第十四話(前編):農家服の王女様
皆さま、いつも読んでいただきありがとうございます!
第十四話は前後編でお届けします。
今回は、ようやくスペルグルフの森へ帰る……はずだったのですが、そう簡単には帰れませんでした(笑)。
相変わらずマイペースなエリックと、それに振り回される皆を楽しんでいただけたら嬉しいです。
それでは、第十四話(前編)『農家服の王女様』をお楽しみください!
白銀の塔の一階、噴水広場。
転移魔法陣の前には、既に二人の姿があった。
一人はエリック。
そして、もう一人は――
農家服姿のエリシアだった。
レイナはその場で完全に固まった。
「…………」
麻の上着に、動きやすいズボン。足元は長靴。
どう見ても、これから畑仕事へ向かう村の娘だった。
エリックは満足そうに頷く。
「おっ、いいじゃん」
エリシアは少し嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。金属を一切使っていませんので、転移も問題ありません」
レイナはガシガシと頭を抱えた。
「問題はそこじゃないんですよ……!」
後ろでは、同行していたリシェルが上品に口元を押さえている。
「ふふっ……。よくお似合いですよ」
レイナは思わず涙目で振り返った。
「笑わないでください……。エリシア様、一応お聞きしますけど、今回は魔王現象の調査ですよ!?」
「ええ。ですから、森で一番活動しやすい服を選びました」
あまりにも理にかなっている。だからこそ、何も言い返せない。
その時だった。
背後に控えていた王女の侍女が、静かに一歩前へ出る。
「レイナ様。お着替えを」
差し出されたのは、エリシアとお揃いの農家服だった。
レイナは絶句する。
「…………」
エリシアは至極にこやかに微笑んだ。
「レイナ。早く着替えてください」
しばらくして。
レイナがすっかり農家服へ着替えて戻ってきた。
「お待たせしました……」
どんよりとしたオーラを纏いながら、レイナは辺りを見回す。
「……あれ? エリシア様は?」
そこに、あるはずのピンク髪の姿がない。
レイナの顔から一気に血の気が引いた。
エリックが何でもないように指を差す。
「向こう」
「向こう?」
その瞬間だった。
地面の転移魔法陣の向こう側から、かすかに楽しげな声が響いてきた。
『――面白いです! この術式……!』
レイナは硬直する。
「……えっ? まさか」
エリックは淡々と頷いた。
「ゴブリン対策の魔法陣の話をしたら、一人で飛び込んだ」
「…………」
レイナは両手で顔を覆った。
「行かれたのか……っ!」
後ろでリシェルが困ったように苦笑する。
「ふふ、好奇心を抑えられなかったのでしょうね」
「王女なんですよ、あのお方は……!」
叫ぶレイナを余所に、エリックは自分の杖をよっこらしょと肩へ担いだ。
「じゃあ、俺は歩いて帰る」
「はぁ!?」
レイナが勢いよく振り返る。
「何でだ! 置いてくな!」
エリックは担いだ杖をペシペシと叩いて見せる。
「これ。Gペン型の杖。金属だから魔法陣を通れない」
「ああ……」
レイナは思わず納得してしまった。エリックの得物は、あの禍々しい鉄塊なのだ。
その時、再び魔法陣の奥から声が響く。
『このベッドにも術式が……! 素晴らしいです!』
エリックはレイナをじっと見た。
「早く行かないと。寝床、取られるぞ」
「そこですか!?」
レイナの怒声が響き渡る。
「問題はそこじゃない! ――ああもう、今参ります!」
レイナは意を決して、光る魔法陣へと飛び込んだ。
主を追うようにして、転移魔法陣の光がゆっくりと消えていく。
噴水広場に残されたリシェルが、エリックへ視線を向けた。
「そういえば、まだ王都で寄りたい場所があると仰っていましたね」
「ああ」
「どちらですか?」
「市場で聞いた。名人がいる」
リシェルは不思議そうに首を傾げる。
「名人?」
「農家の」
「……農家ですか?」
エリックは真面目な顔で頷く。
「市場の人が言ってた。その人の作るトマトは美味い。だから、すぐ売り切れるらしい。その人なら種を持ってるかもしれない」
リシェルは思わず吹き出した。
「ふふっ……! それで、わざわざ訪ねるんですか?」
「ああ。トマトは必要だからな。種を買って、それからスペルグルフの森へ帰る。ようやくスローライフ開始だ」
リシェルは愛おしむように小さく笑って頷いた。
「……本当に変わっていますね、君は」
「そうか? 畑を作るなら、良い種を探すのは普通だろ」
リシェルは楽しそうに目を細める。
「ええ。君にとっては、それが普通なんですね。――でしたら、私もご同行しますよ」
エリックは素直に頷いた。
「助かる。王都の地理、まだ詳しくない」
「案内役ですね」
「ああ。それに」
エリックは少し考えてから言葉を続ける。
「リシェルは剣も使えるんだろ。森までなら安心だ」
リシェルは少し驚いたように丸い目を瞬かせたあと、柔らかく微笑んだ。
「ええ。お役に立てるなら嬉しいです」
「まずは市場で聞いた農家だ。トマトの種を買う。それからスペルグルフの森へ帰る」
隣を歩くエリックの横顔を見つめ、リシェルはくすくすと笑う。
「本当に、スローライフ一直線なんですね」
「そうか? そのために王都まで来たからな」
「ふふっ、そうでしたね」
二人は並んで、名人と呼ばれる農家のもとへ歩き始めた。
王都の大通りは相変わらず賑やかだった。
荷車を引く商人、買い物帰りの人々、道端から響く露店の威勢のいい呼び込み。
そんな喧騒の中、不意に前を歩く商人たちの会話が耳に入ってきた。
「おい、聞いたか?」
「ああ、街道で馬車が襲われたってやつだろ?」
「盗賊か?」
「いや、植物系の魔物だって話だ」
「植物? そんな魔物、この辺にいたか?」
「いや……だからギルドでもちょっとした騒ぎになってるらしい」
二人は何気ない様子で、その商人の横を通り過ぎる。
リシェルが小さく呟いた。
「植物系……ですか」
エリックが首を傾げる。
「珍しいのか?」
「ええ。王都近郊では、あまり聞きませんね」
だが、エリックはそれ以上気にする様子もなく、前を向いて歩き出す。
「トマトの種が先だ」
リシェルは苦笑しながら、その頼もしい背中を追った。
第十四話(前編)を読んでいただき、ありがとうございました!
今回は完全にレイナの胃が犠牲になった回でした
(笑)。
農家服姿のエリシアはいかがだったでしょうか。
一方で、最後には少しだけ不穏な話も出てきました。
エリックは相変わらずトマトのことで頭がいっぱいですが、その裏で物語も少しずつ動き始めています。
次回後編では、いよいよ「トマトの種」を求めて名人の農家を訪ねます。
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それでは、次回もよろしくお願いいたします!




