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二十話(後編) : 失われた背中

ブックマークや感想、いつもありがとうございます!


いつもお読みいただきありがとうございます!


第二十話後編です。


今回は、レイナの過去に触れる回になります。


なぜ彼女が剣を握るのか。

なぜ強さを求め続けるのか。


その原点には、ある一人の騎士との出会いがありました。


そして今。

忘れることのできない過去の因縁が、再び彼女の前に姿を現します。


今回も楽しんでいただけましたら嬉しいです。

「……ナイトメアホエール。」


 レイナの顔から血の気が引く。


 握った剣が震える。


 心の底から怯えていた。


 その姿を見たエリシアは息を呑む。


「レイナ……?」


 返事はない。


 レイナの視界から、目の前のダンジョンがゆっくりと遠ざかっていく。


 代わりに浮かんできたのは――


 まだ孤児だった頃の記憶。


 青い空。


 乾いた土の匂い。


 しなびた街の、小さな孤児院。


「くらえ! 魔王め!」


「うわあ、やられたー!」


 子どもたちは、木の枝を剣に見立てて笑っていた。


 陽だまりの中、泥だらけになって泥棒ごっこや勇者ごっこに興じている。


 少し離れた場所。


 幼いレイナは、地面に落ちていた一本の枝を拾い上げた。


 細く、折れそうな枯れ枝。


「やあっ!」


 両手で握り、前方へ突き出してみる。


 まだ型も何もない、ぎこちない剣。


 その瞬間だった。


 後ろから、一人の子どもがいたずら半分に、本気で木の枝を振り下ろした。


 まともに当たれば痛いだけでは済まない。

 だが。


 レイナは振り返らない。


 身体だけが、勝手に動いた。


 ひらり。


 風を肌で感じるほどの、紙一重。


 吸い込まれるように、自然にその軌道から身をかわす。


「えっ!?」


 空を切った子どもが、驚いて固まる。


 レイナ自身も、自分の手元を見つめたまま立ち尽くしていた。


「……今、なんで避けられた?」


 なぜだか分からない。


 ただ、背後から迫る「危険の線」が、肌を通して見えたような気がした。


 ⸻だが、その様子を偶然見ている男がいた。


 孤児院へ寄付に訪れていた、王国騎士団長アルベルト。


 整えられた髭に、冷徹だが温かみのある瞳。


 彼はレイナの一連の動きを、じっと見つめていた。


(今の反応は……)


(訓練していない子どもの動きじゃない。)


(……女神の加護か。)


 それも、ただ身体能力が上がるだけのものではない。気配や間合いを本能で支配する、極めて「面白い」質の加護だ。


 アルベルトの内に眠る武人としての血が、静かに騒いだ。


 これほど面白い加護があるなら、叩き甲斐がある。

俺がこの手で最高の剣士に鍛え上げてやる。


「院長。」


 アルベルトは、傍らに控える院長へ静かに声をかけた。


「あの子は?」


「あ、あの子はレイナと申します。親のいない、あの子は少し気性が荒くて……」


「私が預かりたい。」


 驚きに目を見開く院長をよそに、アルベルトの視線は、まだ自分の手元を不思議そうに見つめている幼いレイナに釘付けになっていた。


 それから、父娘としての生活が始まった。


 甘い暮らしなど、微塵もなかった。


 引き取られたその日から、レイナの日常は「剣」一色に染まる。


「まだだ! 足元がお留守になっているぞ、レイナ!」


 アルベルトの容赦のない木剣が、容赦なくレイナの身体を叩く。


 毎日、木剣を振るった。


 毎日、泥をすすりながら走った。


 毎日、騎士団長の厳格な技術を叩き込まれた。


「う、うあぁぁん……っ!」


 幼いレイナは、何度も泣いた。


 全身を打撲の痛みと筋肉痛が襲い、地面に突っ伏して涙をこぼした。


 だが、アルベルトは決して甘やかさない。


 それでも、冷酷に切り捨てることもしなかった。


「立て、レイナ。お前の中の『加護』は、そんなところで眠るタマじゃないはずだ」


 転んでも。


 どれだけ泣き叫んでも。


 アルベルトは、彼女の手から決して剣だけは離させなかった。


 ただのスパルタではない。


 アルベルトは、レイナの身体が「加護」の感覚を本当に引き出し、それを「自分の技術」として扱えるようになるまで、誰よりも熱心に、誰よりも辛抱強く付き合い続けたのだ。


 やがて、レイナの泣き声は消えた。


 代わりに、鋭い木剣の風切り音だけが、朝霧の庭に響くようになっていく。


数年後。


 かつて泥だらけで泣き叫んでいた少女は、誰もが目を見張るほどの美しい大輪の花、そして鋭利な「刃」へと成長していた。


 エリートが集う、アルカナ大学。


 その中でも最も苛烈を極める『剣士科』において、レイナの名を知らぬ者はいなかった。


 天賦の加護。


 それをアルベルトに徹底的に叩き込まれて磨き上げた、至高の技術。


 他を寄せ付けない圧倒的な実力で、彼女は剣士科を首席卒業する。


 卒業式。


 多くの喝采を浴びながら、彼女が向かったのは――王国騎士団。


 かつて自分を拾い、鍛え上げてくれた、憧れの父の部下になるためだった。


「今日から正式に配属された、レイナです。よろしくお願いします、団長」


 いたずらっぽく笑って敬礼する娘に、アルベルトは厳格な騎士としての表情を崩さなかったが、その瞳には確かな誇りと、愛おしさが満ちていた。


「よくここまで付いてきたな。……だが、これからは甘くないぞ、レイナ」


「望むところです、父さん」


 かつてないほどに充実した日々。


 父と肩を並べ、国を守る盾として、剣として戦う。

 それが、彼女の誇りのすべてだった。


 ――しかし。


 ある日、騎士団本部に、緊張を孕んだ緊急の討伐命令が下る。


 王国各地の領地を襲い、甚大な被害を出している未確認の巨大な魔物。


 通った跡には草一本残らず、防衛線すらも音もなく呑み込むという、災害級の怪異。


 騎士団総出で挑まねばならない、最悪の敵。


 その魔物の名は――


 《ナイトメアホエール》。


その任務に、油断はなかった。


 本来、騎士団が討伐に向かったのは、《青目のナイトメアホエール》。


 確かに災害級の強敵ではあったが、事前に生態も対策も研究され尽くしており、王国騎士団の精鋭をもってすれば十分に「討伐可能」な相手だった。


 アルベルトも入念な作戦を立て、確実な勝算を弾き出していた。


 だからこそ、まだ新米だったレイナの同行すらも許可されたのだ。


「いいか、レイナ。これはお前にとって初の本格的な討伐戦だ。私の背中をよく見て、騎士としての戦い方を学びなさい」


「はい、団長! 遅れは取りません!」


 確かに、そこには勝てるはずの戦い(任務)があった。


 ――しかし。


 荒れ果てた戦場に現れたのは、誰も見たことのない、おぞましき異形だった。


「……眼が、赤い……?」


 誰かが掠れた声で呟いた。


 現れたのは、青い眼を持つ大人しい獣ではない。

 全身に血のような無数の「赤」を宿した、凶悪な《赤目のナイトメアホエール》だった。


 その力は、想定を、常識を、あまりにも遥かに超えていた。


「ぐあああああぁぁぁっ!?」


 騎士団が誇る強固な盾は一撃で粉砕され、仲間たちの悲鳴が次々と霧の中に消えていく。


 築き上げてきた戦術も、誇りも、全てが文字通り「赤目」の蹂躙によってゴミのように踏みにじられた。


 ただの討伐戦は、一瞬にして一方的な虐殺の場へと変貌した。


「嘘……だろ……。こんなの、勝てるわけ……」


 レイナの天賦の加護が、全身の細胞が、最大級の警告音を鳴らし続ける。


 立っていることすらままならない絶対的な魔圧。


 かつて首席卒業の栄光を掴んだ彼女のプライドは、その圧倒的な暴力の前に、呆気なくへし折られた。

 そんな絶望の渦中で、ただ一人。


 ボロボロになりながらも、決して剣を捨てずに立ちはだかる男がいた。


「レイナ! 振り向かず走れ!!」


 アルベルトだった。


「だ、だけど、父さん……!」


「振り向くなよ、お前の加護なら逃げ切れる」


「でも…!」


「走れと言っている!! 」


怒号が森を震わせる


「お前はここで死んでいい器ではない! 生き延びろ、レイナ!」


 それが、父の最期の言葉だった。


 アルベルトはレイナを背に庇い、赤目の怪物に向かって突き進んだ。


 自らの命を、ほんの数分、数秒の「時間稼ぎ」のためだけに燃やし尽くしながら。


 逃げるレイナの背後に響き渡ったのは、肉が裂ける不気味な音と、最愛の父の、魂を振り絞るような最後の咆哮。


 振り返るなと叫ぶ父の声に、ただ泣き叫びながら走り続けることしかできなかった。

 自らの無力さに絶望しながら、ただ、無様に生き延びてしまった。

そして――

今。


目の前にいる。


あの日。


父を喰らい。


仲間を喰らい。


騎士団を壊滅させた。


あの最悪の《赤目》が。

最後までお読みいただきありがとうございます!


第二十話後編でした。


今回は、レイナの過去と、彼女が剣士になるまでの物語を書きました。


孤児だった少女を拾い、厳しくも愛情を持って育てたアルベルト。


レイナにとって彼は、師であり、父であり、何よりも大切な存在でした。


だからこそ、目の前に現れた《赤目のナイトメアホエール》は、ただの強敵ではありません。


彼女が乗り越えなければならない過去そのものです。


果たして、あの日逃げるしかなかったレイナは、今度こそ立ち向かうことができるのか。


次回も楽しみにしていただけると嬉しいです。

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