む。


《対象:五十階層封印扉》


《状態:正常》


《言語解析開始》


魔法陣がゆっくりと回転し――次の瞬間、魔法陣そのものが静かに声を発した。


『解析が完了しました。翻訳結果を表示します。―

―我は五十階層の守護者。挑戦者よ、資格を示せ。以上です。』


四人の時間が止まる。


「……は?」


「しゃ、喋りました……。」


「鑑定魔法陣が……会話している……。」


驚愕する三人をよそに、エリックだけは満足そうに頷く。


「うん。成功。」


「成功じゃない! 何を成功させたんだよ、お前!」


レイナのツッコミが響く中、エリックはさらに魔法陣へ語りかけた。


「……扉。解除、出来る?」


『了解致しました。封印術式を解析します。』


《第一封印 解析完了》


《第二封印 解析完了》


《第三封印 解析完了》


《封印解除可能》


『解除を実行しますか?』


「頼む。」


『封印解除を開始します。』


ゴゴゴゴゴ……!


巨大な扉全体へ光が走り、ガキン、ガキンと重い錠が外れる音が響く。


石扉がゆっくりと開き始めた。


エリシアは呆然と魔法陣を見つめる。


「……エリックさん。」


「これ、新しい魔法なんですか?」


エリックは首を振る。


「新しい魔法じゃない。」


「鑑定。」


「目の負担。」


「大きい。」


「だから。」


「エリシアの構図。」


「組み合わせ。」


「読ませる。」


「しただけ。」


一瞬の沈黙。


レイナが頭を抱えた。


「だから! 『しただけ』で済む話じゃないんだよ、お前はーーーッ!!」


エリシアは思わず笑みを浮かべた。


「……だから、あれほど深い解析ができたのですね。」


「私の魔法陣を、鑑定へ組み込んだのですか。」


「うん。」


「借りた。」


「ありがとう。」


『警告。』


『高密度魔力反応。』


『接近。』


ゴゴゴゴゴ……


部屋全体が震えた。


巨大な石像の瞳へ、赤い光が灯る。


レイナは一瞬で表情を切り替えた。


「来る!」


エリシアも杖を構える。


「戦闘準備!」


リシェルは風魔法を纏い、静かに前へ出る。


エリックは魔法陣を閉じる。


「うん。」


「続き。」


「あとで。」


一拍。


魔法陣が静かに点滅する。


『了解致しました。』


レイナ。


「返事すんなーーーッ!!」


ドゴォォォン!!


ガーディアン・ゴーレムが大地を踏み砕きながら動き出した。

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


今回は久しぶりにダンジョン探索へ戻りました。


エリックは新しい魔法を作ったわけではなく、エリシアの得意分野である「深い解析」の構図を鑑定魔法へ組み合わせた結果、魔法陣が会話できるようになりました。


一人で何でもできるのではなく、それぞれの長所が組み合わさることで新しい可能性が生まれる――そんな関係性を書いてみたかった場面でもあります。


そして、いよいよ五十階層のボスが目を覚ましました。


次回はガーディアン・ゴーレムとの戦いになります。


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