二十一話(前編) : 届かぬ光
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第二十一話前編です。
因縁の魔物、赤目のナイトメアホエールとの戦いが始まります。
過去に多くの犠牲を出した存在を前に、レイナたちはどう立ち向かうのか。
そして、エリシアが放つ王家秘伝の魔法。
果たして、その力は未知なる怪物へ届くのか。
今回も楽しんでいただけましたら嬉しいです。
「普通のナイトメアホエールなら……。」
レイナは震える声で言った。
「私たち三人でも勝てる。」
「父さんも、そう判断した。」
「だから、あの日私は討伐隊に同行できた。」
「でも……。」
「あれは違う。」
「赤目は、別物だ。」
「リシェル様!」
レイナの鋭い声が広場へ響いた。
「エリックに防壁を!」
「はい!」
リシェルは迷うことなく杖を掲げる。
「《エルフ・フォートレス》!」
淡い緑色の魔法陣が幾重にも重なり、眠るエリックを中心に半球状の防壁が展開された。
透明な障壁が幾層にも重なり、静かに脈打つ。
エリックは何も気付かないまま、小さく寝息を立て続けていた。
エリシアは視線を巨大な魔物から外さず、低く尋ねる。
「レイナ。」
「特徴を。」
レイナは額へ汗を浮かべたまま答える。
「全身にある眼です。」
「眼が赤く光り始めたら気を付けてください。」
「魔力を溜めています。」
「来ます。」
「攻撃は?」
「全方位です。」
「狙って撃ちません。」
「周囲すべてを薙ぎ払います。」
エリシアの表情が険しくなる。
「無差別攻撃……。」
レイナは頷いた。
「威力も桁違いです。」
「岩も、防壁も、お構いなしに吹き飛ばします。」
「チャージは?」
レイナは赤く光る眼を睨みつける。
「ほんの数秒。」
「そこだけが唯一の隙です。」
「ですが……。」
剣を握る手に力が入る。
「皮膚は異常に硬い。」
「生半可な攻撃では傷一つ付きません。」
レイナの言葉が終わるより早く。
ナイトメアホエールの巨躯に張り付く無数の「目」が、一斉に開いた。
ぎょろり。
ぎょろり。
それぞれが違う方向を向く。
天井。
壁。
床。
三人。
エリック。
視界に映るもの、その全てを敵と認識したかのように。
赤い瞳が、一斉に輝いた。
「……来るッ!!」
レイナの叫びが響く。
「伏せろォッ!!」
次の瞬間。
世界が、赤く弾けた。
ドォォォォン!!! と、鼓膜を引き裂くような轟音がダンジョンを震わせた。
全身の「目」から放たれたのは、細い光線などではない。空間そのものを圧殺するような、超高密度の赤い衝撃波の奔流だった。
無差別に撃ち出されたそれは、逃げ場のない全方位へと放射され、頑強な岩盤の壁を瞬時に削り取り、天井から無数の土砂を崩落させる。
「くっ……あぁッ!」
床に伏せたレイナの背中を、熱線を帯びた爆風が容赦なく舐めていく。一級剣士の身のこなしで衝撃の直撃こそ避けたものの、防具の隙間から伝わる凄まじい熱量に歯を食いしばるしかなかった。
視界が赤黒い爆炎と土煙で遮られる中、レイナは必死に目を開け、叫ぶ。
「エリシア様! リシェルさん! 無事ですか!?」
煙の向こうから、激しい咳込みと共に声が返ってきた。
「っ、ゲホッ……ええ、なんとか……!」
「私は平気よ! エリックの防壁も維持しているわ!」
リシェルが展開した《エルフ・フォートレス》の幾重もの魔法陣は、激しく火花を散らしながらも、眠るエリックを土砂から守り抜いていた。
しかし、その緑の障壁の表面には、すでに無数の細かい亀裂が走っている。たった一撃の、それも掠めただけの余波で、エルフの高等防壁が崩壊寸前まで追い込まれているのだ。
「……信じられない威力ね。本当に岩ごとなぎ払う気か」
リシェルが杖を強く握り直しながら、冷や汗を流す。
土煙が徐々に晴れていく中、エリシアはすでに次の行動に移っていた。その瞳には、恐怖ではなく、天才魔法使いとしての冷徹な闘志が宿っている。
「レイナ、さっき『チャージの数秒が唯一の隙』と言いましたね」
エリシアの周囲に、急激に魔力が収束し始める。
「レイナ。」
「チャージ中は動きませんね?」
「はい。」
「なら、その数秒で魔法を集中させます。」
「傷一つ付けば十分です。」
「そこから攻略法を見つけます。」
レイナは小さく頷く。
「ですが……。」
「通用するかは分かりません。」
エリシアは迷いなく前を見据えた。
「試すしかありません。」
「分析は、その後です。」
「なら、この一撃で止めます。」
彼女はゆっくりと杖を掲げる。
その凛とした声が、静かに、だが力強く響き渡った。
「――光よ。起源の光よ。」
次の瞬間。
周囲の魔力が渦を巻き始めた。
広場全体の空気が震える。
リシェルが思わず息を呑む。
「こ、この魔力量は……。」
レイナも目を見開いた。
「まさか……。」
エリシアの足元に、幾重もの巨大な魔法陣が重なる。
一枚。
二枚。
三枚。
「天に満つる輝きを我が手に集め、万物を穿つ裁きの光と成せ。」
次々と展開される魔法陣は、空中へ幾何学模様を描きながら重なり合い、眩い光を放つ。
吹き荒れる魔力の暴風がエリシアの髪を激しくなびかせ、彼女の持つ杖の先端に、目が眩むほどの高密度な純白の光球が凝縮されていく。
「王家の血脈に刻みし白銀の審判。あらゆる闇を、塵へと還せ!」
エリシアの瞳が、青白い魔力の輝きに染まる。
チャージ中のナイトメアホエールへ、限界まで膨れ上がった光の奔流を向けた。
「――《王家秘伝・シルヴァリー・レイン》!!」
轟ッ!!
白銀の極光が一直線に奔る。
それはもはや光線というよりも、空間そのものを削り取る巨大な光の槍だった。
光は空気を裂き、地面を抉り、凄まじい衝撃波で周囲の岩壁に無数の亀裂を走らせながら、チャージ中のナイトメアホエールを真正面から飲み込んだ。
ドゴォォォォン!!!
広場全体が激しく揺れ、岩盤が砕け散る。
すさまじい閃光が暗闇のダンジョンを昼間のように照らし出し、爆風がレイナたちの衣服を激しくなびかせた。
これほどの破壊力、いかに皮膚が硬かろうと無事では済まないはずだ。
もうもうと立ち込める白い土煙が視界を覆った。
「やった……?」
リシェルが乾いた声で、小さく呟く。
しかし――。
土煙の奥から聞こえてきたのは、悲鳴でも、倒れる巨躯の地響きでもなかった。
――ギギ、ギギギ……。
それは、硬質な何かを爪で引っ掻くような、不快な軋み音。
冷たい風が土煙をさっと薙ぎ払う。
そこにいたのは。
煤一つ、傷一つなく、ただそこに厳然と佇む赤目の姿だった。
王家秘伝の極光を正面から浴びてなお、その禍々しい黒い皮膚は、光沢すら失っていない。それどころか、浴びせられた超火力の魔力をすべてその身で弾き散らしたかのように、周囲の地面には、弾き飛ばされた岩や魔力の残滓が散らばっていた。
「嘘……でしょ……?」
エリシアの手から、力が抜ける。
天才と謳われた彼女の、詠唱を紡ぎきった「最大最強の一撃」だった。それが、あれほどの衝撃をもってしても、奴の巨躯を揺らすことすらできなかったのだ。
「やはり、通じない……!」
レイナの背筋に、冷たい汗が伝う。
しかし、立ち込める土煙が完全に消え去るその刹那。
エリシアの鋭い瞳は、ナイトメアホエールの強靭な肉体の一点を見逃さなかった。
赤黒い皮膚の一部に、
髪の毛ほどの細い白い亀裂が走っていた。
本当に、目を凝らさなければ見落としてしまうほどの、極小の亀裂。
だが、それは間違いなく、王家秘伝の極光が穿った
「唯一の痕跡」だった。
「……っ、完全に無傷、というわけではなさそうね」
エリシアが息を荒くしながらも、不敵に口元を歪める。
だが、そのかすかな希望を味わう時間すら、目の前の
バケモノは許してくれない。
ぎょろり。
ナイトメアホエールの全身に張り付く無数の「目」が、土煙を割って一斉に開かれた。
先ほどよりもさらに深く、狂気的な血の赤色に染まりながら。
極光の直撃を受けながらも、奴の魔力チャージは一瞬たりとも阻害されていなかった。
ゴ、オ、オ、オ……ッ!!!
空気の振動が、さらに重く、深く、三人の全身を圧迫していく。
その時だった。
レイナの目が、大きく見開かれる。
(――間に合わない……!)
最後までお読みいただきありがとうございます!
第二十一話前編でした。
今回は、赤目のナイトメアホエールの圧倒的な力を中心に描きました。
青目とは違う存在。
過去にレイナから全てを奪った災厄。
その力は、王家秘伝の魔法すら簡単には通じないほどでした。
しかし、完全に無敵というわけではありません。
わずかな傷跡から、攻略の糸口を見つけることができるのか。
次回も楽しみにしていただけると嬉しいです。




