十八話(前編): 読み切りかよ
今回は、エリックたちが初めて「普通ではないダンジョン」と真正面から向き合う回です。
今までの魔物とは違い、考えて動くゴブリン。
隊列を組み、役割を持ち、まるで軍隊のように襲い掛かる敵。
果たして、四人は無事に突破できるのか。
そして今回、エリックが考えた作戦は――。
いつもの彼らしいものです。
楽しんでいただければ幸いです。
「来ます。」
エリシアの声が響いた、その瞬間だった。
ドクン。
ダンジョンが大きく脈打つ。
洞窟の奥で、無数の赤い瞳が一斉に開いた。
ギギッ。
ギギギッ。
不気味な鳴き声と共に、闇の中からゴブリンたちが姿を現す。
一匹。
二匹。
十匹。
二十匹。
だが、レイナはすぐに違和感へ気付いた。
「……。」
「隊列だと?」
思わず目を見開く。
最前列には盾を構えた個体。
その後ろには剣を持つ個体。
さらに後方には杖を掲げたゴブリンたちが整然と並んでいた。
まるで軍隊だった。
「あり得ない……。」
「ゴブリンが陣形を組んでいるなんて……。」
エリシアも息を呑む。
「魔導監視網でも確認しました。」
「役割が完全に分かれています。」
「指揮個体も存在します。」
リシェルが静かに呟いた。
「二百年前でも、このようなゴブリンは見たことがありません。」
その時だった。
隊列の中央。
一回り大きなゴブリンが、一歩前へ出る。
腰には剣。
片手には杖。
鋭い目が四人を見据えていた。
そのゴブリンが、ゆっくりと右腕を振り上げる。
「ギィッ!」
その号令と同時に、後衛のゴブリンたちが一斉に杖を掲げた。
ボウッ。
ボウッ。
ボウッ。
杖の先へ、次々と火球が生み出されていく。
レイナが剣を構えた。
「来るぞ!!」
数十発の火球が一斉に放たれた。
暗い洞窟を猛火が赤々と染め上げ、四人へと殺到する。
「来る――ッ!」
レイナが身構え、エリシアを庇うように盾を掲げた、その瞬間。
足元の十数枚の魔法陣が一斉に輝いた。
キィィィン――!
目の前に展開された幾重もの光の障壁へ、火球の嵐が激突する。
ドガガガガガガッ!!
激しい爆音と熱風。
だが、光の壁はぴくりとも動かない。ひび一つ入らず、熱すらこちらへ通さなかった。
エリックは防壁の後ろで、淡々と頷いた。
「うん。計算通り。」
「……信じられん。」
レイナが呆然と呟く。
「これほどの集中砲火を、完全に防ぎきるとは……!?」
「レイナ、敵が次弾の装填に入ります!」
エリシアが鋭く声を張った。
「防壁は健在です! 今、打って出てください!」
レイナは不敵に笑い、大剣を握り直した。
「ハッ! これほどの盾があれば十分です!」
「行きますッ!!」
レイナが風を切り、真っ直ぐに突撃した。
慌てて盾を構えるゴブリンたち。
だが、レイナの大剣がその盾ごと、最前列をまとめて吹き飛ばした。
「そこを退けッ!」
こじ開けられた隙間に、リシェルが滑り込む。
その両手には、杖と剣。
「お任せください。」
精霊の風を纏った刃が、流れるように敵を切り裂いていく。
さらに杖を掲げた。
「《ウィンドスラッシュ》!」
放たれた真空の刃が、後衛の魔法使いゴブリンたちの杖を次々と両断した。
「レイナ、左から回り込もうとする個体がいます!」
エリシアの《魔導監視網》が、闇に潜む敵意のラインを正確に捉えて叫ぶ。
「了解いたしました!」
レイナは振り返りざまに大剣を薙ぎ払い、迫る影を一刀両断にした。
背後を一切気にせず、全力で暴れ回る三人。
その中央で、エリックは一人、安全な防壁の内側からその光景を眺めていた。
「……うん。」
「俺、やっぱり要らないな。」
レイナの大剣が最後の一匹を斬り伏せた。
「はぁ……。」
「これで――」
その時だった。
ドクン。
ダンジョン全体が、大きく脈打つ。
四人の足元まで伝わる、不気味な鼓動。
エリシアの表情が一変した。
「……違います!」
「終わっていません!」
黒く濁った水晶へ視線を落とす。
《魔導監視網》が、凄まじい速度で情報を書き換えていく。
「そんな……。」
「あり得ません。」
レイナが振り返る。
「エリシア様!」
「どうしたんですか!」
エリシアは洞窟の壁を見つめたまま答えた。
「王都のダンジョンでも、討伐された魔物は補充されます。」
「ですが、それでも新たな魔物が生まれるまでには数分かかります。」
「これは……。」
「早すぎます。」
その瞬間。
ズルリ。
黒い壁が生き物のように蠢いた。
「なっ……!」
壁の中から、一本の腕が現れる。
続いて頭。
肩。
胴体。
ゴブリンだった。
さらにもう一匹。
もう一匹。
壁という壁から、次々と新たなゴブリンが生み落とされていく。
レイナは目を見開いた。
「嘘だろ……!」
エリシアは唇を噛み締める。
「補充ではありません……。」
「ほぼ同時に、再生成しています。」
「王都のダンジョンより、遥かに速い……!」
ドクン。
再び脈打つ。
今度は前方だけではない。
左右。
そして背後の壁までもが蠢き始めた。
ズルリ。
ズルリ。
新たなゴブリンたちが、隊列を組みながら姿を現していく。
リシェルが小さく呟いた。
「……挟まれます。」
レイナが剣を構え直す。
「囲まれたか……!」
前後をゴブリンの群れが埋め尽くす。
数は増え続ける。
ドクン。
また一匹。
また一匹。
壁から生み落とされていく。
エリシアが声を上げた。
「このままでは数が減りません!」
「囲まれます!」
リシェルは杖を握り直す。
「どうすれば……。」
その時だった。
エリックが小さく呟く。
「……四コマだな。」
エリシアが首を傾げた。
「はあ?」
リシェルも意味が分からない。
「四コマ……ですか?」
しかし。
レイナだけは違った。
「……またか。」
深いため息を吐く。
エリシアが驚く。
「レイナさん?」
レイナは苦笑した。
「安心してください。」
「こいつが構図だの、背景だの、四コマだの言い始めた時は――」
一拍置く。
「もう勝ってます。」
エリシア
「え?」
リシェル
「まだ何もしていませんが……。」
レイナは肩をすくめる。
「私も最初はそう思った。」
「でも違う。」
「こいつの頭の中では、もう全部終わってる。」
「だから、今さら何匹増えても同じだ。」
エリックがニヤリと笑う。
「うん。」
「構図、見えた。」
腰のGペン型の杖を静かに構える。
「一コマ。」
ペン先が走る。
魔法陣が一つ。
「二コマ。」
さらに重ねる。
もう一枚。
「三コマ。」
最後の術式が完成する。
レイナが嫌な予感しかしなかった。
「……おい。」
「四コマ目は?」
エリックは迷いなく答える。
「煙幕。」
「オチはレイナ。」
「頼む。」
「はぁ!?」
レイナが思わず叫ぶ。
「また私か!」
エリックは首を傾げた。
「不意打ち。」
「されないんだろ。」
「まあ、そうだけど……。」
「なら。」
「美味しい所、譲る。」
「譲るじゃねぇ!」
「押し付けてるだけだろ!」
エリックは真顔だった。
「違う。」
「サービス。」
「どこがサービスなんだ!」
その瞬間。
カッ――。
三枚の魔法陣が同時に発動する。
洞窟いっぱいへ白い煙が一気に広がった。
視界が完全に閉ざされる。
エリックは落ち着いた声で言う。
「心配するな。」
「煙幕が晴れない限り。」
「ダンジョンは動かない。」
レイナは煙の中で笑った。
「だったら安心だな!」
「行くぞッ!」
煙の中へ飛び込む。
剣戟。
断末魔。
爆音。
ゴブリンたちの悲鳴だけが響き渡る。
やがて静寂が訪れた。
レイナが大剣を肩へ担ぐ。
「終わったか。」
その瞬間。
ドクン。
煙幕の向こうで、ダンジョンが脈打った。
エリシアの表情が凍り付く。
「そんな……!」
「煙幕の中なのに……!」
エリックが眉をひそめる。
「……四コマじゃない。」
一拍置く。
「読み切りかよ。」
ズリ。
レイナの足元が黒く沈んだ。
「……え?」
ズリ……。
レイナの表情が凍り付く。
今回は「読み切りかよ」というタイトルにしました。
エリックは漫画家としての感覚で、戦闘すら構成として考えています。
一コマ目。
二コマ目。
三コマ目。
そして最後のオチ。
本来なら、いつものように綺麗に終わるはずでした。
しかし、相手はダンジョン。
魔物を倒して終わりではなく、まだ何かが残っている。
エリックの「構図」が通じない相手との戦いになります。
そして今回は、珍しくエリックがレイナへ最後の役目を任せています。
いつもなら自分で全部解決してしまう彼が、
「任せる」
と言った意味にも注目していただければと思います。
次回、レイナの運命は――。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




