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第二話(前編):水はコマの中に収まらない

第二話前編をお読みいただきありがとうございます!


今回はゴブリンとの遭遇から少し時間が経ち、エリックのサバイバル生活が本格化していきます。


異世界転生といえばチート無双や派手な戦闘も楽しいですが、この作品では「生きるために試行錯誤する時間」も大切に描いていきたいと思っています。


火は出せるようになったけれど、水は出せない。


そんな小さな壁にぶつかるエリックを楽しんでいただけたら嬉しいです。


少しでも面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると作者の励みになります!

結局、ゴブリンの襲撃はなかった。


歪な防壁(重ね描きした線)は、なんとか夜を徹して持ちこたえてくれたらしい。


「……生きてるな、俺」


ガチガチに固まった身体を起こす。


ここから、俺の本当の異世界生活――いや、終わらない修羅場が始まった。



それから数日間。


俺はとにかく、生きるための「絵(魔法)」を地面に描き続けた。


火の出し方や、罠の張り方は、何度も反復するうちに少しずつ手になじんでいった。


漫画家がキャラクターの描き方を覚えるように。


何度も、何度も。


身体に線を染み込ませていく。


おかげで食料である巨大うさぎについては、なんとか安定して確保できるようになった。


とりあえず餓死の危機は脱した。


さらに毎朝、床の硬さで身体が悲鳴を上げていたので――


「……これ、背景じゃなくて素材そのものを柔らかくできないか?」


試しに魔法書にあった軟質化の術式を寝床へ応用してみた。


結果。


「……最高か?」


せんべい布団だった藁束は、信じられないほどふかふかになった。


異世界転生して最初に習得した快適化技術が寝具改良である。


我ながらどうかと思う。


だが、おかげで睡眠の質は劇的に向上した。


そして――


ここで致命的な問題が発生する。


「……出ねぇ」


水だ。


喉がカラカラなのに、水の魔法陣だけが、どうしても上手くいかない。


魔法書に描かれた水球ウォーターボールのページを睨みつける。


「線の流れも、円の配置も、構成は完璧なはずだろ……?」


頭の中のネーム(構図)としては100点満点。火の時と同じように、いや、それ以上に綺麗に地面に線を描いている。


なのに、イメージを流し込んでも、ボフッと湿った空気が出るだけで、一滴の水も湧いてこない。


「なんでだよ……! 構図デッサンは狂ってないはずだぞ!?」


頭を抱える。


火や土は「勢い」や「枠」のイメージでいけた。

だが、水は違う。


水は流動的で、形がない。


コマに収めて固定しようとすればするほど、死んだ絵(魔法)になってしまうのだ。


「クソッ……背景ロケーションの描き込みが足りないのか? それとも、液体特有の“動きの演出”が抜けてるのか……?」


喉の渇きと戦いながら、俺はひたすら魔法書のページの隅々まで観察し、線の引き方をミリ単位で試行錯誤する。


ただスローライフを送りたいだけなのに、気づけば締め切り前の新人漫画家みたいに、徹夜でベタ塗りと効果線(魔法陣)の研究に没頭する羽目になっていた。


丸太小屋の周りには、俺がリテイクを繰り返した歪な魔法陣の線が、年輪のように何重にも増えていく。


朝の光。

森は、何事もなかったみたいに穏やかだ。


「……」

ゆっくりと、小屋の周囲を見る。


魔法陣は、そこにある。

線も、円も、崩れていない。


「……」

一歩、外側へ近づく。


足を踏み出す。


何も起きない。


「……今日も大丈夫、か?」


さらに一歩。


その瞬間。

かすかに、空気が“引っかかる”。

目に見えない膜をくぐるような抵抗感。


「……っ」

足を止める。


「……やっぱ、あるな」


完全じゃない。

でも、“境界”は確かにある。

自分が描いた線が、この世界にちゃんと作用している。


「……」

少しだけ、安心する。


でも。


森を見る。


「……行くしかないか」


小さく呟く。

喉の渇きはもう限界に近かった。


「食わないと、死ぬしな」


一歩、外へ出る。

森へ入る。

慎重に。

「ここに……一つ」

罠を仕掛ける。

「……ただの罠じゃ足りないな」

森の中、立ち止まる。

あのゴブリンの、泥を力任せにぶち破ってきた怪力が頭をよぎる。


「逃げる前提で組むか」

最初から、罠を突破される最悪の展開を想定する。


地面に線を引く。

「まずは“引き”……広く見せて、逃げ道を限定する」

導入のコマだ。相手をこちらの土俵に引き込む。


少し離れた位置に、もう一つ。

「ここで“動き”を作る」

限定した逃げ道へ、一気にターゲットを走らせる。


「で……ここが大ゴマ」

円を大きく描く。

「捕まえる場所」

本命のトラップ。ここで仕留める。


一度手を止める。

自分の描いたネーム(罠)を見つめる。


「……でもこれじゃ甘いな」

あの不気味に笑った緑の顔が脳裏を過る。普通の漫画の展開じゃ、あいつは止められない。


少し考える。

読者の、いや、魔物の予測を裏切るには——。


「終わったと思わせて、もう一手」

ページをめくったその先、完全に油断した瞬間を狙う。


さらに奥に、小さく線を追加する。


「逃げた先で、追う」

罠を破って脱出したと歓喜した瞬間に、二の矢が刺さる構造。


「追跡コマ……か」

「……これで何か捕まればいいけど」

描いた罠を一度見渡す。

完璧じゃない。

でも、やれることはやった。


「……水、だな」

じわじわと痛む喉の渇きを思い出す。

物理的な水分を見つけないと、魔法をいくら研究しても干からびてしまう。


耳を澄ます。

ガサガサと揺れる木の葉の音の、さらに奥の奥。


かすかに。

サァァ……という音。


「……?」

顔を上げる。


「水音……か?」


音のする方へ歩き出す。

慎重に。

昨日のことが頭をよぎる。常に恐怖が背中に張り付いている。


木々の間を抜ける。

不自然に開けた場所へ出た。


「……おぉ」


川。

細いが、確かに流れている。


「水……!」

思わず足を速める。

川べりに駆け寄る。


しゃがみ込み、手を差し出す。


「……冷た」

指先から脳まで突き抜けるような冷気。


少し躊躇う。

「……大丈夫か?」

毒や寄生虫の恐怖がよぎる。だが、もう迷っている余裕はなかった。


指先を口に運ぶ。


「……」


「……いける、か?」

変な臭みはない。ただ冷たくて、身体が水分を求めて吸い込んでいく。

「……魚、いるな」

水面を覗き込む.

澄んだ流れの底、小さな影が、すっと動く。


「……いけるか?」

肉以外の貴重なタンパク源だ。

タイミングを見て——


バシャッ!!


「っ!?」

派手に水が跳ねる。

だが、手のひらの中には何もない。魚は一瞬で消える。


「……速っ」

人間の反射速度を完全に超えている。


もう一度。

魚の動きの先を予測し、タイミングを見て——


バシャ!!


「……無理だろこれ」

水飛沫を顔に浴びるだけだった。


しばらく格闘。

何度も手を突き出し、魚を追い回す。

結果。


「……一匹も取れてねぇ」

「駄目だ……」

水から手を引く。

びしょ濡れ。

「普通に取るの無理だろこれ」

人間の身体能力の限界を思い知らされる。


川を見つめる。

流れ。

魚の動き。


「……違うな」

ぽつりと呟く。


「これ、地面と同じじゃない」


しゃがみ込む。

水面に指を近づける。

波紋がすぐに下流へと流されていく。


「流れる……か」

固定された原稿用紙じゃない。常に動き続ける背景だ。

枠に収めようとしたから、水の魔法陣も上手くいかなかったんだ。


「じゃあ、罠も変えないとダメだな」

物理的なアプローチも、静止した魔法陣も、この流れの中では意味をなさない。


立ち上がる。

少しだけ目が真剣になる。

攻略すべき難題を前にした、職人の顔。


「水用の構造……組み合わせか」

単発のコマじゃない。時間の流れを伴う演出。


「流れを止めるんじゃない」


「“逃げ道を読んで誘導する”」

川の流れそのものを演出の動線として利用する。

「……結構時間かけたな」

ハッと我に返り、川から目を離す。

手はまだ少し濡れていて、風が当たると冷たい。


「とりあえず帰るか」

日が少し傾き始めている。小屋の方へ視線を向ける。


「魔法書、見直した方がいいな」

水のページの構造を、もう一度別の視点から解析する必要がある。

ぽつりと呟く。


足を引き返す。

森の中。


歩きながら、ふと考える。


(罠、どうなってる)


自分が仕掛けた、あの「追跡コマ」の二段構え。

あれに、何かが引っかかっているだろうか。

「……そろそろ何かかかっててもいい頃だろ」

期待と、少しの焦り。

自然と足が早くなる。


鬱蒼とした木々の隙間から、見慣れた丸太小屋が見えてくる。


小屋を囲む防壁の線。

昨夜のまま、崩れずにそこにある。


「……大丈夫そうだな」

ホッと胸をなでおろし、周囲の気配を警戒しながら近づく。


そして、森の中に仕掛けた罠の場所へ。


「……」


ふと、直前で足を止める。

周囲を見回す。小屋は見える。防壁もそのまま。

「……大丈夫か」

自分に言い聞かせるように呟き、再び足を進める。


広く見せて逃げ道を限定した、最初の罠。

——空。

落ち葉が静かに積んでいるだけだ。


「やっぱまだか……」


ターゲットを走らせるはずだった、次の罠。

——空。


「……まあ、そう簡単じゃないよな」

世の中、そんなに甘くはない。ネーム通りにいかないなんて日常茶飯事だ。


そして——

完全に油断した瞬間を狙うはずの、あの「追跡型」の罠。


「……」

激しい違和感に、ピたりと足が止まる。


そこにあったのは。


“何かがかかった痕跡”。

めくれ上がって破れた地面。

激しく何かが動いた形跡。

そこまではいい。狙い通りだ。

だが——


罠の中心だけが、不自然に、まるでそこだけ世界が切り取られたように“空白”になっていた。


獲物の死体もない。血痕もない。

罠の術式そのものが消失している。


「……え?」


背筋に、嫌な汗が伝う。

第二話前編を最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!


今回は戦闘よりも「生活」と「研究」が中心のお話でした。


エリックは本人こそ自覚していませんが、だんだんと普通の魔導士とは違う方向へ進み始めています。


そして最後に現れた“何か”。


果たして罠にかかったのは魔物なのか、それとも――。


続きの後編では、新たな出会いが待っています。


面白かった、続きが気になると思っていただけましたら、


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などで応援していただけると、とても励みになります!


皆さまの反応が、次回更新の原動力です。


それでは、第二話後編でお会いしましょう!

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