第二十三話 (前編) :《マナ・レストエリア》
皆さま、いつもお読みいただきありがとうございます!
今回は三十七階層編の後半です。
普通ならボスを倒して終わり……となるところですが、エリックはやっぱり普通ではありませんでした。
「魔物が出ないなら、休憩所にしよう。」
そんな一言から始まる、ダンジョン大改造計画です(笑)。
作者としても「そこを改造するの!?」と思いながら書いていました。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
それでは第二十三話前編、どうぞ!
エリックは、巨大な魔石の横に立ったまま黒い灰を見つめていた。
「なぁ。」
エリシアが振り向く。
「はい?」
エリックは灰を指差す。
「あいつ。」
「ダンジョンの魔物じゃないよな。」
三人が顔を見合わせる。
最初に頷いたのはエリシアだった。
「ええ。」
「恐らく違います。」
「私もそう考えています。」
レイナも腕を組む。
「普通の魔物なら、倒しても数分でまた湧く。」
「でも、あいつは違う。」
リシェルも静かに続ける。
「魔境の濃い魔力へ引き寄せられ、外から迷い込んだ魔物だったのでしょう。」
エリックは小さく頷く。
「だろうな。」
少しだけ考える。
「あいつから見れば。」
「ここ。」
「食糧庫。」
レイナが苦笑した。
「ダンジョン中の魔物を食って生きてたってことか。」
「うん。」
「便利だったんだろ。」
エリシアは水晶へ魔力を流す。
淡い光が階層全体へ広がっていく。
しばらくして、小さく息を吐いた。
「反応はありません。」
「三十七階層に、新たな魔物が生まれる気配もありません。」
エリックは即答した。
「じゃあ。」
「ここ。」
「休憩所にしよう。」
三人が同時に固まった。
「休憩所?」
レイナが聞き返す。
エリックは頷いた。
「うん。」
「ここ。」
「魔物いない。」
「なら。」
「安全。」
エリシアが少し考え込む。
「確かに……。」
「この階層で魔物が発生しないのであれば、ここは事実上の安全地帯になります。」
リシェルも周囲を見回した。
「ですが、このままでは岩盤が崩れる危険があります。」
「戦闘の影響も残っていますし……。」
「うん。」
エリックはGペン型の杖を軽く構えた。
「直す。」
カリ。
杖先が床へ触れる。
一枚。
また一枚。
巨大な魔法陣が床いっぱいへ広がっていく。
壁へ。
天井へ。
床へ。
無数の細い線が、生き物のように走り始めた。
レイナは思わず息を呑む。
「階層全体を……?」
「書き換えてるのか?」
エリックは原稿の枠線を描くように、Gペン型の杖を床へ滑らせる。
カリ。
「うん。」
「落石。」
「無し。」
カリ。
「壁。」
「固定。」
カリ。
「魔力。」
「安定。」
エリックは周囲を見渡した。
岩盤。
石。
魔力。
あちこちへ散らばる魔石の欠片。
少し考える。
「……。」
「材料。」
「あるな。」
レイナが首を傾げる。
「何のだ?」
エリックは床を指差した。
「人工大理石。」
「……は?」
エリシアが思わず聞き返す。
「人工……大理石?」
「……じんこう?」
「だいりせき?」
レイナが首を傾げる。
「何だ、それ。」
エリックも首を傾げる。
「石を。」
「綺麗に固めた石。」
「人工。」
「だから人工大理石。」
エリックは当然のように頷く。
「石。」
「魔力。」
「魔石。」
「全部ある。」
「固めれば出来る。」
三人は揃って固まった。
「天然の大理石ではなく……人工的に生成した石材、という意味ですか?」
リシェルが恐る恐る尋ねる。
「うん。」
エリックは周囲を見回しながら、さらりと言った。
「王宮のダンスホールくらいなら。」
「くらいって……。」
レイナが思わず額を押さえる。
エリシアも苦笑した。
「王宮の大理石は、王国最高峰の職人たちが何年もかけて造り上げるものなのですが……。」
エリックは首を傾げる。
「そうなのか?」
「うん。」
「じゃあ。」
「少し綺麗にしよう。」
淡い光が階層全体を包む。
揺れていた岩盤が静かに止まり、ひび割れた天井もゆっくりと閉じていく。
やがて。
光が静かに消えた。
「……。」
「……。」
三人は言葉を失う。
そこにあったのは、さっきまでの荒れ果てたダンジョンではなかった。
床は白く磨き上げられた人工大理石。
天井は柔らかな光を反射し、壁は一切のひび割れもなく滑らかに整えられている。
崩れ落ちていた岩盤は跡形もない。
巨大な広間は、まるで王宮の一室のような静けさに包まれていた。
「……ダンジョン、ですよね。」
リシェルが恐る恐る床へ触れる。
つるり。
指先が滑る。
「本当に……石です。」
レイナも足で床を軽く叩く。
コン、と乾いた音が返ってきた。
「すげぇ……。」
エリシアは広間全体を見回し、小さく息を呑む。
「ここまで階層そのものを書き換える魔法陣など……王国にも存在しません。」
エリックだけが首を傾げた。
「休むなら。」
「綺麗な方がいいだろ。」
三人は同時に顔を見合わせる。
「……そこなんですね。」
誰ともなく漏れたその一言に、静かな笑いが広間へ広がった。
しかも。
階層全体から、あの重苦しい空気が消えていた。
エリシアは静かに水晶を取り出す。
「……信じられません。」
「魔力濃度が、完全に安定しています。」
「階層そのものが……休止状態へ移行しています。」
エリックは最後の一筆を書き終えた。
カリ。
「完成。」
Gペン型の杖を肩へ担ぎ、何でもないことのように言う。
「今日から。」
「三十七階層。」
「魔力休止域。」
「――《マナ・レストエリア》。」
エリックは階層を見渡した。
小さく頷く。
「よし。」
「次。」
Gペン型の杖を床へ向ける。
カリ。
今度は先ほどよりも一回り大きな魔法陣が描かれ始めた。
幾重にも重なる円。
複雑に絡み合う文字。
中心には、見慣れない小さな空白が残されている。
エリシアが目を細めた。
「これは……転移魔法陣ですか?」
「うん。」
「帰る用。」
レイナが辺りを見回す。
「でも、転移先がないぞ?」
「向こう。」
「まだ書いてない。」
「だから今日は使えない。」
「一旦帰る。」
「家で続きを書く。」
エリシアはゆっくり頷いた。
「なるほど……。」
「対になる魔法陣が必要なのですね。」
「うん。」
エリックは最後の線を描き終える。
カリ。
「あと。」
「鍵。」
「鍵?」
三人が同時に首を傾げた。
エリックは中央の空白を指差す。
「ここ。」
「サイン。」
「通行証。」
「知らない奴。」
「家まで来たら困る。」
レイナは苦笑した。
「……確かに。」
エリシアはすぐに理解する。
「認証術式ですか。」
「到達した者だけが、この魔法陣を使える。」
「そういう仕組みですね。」
「うん。」
エリックはGペンをエリシアへ差し出した。
「分かったなら。」
「エリシア。」
「最初。」
「書いて。」
エリシアはGペンを受け取った。
「ここへ……名前を書けば良いのですね。」
「うん。」
「いつもの。」
「サイン。」
少しだけ緊張した表情で、エリシアはゆっくりと自分の名を書く。
さらり。
最後の一画を書き終えた瞬間だった。
カァァァァ……
魔法陣全体が淡く輝き始める。
幾重にも重なった術式が連鎖するように光り、中央の紋様がゆっくりと回転した。
エリシアは思わず息を呑む。
「認証……されました。」
エリックは一度だけ頷く。
「合格。」
「これで通れる。」
エリシアは思わず笑ってしまった。
「国家最高機密級の認証術式なのに……。」
「合格、ですか。」
「うん。」
「玄関だから。」
その一言で、レイナは吹き出した。
「お前の頭の中、本当に家しかないな。」
「家は大事。」
即答だった。
リシェルも笑いながら前へ出る。
「つ、次、私でもいいですか?」
「いいよ。」
「次。」
リシェルも名前を書く。
魔法陣が再び柔らかく輝いた。
「……私も認証されました。」
「うん。」
「合格。」
今度はレイナが大剣を抱えたまま歩いてくる。
「じゃあ最後は私だな。」
名前を書き終えると、三度目の光が広がる。
階層全体へ魔力が流れ、魔法陣は完全な形となった。
エリックは満足そうに頷く。
「よし。」
「完成。」
そう言ってGペンを受け取ると、魔法陣の片隅へ小さく何かを書き始める。
カリ。
カリ。
レイナが覗き込む。
「……何書いてる?」
「作者。」
「サイン。」
「完成品だから。」
三人は同時に額へ手を当てた。
「やっぱり書くんですね……。」
「必要。」
エリックは真顔で頷く。
「作者が書かないと。」
「完成しない。」
エリシアは苦笑しながら、足元いっぱいに広がる魔法陣を見つめた。
「……認証術式に到達者のサインを組み込むなんて。」
「そんな魔導書、どこにもありません。」
小さく息を吐き、改めてエリックを見る。
「やはりエリックさんは、普通の魔導師ではありませんね。」
エリックは首を傾げた。
「そりゃそうだろ。」
「詠唱魔法は使えない。」
「水魔法陣も書けない。」
「自分には回復魔法陣書けない。」
「剣なんて握ったこともない。」
「だから。」
「俺は新人農家だって。」
三人は無言で顔を見合わせた。
そして、ゆっくりと視線を完成した《マナ・レストエリア》へ向ける。
階層全体を書き換え。
人工大理石の床。
崩れない壁と天井。
認証付き転移魔法陣。
到達者だけが使える安全地帯。
そのすべてを、一人で作り上げた張本人が目の前にいる。
再びエリックを見る。
少し間。
三人は息を揃えた。
「「「どこがだぁ!!」」」
「じゃあ。」
「帰るか。」
そんな一言で、長かった三十七階層の戦いは幕を閉じた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
三十七階層攻略……と思いきや、まさかの「休憩所」になりました(笑)。
エリックにとってダンジョンは攻略する場所ではなく、「使いやすくする場所」なのかもしれません。
しかも人工大理石に、認証付き転移魔法陣まで完備。
本人は「玄関」としか思っていませんが、周りから見れば国家最高機密級の魔法です。
次回は、いよいよ対になる転移魔法陣の作成と、スローライフらしい日常へ戻っていきます。
引き続き、エリックたちののんびり(?)異世界生活を見守っていただけると嬉しいです。
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本当にありがとうございます!




