第十六話(後編):少し広い家
いつも読んでいただきありがとうございます!
今回は、いよいよ新しい家づくりがスタートします。
四人それぞれの「こんな部屋が欲しい」という希望を形にしながら、エリックらしい家づくりを書いてみました。
前半はのんびりとした雰囲気ですが、後半は少しだけ空気が変わります。
ぜひ最後までお付き合いください!
三人が慌てて追いかける中、エリックは丸太小屋の横にある広い空き地で立ち止まった。
足元へ落ちていた一本の枝を拾う。
「こんなイメージだ。」
そう言うと、地面へ枝を走らせる。
さらさら、と土を削る音だけが響く。
しかし、枝先から描かれていくのは、ただの落書きではなかった。
立体的な建物。
正確な間取り。
窓の配置。
屋根の傾斜。
外観まで細かく描き込まれた設計図。
まるで完成した建物を、そのまま地面へ写したようだった。
前世で漫画家として培った画力。
その技術は、この世界でも圧倒的だった。
「な、何だこれ……!?」
レイナが思わず地面へしゃがみ込む。
「めちゃくちゃ上手いぞ!?」
エリシアも思わず息を呑んだ。
「素晴らしい……。」
「こんな設計図、王都でも滅多に見られません。」
しばらく見入っていたエリシアが、おずおずと口を開く。
「エリックさん。」
「もし可能でしたら、一つお願いしてもよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「魔導書や栽培メモを保管できる書庫が欲しいのです。」
「小さくても構いません。」
エリックは頷く。
「分かった。」
さらり、と枝が走る。
設計図へ新たに一部屋が描き加えられた。
「じゃあ私も!」
レイナが勢いよく手を挙げる。
「剣や防具を手入れできる作業部屋が欲しい!」
「庭の道具も置けるようにな!」
「ああ。」
再び枝が動く。
「ありがとう!」
レイナは満面の笑みを浮かべた。
その様子を見ていたリシェルが、少し遠慮がちに口を開く。
「エリック……。」
「私も、一つお願いしてもよろしいでしょうか。」
「森を眺めながら、皆さんとお茶を飲める場所があると嬉しいです。」
エリックは森を見回した。
「展望台は材料が足りないな……。」
少し考え込む。
「大きなテラスなら作れる。」
リシェルの表情がぱっと明るくなった。
「はい!」
「それだけで十分です。」
エリックは設計図へ大きなテラスを書き加える。
さらに少し考えて、自分でも一部屋描き足した。
「あと客間。」
レイナが首を傾げる。
「何でだ?」
「分からない時。」
「詳しい人、泊める。」
エリシアが納得したように頷く。
「なるほど。」
「専門家を招けるようにするのですね。」
エリックは設計図全体を見渡した。
「ヨシ。」
「これで作る。」
「話が早くて助かる!」
レイナが嬉しそうに笑う。
一方、設計図を見つめていたエリシアは、今度は建築資材へ視線を向けた。
「エリックさん。」
「この大きさですと、柱になる直径一メートルほどの大木が最低でも四本必要です。」
「それと、基礎に使う大きな石も。」
「分かった。」
「森から切る。」
エリックはリシェルを見る。
「リシェル。」
「直径一メートル、いけるか?」
リシェルは静かに微笑んだ。
「はい。」
「エルフの植物魔法なら、木を傷めず綺麗に切り倒せます。」
四人は森の奥へ向かった。
見上げるほど巨大な木の前で、リシェルが静かに魔力を練る。
エリックが小さく頷く。
「頼む。」
「はい。」
緑色の魔法刃が一直線に走る。
次の瞬間。
ズン――。
巨大な木がゆっくりと傾き、轟音とともに地面へ倒れた。
「すご……。」
レイナが呆然と見上げる。
エリックはすぐ次の作業へ移った。
「加工する。」
倒れた木の下へ魔法陣を描く。
光が走った。
木の皮が一瞬で剥がれ落ちる。
さらに柱の長さへ寸分違わず切り揃えられていく。
「軽量化も付与。」
「レイナ。」
「運ぶ。」
「はいはい……。」
レイナは渋々丸太へ手を掛けた。
「……ん?」
持ち上がる。
「お、重いけど……持てる!」
「いや、魔法陣便利すぎるだろ!?」
そこへエリシアの声が飛ぶ。
「レイナ。」
「休憩は後です。」
「次はあちらの基礎石をお願いします。」
「何で私だけ完全に肉体労働なんだーー!!」
レイナの叫びが森へ響き渡る。
しかし、エリックもリシェルも手を止めない。
エリシアも設計図を片手に、次々と指示を出していく。
こうして四人の新しい家づくりが、本格的に始まった。
リシェルは森の巨木へ向かい、植物魔法で次々と切り倒していく。
轟音とともに倒れた木を、エリックが待っていた。
「次。」
「はい。」
ごつごつした樹皮が一瞬で剥がれ落ち、柱の長さへ寸分違わず切り揃えられていく。
「終わり。」
「……毎回思うが。」
レイナが加工された柱を見つめる。
「便利すぎるだろ。」
「運ぶ。」
エリックが言う。
「私か!」
ぶつぶつ文句を言いながらも、軽量化された柱を抱えて運び始める。
「軽い……。」
「いや、軽くはない。」
「でも持てる!」
エリシアは設計図と柱を見比べた。
「こちらです。」
「柱をあと二十センチ右へ。」
「はい。」
エリックが魔法陣を書き換える。
柱がひとりでに滑るように動き、ぴたりと止まった。
「完璧です。」
エリシアは満足そうに頷く。
「次は基礎石ですね。」
「はいよ……。」
レイナは肩を落とした。
「また私か。」
その様子を見ていたリシェルが小さく笑う。
「レイナさん、とても頼りになりますね。」
「そうか?」
少し嬉しそうなレイナ。
しかし。
「レイナ。」
エリックが呼ぶ。
「次。」
「今ちょっと良い気分だったのに!」
森へレイナの叫び声が響いた。
それでも作業は止まらない。
柱が立つ。
梁が組み上がる。
壁が出来る。
屋根が掛かる。
エリックの魔法陣が淡く輝くたび、建物は信じられない速度で完成へ近付いていった。
夕日が森を赤く染め始める頃。
エリックは玄関前へ最後の魔法陣を書き終える。
建物全体が柔らかな光に包まれた。
「終わった。」
四人は少し離れた場所まで下がる。
そして完成した建物を見上げた。
「…………。」
誰もすぐには言葉が出なかった。
昨日まで建っていた丸太小屋はもうない。
二階建ての堂々とした屋敷。
広々としたテラス。
エリシアの書庫。
レイナの作業部屋。
来客用の客間。
家畜小屋。
倉庫。
どこから見ても、一国の貴族が住む屋敷と言われても不思議ではない。
レイナが口を開く。
「……なぁ。」
「これ、本当に家か?」
エリシアも感嘆の息を漏らした。
「王都の上級貴族でも、ここまで立派なお屋敷はそうありません。」
リシェルは嬉しそうに微笑む。
「とても素敵です。」
エリックは満足そうに頷いた。
「ああ。」
「少し広くなった。」
「どこが少しだーー!!」
レイナのツッコミが森へ響き渡る。
中へ入る。
広い玄関。
大きな食堂。
吹き抜けになった居間。
それぞれの部屋には、ちゃんと名前まで書かれていた。
「私の部屋……。」
レイナが扉を開ける。
「書庫まで……。」
エリシアは目を輝かせる。
「テラス。」
リシェルは外へ続く大きな窓を開け、森を見渡した。
「本当にありがとうございます。」
エリックは最後に自分の部屋へ入り、すぐ戻ってきた。
「忘れてた。」
四人分の布団を抱えている。
ベッドへ一枚ずつ敷いていく。
最後に、布団へ魔法陣を描いた。
淡い光が布団全体を包む。
「付与、終わり。」
レイナが嫌な予感しかしない顔になる。
「……また、その布団か。」
エリシアの目が輝いた。
「エリックさん。」
「試してもよろしいでしょうか?」
「いいぞ。」
エリシアは迷わずベッドへ飛び込んだ。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
数秒後。
「……すぅ。」
寝息が聞こえた。
レイナは頭を抱える。
「早い!」
「早すぎるだろ!」
リシェルは苦笑する。
「ふふっ。」
「とても気持ち良いのですね。」
エリックは当然のように頷いた。
「ああ。」
「良く眠れる。」
レイナは深いため息を吐いた。
「……明日も起きるの、大変そうだな。」
翌朝。
「コケコッコー!!」
いつものように鶏の元気な鳴き声が森へ響く。
エリックはゆっくりと目を開けた。
「……よく寝た。」
付与した布団は、相変わらず最高の寝心地だった。
部屋を出ると、リシェルも笑顔で廊下へ出てくる。
「おはようございます、エリック。」
「おはよう。」
食堂では、レイナが大きく伸びをしていた。
「……悔しい。」
「どうした?」
「布団が気持ち良すぎる。」
「起きたくなかった。」
エリシアも静かに頷く。
「同感です。」
「もう少し眠っていたかったですね。」
レイナは苦笑した。
「王女殿下まで駄目になってるじゃないですか。」
四人は笑いながら朝の支度を始める。
リシェルは鶏小屋へ向かう。
「今日は何個でしょう。」
鶏たちは今日も元気だった。
籠へ卵を集め、山羊の乳を搾る。
レイナは餌を運びながら、頭突きされないよう少し距離を取る。
「今日は近付かないからな。」
山羊も今日は何事もなく草を食べていた。
エリックはそのまま畑へ歩いていく。
「……。」
昨日植えたばかりの畑。
朝露がきらきらと輝いている。
エリックは足を止めた。
「芽が出てる。」
その一言に三人も駆け寄る。
「本当ですね!」
リシェルが嬉しそうに声を上げた。
昨日植えた種のいくつかから、小さな若葉が顔を出している。
レイナも目を丸くした。
「早すぎないか?」
エリシアは静かに頷く。
「魔力の濃い土地です。」
「通常より成長が早くても不思議ではありません。」
しかし。
エリックはしゃがみ込んだまま動かなかった。
「……。」
一本の芽を見つめている。
「エリック?」
リシェルが覗き込む。
エリックは静かに指差した。
「枯れてる。」
三人の表情が変わる。
確かに。
一部だけ。
ほんの数本だけ。
芽が黒ずみ、しおれるように倒れていた。
「昨日植えたばかりだぞ?」
レイナが眉をひそめる。
「病気か?」
エリックは首を振る。
「違う。」
「名人のメモ通り。」
「場所も、水も、全部合ってる。」
エリシアは静かに懐から小さな水晶を取り出した。
透明だった水晶へ魔力を流し込む。
淡い光が畑全体をゆっくりと走っていく。
しばらくして。
水晶の一角が、黒く濁った。
「……。」
エリシアの笑みが消える。
「そんな……。」
レイナが息を呑んだ。
「何か分かったのか?」
エリシアはゆっくりと立ち上がる。
視線は黒く枯れた芽へ向けられたままだった。
「……間違いありません。」
その声は、昨日までとは違っていた。
「これは。」
「魔王現象の予兆です。」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
今回は家づくり回……のつもりだったのですが、気が付けば立派なお屋敷が完成していました(笑)。
エリックは「少し広くなった」くらいの感覚ですが、周りとの認識のズレは相変わらずです。
そして翌朝。
ようやく芽を出した作物に喜んだのも束の間、畑に起きた小さな異変が、物語を大きく動かし始めます。
ここからは、のんびりスローライフだけでは済まなくなるかもしれません。
次回も楽しんでいただけましたら嬉しいです!




