二十二話(前編) : 作者サイン
いつもお読みいただきありがとうございます!
第二十二話前編です。
赤目のナイトメアホエールとの戦いは、いよいよ終盤へ。
限界まで追い詰められたレイナたちの前に、ようやくエリックが目を覚まします。
しかし、彼が選んだのは圧倒的な力で敵を倒すことではありません。
仲間が最後の一撃を届かせるための「構図」を作ることでした。
今回も楽しんでいただけましたら嬉しいです。
大剣が、ナイトメアホエールの胸元に穿たれた僅かな亀裂へと突き刺さる。全力の、すべてを賭した一撃。
しかし。
「――っ!?」
手応えは、あまりにも硬かった。叫んだ必殺技の威力をもってしても、怪物の強固な肉体はその刃を完全に受け止め、コアに届く寸前で無慈悲に跳ね返す。
届かない。これほどの速度、これほどの演出を以てしても、まだ届かないのか。
レイナは大剣を引き抜き、凄まじい風切り音と共に地面へ着地した。
「はっ……ぁ、はぁ、はぁ……っ!」
呼吸はとうに限界を迎えていた。肺が焼けるように熱い。視界がチカチカと明滅する中、レイナは大剣を構え直したまま、息も絶え絶えになりながら辛うじて立ち尽くしていた。
リシェルは倒れ、エリシアも動けない。自分の最大の一撃すら阻まれた。完全なる手詰まり。圧倒的な絶望が、再び広場を支配しようとした、その時。
スウ、と。
背後で、かすかな衣擦れの音がした。
軋む緑の防壁の中心。今まで世界の崩壊すら他人事のように眠り続けていたその場所で。
エリックが、静かに起き上がった。
赤い魔力が、なおも空間を軋ませていた。
レイナは大剣を支えに立っている。
エリシアは肩で息をし、魔力はほとんど残っていない。
リシェルは肩を貫かれ、苦しそうに呼吸を繰り返していた。
その時だった。
「終わった?」
「終わってません!!」
三人の声が重なった。
エリックは周囲を見渡す。崩れた岩盤。血の匂い。傷付いた三人。
「……なるほど。」
状況だけは、一瞬で理解した。真っ直ぐリシェルの前へ歩く。
「リシェル。」
肩へ手を置く。淡い光が溢れ、貫かれた左肩がみるみる塞がっていく。痛みが消え、血が止まる。リシェルは呆然と傷口へ触れた。
「治った……。……あ、ありがとう、エリック」
「ん。こっちこそ、守ってくれてありがとな」
リシェルは目を潤ませ、小さく笑った。
「……はい。」
今度はエリシアの前へ歩く。エリシアは苦笑した。
「よく起きれましたね。」
エリックは何も言わず、ぽん、と軽く頭を叩いた。
「すげぇな。良くやった。」
その一言だけだった。
王家秘伝魔法。あの一撃が無意味ではなかったことを、エリックは一目で見抜いていた。
エリシアは目を丸くし、少しだけ照れ臭そうに笑う。
「……ありがとうございます。」
そして、エリックはゆっくりレイナを見る。
右脚の傷口はすでに塞がっていた。しかし呼吸は荒い。それでも、大剣だけは離していない。
エリックはナイトメアホエールへ一度だけ視線を向け、再びレイナを見つめる。
「なぁ、レイナ。助太刀しても良いか。」
静かな声だった。ナイトメアホエールを睨み続けるレイナの瞳が、僅かに揺れる。
レイナが息を呑み、その問いに答えるより早く――ぎょろり、と怪物の全身に張り付く無数の眼が、一斉にこちらを向いた。
赤く輝く。
「また来ますッ!」
エリシアが叫ぶ。
チャージなどない。
眼の一つが、瞬時に赤く染まる。
ドォン!!
赤い衝撃が一直線に襲い掛かった。しかし、エリックは振り向きもしない。
カリ。
Gペン型の杖を軽く動かす。目の前へ、小さな魔法陣が一枚。赤い衝撃は障壁へ触れた瞬間、バンッ!! と乾いた音だけを残して霧散した。
続けて、二発、三発。四方八方から赤い衝撃が降り注ぐ。
エリックの周囲には、次々と魔法陣が現れた。一枚、二枚、五枚、十枚、二十枚。必要な場所へ、必要な大きさだけ、無駄なく展開される防壁。
衝撃は一歩たりとも三人へ届かない。
リシェルは目を丸くした。
「……防御魔法だけで、全部……。」
エリシアは苦笑する。
「今さら驚きませんけど……相変わらず規格外ですね。」
レイナも苦笑した。
「見慣れた。」
赤い衝撃はなおも降り注ぎ、幾重もの防壁がそのすべてを受け止める。爆音だけが広場へ響き続けていた。
それでもエリックは魔物ではなく、レイナだけを見ていた。
「で。まだ返事を聞いてない。助太刀しても良いか。」
レイナはエリックを見つめる。こんな状況だというのに、この男は少しも慌てていない。まるで、いつもの畑仕事でも始めるかのような顔だった。
思わず笑みが漏れる。
「……お前。本当に、変な奴だな。」
「そうか?」
「ああ。」
レイナはゆっくりと大剣を見下ろす。刃には無数の傷。柄には、長年握り続けた跡。
父と共に戦い、父を失った日も、ずっと握り続けてきた剣だった。強く握り締める。
「この剣は、父さんの形見だ。だから、私一人で決着を付けたかった。」
少しだけ俯き、それでも前を向く。
「……でも。今の私じゃ届かない。」
静かに息を吸う。そして、エリックを真っ直ぐ見た。
「頼む。父さんの仇討ち、力を貸してくれ。」
エリックは一度だけ頷いた。
「了解。」
その返事は短かった。だが、それだけで十分だった。
エリックはレイナの持つ大剣へ視線を向けた。
「いい剣だ。使い込んである。」
Gペン型の杖を軽く構える。
「少し借りる。」
杖の先端が刀身へ触れた。
カリ……。
まるで紙へ線を描くような音が響く。
刀身へ、一つ、また一つと光る魔法陣が刻まれていく。
その瞬間。
ドォン!!
ナイトメアホエールの赤い衝撃が一直線に襲い掛かった。
エリックは振り向きもしない。
片手を軽く上げる。
目の前へ、小さな防壁魔法陣が一枚だけ浮かぶ。
バンッ!!
赤い衝撃は障壁へ触れた瞬間、乾いた音だけを残して霧散した。
「うるさい。」
そう呟くと、何事もなかったように再びGペンを走らせる。
カリ……。
「あと少しだから待て。」
さらに赤い衝撃が二発、三発。
そのたびに小さな防壁魔法陣が音もなく現れ、すべてを弾き返していく。
エリックの視線は、一度たりとも大剣から離れなかった。
「……これは。」
レイナが目を見開く。
エリックは淡々と言う。
「演出強化。必殺技補正。」
さらに最後の一筆を加える。
刀身へ、小さく署名を書くように。
「作者サイン。」
「作品は最後の演出で決まる。」
光る魔法陣が刀身全体へ走り、静かに収束した。
「これで完成。」
レイナは思わず吹き出した。
「そこ、本当に必要か?」
「必要。」
エリックは真顔だった。
「作品は最後の演出できまる。」
そして、ナイトメアホエールの胸部、レイナが穿った亀裂を見る。
「あそこ。もう一回だけ、貫け。」
赤い瞳が、再び禍々しく輝き始めた。
最後の決着が、始まる。
最後までお読みいただきありがとうございます!
第二十二話前編でした。
今回は、エリックが本格的に戦場へ戻ってきました。
とはいえ、本人が前へ出て敵を倒すのではなく、レイナが最後の一撃を決めるための準備をする。
そこがエリックらしいところだと思っています。
防壁、演出強化、必殺技補正、そして作者サイン。
普通の魔法とは少し違う、漫画家だったエリックならではの力です。
果たして、完成したレイナの一撃は赤目のナイトメアホエールへ届くのか。
次回も楽しみにしていただけると嬉しいです。




